「ヴァン……」
「……………」
「…ねぇ、ヴァンったら…!」
治療で疲れ果てたのか、いくら揺さぶっても起きる気配のないヴァン。
苛立ちながら、フレデリカは時計を見た。
「用意出来たか?」
「うん、大体は」
「そういえば、ヴァンはどこだ?」
「まだ寝てるんじゃないかな?」
「寝かせておいていいさ。後でオレが説明しておくよ」
「待ちなさいよ!」
「フーちゃん?」
「この緊急事態に寝てるなんて許さないわよ!」
「じゃあ…」
「アタシが叩き起こして説明してくるわ!ちょっと待ってなさい!!」
「おい、フレデリカ!?」
「…行っちゃった」
「素直じゃねーよなー」
「そうだな」
「え、おい?どういうことだよ?」
「そっか、アゲハは知らないんだよな」
「…??」
そんな会話が繰り広げられていることも知らず、フレデリカは起きないヴァンに怒りを覚える。
すやすやと眠り続けるヴァンの寝顔が、無性に腹立たしく。
「起きろって、言ってんでしょ!!!」
ばちん!!!
ヴァンのほっぺたを、思い切りはたいていた。
流石に目覚めたヴァンは、ほっぺたを押さえながら身体を起こす。
「あいたたた…。何て起こし方するんですか…!」
「アンタが起きないからに決まってんでしょ!!」
「まずは一生懸命揺らして…」
「そんな悠長なことしてる時間なんか無いのよ!とっとと起きなさいよね!!」
「…どういう、ことですか?」
「実は……」
「へぇー、今から鹿児島に!」
「そーよ」
「ボクが居なくても大丈夫なんですか?」
「そういう台詞は、起きてジャンケンしてから言いなさいよね。…ま、大丈夫よ」
「そうですか、行ってらっしゃい。お土産は気にしなくていいですよ」
「…そうじゃなくて、他に言うことは?」
「何泊何日ですか?」
「アンタねぇ…ッ!!」
怒りのあまり、再び手を振り上げるフレデリカ。
その手首を掴むと、ヴァンは真剣な表情を見せていた。
「冗談ですよ」
「……ッ!」
「本当はすごく心配です。行って欲しくないです」
「じゃあ…、何で…ッ!」
「だって、行って欲しくないって言っても行くんですよね?」
「…そ、それは」
「マリーさんは勿論、アゲハさん達のことが心配なんでしょ?」
「……うん」
「じゃあボクはこれ以上何も言いません」
「何よ…、それ」
「ボクが心配することで、フレデリカさんを不安にさせたくないんですよ」
「…ヴァン……」
「それとも、心配して欲しいですか?」
「…いい、いらないわよ!」
「そうですか」
「!!」
ヴァンが笑みを浮かべたかと思うと、掴まれていた手首をぐいと引っ張られた。
突然のことに驚き、バランスを崩すフレデリカ。
そんなフレデリカに、ヴァンは軽く触れるだけのキスをする。
途端、フレデリカの顔が真っ赤になっていく。
「なッ、なななな何すんのよッ!!?」
「何って…、キスしただけですけど」
「だからッ、何で!!」
「行ってらっしゃいのキスですよ。駄目ですか?」
平然としたヴァンと、
顔を真っ赤に染めたフレデリカ。
視線をさ迷わせながら、フレデリカは小さな声で呟いた。
「駄目…じゃない、わよ」
「…そうですか」
「……んっ…」
右手をフレデリカの耳元へと寄せ、再び唇を重ねる。
さっきよりも、少しだけ深くて長いキスを交わした。
「…じゃあ、行ってくるから」
「はい。頑張ってきて下さいね」
「…分かってるわよ」
振り返りもせず、部屋を出て行こうとするフレデリカ。
その後姿に、ヴァンは声をかけた。
「無事に帰ってきたら、もっと色々させて下さいね?楽しみに待ってますから」
「………………ッ!!」
バァン!!という大きな音を立てて、フレデリカは部屋を飛び出していった。
きっと真っ赤であろう「彼女」の顔を思い浮かべて、ヴァンは笑みを零していた。