「初めまして、かしらね」  
「雨…宮…?」  
「…それは『アイツ』の名前。アタシはアタシよ」  
 
浅黒い肌に、爛々とした光を湛える瞳。  
ついさっきまで雨宮が居たはずの場所に、そう言って笑う女の姿があった。  
雨宮に良く似た、だけれども雨宮とは似ても似つかない女。  
女はアゲハを正面から見据え、不気味な笑顔を浮かべていた。  
 
「こうやって会って話すのは初めてだけど、アイツから聞いてんでしょ?アタシのこと」  
 
 
(夜科…、どうしよう…。私の中にもう一人の『私』が居るの…)  
 
(自分でも良く分からない…!でも、居るの…!私の中で、私を乗っ取る機会をずっと狙ってるの…!)  
 
(…信じられないでしょ?私だって、私だって…、こんなの、信じたくないわよ!!)  
 
 
混乱しきった雨宮が振り絞るように叫んだ言葉が、  
全てから身を守るように肩を抱えて震えていた姿が、  
自分にしがみつき、声を殺してすすり泣いていた姿が脳裏に浮かんだ。  
 
「…ああ、聞いてるぜ」  
「それにしては随分と失礼な応対をしてくれるのね。笑顔の一つも見せたらどうなのよ?」  
「冗談じゃねぇよ」  
 
アゲハは、怒りに満ちた瞳で眼前の女を睨みつける。  
しかし女は射抜かれそうな程に鋭い視線をものともせず、変わらず小馬鹿にしたような笑顔を浮かべていた。  
 
「お前、雨宮の別の人格ってヤツなのか」  
「…アンタ、本ッ当に失礼なヤツなのね」  
 
女は目を細め、不貞腐れたような表情を浮かべている。  
そしてどこか子供じみていながらも、抜き身の刀のような危うい雰囲気を漂わせていた。  
 
「アタシはアタシ、アイツはアイツ。そうやってアタシをアイツのオマケ扱いしないでくれる?」  
「何言ってんだよ。お前が雨宮ん中に勝手に居座ってんだろ」  
「違うわよ、アイツがアタシを造り出したの。アタシが居ないと何も出来ないのはアイツの方よ」  
「…それ以上言ってみろ。ただじゃおかねぇぞ」  
「…へえぇぇ?ただじゃおかない?そうなのぉ?」  
 
何事にも興味はないと言いたげに、指で毛先を弄ぶ仕草がアゲハを更に苛立たせた。  
凄むアゲハの低い声に、女は目を見開いてアゲハの顔を覗き込む。  
おどけた態度と反比例して、その瞳は狂気に塗れていた。  
 
「アンタ、状況がちっとも分かってないようね」  
「…んだとォ?」  
「今、この身体はアタシのモノなの。つまりはこの身体をどうしようと、アタシの勝手ってわけ♪」  
「な…ッ!」  
「だから例えばァ…。こういうコトも、出来ちゃうのよ?」  
 
にぃ、と唇の端を吊り上げて、自分の胸元へと手を伸ばす。  
そして無造作に、ブラウスの下の膨らみを鷲掴みにしていた。  
 
「雨宮の身体でそんなこと、するんじゃねぇよッ!!」  
「だーかーらァ、アンタにそんなこと言う筋合いなんて、ないって言ってんでしょォ?」  
 
けらけらと、小馬鹿にした笑い声を上げながらアゲハに見せつけるように胸を揉みしだく。  
空いた手でリボンタイを緩めると、ブラウスのボタンを外していった。  
 
「…このまま外に出て、適当な男でも誘ってこようかしらね?」  
「止めろ…ッ!!」  
「別にアタシは、この身体で何をしたって平気なんだから」  
「…テメェ!いい加減にしろよッ!!」  
 
怒りに任せ、胸を弄んでいた「雨宮」の手を乱暴に掴んで引き剥がす。  
ぎりり、と歯を食いしばるアゲハの表情を見て、女は狂った笑い声を上げていた。  
 
「あーはっはっはっは!おっかしいぃ…!」  
「この…ッ!!!」  
「…なら。アンタが相手、してくれるぅ?」  
「……何、だと…?」  
「だって、そういうコトでしょ?」  
 
呆然としたアゲハの手から、力が抜けていく。  
女は掴まれていた手首をするりと引き抜くと、アゲハの指の跡が残った手首を軽く振っていた。  
 
「…お、まえ…。何を、言って…」  
「アンタさぁ、コイツのこと好きなんでしょ?」  
 
身を乗り出して、詰め寄って来る女。  
雨宮の姿をした、それでも雨宮とは違う存在。  
図星を指され、詰め寄られるとアゲハは動揺せずにはいられなかった。  
 
「コイツもね、アンタのことが大好きなんですって。良かったわねぇ、あははははっ!!」  
「この…ッ!」  
 
「…ねぇ?この身体、好きにしたいと思わない?」  
 
唐突な、それでいて甘美な一言にアゲハは言葉を失う。  
それを見越した上で、女はくすりと妖艶に微笑んでいた。  
 
「…一つ、いいコト教えてあげよっか」  
「何、だよ…」  
「この間、あの研究所で出て来れるようになってから、アタシもそれなりにこの身体を使えるようになったの」  
「だから…?」  
「今はアタシが『表』に出て、アイツは意識だけの存在になってるワケ」  
「そりゃ、そうなんだろうな」  
「アタシも長い間、コイツの中に居たからね…。それなりにココロの扱いは、心得てんのよ」  
「…何が言いてぇんだ」  
「アタシは今、アイツをココロの『奥底』に閉じ込めてんの」  
「……?」  
「つまりぃ…、今アンタがこの身体をどうしようと、アイツには分からないってコトよ」  
 
