「…おはよう、夜科」  
「…ん、…ぁ…?」  
 
朦朧とする意識。  
ぼやけた視界。  
2、3度まばたきをすると、視界が少しずつ晴れてきた。  
 
「…雨…宮?」  
「…良く寝てたわね。おかげで待ちくたびれちゃったわ」  
「ここ、は…?」  
「私の家よ」  
 
身体が、重い。  
自分が寝ているのは分かるが、目の前の雨宮がやけに近い。  
状況が理解出来ず、視線を左右へと巡らす。  
そしてようやく異変に気付いたアゲハは、目を見開いて叫んだ。  
 
 
「なッ、何だよこれ!?」  
「…うふふ」  
 
 
アゲハが驚くのも無理はない。  
雨宮のベットに寝かされたアゲハは、頭上にある両手首を手錠で縛られていた。  
しかもご丁寧なことに、手錠から伸びた鎖はベットのパイプへと繋がっている。  
その上、何故か上半身は裸にされており、腹の上に雨宮が跨がっていた。  
 
「おい、雨宮ッ!?」  
「ごめんね夜科。邪魔だったから、上脱がせちゃった」  
「いや、それ以外に言うべきことがあんだろ!?」  
「…何を?」  
 
うっすらと笑みを浮かべたまま、アゲハの胸に両手を着いて、アゲハの顔を覗き込む雨宮。  
背中から一房流れ落ちた雨宮の髪が、アゲハの胸元をくすぐる。  
それだけでなく、腹の上に乗った雨宮のスカートから覗く脚。  
太ももと尻の感触を肌の上に感じて、アゲハは一層動揺していた。  
 
「何で俺を縛ってんだ!そんで何で雨宮が俺の上に乗ってんだ!!」  
「私が、全部やったのよ?」  
「だから、その理由を聞いてんだよッ!!」  
 
抗議するかのように、手錠をがちゃがちゃと鳴らす。  
耳障りな音が響くだけで、かえって「拘束されている」という事実を強調されてしまう。  
 
(…そういや、何で俺は意識を失ったんだ?)  
 
雨宮を訪ね、二人でトランスの訓練をしたことは覚えている。  
…しかし、その途中からの記憶が無い。  
 
「理由、教えてあげようか?」  
「…何だよ、さっさと言えよ」  
 
嫌な予感で、胸がざわめく。  
それをごまかすかのように、アゲハは悪態をついた。  
そんなアゲハの様子を見透かすかのように、雨宮は微笑む。  
瞳は一切笑っていないその笑顔が、かえってアゲハの不安を募らせた。  
 
 
「いやらしいこと、しましょ」  
「………ハイ?」  
 
 
予想外の答えに、呆然とするアゲハ。  
しかし雨宮は動じることなく、身を屈めてアゲハに顔を近付けた。  
 
「…私とじゃ、嫌?」  
「いーや全然。それは寧ろこっちからお願いしてぇくらいなんだけどさ」  
「じゃあ、いいよね?」  
「良くねぇ!頼むからコレ、外してくれよ!!」  
 
「…やだ」  
「やだ、じゃねぇ!可愛く言ったってごまかされねーぞ!」  
 
下唇を突き出し、むくれたような表情を浮かべる雨宮。  
その仕種自体は愛らしいものだったが、この異常極まりない状況ではかえって不安を煽られる。  
 
「…ごまかすつもりなんて、無いもん」  
「じゃあ何だよ。納得が行くように説明してくれよ」  
「そんなの、必要ないわ」  
「………は??」  
 
「だって、夜科『で』遊ぶんだから」  
「…ちょっと待て。何か変だぞ、今の言いか」  
「うるさいから、もう黙っててよ」  
「!!?」  
 
アゲハの言葉を遮るかのように、雨宮はそう呟く。  
そしてアゲハの顎を掴んで上を向かせると、アゲハの唇に自分の唇を重ねた。  
 
 
「…むぐ、…ッ!!」  
 
 
重ねられた唇の隙間から、雨宮の舌が滑り込んでくる。  
どうにか抵抗しようとするが、顔を固定されて身動きが取れない。  
拘束され、身体の上に乗られ。  
その上動揺しているアゲハに、雨宮を押し返すだけの力は無かった。  
 
 
時折漏れる、ぐぐもったアゲハの呻き声。  
がちゃがちゃと、耳障りな音を立てる手錠の金属音。  
そして、雨宮に口腔を犯される度に響く淫靡な水音。  
 
舌を絡め、歯列をなぞる雨宮の舌。  
驚くほど巧みな責めに加えて、アゲハの腹の上で上下するような動きをする雨宮の太もも。  
太ももだけでなく、アゲハの上で腰を振っていることに気付く。  
 
 
(ちょ、待て…ッ、…ヤバいぞこれ…!!)  
 
