――帰り道――
「庶民のバカッ!!あんな奴とイチャイチャしちゃって!もう知らないっ!」
今日のシエラはものすごく機嫌が悪かった。
せっかく2人きりで帰っている所をアルフに邪魔されたのだ。
あまつさえ抱き合っている所さえ見せ付けられた。
「せっかく2人きりだったのに、、、
べっ、別に2人で帰ったからって嬉しくは全然ないけど!!
そ、その、ああぁぁぁぁもぉ!とにかく庶民のバカ!!
はぁ、なんでこんな怒ってるんだろう、私。」
往来で大声を上げながら胸の辺りがチクチク痛み、時にポッカリ穴が開いた感じにもなる。
さすがのシエラも心にまで猫を被る事はできないらしい。怒りながらも哀しく、そして寂しい。
そんな複雑な気持ちを胸に抱きながら家へ帰る。
――シエラの家――
「お帰りなさいませ、お嬢様。この季節も夕方は風が冷たいでしょう。湯沸かし器でロシアンティーなどはいかがでしょうか。」
片眼鏡をかけた青い瞳の青年がシエラに恭しく声をかける
「ありがとうニコライ、でも今日はいいわ。」
家に帰るまでに猫を被り直したシエラは宝石のように眩しい笑顔で応えた。
しかしそこには微かな違和感があった。長く仕える彼にだけ感じ取れた何かが。
「そうですか、でしたらロシア帝国に纏わる少々面白い小話を聞いてみませんか?」
ニコライの言葉にシエラは一瞬驚いた、何しろそういう話をニコライから聞いた事が無かったのだ。
歴史関係の話と聞いて浮かんできた誰かを吹き消すように無理に大きく声を発した。
「面白そう、どんなお話なの?」
シエラの部屋へ向かう途中、ニコライは笑顔を崩す事無く話を始めた。
「このサーベルはタタール人との戦いの折に皇帝陛下に献上されたものですが、
中央アジアの様々な場所に勢力を拡大していたタタール人は
ロシアの民からはとても想像できない物を持っていたそうです。」
「とても想像できない物って?」
「人の心を自分にひきつける薬だそうです、
琥珀色の瓶に銀の装飾が施された中身を食事などに混ぜ、
食べさせると一刻はその者の虜になると言われています。」
「ふふ、なぁにそれ。面白そうね。」
シエラから自然と笑みがこぼれた。
ニコライは少しほっとした様な顔で、
「ですが、既に万民から愛される美貌を持っていらっしゃるシエラお嬢様には無用でしたね。」
「万民からだなんて、言い過ぎよ。でも、ありがと。面白かったわ、また聞かせてね。」
ニコライにそう告げ、シエラは部屋に入っていった。