女はアゲハの顔を覗き込み、愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。  
ただ自分が楽しむ為だけに雨宮の身体を使い、アゲハの感情をも利用する。  
その意図を分かっていながら尚、アゲハはその甘美な誘惑を振り解くことが出来ずに居た。  
 
「アタシの言いたいコト、…分かるでしょ?」  
「………」  
「『中身』が違ってたって、身体が一緒なら大して変わりはないと思わない?」  
「うる…せぇッ…!」  
「アタシなら、アイツと違ってどんなことだってさせてあげるんだけどぉ?」  
 
いつの間にか眼前まで詰め寄っていた女が、アゲハの顔を覗き込む。  
アゲハは、この誘惑を絶対に拒めない。  
それを理解しているからなのか、やたら上機嫌な様子で女は赤い舌を覗かせて唇をぺろりと舐めていた。  
 
「…ねぇ?この身体で、気持ちいいコトしたくなぁい?」  
 
愉悦と毒気をたっぷりと含んだ「雨宮」の猫撫で声が、生温い吐息を伴いアゲハの耳元で囁く。  
アゲハを嘲笑うその声は、耳の奥にこびりついて離れなかった。  
 
 
 
 
ぴちゃぴちゃと、仔犬が皿を舐めるような単調な音がする。  
そんな音に混じって、鼻にかかった甘い吐息と呻き声が室内に響いていた。  
 
「…ッ、…う…!」  
「…んむ…っ、…ふふ、気持ちイイ…?」  
 
ベッドに腰掛けたアゲハと、その足の間に屈み込んでいる雨宮。  
雨宮は屹立したアゲハ自身を指で扱き、猛った自身に舌を這わせていた。  
手を上下に動かすたびに、粘ついた卑猥な水音が響く。  
アゲハの自身や雨宮の指は、唾液と先走りの混じった液体で淫靡に汚れていた。  
 
「何で、そんな嫌そうなカオしてんのよ」  
 
アゲハ自身を責め立てる指の動きはそのままに、アゲハを挑発するように自身をべろりと舐め上げる。  
その拍子にアゲハが身体をびくりと跳ねさせると、女は不機嫌そうな表情を見せた。  
 
「まさか、やっぱりアタシにこうされるのが嫌になったなんて言わないわよね…?」  
「………」  
「何それ。…ったく、これだから男ってタチが悪いわ」  
 
息が上がり、羞恥と快感で火照った身体からは汗が噴き出す。  
無言のまま、雨宮から目を逸らすアゲハ。  
雨宮が自分に奉仕をしている、酷く劣情を誘う光景。  
僅かに残った理性が、快楽に身を委ねながらもそれを視界に入れまいとしていた。  
 
 
「アタシがアンタを無理矢理襲った訳じゃあ、ないでしょ?」  
 
「アタシでもいいから、こうやってアタシにしゃぶらせたりしてんでしょ?」  
 
「それとも何よ。『やっぱりそんなつもりじゃなかった』とでも言う気?」  
 
不機嫌さを滲ませながらも、その顔は愉悦に歪むことを隠そうともしていない。  
アゲハが今更何を言おうとも「雨宮」の身体と「女」を欲したからこそ、こうなったことに変わりはない。  
それはある意味では、アゲハが女を「雨宮」として認めたことに他ならないのだ。  
その事実が、女に絶対的な優越感を抱かせていた。  
 
「…とっとと認めなさいよ。この身体を好きに出来るんなら、中身がどうでも構わない最低野郎だってね」  
「テメェ、さっきからいい加減にしろよッ!」  
「あーあもう、そういう言い訳なんか聞きたくないんだってば」  
「ふざけんてじゃねぇぞ…!」  
「もういいわ、本当に面倒臭いったら。…この辺で終わりにさせて貰うわよ?」  
 
雨宮は、声を荒げるアゲハを無視して再びアゲハの自身を口に咥える。  
そしてねっとりとした動きで舌を絡ませながら、頭を沈めて自身を根元まで呑み込んだ。  
半ばまで口に含んだところで、自身を指で扱き始める。  
わざとらしく音を立てながら、自身を咥えて口腔の粘膜と舌と指とで責め立てていた。  
 