 
あまりに煽情的な雨宮の行動に、アゲハの自身はあっという間に自己主張を始めていた。  
 
しばらくの間、雨宮の舌に弄ばれるアゲハの舌。  
アゲハの頭をしっかりと抱える、雨宮の細い指。  
指が耳たぶをなぞり、時折奥へと小指を差し込んでくる。  
 
背筋を駆けるような、ぞくぞくという感覚。  
それが「快感」だとは気付けないまま、アゲハはびくびくと身体を震わせていた。  
 
 
「…っ、…はぁ…っ…」  
「………」  
「ぁ、…はっ、はあ…」  
 
ようやく開放され、荒い息を吐くアゲハ。  
跨がったままの雨宮は息一つ乱す様子もなく、喘ぐアゲハを見下ろしていた。  
 
「夜科、可愛いね…」  
「…なに…言って、んだ…?…ッ、うぁ…ッ!!」  
 
再び顔を寄せたかと思うと、そのままアゲハの首筋に舌を這わせる雨宮。  
突然のことに、アゲハは声を上げた。  
自分のものとは思えない、吐息混じりの声。  
押し殺そうとしても、堪えることが出来なかった。  
 
 
「…感じてるのね?」  
「…なワケ、…あるか、よ…ッ!!」  
「嘘つき。男の癖にこんな程度で感じるなんて…」  
「…ッ!!…く、…うぁ…!!」  
 
「…よっぽど敏感なのね?」  
「うっ…!っは、あぁ!!」  
 
首筋から、耳元へと這う雨宮の舌。  
耳たぶを甘噛みして、尖らせた舌を耳の奥へと滑らせる。  
生暖かい舌の感触に、アゲハは一際激しい声を上げた。  
 
 
「…いい声ね」  
「止めろ…って…!」  
 
首筋や耳元を責め立てながら、時折冷たい笑い声を漏らす雨宮。  
舌が這い、吐息にくすぐられるだけでアゲハの背筋に快感が走る。  
嘲るようなその声色さえも、既に快感へとすり替わっていた。  
 
「嫌?気持ち良くない?」  
「んなワケ…あるかよッ…!!」  
「…へぇ?そうなんだぁ?」  
 
かば、と上体を起こす雨宮。  
アゲハを見下ろすその瞳は、氷のように冷たい。  
 
「こっちは、もう限界って感じだけど?」  
「…!!それ、は…」  
「凄い、熱いよ?」  
 
身体を後退させ、後ろ手でアゲハ自身に触れる雨宮。  
ジーンズの中のそれは、雨宮の手が触れただけでびくびくと脈打っていた。  
 
「…窮屈でしょ?すぐ楽にしてあげる」  
「お、おい…」  
 
そのまま背後を振り向き、アゲハのジーンズに手を掛ける雨宮。  
アゲハに向けて晒された雨宮の白い首筋が、やけに際立っていた。  
カチャカチャと、小さな金属音が響く。  
ジッパーの引き下げられる音がして、少し遅れて下半身が開放されるような感覚を覚えた。  
 
「…へぇ、結構大きいのね?」  
「…っせぇな」  
「折角褒めてあげたのに、つまんない」  
「だから…、そういう問題じゃねぇっての…!」  
 
後ろを向いたまま、アゲハ自身に指を這わせる雨宮。  
その表情は見えないが、白い首筋や太ももがアゲハの劣情を誘っていた。  
 
「たかがキスくらいで、勃ててんじゃないわよ」  
「…ッ、無理言うなよ!あんなことされちまったら、嫌でも反応しちまうんだよ!!」  
「…そう。じゃあこのままほったらかしにして欲しい?」  
「………」  
「嫌なんでしょ?止めて欲しいんでしょ??」  
「………ッ」  
 
そう言いながらも、アゲハ自身を弄ぶように責め続ける雨宮の指。  
そんな刺激に反応して、アゲハ自身は落ち着きなく脈打っている。  
アゲハの意思に反し、更なる快感を欲するようにびくびくと震えていた。  
 
