ランデル・オーランド伍長は困っていた  
「らりを、こある。ごひょう」  
『あなたにです。少尉』  
ソファーに腰掛けた自分の膝に丸まる上司に、言葉に出せない感想を持つ  
「なんらろ〜、ごひょう」  
酔っ払いのカンは恐ろしい  
控えた筈の発言を、見事に察知した  
「もうひてみよ〜、らににこあるろら」  
ふらふらと頭を上げ、伍長の顔に手を伸ばす  
「もうへ〜、もうへ〜」  
ぐにぐにと伍長の頬っぺたを引っ張る  
「いっ痛いです。少尉」  
本当は痛くもないが、過激なスキンシップに、とりあえず待ったをかける  
「いらい、いらいろら、ごひょう」  
 
突然涙ぐむ少尉  
「いらいろはここら?」  
心底、心配した様子で、伍長の顔を覗き込む  
濡れた瞳、上気した頬、いつもの快活な少尉にはない、新たな魅力に思わず息を呑む  
「ここらら、いま、らおしへやる」  
『これで正気なら』  
呂律の回らない口調に、毒気を抜かれた伍長  
そんな伍長の思いとは裏腹に。少尉の暴走は続く  
ぺろり  
「しょ、少尉」  
顔の傷跡を舐め始める  
「いらくらい、いらくらい」  
呪文の様に呟きながら、伍長の大きな傷跡を、舐めていく  
きっちりと端まで舐め終わると、幼女のような満面の笑みで尋ねる  
 
「いらくらくらっらか、ごひょう」  
正直、傷を受けた時の記憶まで癒えた気分だ  
「はい、少尉  
ありがとうございます」  
照れ臭いのも忘れ、心から礼を言う  
「ほうか〜ごひょう、いらくらくらっらろら〜」  
少尉が、クスクスと嬉しそうに笑う  
「れは、おれい」  
目をつむり、あごを少しあげて待つ  
間違いなく、キスの催促である  
『しょ、少尉〜』  
正気でない少尉にしてよい行為ではない  
しかし、お礼を断られるとは、考えもしてない、幼女のような無垢な表情をみてると…  
吸い込まれるように、唇を近づける  
 
だが、あとすこしというところで、不意に少尉が離れていった  
フラ〜  
トスッ  
スースー  
ソファーに横になり穏やかな寝息を起てる少尉  
覚悟が空回りした伍長は、大きなため息をついた  
『よかったのか、わるかったのか…』  
テーブルの上の冷めきった紅茶を一気に煽る  
ほんの僅かにブランデーが香る  
スプーン一杯も入っていない酒精に、伍長も酔うことにした  
卑怯者の酔っ払いは、幸せそうに寝入っている少女の頬にキスを残し、毛布を捜しに部屋を出ていった  
誰もいない部屋に小さな声が響いた  
「ごひょう、らいすき」  
   
   
終  
 
 
訳文  
 
「何を、困る?伍長」  
「なんだと、伍長」  
「申してみよ、何に困るのだ」  
「申せ、申せ」  
「痛い?痛いのか?伍長」二  
「痛いのは、ここか?」  
「ここだな、今、治してやる」  
「痛くない、痛くない」  
「痛くなくなったか、伍長」  
「そうか伍長、痛くなくなったのか」  
「では、お礼」  
 
さすがに全訳は不粋なので、部分訳  
「らい」⇒「大」  
   
ついでに、別バージョン  
   
伍長が部屋をでると、少尉はムクリと起き上がり呟く  
「意気地なし」  
 
END  
 

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