(それに……、ヴァンにまで、バレてるなんて……ッ!)
つい一昨日のことである。
毎夜のことながら発散出来ない性欲に苛立っていたフレデリカは、少なからず寝不足に陥っていた。
「イケなく」なってからというもの、とにかく寝付きが悪くなってしまったのだからどうしようもない。
改善策も浮かばぬままに廊下を歩いていたところを、ヴァンに呼び止められたのだった。
「フレデリカさん」
「なに?」
「最近、調子が悪そうですね?」
「そんなこと…ない、わよ」
「いーえ、ボクの目は誤魔化せませんよ!診てあげますから治療室に行きましょう!」
「やだ、もう!引っ張らないでよ!!」
フレデリカは不調であってもそれを否定することはいつものことである為、ヴァンは構わずフレデリカの手を引く。
有無を言わさず治療室へと連行されて診察を受けたものの、異常などあるはずもなくヴァンは首を傾げていた。
「うーん…。特に異常はないみたいですね」
「だから、さっきからそう言ってるじゃない!単なる寝不足だってば!」
「ストレスから来てるのかもしれませんね、何か悩みでもあるんですか?」
「悩み…?」
ふとカイルの顔が思い浮かび、フレデリカはたちまち顔を真っ赤に染める。
悩みなら、ある。それもどうしようもなくて、だけれども他人には言えないような深刻な悩みが。
「……ねぇ、ヴァン。例えばの話、なんだけど……」
誰にも話せない内容だが、それでも誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
フレデリカは悩んだ末に「例え話と称してさりげなくヴァンに尋ねてみる」という妙案に思い至った。
但しフレデリカの「さりげなく」は「露骨」と同義である為、単なる赤裸々な告白に他ならなかったのであるが。
ヴァンは真っ赤な顔でしどろもどろになりながら話を続けるフレデリカを前にして、どこか呆れたような表情を浮かべていた。
「……で、どう思う?」
「そうですねぇ……」
ううむ、と唸ってヴァンは考え込む。
突っ込むべき点は山程あるのだが、一体どこから突っ込めば良いのか。
そんな理由で迷っているとは想像だにしていないフレデリカは、神妙な面持ちでヴァンの様子を窺っていた。
「普通なら……、有り得ない話ですね。まあシャオ君なら話は別ですが」
「どういうことよ……?」
「それはシャオ君がヘタ……、女性に手を出せない意気地な……、……紳士だからですよ」
「そうなの……。じゃあ、普通はどうなの?」
「そうですね。普通ならその場で無理矢理レイプされて、嫌がるところに中出しされてもおかしくないですよね」
「……ッ!?」
「というか、それ以外に有り得ないと言いますか……。良く無事で済んだものですね?」
「だッ、だからッ、アタシじゃない、わよッ!!」
「……ああ、そうでしたね。『例えば』の話でしたか」
慌てふためくフレデリカに対し、ヴァンはさも面倒臭いとでも言いたげに眉根を寄せる。
ここまであからさまな反応をしておきながら、それでも尚自分のことではないと言い張れるその度胸はある意味尊敬に値する。
だがしかし、相手をするには少々面倒臭いし骨が折れる。
ヴァンは小さく溜息を吐くと、呆れつつも言葉を選ぶかのように慎重な様子を見せていた。
そして治療室には、どこか重苦しい雰囲気が漂っている。
ヴァンは少し呆れた様子で沈黙し、フレデリカはそんなヴァンの顔色を伺うように時折視線を上向ける。
向かい合って座ったまま、落ち着かないフレデリカと変わらないヴァンの視線だけが、せわしなく交錯していた。
「…………」
「結論を言えば、不用心だなというのがボクの見解ですね」
「う……、うん……」
「何をどうしたらそういう状況に陥ったのかも、正直理解に苦しみますけど」
「そう……なの」
「はい。さっきも言いましたけど、そんな状況だったら大抵の男はヤる気になりますよ。
だって明らかに誘ってますからね?まあ、当人にその意識は無かったんでしょうけど。
それすら知らずに、そんなことをしている辺りが不用心だなぁと思いましたね」
「…………」
「相手もそれを分かっていたから、無理にはしなかったようですけど」
フレデリカの顔は、みるみるうちに真っ赤に染まる。
『本番はしない』と言った代わりに、それに近い行為を強要されたのはそういう意味だったのか。
それなら確かに、強引だったカイルの行動の数々にも納得が行く。
未だに脳裏に焼き付いたままのそれを思い出し、フレデリカはヴァンの前であることも忘れて
手で顔を覆って俯いてしまうと、顔どころか耳まで真っ赤に染めていた。
「……どうしたんですか?顔、真っ赤ですよ」
「な、何でも、ないわよッ」
「そうですか?まるで自分のことを言われたみたいな反応してますよ」
「ち、ちがッ、違うってば!!」
「……まあ、別にどうでもいいですけど。でも今後はもう少し注意した方がいいんじゃないですか?
