「よーッし!行くぜー!!」
「アンタ何言ってんのよ!まだ準備もしてないでしょ!?」
「ああ、そうだったな。じゃあさっさと用意しようぜ!」
「分かってるわよ!」
「じゃあアゲハさん、私達も急いで支度しますから」
「ん、分かった」
「他に何か必要なものがあれば、カイル君に言って下さいね」
「おう、サンキュな!」
「じゃあシャオ君、悪いけど手伝ってくれる?」
「ああ」
これから敵地に赴くというのに、やけに嬉しそうな子供たち。
アゲハは、先程のエルモアの言葉を思い出していた。
『皆…お前の為に何かをしたいんじゃよ』
「なァ、…雨宮」
「何?」
「本当にいいのかな、これで」
「まだ言ってるの?この状況で力を貸して貰えるんだから、有り難く貰っておけば充分でしょ」
「うん…。まあ、な」
「あの子たち、本当に嬉しそうよ。いいじゃない、それで」
「…そうだな!」
「あ、そうだアゲハさん!」
「どうしたんだ、ヴァン?」
いつの間にか、眠っていたはずのヴァンも騒ぎの中に居た。
誰かに無理矢理叩き起こされたのか、まだ眠たそうな顔をしている。
「今のうちに、あの人の様子を見に行きますか?」
「…カブトの様子は、どうなんだ?」
「傷ならほぼ治りましたよ。ただ、消耗が激しいですからね」
「………」
「もしかしたら、後数日は眠ったままかもしれません。でもボクが看てますから」
「それなら安心ね」
「…じゃあ、案内してくれないか?」
「了解です!」
「何でそんなモノが必要なのよ!」
「馬鹿言え、これは絶対必要だろ!フレデリカこそ、何だそれ!」
「要るに決まってんでしょ!?」
ぎゃーぎゃーと怒鳴り合いながら、用意になっていない用意をしているカイルとフレデリカ。
一方その頃、マリーはシャオと共に薬品庫に居た。
「えーっと…。これは要るかなぁ…」
「そうだな、後はそこの奴も入れておくといい」
「そうね、やっぱりシャオ君にお願いして良かったかな」
「向こうは向こうで、探索用の装備くらいは用意してるだろう?」
「…だと、いいんだけど」
向こうの二人が「充分な用意をしていない」だろう事を想像して、マリーは苦笑いを浮かべる。
「後で確認しておかなくっちゃね」
「オレも行ければ…、そんな用意も必要無いからな」
「うん。でもヴァン君とシャオ君はこっちに残って正解だと思うよ?」
「………」
「私達は、最悪何が起こってもどうにか出来るけど。ここに居る皆は、そうじゃないから」
「…ああ」
「だからシャオ君。おばあ様達のこと…お願いね」
「マリー…」
「…ッ!?」
壁に背を向けていたマリーを、そのまま壁へと押さえ込むように抱きしめる。
その振動で、マリーの持っていたケースが音を立てて床に落ちた。
真剣な眼差しで、マリーを見据えるシャオ。
「そうかも知れない。けど、オレは…」
「心配、してくれてるの?」
「…当然だろう。出来るならオレも一緒に行きたい」
「…もう!大丈夫よ、私だってリーダーなんだもの!」
「マリー…」
「それより、早く戻ろう?こんな所をフーちゃんに見付かったら怒られちゃうよ?」
「…いいさ」
「…燃やされちゃうよ?」
「…構わない」
「シャオ君…、……んッ…」
我慢出来ないといった様子で、マリーの唇を奪うシャオ。
最初は、触れるだけのキス。
それが徐々に深くなり、いつの間にか舌を絡めていた。
「…ん、…ふぁ…っ」
艶を帯びた、マリーの吐息が零れる。
自然とマリーはシャオの首元に腕を回しており、更に深い口付けをねだるような仕草をしていた。
シャオはそれに応えるかのように、マリーの身体を抱きしめる。
薄暗い薬品庫に、貪るような水音が小さく響く。
二人は我を忘れ、しばらくの間互いを求め合っていた。
