何度も言われた言葉が頭をよぎる。  
−−−−−吶喊少尉。  
 
軽く溜息をついた。  
背もたれを抱えるよう回された腕に荒縄がくいこむ。  
なんとか解こうと動かしてみるが、ギシリギシリと音をたてるだけでどうにもならない。  
だがそれは腕だけではなく、さっきまで野盗を追いかけていた「脚」までも、  
それぞれの椅子の足にブーツごと縛られている。  
(用心深い事だ・・・)  
作戦途中に自分がいなくなったとわかれば、誰かがおかしいと気づくだろう。  
自分の犯してしまったミスを大事な部下に尻拭いさせてしまうとは、なんて不甲斐ない隊長だ!  
己のうかつさと罪悪感に奥歯をかみしめる。  
 
「少尉さんよ。さっきまでの威勢はどこにやったんだ。あ?」  
ニヤついた顔が目の前にせまる。  
口端から垂れるぶどう酒が人の血のようにおもえた。  
男の肩越しに”仕事”の祝杯をあげる野盗共と、机に並ぶぶどう酒瓶や戦利品が見える。  
それに混ざってまるで「これ」も戦利品だと言わんばかりに、マルヴィン家の継承器が突き立てられていた。  
 
男がフンと鼻をならし、他の野盗共に言った。  
「そろそろ見回りにでろよ。もう犬が嗅ぎ回ってるかもしれん。なんせ少尉様がいないからな。」  
(・・・この男がこやつ等の・・・)  
「念のために、な。・・・だが、少尉さんの様子をみたら・・・助けに来る兵隊なんぞいなさそうだ。」  
 
(自分を見下されるのも、馬鹿にされるのも耐えられる・・・・・だが、部下を!)  
自分の事よりも部下を侮辱された事に、激しい怒りがこみ上げる。  
「私の部下が、誇り高き軍人が!逃げるはずがない!私がいない事を不審に思うだろう。」  
(そう大丈夫、必ず。)  
「悪が許される世の中を、許す部下ではない。キサマ等のような悪を!」  
渾身の侮蔑をふくめ、まっすぐに男の目を見据える。  
ついクセで腕を振り上げそうになり、荒縄がギシリと手首に食い込んだ。  
 
仲間に手で「行け」と合図をすると、男は高笑いをした。  
「なかなか良い目をするじゃねぇか。  
その悪にとっつかまって動けないとはなぁ〜・・・で?今の気分はどうだい、少尉さん。  
部下も迷惑だろうよ。”おーやだやだ少尉のせいでこんなに働かされるなんて〜”と、なあ!」  
さっきからずっと考えていた事を見透かされたようで、ビクッと体が勝手に反応してしまった。  
 
男は机から継承器を引き抜く。  
蝋燭のゆらめきをとらえて刃先がひかる。  
「ずいぶんと良い品だ。手入れも行き届いている。よーーく切れそうだ。」  
 
(早い口封じだ。こんな散り様も軍人たる者の運命か・・・)  
いずれ自分の喉元にあてられるでだろう継承器と、それを継承する弟、父上、姉上方に謝った。  
目を閉じると大尉、軍曹、マーキュリー号、マーチス准尉、オレルド准尉、伍長・・・次々と顔が浮んでくる。  
相変わらず大尉、オレルド、マーキュリー号は飄々としていて、  
ステッキンとマーチスはにっこり笑っている。  
そして伍長は・・・・・眉頭をあげた表情で心配そうにこちらを見つめていた。  
「馬鹿、そんな目でみるな!私は大丈夫だ。」と言いそうになる。  
 
生温い息が頬にかかった。  
とたんに首の後ろがゾクッとなる。  
(!!!!!!!)  
「そんなに早く  死なせるはず  ないだろ?」  
 
ぶどう酒の甘い香りと肉か何かがすえた匂いとが混ざり、鼻を刺激する。  
吐き気がこみ上げた。  
首の後ろといわず、脚、腕、顔、全身がゾクゾクと寒気に襲われる。  
 
刃先を降ろし、軍用ジャケットの裾を持ち上げながら男は狂気じみた表情をうかべた。  
裾に刃先をあてると一気に軍用ジャケットを引き裂く。  
  ビッ・・・・・ビシィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ・・・・  
喉元までとどまることなく裂き進んできた刃先が、詰襟の手前でとまる。  
継承器は、部隊章と階級章の間を ブツッ・・・ と断ち切った。  
 
蝋燭の灯が、チラチラと二人の影を揺らめかせる。  
 
舌が耳の後ろや首すじを這う。  
同時に、ブラウスに差し入れられた継承器の刃先が、プツリ、プツリとボタンをはずした。  
下着が少しだけ顔をのぞかせる。  
  クチュ・・・・・ヌチャッ・・・・・・・・・・・・・ヌチャリ・・・・・・  
さながらナメクジのように粘液を残しながら、男の舌が這い回る。  
首すじから鎖骨を経由し、胸元まで降りてくる。  
胸元のレースが、男の唾液をすって色をかえる。  
 
気持ち悪い、汚らわしい。全身が拒絶反応している。  
吐き気で胃液が逆流してくる。  
だが、これは自らが招いてしまった結果だ。  
どんな屈辱も賤しめも受けねばなるまい。  
そう覚悟を決めている−−−−−のに、なぜだ!!  
 
