「少尉、起きてください、少尉」  
体をゆすられ、アリスは目覚めた。  
 目をこすりつつどことなしか消毒液臭い真っ白なシーツから顔を上げたが、目の前にはパ  
ジャマの胸元しか見えず、声の出所はもっと上方にあるらしい。  
「伍長、か。……ああ、私は眠ってしまっていたようだな、全く役に立たぬ付き添いですまない」  
作戦終了後、例によってまた負傷し入院した彼に付き添っていたことをアリスは思い出した。  
怪我事態はそうたいしたものではなかったのだけど。  
「あ、いえ、俺もついさっきまで寝てましたから」伍長は頭を掻くと窓の外に目をやる。  
「あの、俺大丈夫ですから……もうお帰りになったほうがいいですよ。外、真っ暗です」  
「何をいってる? ああ」しばらく考えてからアリスは微笑んだ「平気だ。軍隊にいる  
娘に門限などない」  
「でも……少尉には婚約者がいるでしょう? ……よくないです」  
「何を言うか、深夜に及ぶ作戦などこれまでいくらでも」あったではないか、と言いかけ  
たとき不意に病室が暗くなり、アリスは伍長と二人っきりで狭い個室にいることを意識し  
た。月は完全に雲の下に隠れてしまい、お互いの顔もよく見えない。  
「いや、わかった、お前がそう言うなら今日は帰るとしよう。……言っておくが、  
別にフィアンセなどに気を使っているのではないからな」  
 立ち上がってやっと、ベッドで身を起こしていると男と同じぐらいの背丈になる。  
闇の中の男はうつむいているようだ。重い雰囲気が伝わってくる。  
伍長は結婚や婚約者という言葉が出るたびに顔を曇らせているくせに、やめて欲しい  
とか嫌だとは一言も言わない。それどころか今夜のように気を使ったりする。自分か  
ら気を使っておいて何を悩んでいるか、とアリスは意地悪な気分になった。  
「お前がそんなことを言うからレオニール殿のことを思い出したぞ……  
お懐かしい、どうしておられるやら。あの夜のダンスは実に楽しかった」  
「少尉!」  
 伍長が顔を上げた。  
「なんだ」  
「あの……その……」  
「はっきりともうせ!」  
「少尉、あの……結……嫌……い、いいえ、何でもないです」  
嫌なら嫌、やめて欲しいならやめろとはっきり申せばよいではないか!  
 私は何を考えている、とアリスは首を振った。ひょっとしてこれは自分の願望?  
まさかな。  
「煮え切らんやつは嫌いだ。……帰るぞ」  
 
「しょ、少尉!?」  
嫌い、という言葉に反応したのかおびえたような声になっている。また取り乱しているのだろう  
と思うと、……愛しくなった。  
 伍長はベッドの端に座り、アリスは傍らに立っている。いつもの身長差ならできない事が、  
今なら出来る。  
「慌てるな冗談だ」優しく笑いかけると。「……お詫びに、おやすみのキスをくれてやろう」  
顔を寄せすばやくくちづけた。唇に。  
 カチカチカチと小さな音がする。思わぬ出来事に伍長は震えているようだ。身の丈2メートル  
を越す大男が、自分の胸よりも背の低い小娘にくちづけされたぐらいで、歯の根も合わぬほど震  
え上がっているのは滑稽だった。  
 相手の首に腕を回すことも、自分から唇を動かす事もなく、されるがままで。  
 アリスは唇を離した。がっかりしているのは何故なんだろう。伍長に、何を期待していたのだ  
ろう。  
「おやすみ。ゆっくり養生しろ」  
 しかし、椅子に掛けたコートを取ろうとすると大きな手が押さえた。  
「少尉、あの、結婚しな……」  
 沈黙。伍長は言葉を飲み込んでしまった。  
「結婚がどうした?」  
「……結婚し……ても、陸情3課をやめないでください」  
私は、この男に一体何を期待していたのだろう……いや、何も期待などしておらぬ、何も。  
アリスは小さなため息とともに失望を吹き飛ばした。  
「そうはしたいが、私の一存では決められぬ。結婚する、とはそういうことだぞ、伍長」  
 手の力が弱まったので、アリスはふり解こうとした。一瞬離れかけたが、大きな手は再び  
強く握り返してきた。  
「少尉の……小さな背中を守るのが、俺の3課での仕事だと思っていました」  
「お前から見れば誰の背中でも小さいと思うが……まぁ、ありがとうな伍長」  
アリスは振り解こうとしたが、大きな手の力はますます強くなった。  
「決められないなんて、そんなの、らしくない。そんなこと言う人じゃないでしょう?  
……結婚すると言う事は、少尉が今の少尉でなくなる、ということなんですか?」  
「当たり前だ。私はただのアリス・L・マルヴィンに、いや、アリス・テイラーになる。  
まぁひょっとしてお前の言うように軍に残れれば少尉のままだが、レオニール殿がどこ  
まで仕事を許してくれるか」  
アリス・テイラーか。他人のようだ。思わず、彼女は唇を噛んだ。  
「許してくれるか気にするなんてそんなの、少尉じゃない。……たとえ3課に残ったって」  
伍長はうつむいているので顔は見えない。ただ、手を握る力がさらに強くなった。  
「手が……手が痛いぞ」  
 
