「…ねえ、夜科」  
「何だよ?」  
「今日、何の日か知ってる?」  
「今日…?」  
 
いつものように雨宮の家を訪ね、買ってきた雑誌を眺めていたアゲハの手が止まる。  
携帯を取り出して日付を確認してから疑問符を頭上に浮かべ、壁に掛けられたカレンダーに視線を送っていた。  
 
「6月、7日…?」  
「うん」  
「………??」  
「分からない?」  
「あ、待て、答え言うなよ!?えーと、あれだ『かわいいコックさん』の日だろ!」  
「違うわよ。しかもそれ、6月6日じゃないの」  
「そうか、じゃあ『むち打ち治療の日』だろ!」  
「………合ってるけど違うわよ」  
「確か『む(6)ちうちをな(7)おそう』だからなんだぜ」  
「そんな豆知識は要らないわよ。結局、分からない訳ね?」  
「悪りい、マジで分からねぇ」  
 
「誕生日」  
「へ?」  
「誕生日なの、私の」  
「そう…だった、か…?」  
「そうよ。ジャンプの付録にも書いてあったじゃない」  
「いや、ジャンプならこの前姉キが廃品回収に出してたから」  
「へー、そうなの」  
 
(や、やべぇ…!殺されるかもしんねぇ…!!)  
 
自分がいかに不用意な発言をしていたかに気付き、アゲハは慌てる。  
部屋を見渡せば、壁に立てかけられた妖刀と雨宮自身から禍禍しい気配が迸っていた。  
血の雨が降る前に、どうにかしてこの状況を打破しなければ。  
そんな思いから、アゲハは異常なくらい不自然でぎこちない態度を取り始めていた。  
 
「そ、それなら、さ」  
「…何よ」  
「ちょっと遅れちまうけど、週末にでも一緒にどっか行かねぇか?」  
「忘れてたくせに…」  
「だからさ、何か欲しいモンがあったら買ってやるよ。それが嫌なら映画とかカラオケでもいいし」  
「…本当?」  
「ああ」  
 
少しだけむくれた顔をしながら、雨宮は抱き抱えたクッション顔を埋めてアゲハにちらちらと視線を送る。  
その仕草自体は素直に可愛いと言って差し支えのないものだったが、  
まるで愛想を振りまく猛禽類のようなその姿に、アゲハは本能的な恐怖を抱かずにはいられなかった。  
 
「それなら私、欲しいものがあるんだけど」  
「ああ、何でもいいぜ。俺に買える範囲ならよ」  
「それは大丈夫よ、そんなに大したものでもないから」  
「何だそりゃ。そんなモンでいいのか?」  
「ええ。…その代わり、今すぐ欲しいんだけど」  
「今すぐって…、この時間から出かける気かよ?」  
「その必要はないわ」  
「あ?」  
 
ベッドに座り込んでいた雨宮が、おもむろに立ち上がる。  
次の瞬間、アゲハの視界は衝撃と共にぐるりと回転していた。  
 
 
ばしっ。ガツン。どさっ。  
 
 
「…いッ、てええええーーッ!!オイ雨宮、いきなり何しやがるんだよ!!!」  
「あら、ごめんなさい。テーブルの角に頭ぶつけさせちゃったみたいね」  
「そこじゃねぇよ!いやフツーに痛いけど!!」  
「じゃあ何よ」  
「欲しいモンの話してんのに、何で俺の上に乗っかってんだ!どけよ!!」  
 
恐らくライズを使ったのだろう。  
いつの間にか押し倒されていたアゲハは、テーブルの角で強打した頭の痛みに顔をしかめていた。  
そんなことはお構いなしとでも言いたげに、雨宮はアゲハの腹の上に跨がっていた。  
その上で両脚を使い、太ももでアゲハの身体をがっちりと固定している。  
アゲハは逃れることの出来ない、天国に見せかけた地獄のような状況に追い込まれていた。  
 
「だって、今すぐくれるんでしょう?」  
「何をだよ!この状況で、何をだよ!!」  
 
「夜科」  
「…ハイ?」  
「夜科(の身体)を、ちょうだい?」  
「いやちょっと待て。(の身体)って何だよ、(の身体)って」  
「そこは含みというものよ。日本語って便利よね」  
「それ絶対違うだろ」  
 
アゲハの抗議は聞き流し、雨宮はアゲハの顔を覗き込むようにして覆い被さる。  
逆光の中でアゲハを見据えるその瞳は間違いなく本気で、それが余計にアゲハの恐怖心を煽っていた。  
雨宮はそれを知ってか知らずか、唇の端を笑みの形に吊り上げていた。  
 
「夜科が、欲しいのよ。…いいでしょ?」  
「…ちょ、おま…ッ!待てよ、頼むから!つーか、上下が逆だろうがよッ!」  
「大丈夫よ、私は上でも問題ないから」  
「俺は問題あるんだよッ!!」  
 
貼り付けた笑みを浮かべたまま、アゲハの首筋を這い回るように指でなぞる雨宮。  
アゲハを焦らし、煽るように指で責め立てながら、器用にアゲハの着ているシャツのボタンを外してしまっていた。  
それだけでなく、いつの間にやら自身の着ているシャツのボタンも外しきっている。  
はだけたシャツの奥から覗く白い肌と、形は良いが小ぶりな胸元にアゲハは目を奪われていた。  
 
「今日は、私の誕生日なのよ?」  
「ああ、そうだな。分かったからどいてくれよ」  
「だったら、私のお願いは聞いてくれてもいいわよね?」  
「内容にもよるだろうが!」  
「ふーん…」  
 
 
ちろり。  
 
 
雨宮の赤い舌が、唇を舐める。そしてアゲハを見下ろすその瞳は氷のように冷めきっている。  
今度こそ地雷を踏み付けたことに気付いたアゲハは、冷汗を流しながらも必死に雨宮を制そうとしていた。  
 
「待て、落ち着け雨宮。話せば分かる、そうだろ?」  
「そうね、身体と身体で語り合うのよね。分かってるわ」  
「全然分かってねぇだろそれはああああ!!!」  
「大丈夫よ、心配しないで?」  
「今この状況で、心配以外の何をしろってんだよ!!」  
 
「もう二度とこんなことがないように、6月7日が何の日だったかを身体にたっぷりと教え込んであげるから」  
「!!!」  
「それじゃ…始めましょうか?」  
 
 
…それから数時間に渡り、雨宮の部屋からアゲハの絶叫が響き渡っていたことは勿論言うまでもない。  
 

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