例えばカイル君あたりなら、まず間違いなく手を出しそうですもんね」
「!!?」
突然カイルの名前を出されたことで、フレデリカは更に露骨に驚いた様子を見せる。
その過剰なまでの反応に、ヴァンも一瞬驚いた表情を見せていた。
しかしすぐに表情を戻してフレデリカを見据えると、今度は意味ありげな笑みを浮かべていた。
「カッ、カカ、カイル……が?」
「そうですよ。シャオ君と対極と言いますか。据え膳どころか、据えてない膳でも構わず食べるくらいですから」
「た、食べ、食べるって……!?」
「……まあ、実際にはどうだかなんてボクの口から言える話じゃないんで、そこはご想像にお任せしますけど」
「あああ、そ、そそ、その……ッ!!」
「あくまで『例え話』ですよ。そちらの『例え話』の相手がカイル君みたいな人だったら……。
どう見ても据え膳ですからね、食べてくださいって言ってるようなものですし。確実に食べられちゃいますよね?」
「…………ッ!!!」
ガタン、と一際大きな音が室内に響き渡る。
フレデリカが勢い良く立ち上がった拍子に、椅子がひっくり返る音だった。
それには流石のヴァンも驚いた風に目を丸くしている。フレデリカはこれ以上ないくらいに顔を真っ赤に染め、唇をわなわなと震わせながら、ヴァンを見下ろしていた。
「帰る」
「まだ診察の途中ですよ?」
「もういいってば。異常、ないんでしょ?」
「今のところは、ですけど」
「これ以上調べたって時間の無駄よ、アタシは全然何ともないんだから、いいのッ」
早くこの場から立ち去りたいんだと言わんばかりに、フレデリカは早口でまくし立てる。
これはもう何を言っても無駄だと判断したヴァンは、盛大に溜息を吐いて見せた。
それを肯定と捉えたフレデリカは、脇目も振らずにドアへと向かって行く。
「あ、そうだ。一つ大事なことを言い忘れてました」
「…………何よ」
「寝不足の原因ですけど『一人遊び』は程々にした方がいいんじゃないかと思って」
「!!?」
余りに予想外な発言に、フレデリカはヴァンの方へと向き直る。
するとヴァンは変わらず屈託のない笑みを浮かべたままフレデリカを見つめていた。
「まぁ、ストレス発散という意味ではいいのかもしれませんけど。流石に毎日は度が過ぎると思いますよ」
「あ……ッ、な……!?」
「女性ホルモンの分泌を促して肌が綺麗になるなんて俗説もありますが、ボクは信じてませんし。結局のところは欲求不満の解消に過ぎないですよね」
「なッ、なな何言って、んの、よッ!!」
「−−ボクが人の身体のことで、分からないことがあるとでも思ってるんですか?」
「…………ッ!!!」
今度こそ完全に絶句してしまったフレデリカは、口をぱくぱくと開閉させながら顔面蒼白となっていた。
内心では笑いを堪えつつ、ヴァンは平静な態度を崩さずに言葉を続ける。
「寝不足になるほどしてしまうなら、敢えて自制するのもいいんじゃないかと思っただけですよ
もしくは……、欲求不満の原因を『解消』出来る方法を探してみたらどうですか?」
「……余計なお世話よッ!!ヴァンの馬鹿あああああッ!!!」
−−バタンッ!!!