「少尉がいなくなる……この世から存在しなくなるなんて、俺は、嫌だ」  
「手が痛い、痛い! 離せ!」  
 力が弱まり、アリスは慌てて手を引っ込めた。骨が折れそうだったぞと言おうとした  
瞬間、抱きすくめられた。  
「嫌だ。そんなの嫌です、少尉」  
やはり、婚約は破棄しよう。伍長に言われて突然アリスは気づいた。私は私でありたい。  
「わかった。わかったからちょっと落ち着け」  
気を静めようとアリスは伍長の太い首に腕を回した。月はまだ隠れており、伍長の表情  
は読み取れなかった。  
「結婚はしない。私は私でありたい。誰かの顔色を伺う生活なんて真っ平だ。お前のお  
かげで大事なことに気がついたぞ、ありがとう伍長。……これは、礼だ」  
もう一度、唇を塞ぐ。  
 息を飲む音が伝わってきたが、今度は震えていなかった。暖かくて大きな唇。首に腕  
を回したことでアリスの胸のふくらみが薄いパジャマ越しに分厚い胸板に密着する形に  
なっていたが、彼女は頓着していなかった。伍長が急に苦しそうに息を荒げたので慌て  
て唇を離そうとしたが、不意に唇が無骨に押し付けられ、背中に回された腕に力がこもる。  
 コイツ、キスしたことがないんじゃないか。痛い。そんな、無闇に押し付けるな。押し  
戻そうとアリスは舌を突き出し、伍長の唇を押した。答えるようにぎこちなく舌が絡んでくる。  
『お、おい伍長、バカ、勘違いするな』  
熱い。熱気を感じる。ドラムを打つような鼓動が伝わってきた。伍長の体臭がきつくなる。  
肌にじっとりと汗が浮かんでいるのがわかる。  
 体に硬いものがあたった。最初、銃のグリップかと思ったが自分は持っていないし、伍長は  
病院のパジャマ姿だったのを思い出し、アリスは頬を赤らめ逃れようと身じろぎする。自然  
“硬いもの”がこすれる形になり、伍長は唇を離し小さく呻いた。  
「伍、伍長ちょっと……」  
聞こえていないのだろうか。これ以上できないくらい体を密着させると、うめきながら数回  
こすりつけた後、男は我慢できないかのように少尉をベッドに押さえつけた。  
「伍長!」  
襟元に大きな手が伸びてくる。片手がボタンを外そうと不器用に動いたが、やがて引きち  
ぎった。シャツがその下の肌着ごと、音をたてて裂けた。  
「やめんか!」  
布地の避ける音と、少尉の凛とした声に、伍長の動きが固まった。  
「あっ……あ、あ、ご、ご、ごめんさい、俺、夢中になってしまって……」  
この馬鹿者! アリスが叱咤した時、窓の向こうに月が見えた。雲が晴れたのだ。あらわ  
になった胸を隠すまもなく、室内に光が満ちる。  
 伍長の目に真っ白な裸体が飛び込んできた。ほっそりとした華奢なウエストの上に、仰  
向けになってもなお突き上げている形のよい乳房が、月の光を受けて重たげに青白く輝い  
ている。めまいのするような光景だった。  
 
