「ホーラ。今日は病院食だぞー。どうしたんだよ、いつもは  
がっついてくるのに。――――――――そうか俺、血のニオイするもんな…。」  
 
――――そう、俺はまた人を殺してしまった。  
あの時は仕方がなかった。マーチス准尉を助けなきゃならなかった。  
あの戦車の破壊を止めなければならなかった。  
だから俺は、ランタンに火を灯した。潜入した工作員を殺した。  
感謝してほしかったわけじゃない。  
だけど、あの恐怖におびえた瞳に。あの凍りついた空気に。  
俺は耐えられなかった。  
 
「ッツ…。」  
ずくん、と傷がうずき、壁にもたれかかっていた背中がずるずると滑り落ちた。  
もう戦争は終わったのに、俺はいつまで人を殺せばいいんだ?  
でも、それしかできないから、でも、俺は―――――  
 
 
「―――――ちょう、伍長!どこにいる?!返事をしろ!」  
高く澄んだよく通る声。  
あれは、少尉の声だ。ノロノロと立ち上がりかけ、バランスをくずした。  
周囲のガラクタを巻き込んで、盛大な音を立ててしまった。  
「あたたた…。」  
物音に気づいたらしい。少尉が橋の欄干から顔をのぞかせた。  
表情は逆光のため窺い知ることはできない。声の調子からして  
そうとう怒り狂っているようだ。  
「伍長!見つけたぞ!おまえというヤツは、こんなところで…」  
「すみません、少尉。今そちらへ行きますから。」  
とは言ったものの、体の半分がガラクタに埋まってしまい、うまく立ち上がれない。  
ジタバタともがく度、ガラクタが降り注ぐ。  
「ああ、もう動くな!私がそちらに行く。じっとして待っていろ!」  
焦れた少尉はそう叫ぶと、身を翻した。  
―――ホントに俺、何やってんだろ。なんだか無性に情けなくなってきた。  
 
「…っ、はぁ、はぁ…。今、助けてやる。ホラ、手を出せ。」  
何もそんなに全速力で走ってこなくても。息切れてますよ少尉。  
額に汗を浮かべて、その汗が月光でキラキラ光ってる。キレイだな。  
とボンヤリ見とれていたら、再び声が飛んできた。  
「何をボケッとしている!とっとと手を出さんか!」  
「はっはいぃ!」  
 
 
少尉に引っ張り上げてもらい、どうにか立ち上がることができた。  
松葉杖、かたっぽどこいったかな。何だか頭もふらふらしてるし、  
体が支えきれない。  
「大体おまえは軍人としての自覚が足らんからこういうことになるのだ。  
体調管理も重要な仕事のうちだぞ。病院を――すなど――っての―――」  
アレ?少尉の声が途切れ途切れに聞こえる。  
視界もゆがんで…頭がクラクラしてまっすぐ立っていられない。  
「…みません、少尉…」  
グラリ、と体が傾く。まずい、倒れる。  
「どうした伍長、しっかりしろ…っうわっ!」  
俺を支えてくれようとした少尉を巻き添えに、地面に突っ伏す。  
その割りに痛くないなぁ。いやむしろやわらかいくらいだ。なんだか  
あったかいし。とうとう俺、どっかおかしくなっちゃったんだろうか。  
なんてことを思っていたら、頭上から声がする。  
「うむぅ、重い。大丈夫か、どこもぶつけていないな?ところでおまえ何か熱くないか?」  
そうか、俺少尉を下敷きにしちゃったんだ…って!  
「ご、ごめんなさいぃ!」  
勢いよく体を起こしたとたん、強烈なめまいが襲ってきた。  
「気にするな。っと、本当に熱があるな。早いところ病院に戻らねばならんな。」  
ほんのり冷たい少尉の手が、俺の額に触れた。  
熱でボンヤリとする頭に、昼間の光景がまた浮かんだ。  
 
「俺、何もできなくて。戦災復興って言いながらランタンつけて人を殺して。  
守らなきゃいけない人を怖がらせて。俺は、俺はいつもどうして……。」  
目頭が熱くなり、涙がとまらなかった。  
 
そのとき、ふわりと柔らかな腕が俺の頭を包み込んだ。  
やわらかくて、暖かくて、甘い、いいにおい……。  
「おまえは、精一杯やっているだろう?ヒトができることには限りがあるものだ。  
こんな大きな体でも、背負えるものには限りがある。  
それでも、ダムの村を救い、虐げられた領民を救い、マーチスの命を守った。  
こんなに…こんなに傷だらけになりながらな。  
迷うな。私を―――陸情3課を信じろ。一人で抱え込むな。」  
凛としてやさしい声が、頭の中に響いている。  
ああ、このままずっとこうしていたいな。  
少尉の声は心地よくて、胸も腕もふわふわしててあったかいし。  
 
胸?  
むむむむむむ胸―――――――――ッ?!  
「ああああのしょしょしょ少尉、すみません、もう大丈夫です!」  
「そうか、無理をするなよ?ゆっくりでいいから、動けるか?」  
「ハイ…。」  
ああもう、消えてしまいたい。  
 
 
「馬車を呼んでくるからな。ちょっと待っていろ。」  
まだフラついている俺を座らせ、壁に寄りかからせると、少尉はそう言って背を向けた。  
―――俺はつい反射的に少尉の腕をつかんでいた。  
少尉はくすぐったそうに笑うと、俺の頭をもう一度抱きしめてくれた。  
「伍長は寂しがりやだな。すぐ戻るから心配するな。  
―――もうおまえを、一人にはしないから。」  
少尉の香りに包まれながら、俺は幸せだった。  
傷の熱が見せた夢かも知れない。  
それでも、いまだかつてないほどの幸福感に包まれたまま意識を失った。  
 
―――目が覚めたらそこは病院で、しこたま少尉に怒鳴りつけられた。  
アレはやっぱり夢だったんだなー。でも俺どうやって戻ってきたんだっけ。  
 
 

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