――その男はとても大きな身体をしていた。
とても巨きくて、どんな困難にも立ち向かう屈強な精神を持っている
――そう、思っていた。
本当は、剥き出しの害意にとても弱くて、戦う事も出来ない。
とてもやさしくて気の弱い、言ってみれば見掛け倒しの男だったのに。
その弱さを見てしまってから、私は彼の事ばかりを考えている。
あの日、彼から借り受けたコートは今、私の手の中にある。
埃っぽい匂いと、かすかな、彼の匂い。
広い肩幅、大きな背中、長い腕。
気が弱い癖に、決めた事は頑として譲らない。
自分は傷だらけなのに、人のことばかり考えている。
そして、自分を傷つけた相手の為にすら泣ける、
澄んだ瞳を持ち、はにかむような笑顔をする、少年のような男。
私の部下の――。
けれど私は、彼の事を何も知らない。
彼がどこで産まれ、どう育ち、生きてきたのか。戦乱の中、傷に塗れながら
何を思っていたのか。
――想いを交わした女性は、いただろうか。
そう思ったとき、チクリ、と胸が痛んだ。
愛しい者の名を呼び、微笑みかけ、その胸に抱く姿を想像してしまう。
嫌だ。考えたくない。
彼の笑顔を、その腕を、私だけのものにしたい。
あの日、私を守ると――頼れと言った、彼を。
この感情が何なのか、今は分からない。
けれどもそれでいい。
いずれ時がくれば、知る事もできるだろう。
彼の事も、私のこの気持ちも。
それまでは、私は彼を守り、彼もまた私を守る。
少尉と伍長で在ればいい――