 伍長はもう何も考えられなくなってむしゃぶりついた。それでも片手で体をささえて、  
自分の巨体で華奢な体を押しつぶしてしまわないようにという理性だけは残っていたけれど。  
 白い光の中でほのかに色づいて見える小さな乳首は、口に含むと見る見る硬くなった。  
呼応するように、右手の下の乳首も、当初はどこにあるのかわからないほど柔らかかったのに  
硬くとがってきた。舌先で転がすと少尉の体が弓なりにしなる。悦んでいる、と伍長は思い、  
右手で乳房をもみしだくのをやめ、小さな硬い部分をこするようにつまんだ。  
「あっ、やめっ、あっあ」  
 今まで聞いたことのない、か細い弱々しい声。いつもの凛とした声とは全く  
違う。指先で乳首を押さえつけるように回すと少尉の体が、電流を流したように  
ピクピクと動いた。執拗に胸にむしゃぶりついている頭を、押し戻すように押さ  
えつけていた腕の力がにわかに弱まり、髪の毛をかきむしる動きに変わる。少尉  
の体が温かい。鼻腔一杯に、匂いを吸い込む。ミルクのような甘い匂いとひたすら  
滑らかな真っ白い肌に伍長は酔った。  
 自分を抑えることができない。名残惜しかったが乳房から手を離し、軍服のベル  
トに手を伸ばした。下着とパジャマのゴムに押さえつけられている自分のモノ  
も解放したかったが、先に少尉の全てを見たかった。ベルトはカチャカチャ  
音を立てるばかりでなかなか外れず、引きちぎりたい衝動にかられた頃ようや  
く外れた。少尉が弱々しくなにか叫んでいるようだったが、ズボンと下着に手  
を掛けるとそのまま一気に引き摺り下ろした。  
 月は明るく輝いている。なめらかな曲線を描く白い腹部の向こうに、少尉の  
髪の色より少し濃い金色の縮れ毛がふんわりと見えた。隠そうと伸ばしてくる  
小さな手を払いのけると、指をあてがった。そこはしっとりと濡れていた。  
 今すぐにでも、と暗い衝動が起こり腰にまとわりつく自分の衣服を下ろした  
が、戦場で仲間にオマエ女の子を壊しちまうぞと言われたことを思い出し、そ  
れ以上はいさめた。小さな膝を開くように両手をかける。  
「や、……やめろバカ、そんなとこ」  
羞恥心ですぐに閉じようとする腿を押し広げながら、伍長は顔をうずめた。舌  
を突き出すと亀裂に埋め込むように這わせる。甘酸っぱい匂い。花のようにき  
れいに潤っていて、今まで自分が見てきたものとはまったく別物のようだ。  
「あ……やめ……あ、ああ、いや……いやあ」  
 両耳をぴったり塞ぐように閉じられていた脚が緩むと、いつもより高くかわ  
いらしい声が聞こえてきた。年増の従軍娼婦たちにかわいがられたのも無駄じ  
ゃなかったかな、と思う。あれはまだカウプランの名前も知らない従軍して間  
もない頃で……。  
 