「……ッ!…あ…ぁ、…止め…ろ…ッ!!」  
 
雨宮が頭を上下させ、舌と唇が自身を包んで往復するたびに溢れる唾液。  
アゲハの自身と下肢、そして雨宮の指と口元を汚すそれが、じゅぷじゅぷと淫らな水音を響かせていた。  
粘液に塗れた指が自身を扱き上げ、舌先で亀頭を愛撫する。  
尖らせた舌先に鈴口を刺激され、アゲハは息を呑み言葉にならない声を上げていた。  
 
 
「は…ッ、あ!…うぁあ…ッ!!」  
「…ふふっ。まだ、我慢出来るのぉ…?」  
 
舌でアゲハ自身を弄びながら、上目遣いでアゲハを見据える雨宮。  
愛撫する手と舌の動きはそのままに、艶を帯びた瞳がアゲハを嘲笑っていた。  
アゲハは雨宮の視線から逃れようと、顔を覆って目を背ける。  
すると、くすりと小さな笑い声が響いて雨宮は再びアゲハの自身を咥え込む。  
そして強く吸い上げると、それだけでアゲハの自身はびくびくと脈打っていた。  
 
「………ッ!!!」  
 
無意識の内に、もう片方の手で雨宮の頭を掴む。  
力の篭った指に、乱された雨宮の髪がぐしゃぐしゃと絡んでいた。  
雨宮の愛撫から逃れようと、引き剥がそうとしているのか。  
或いは更なる快感を欲し、雨宮を逃すまいとしているのか。  
そのどちらでもあり、どちらでもなかった。  
 
じゅるりと音を立て、雨宮が一際激しく自身を吸い上げる。  
他人に舌で責められる経験などないアゲハには、それはあまりにも強過ぎる刺激だったようで。  
歯を喰いしばって身体を震わせながら、雨宮の口腔へと白濁をぶち撒けていた。  
 
 
 
「うふふ…、随分沢山出したわね」  
「…はぁ、…あ、…クソ…ッ!」  
「…ごちそうさま♪」  
 
口腔に吐き出された精液を、雨宮は躊躇うことなく飲み下していた。  
白い喉がごくりと音を立てた拍子に、残滓が唇から溢れる。  
どろりとしたそれが一筋、顎を伝って胸元へと垂れ落ちていた。  
 
「ん…、ふふ…っ」  
 
口元を汚していた精液を指で拭い、それをはだけたままの胸元へと無造作に塗りたくる。  
新たな遊びを見つけた子供のように、やたらと楽しそうな表情を浮かべていた。  
 
撫で回された胸元は、精液でべたべたに汚れている。  
異常で卑猥な光景を見せつけられ、アゲハは自分の内に再び欲望の炎が灯ることを自覚する。  
すると雨宮は顔を上げ、不気味に唇の端を吊り上げて笑った。  
 
 
「…ねぇ。まだ、足りないでしょ…?」  
「何、言ってんだよ…」  
「今更、そうやって誤魔化すのは止めにしない?」  
「………」  
「これだけで満足だなんて…、言わないわよね?」  
 
アゲハの太腿に手を置き、そのまま身を乗り出す雨宮。  
先程までの人を小馬鹿にしたような表情はそのままに、その瞳は情欲に溺れた「女」の目をしていた。  
 
「アタシ、まだ足りないの」  
「…知るかよ」  
「アンタのせいよ…。自分だけ勝手に気持ち良くなってないで、責任くらいはちゃあんと取りなさいよねぇ…?」  
「そんなモン、テメェの都合だろ」  
「…へぇ?まだそんな口が叩けんの?」  
 
アゲハを下から見上げる雨宮の瞳は、飢えた獣のように爛々と輝いている。  
乱れた髪や上気した頬、そして精液に汚れた胸元。  
そんな姿で妖艶に微笑む雨宮は、ある種の凄絶さと狂気に満ちていた。  
 
「もう、いいじゃないの。ここまで来たら何したって一緒よ」  
「だから、さっきから何を」  
「アタシと一緒に、気持ち良くなりましょうよって言ってんの」  
 
身体を起こし、アゲハの瞳を間近に覗き込む。  
アゲハは、そんな雨宮から目を逸らせずにいた。  
 
「どうせアイツには分かりっこないんだから、いいでしょ?」  
「そういう問題じゃ…ねぇだろ」  
「そうね、問題なんて何もないわよね」  
「違う、だろ…」  
「だからもういいのよ、そういう下らない言い訳はぁ…」  
 
アゲハの首に両腕を絡め、顔を近付ける。  
 
「アタシもアンタも、結局は『共犯者』なんだから」  
「………」  
「だから、もう何も考えないで。二人で楽しみましょうよ」  
 
 
「ねぇ、夜科ぁ…」  
 
 
そして『雨宮』は、アゲハの返事も待たずに唇を重ねてくる。  
開いた唇の隙間から、するりと舌を滑り込ませてきた。  
貪るようにして舌をアゲハの口腔へと捻じ込み、そのまま歯列をなぞる。  
 
「………」  
「…んっ…!」  
 
アゲハは、無言のまま雨宮の背中へと手を回す。  
もう片方の手はスカートから伸びた足を撫で、雨宮を煽るように更に「奥」へと潜っていった。  
 

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