ヴァンの言わんとすることを理解したフレデリカは一際大きな声で絶叫すると、乱暴にドアを閉じて走り去っていった。
バタバタという足音が小さくなったところで、ヴァンはとうとう堪え切れずに噴き出してしまう。
「……まさか、相手がカイル君とは意外ですねぇ」
フレデリカほど露骨ではないにせよ、最近カイルの様子も不自然だったことを思い出す。
そして再び噴き出すと、愉快でたまらないといった笑みを浮かべていた。
−−そして一昨日受けたヴァンの「診察」以来、フレデリカの抱えていた悩みは解消されるどころか倍増してしまっていた。
他の誰かならハッタリだと受け流すところなのだが、CUREの使い手であるヴァンとなれば話は別だ。
しかもあの口ぶりからすると、以前からフレデリカが自慰行為を繰り返していることも見抜いているようだ。
カイルに知られてしまったというだけでも問題だというのに、まさかヴァンにまで知られてしまうとは。
フレデリカは盛大な溜息を吐くと、頭を抱え込んでいた。
「……どうしようもない、でしょ」
フレデリカは壁に背を預け、抱え込んだ膝の上に顔を伏せる。
自慰行為によって愛液や汗で汚れたショーツは既に脱ぎ捨てていた。一糸纏わぬ姿でシーツに包まっていると、火照った身体を擦る衣擦れの感触が心地好い。
快感と背徳感に煽られた身体は、たったそれだけの刺激でも再び欲望に溺れつつあった。
「……ッ、……あ……」
半端な刺激では満足の出来ない貪欲な身体。フレデリカの指は、そんな身体を慰めようとして秘唇を掻き回す。
ぐちゃぐちゃという淫靡な音と共に、奥から新たな愛液が溢れて指を汚す。
自分の指では絶頂には至れない。そのことは嫌というほど分かっていながらも、我慢の出来ない身体は形ばかりの快楽を欲する。
そして当然のことながら絶頂には至らず、却って悶々とすることも分かっていながら、それでもフレデリカは目先の快楽に身を任せずにはいられなくなっていた。
「はッ……、あぁ……」
カイルとの行為を思い浮かべながら、目を閉じて脚を開くと秘唇に指を突き立てる。
じゅぷじゅぷと音を立てながら指で秘唇を犯していたが、今度はヴァンの「忠告」が脳裏を掠める。
そうして手を止めては頭を抱え、再び手を動かしても満足出来ずにまた手を止めていた。
「……やっぱり、これしかないのかしらね」
昨日は結局どうしようもなくなり、一段と煮え切らない状態のまま就寝せざるを得なかった。
このままでは本当に体調を崩してしまいかねない。かといってこの「日課」を止めてしまうことはもっと出来そうにない。
考え抜いた末にフレデリカが出した結論は「指が駄目なら違うものを使えばいい」というものだった。
「…………」
意を決して、ベッドサイドに用意していたものに手を伸ばす。
手にしたもの、それは今日の収穫作業の際にこっそりと拝借してきた胡瓜だった。
こんな行為に食物を使うことに対して少しばかり罪悪感を覚えはしたが、かといって他に使えそうなものは思い浮かばない。
手の中の胡瓜を、まじまじと見つめてみる。恐らく男の自身より細めであろうそれは、フレデリカの指よりも径が太い。
その質感に気圧されはしたが、背徳感と罪悪感の入り混じった好奇心が恐怖を上回っていた。
フレデリカは手の内で胡瓜を弄んでいたが、しばらくして胡瓜に手を沿えると、おもむろに濃い緑色のそれを口に含んだ。