「随分とお早いご帰還だな」
夜も暮れようかという時間帯に橋の下に戻った伍長を待っていたのは少尉
だった。何故ここがわかったのかと問いかけようとして伍長の舌が上あご
に張り付く。少尉は静かに怒っていた。
「あの……一体、どうして……」
それでも必死に聞くと、少尉は深くため息をついた。
「オレルドと『元気の出る店』に行ったのだろう?」
「え……」
「やはりそうか! さぞや楽しんだことだろうな! その手で女を抱いた
のか? さぞや――さぞ、気持ちよかったことだろうな!」
「ちょ…少尉、落ち着いてください……」
大声を張り上げる少尉に手を差し出すと振り払われた。
視線に見上げると、橋の上から顔見知りが平気か、と顔で聞く。大丈夫、
と手を振って答えると、伍長は無理やり少尉の背中を押して橋の下の暗が
りに座らせた。
「少尉……?」
顔をのぞき込むと、少尉の瞳に涙が浮かんでいるのがわかった。見られて
顔をそむける少尉の姿を見て、伍長は全てを悟る。
「少尉……!」
「お、お前がそんな店に行くからいけないんだ」
少尉の唇から、独占欲が溢れ出る。
「お前が、そんなことをするなんて――私以外の者にそうやって触れるな
んて、許せない……!」
ぐっと握りこぶしを作る少尉の手を、伍長の大きな手が包み込んだ。
少尉が顔をあげると、いつものように眉尻を下げた笑顔が目の前にあった。
「俺はさっき、『元気の出る店』の前で、逃げてきました。……准尉には
悪いと思いましたけど、そういうことは、出来なかったんです……」
「何故だ」
「なんでって……だって、俺には少尉しかいないから……です……」
消え入りそうな言葉とは裏腹に、握る手に力がこもる。
互いの胸がいとしさでかき乱された。
「証拠を、見せろ……」
引っ込みがつかないのか、それとも納得がいかないのか。少尉は横を向く。
ともすれば折れそうな背中に大きな手を回して引き寄せながら、伍長は少
尉の唇をキスで塞いだ。
翌朝、ひとり目覚めた伍長は少尉の不在に気付くが、頬を緩めた。
顔見知りに昨夜の事をからかわれながらも、伍長はずっと、縛られる喜び
に浸っていた。