「………ん」
漸く唇を離し、見つめ合う二人。
マリーははにかんだような笑みを浮かべると、シャオの肩に頭を預けた。
「…シャオ君」
「………」
「これ以上は、駄目。」
「…分かったよ」
マリーの背中から腰、そして更に下へと這うような動きをしていたシャオの手。
それを制するように言葉で釘を刺すと、マリーはシャオから身体を離した。
「…大丈夫だよ。皆無事で帰ってくるから」
「マリー…」
「だから、そんなに心配しないで…?」
そう言って、マリーは微笑む。
−まさかマリー達があんなことになろうとは、この時は誰も予想していなかったのです
「……?」
「ねぇ、今何か言った…?」
「…いや」
「ボクですよ」
「ッ、きゃああああ!!!」
「…ヴァン!?」
薬品庫の入口に、いつの間にかヴァンが立っていた。
顔を真っ赤にしたマリーから、慌てて離れるシャオ。
「い、いつからそこに…」
「『フーちゃんに見付かったら怒られちゃうよ』の辺りですかね」
「…って、事は…っ!?」
「はい。一部始終を見てましたよ」
「いやあああああッ!!!」
耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆うマリー。
シャオも顔を赤くしており、冷汗を流しながらヴァンを見据えていた。
「いやー、二人ともこんな時だってのにお盛んですね♪」
「居たのなら、声を掛ければいいだろう!」
「イヤですよ。ボクだってそこまで不粋なことは出来ません」
「だからと言って勝手にナレーションを挟むな!」
「ちょっとした演出です」
「それにしても、フレデリカさんじゃなくボクで良かったですねぇ」
「大体、何でここに居るんだ!」
「ああ、アゲハさん達を治療室に連れて行ったんです」
「じゃあ、アゲハさん達も…??」
「ここには居ませんよ。あの人の様子が気になるみたいでしたから、置いてきました」
「そう…なんだ」
安堵したような表情を浮かべるマリーに、ヴァンはにっこりと微笑みかける。
その表情を見たシャオは、嫌な予感を覚えていた。
「じゃあ、ボクは先に戻ります。マリーさん達も早く準備して下さいね」
「う、うん…!」
「ボク達も、皆が出発した後にやらないといけないこともありますしね?」
「………」
「ですよね、シャオ君?」
「………ああ」
遠回しに「皆が居ない間はネタにしてからかいますよ」と宣告され、シャオは溜息を吐いた。
瞳に悪魔のような光を宿したまま、ヴァンは愉快そうに薬品庫を後にしていた。
「びっくり、したね…」
「ああ…」
まだ赤みの引かない顔を手で押さえながら、マリーが呟く。
それから二人で、黙々と必要な物資を集め始めた。
「…うん、これだけあれば大丈夫かな」
「そうだな。最低限は何とかなるだろう」
「ありがとう、シャオ君」
「いや…、いいさ」
すると突然、マリーがシャオに抱き着いてきた。
驚くシャオをよそに、マリーはシャオに口付ける。
そして、シャオの耳元でこう囁いた。
「さっきの続きは、帰ってきたら…しようね」
「……マリー」
「……ちょっと…マリー!…どこに居るのよー!」
あまりに遅いので、フレデリカが探しに来たのだろう。
突如響いた声に、マリーはシャオから身体を離す。
軽やかな動きで荷物を抱えると、シャオに向かって振り向いた。
「…じゃあ、行こっか?」
「…………ああ」
「フーちゃんごめぇん!すぐ行くからー!」
そう言って、薬品庫を後にするマリー。
後に残されたシャオは、まだ感触の残る唇を手で覆う。
きっとヴァンからは、散々からかわれるだろう。
「…それでも、いいか」
そう呟くと、シャオもマリーを追って薬品庫を後にした。