それは純粋な好奇心。
一体あの小さな体のどこに、あれほどの力と精神力があるのか?
「――・・・!」
武器さえなければただの女。その考えは、左頬に食らった平手打ちにあっさり叩き潰された。
ジンジンとうずく頬を撫でながら、やっとの思いで小柄な体を床の上に組み敷く。
「別に乱暴しようとしているわけじゃない」
この格好で、何の説得力もない言葉に、彼女が抵抗するのをやめる。食い入るようにこちらの顔を見つめ、あぁと声を出した。
「お前は、第一の大剣の・・・」
そういえば名乗っていなかった。まあ、資材庫で出会いがしらに掴みかかったので、名乗る暇もなかったんだが。声と、頬と額に走る傷を見て思い出したらしい彼女は、また眉を吊り上げていた。
「復讐でもするつもりか?」
睨み付けてくる緑の目に肩をすくめる。
「違う。・・・興味があるんだ」
「興味?」
ころころと表情を変える、まだ少女とも言える幼い顔。背丈もこの体の胸辺り。押さえつけている手首など、細くてか弱くてこのままへし折るのは容易いだろう。
そんな女のどこに、この俺をも切り裂く力があるというのか。
「筋肉は・・・思ったより無いな」
二の腕からわき腹まで手のひらを這わせる。着痩せしているだけかと思ったが、どうやら実際にも華奢なようだ。足も、そして首筋も。触れるたびにギクッと体を強張らせるそのしぐさも、幼くて頼りなくて。
「・・・信じられん」
彼女の上着を乱暴に肌蹴る。これまで困惑気味に事の成り行きを見ていた顔が、一気に引きつった。
「貴様!やめ・・・!!」
悲鳴のような制止の声は、シャツのボタンが弾け飛ぶ音にさえぎられる。再度抵抗を始めた両手首をひとくくりに押さえつけ、その体を見下ろした。
停戦後に入隊したくちだろう。白い肌は傷一つなく美しい。
「こんな細い体で、どうやってメーネを振り回した?」
「・・・興味があるとはその事か」
赤らんだ顔で睨み付けられても、迫力のハの字もなかった。女性特有のふくよかな腰回りに手を這わせれば、小さく跳ねる体。
「触るな!」
「柔らかいな。まだ成長段階だ。あんたはもっと強くなる」
それなのに、今の彼女にすら勝てない自分は。
言いたい事を悟ったのか、彼女は眉間にしわを寄せた。
「私は努力してきた。幼い頃からずっと」
「そんなもの、俺もしている」
彼女の言葉をさえぎり、顔をずいっと近づける。
「努力など、とうの昔からしてきている。それこそ血ヘド吐き尽くすまでな」
金色のまつげが震える。それでも目だけはそらさずにこちらを睨み付けてくるのが、なんとも健気で憎たらしい。
「あんた、まだ二十歳にも満たんだろう?倍とまでは言わないが、それ近く俺のほうが長く生きて、努力してきた。その俺が、なぜあんたに勝てない」
自分で出した疑問に、答えを出したのも自分だった。
頭にぽつんと浮かんだ言葉。
――才能。
努力では決して超えられない壁。
俺には、ないもの。
水道局の一件以来、立ち込めていた霧が一気に晴れた気がした。チクチクと痛んでいた胸の傷も嘘のようになくなった。
「・・・俺は一生あんたには勝てんな」
諦めというか開き直りというか、いっそ清々しい気持ちで吐いた言葉だったが、彼女には自虐的な皮肉に聞こえたのだろう。慌てたように言葉を探す。
「あ、そ、そんなことは・・・」
床に押し付けられ、肌をさらした状態で他人の心配をするとは、滑稽にもほどがある。くくくと喉で笑うと、桃色の唇がとんがった。
その唇は小ぶりだが、柔らかそうだ。あご、首筋をたどって豪奢な下着に半分隠れている胸元も、目が飛び出るくらい高い石鹸を使って磨かれているのだろう。滑らかな肌に舌を這わせれば、きっと気持ちがいい。
「やばい」
その言葉に眉をひそめた彼女の吐息が、唇を濡らす。口角を吊り上げ笑って見せた。
「こんなガキに欲情するなんて」
白い胸元が艶を帯びる。恐怖に引きつった顔を見て、脳が歓喜に沸いた。
唇がぶつかる一瞬前、彼女の口から他の男の名前が漏れた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。