 人差し指を自分の唾液で濡らすと小さな亀裂の奥にゆっくりと進めた。伍長の太い指では人差し指一本  
でもひどく窮屈だったが、どうしてもっと細い優しい指でなかったんだろうという気持ちは欲情がかき消  
していった。亀裂の上の敏感な突起を舌先で転がしながら指を動かすと、それでもだんだん馴染んできて  
いるのがわかる。肘をついた左手で乳首を探ると、人差し指を締め付けるように内部が動き奥へといざなう。  
 狭い。狭すぎる。もっと、時間をかけてゆっくりやらないと、と頭では思っていたが、もう伍長も我慢の  
限界だった。指を引き抜くと、真っ赤に充血し膨れ上がり透明な汁を流している自分をあてがい、腰を沈めた。  
「痛っ」  
逃れようと腰がずり動くのを無理やり引きとめながら、さらに進めたが先端さえ入らず、いたずらに入り口で  
すべるばかりだった。自分も我慢汁でぬめっているのがわかる。伍長は目を閉じた。このまま達してしまっても  
いいくらい気持ちいい。  
「少尉……イイです、俺、俺もう」  
不意に何かの障害が破れたかのように、先端が中に埋まったのを感じた。そのまま腰を落とす。  
「伍長っ……やめっ……やめて、痛い」  
整ったかわいらしい顔が苦痛で歪んでいる。歯を食いしばってとても苦しそうだ。俺はなんてひどいことを  
してるんだろう。でも。  
「ごめんなさい。ああ、でもやめたくない……少尉……好きです」  
こわばっていたアリスの体が緩んだ。  
「……私のことが、好きなのか」  
苦痛で涙のにじんだ瞳が伍長を見上げている。赤らんだ顔、ぼんやりとうつろな目つきは、何を考えているのか  
わからなかった。  
「はい……いいえ、そんな好きとか愛してるとかじゃなくて」  
「……」  
「ずっと一緒にいたい……ずっと、ずっと……少尉のそばで、少尉のために」  
「伍長……くっ」  
 揺すられ、彼女はまた目を硬く閉じた。苦悶に歪む顔。自分の行為が相手に苦痛しか与えていないのでは  
ないかと男は思ったが、どうしようもなかった。  
「少尉のこと大切なのに……守ってあげたいのに……こんな、ごめんなさい……ああ、でもすごくよくて」  
伍長の腰の動きが早まった。アリスは引き裂かれそうな痛みを感じたが、相手が悦んでいると思うと胸が  
いっぱいになって、苦しみを我慢できた。  
「ああ、少尉、いい、いい……ああ、すごく、ああもう」  
まだ半ばしか入っていなかったが、締め付け感が痛いほどで、伍長は苦痛と快感の入り混じった表情をして  
いる。  
大きな体がはじかれるように引かれると、アリスの腹の上に熱い液体が飛び散った。  
 巨体が傍らに崩れるように横たわる。遠泳でもしてきたかのような荒い呼吸で傷にまみれた汗だらけの  
胸板が上下に動いている。  
 アリスもくたくただった。とにかく痛い。股関節まで痛いような気がする。でも不思議に満たされて  
いた。いつの間にか月が翳り、レオニール殿に婚約解消するいい口実ができたかもしれないと思いながら  
アリスは急速に深い眠りに引き込まれていった……。  
 
 
 翌日早朝。日の出前。御者は若い娘の威勢のよい声に眠りから覚まされた。  
「すまぬ! 付き添ったまま眠ってしまったのだ」  
主人の帰りを待ったまま、馬車で眠るのはよくある事だったので、御者はのんきにあくび  
をしながら伸びをした。  
「ああ、アリス様、お早うございます。また徹夜ですか? 最近3課も忙しくなりました  
なぁ」  
朝帰りなど自分の娘ならばひっぱたくところだが、貴族のお姫さまというのは大切に育て  
られているはずなのに、このお屋敷のことはよくわからない。  
「何を寝ぼけておる、ここは病院だ」  
「は、はあ? ああそうでございましたね」  
「さ、帰るぞ。この時間なら朝食までにシャワーを浴びて一眠りできるだろう」  
声はすがすがしくとても活気に溢れているのに、主人がなんだかびっこをひいているのに  
御者は気づいた。  
「あれ、アリス様、どこかお具合が悪いので?」  
「何……病院の椅子が硬すぎただけだ。しかもヘンな姿勢で寝たのでな」  
体を隠すようにコートの襟をことさら引き寄せながら少尉が乗り込むと、馬車は静かに  
早朝の町へ走り出した。  
 振りかえり、とある病室の窓に目をやってから、少々寝乱れた頭をシートにもたれかけ  
馬車の揺れに身を任せる。  
 薄闇の中で目覚めると大きな太い傷だらけの腕を枕にしていた。それはとても自然なこと  
のように思えた。  
どんなに体を揺すっても泥のように眠り込んだまま全く起きないので、血と体液のついた  
シーツだのそのままにしてこっそり出てきてしまったが、アイツは看護婦たちにどんな  
言い訳をするのやら。  
私がこんなに痛い思いをしたのに、自分は幸せそうにデレッと寝おってからに。  
『傷をおわせた罰だ』  
 
アリスは、自分が寝入った後、伍長がようやく出血の止まった明け方近くまで一睡もせずに  
手当てしたことも、看護婦を呼ぼうかと一晩中悩み続けたことも、一切知る由がなかった。  
 
 

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