「今、ちゃんと言えたらイカせてあげるけど?」  
「……はぁ、…ぅ…ッ!」  
「ねぇ。どうして欲しい?」  
「…う、ぐ…ッ!」  
「夜科ぁ…。ちゃんと、分かるように言って…?」  
「…畜生…ッ!!」  
 
いつの間にか、雨宮はこちらを向いてアゲハを見下ろしていた。  
アゲハ自身を責める手の動きはそのままに、アゲハの瞳を見据えている。  
何かを求めるかのように、期待に満ちた視線を向けていた。  
 
 
「…てくれ…」  
「なぁに?」  
「イカせて…くれ…」  
 
「…全く、もう。そのぐらいさっさと言いなさいよね?」  
 
 
雨宮は、アゲハが快楽に溺れて屈服する様を見たかったのだ。  
望んだ表情と言葉を前にして、満足そうな笑みを浮かべる。  
 
虚勢を張っても、仕方がない。  
アゲハは、複雑な思いを胸中に秘めながらも。  
快感には抗えず、雨宮の言いなりになることしか出来なくなっていた。  
 
 
「…あぁ、…ッ…!!」  
「…気持ちいい?」  
「…っは、…ぅ、が…ッ!」  
 
 
にちゃにちゃと、粘り気のある水音が響く。  
アゲハの腹の上に跨がったままの雨宮が、後ろ手にアゲハ自身を扱いている音だった。  
 
下着の上から触れていた手は、いつの間にか下着の中へ潜っていた。  
痛い程に張り詰めていた自身を、何の躊躇いもなく外気に晒す。  
そして雨宮は、容赦なく指でアゲハを責め立てていた。  
 
 
「…何よこれ。ぐちゃぐちゃじゃない」  
「………!!」  
「指だけじゃ、大して濡れないだろうと思ってたのにね?」  
 
先走りに塗れた、雨宮の指とアゲハ自身。  
充分過ぎる程に溢れていたそれを潤滑油代わりに上下に扱く。  
規則的で生々しい音が、沈黙した室内に響き渡っていた。  
 
 
「ねぇ夜科、ちゃんとこっち向いてよぉ…」  
「……ッ、……!!」  
 
アゲハは、雨宮から顔を背けて歯を食いしばっている。  
拘束されているせいで、逃れることも、耳を塞ぐことも許されない。  
せめてこれ以上何も見まいと、アゲハはきつく目を閉じていた。  
 
「夜科の感じてる顔、もっと良く見せてよ」  
「…ッ、ざけんなよ…!」  
「ふざけてんのはアンタの方でしょ?」  
 
気紛れに、亀頭を嬲るように指先で刺激する。  
それだけで、アゲハは身体をびくびくと震わせた。  
 
「…く、…ぁッ!!」  
「縛られて、しかも女に弄られてるのに、こんなに感じてるんだもんね?」  
 
(…駄目…だ、もう…ッ!)  
 
 
「変態」  
 
 
その一言を引き金に、アゲハは雨宮の手の中に欲望を吐き出していた。  
掌で受け止められなかった残滓は、そのままアゲハの腹を汚していた。  
 
 
「…ぜぇ…、はぁ…ッ」  
 
…まるで、初めて「暴王の月」を使った時のようだった。  
激しい耳鳴りと、真っ白に覆われた視界。  
自分の手だけでは、知ることの無かっただろう感覚。  
アゲハはこの時初めて、身体だけの過ぎた快感は痛みを伴うことを知った。  
 
「そんなに気持ち良かった?」  
「…………あぁ…」  
 
嘲笑と共に聞こえた言葉に、現実に引き戻される。  
乱れた呼吸を押さえ込もうとしながら、辛うじてアゲハは言葉を返した。  
 
「みたいね。こんなに沢山出しちゃうくらいだし」  
 
そう言って、雨宮はアゲハの精液に塗れた手を見せた。  
掌から手首を伝って流れるそれが、アゲハの胸元へと落ちていく。  
垂れ落ちる精液をしばらく眺めた後、雨宮はその手を自分の口元へと運んだ。  
躊躇う様子もなく、手首に舌を這わせる。  
 
「………ん」  
 
ぴちゃぴちゃと、わざとらしく音を立てて舐め取っていく。  
アゲハに見せ付けるかのように、赤い舌が残滓を掬い取っていた。  
煽情的なその様を見て、アゲハの下半身は再び熱を帯びる。  
 
