本当に今日はどうかしている。
目の前にあるのは自分が知らない顔。
「今からちょっと良いかな…」
雨宮とは小学校から一緒だった。だが、こんなにか弱く、はかない彼女をアゲ
ハは知らない。二人きりの廊下、あどけなさと色っぽさが混在する雨宮をこの
場で抱きしめてしまいたい衝動を抑えるので必死になっているのに気づいてい
るだろうか。雨宮は震える手でアゲハの手首を掴んだ。
「あっ…!」
「えっと…」
思わず見つめ合ってしまい言葉を失う。少しパニック気味な雨宮は掴んだまま
走りだした。
「どわっ!」
「き、来て!!」
握られた手首に走る痛みにアゲハは、雨宮の並々ならぬ意志を感じた。
「はぁ…はぁ…ごめんね、走らせちゃって」
「いや…」
駆け込んだのは雨宮の使っている部屋だった。恐らくはとっさの判断だろうが、
夜に女の部屋というシチュエーション、しかも昼間にはちょっとした事件があ
った部屋だ。意識するなと言うのが土台無理な話だろう。
「で…あのね……えっと…」
言葉が出て来ない。今まで必死に自分に嘘をついて来た雨宮は、こんな時にど
う言えば良いか分からないかも知れない。言葉と一緒に呼吸も忘れたか、息苦しそうになり目には光るものがある。
「昼間の事…だろ…?」
「う、うん!」
極力動揺を悟られないように、出来ればこの場の空気をリードしてやるように
アゲハはさりげなく隣に座った。
「夜科は…どうなの?」
「どうって…」
「あの言葉は嘘?」
「…」
「私は………嘘じゃない!夜科が好き。私の話を聞いて笑った人を殴った時も、
ここのプールや研究所で言ってくれた時も…ホントに嬉しかった」
「俺も嘘じゃない…」
「ホントに!?」
目を大きくして雨宮がはっとこちらを向く。
「あぁ、俺嘘つかないだろ?」
「じゃあ…」
「じゃあ?」
「昼間の続き、してくれる?その先まで…」
喧嘩の時と同じだ。すっと頭が冷え、肝が据わる。アゲハは覚悟を決め、少女
の肩を掴んだ。