 
じくじくと、膿んだ傷口に苛まれるような感覚に襲われる。  
一度吐精したことで、アゲハは多少なりとも冷静さを取り戻していた。  
翻弄されていた先程までとは違い、ただ眼前の女に欲情していた。  
 
「…なぁ、雨宮」  
「何?」  
「今度は、普通にやらせてくれよ」  
 
自分の吐き出したものを躊躇なく舐める雨宮の姿を見て、自身はすぐに硬さを増していた。  
ただ吐精しただけでは、欲求は満たされることがない。  
 
目の前の女を、抱きたい。  
 
もしも拘束されていなければ、雨宮を押し倒して犯したいとさえ思っていた。  
そんな、衝動的な本能に支配される。  
 
 
「嫌よ。調子に乗らないで」  
「…言ってくれるじゃねぇか」  
「念のため言っておくけど、PSI使ったら殺すわよ」  
 
怒りに燃えるアゲハの瞳を受け、氷のような瞳をしたままで雨宮は釘を刺す。  
「暴王の月を使うな」という雨宮の意図を汲み、アゲハは口をつぐんだ。  
 
「…分かったよ」  
「アンタみたいな変態は、手だけで充分なのよ」  
「…俺が変態だってんなら、雨宮だって大概だぜ」  
「何言ってんのよ、もう勃ってる癖に。このド変態」  
 
一度は放ったというのに、アゲハの自身は既に先程までの硬さを取り戻していた。  
勃ち上がったそれは、跨がったままの雨宮の尻に触れている。  
すると雨宮は、挑発するかのように腰を振ってはアゲハ自身に刺激を与えた。  
 
「…雨宮が、やらしいことばっかするからだろ」  
「だって、夜科のことが好きなんだもん」  
「………は?」  
「だから、虐めてみたくなったの」  
 
そう言って、にっこりと微笑む雨宮。  
異常な発言を一瞬忘れ、アゲハはその笑顔に目を奪われていた。  
 
「…なぁ、それって何か変じゃ」  
「ないわ」  
「いや、絶対変だ」  
「どこが?」  
 
アゲハの疑問を全て捩じ伏せ、アゲハを見下ろす雨宮。  
氷のようなその瞳は、先程までとは違う光をたたえていた。  
 
 
「好きよ、夜科」  
「雨…宮」  
「本当に大好きなの。私だけのものにしたいの」  
「…お、おい、待てよ」  
「だから、私の『モノ』になりなさいよ。ね?」  
 
「………」  
 
とうとう言葉を失ったアゲハに構わず、雨宮は言葉を続けた。  
 
「もっと気持ちいいこともしてあげる。私しか見えないようにしてあげるから」  
 
じりじりと、詰め寄るようにアゲハの上を這う。  
アゲハの胸に着いた手は、べちゃりという嫌な音を立てた。  
 
「感じてる夜科、本当に可愛かったよ?もっと感じてるところ、私だけに見せて?」  
 
アゲハの胸が、先程吐き出された精液で汚れる。  
 
 
「私の、玩具になって?」  
 
 
「………」  
 
とんでもないことを口にしながら、にっこりと微笑む雨宮。  
その笑顔を見ていると、何故か否定の言葉が口から出てこない。  
そんなアゲハの様子を見て、雨宮は愉悦の笑みを浮かべる。  
そして、まだ精液に塗れた指をアゲハの口元に運んだ。  
 
 
「舐めて、綺麗にして」  
「……………」  
「自分が出したのよ。それくらい、出来るでしょ?」  
 
「……………」  
 
無言のまま、雨宮を見上げる。  
これ以上、何かを考えるのは面倒になっていた。  
 
 
 
 
 
唇に触れていた指に、舌を這わせる。  
そうすると、雨宮はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。  
 
「いい子ね、夜科」  
「………」  
「ご褒美に、後で沢山可愛がってあげる」  
 
その言葉に反応するかのように、アゲハの自身は痛いほどに張り詰めていく。  
まるで、その行為を期待するかのように。  
今のアゲハには拘束も嘲笑も、全てが快感の為の材料となりつつあった。  
 
 
雨宮の笑顔に狂わされていく自分。  
 
 
アゲハは、確実にこの倒錯した世界を受け入れ始めていた。  
 
 

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