大男が心配そうに顔を覗かせる。  
父上でも大尉でも、まして婚約者でもない。  
大きな体を苦しそうに曲げる、憂いと悲しさを含んだ表情の大男。  
何度、頭を振り払っても消えてはくれない。  
(お願いだから、頭から消えてくれ!こんな姿、おまえにだけは見られたくないんだ!!)  
 
・・・・・・・・・・おまえに  だ け ?  
 
一粒の涙が頬をつたい落ちる。  
気づいてしまった。  
気づいてはいけなかった。  
知らない男に、野盗に、服を裂かれ、首筋を、胸を舐め回されながら、気づいてしまった。  
 
(こんな時に・・・こんな最悪な事態で、気づくものなのか。)  
関を切ったように流れ落ちる涙は、早々途切れそうにない。  
 
(そうか・・・・・私は・・・伍・・・・・・・・・・・・・・・)  
 
ブーツから軍用ズボンが無理矢理引き出される。  
裾をチョイと持ち上げたかと思うと、男は器用にもウエストまで切り裂く。  
 ビィーーーーーーーーーーー・・・  
両足の布地が切りさかれ、艶かしい腿がさらされた。  
薄くて上品な生地のみが下半身をおおっている。  
手織りらしいレースが腿の中間を飾り、触らずとも上等な物だとわかるシロモノだった。  
その下着をちょいとつまみ、男は言い放つ。  
「”コイツ”も売れば結構な値がつきそうだ。血がつかないように脱がさねぇとなぁ〜」  
継承器の刃先が触れたのか、膝上にそれほど大きくはない鮮血の線がうっすら浮かんだ。  
 
(腿についた傷などどうでもよい。)  
気づいてしまった気持ちを押さえきれず、ただただ涙が流れる。  
腿を撫で回す手も、首筋をなめる舌も、”自分の求める手ではない!求める舌ではない!”と全身が叫んでいる。  
(私は! 私はなんて・・・!!!)  
 
こんな状況にありながら、  
この野盗の動作のすべてが ”心配そうな表情の大男であれば良いのに” と望んでいる。  
愕然とした。  
あまりにも恥ずかしい。  
(そう・・・恥ずかしい事だと、馬鹿な事だとわかっているのに。)  
 
それでもやはり伍長の助けを、伍長の声を、手を、舌を、切望する自分がいた。  
 
 
 
(・・・なんだ?何がおこったんだ。)  
 
突然の轟音。怒号。  
ドアが吹き飛ぶ音。  
さらに轟音、うめき声、何かを引きずる音。  
風圧で蝋燭の明かりが消されのか、部屋は闇につつまれた。  
一瞬、真っ暗の中に青い鬼火が見えた・・・・・ような・・・  
(あの青い光。・・・伍長か?)  
 
しばらくして床をゴツンと踏みしめた音と同時にとどく「少尉!!!」の声。  
(そう、この声だ。私が一番ほしかっt・・・・・・)  
頬を流れる涙の意味が変わった。  
 
 
***  
 
 
カシュン。  
ランタンを消すと辺りは暗闇になった。  
のびた野盗を外に引きずり出し、月明かりを頼りに手と足を縛る。  
少尉は無事なのか。生きているのか。  
焦って上手く拘束できない。  
 
「少尉!!!」  
ドアの無い入り口から覗く室内は闇で、目が慣れるまで時間が必要だった。  
「少尉!!無事ですか!?」  
部屋の奥でカタッと音がした。  
「・・・・・伍長か。私は大丈夫だ。」  
 
(よかった・・・)  
少尉の声に安堵する。  
声の元に駆け寄ろうとして、倒れた椅子らしき物に蹴つまずく。  
「すっすみません!その・・・まだ・・・目が慣れていないので・・・・・」  
慌てている自分が恥ずかしかった。  
(少尉は生きて、すぐそこにいるんだ。落ち着け俺!)  
「伍長、大丈夫か?目が慣れるまで無理はするな。」  
もつれた足に引っかかった椅子を引き抜き、「大丈夫です。」と一度深呼吸をする。  
 
目の前の薄い闇から「野盗は?」とか「オレルドとマーチスは別行動か?」と聞こえてくる。  
「ここにいた野盗は全員確保しました。外にいます。准尉達は残りの野盗捜索と、警察に・・・・・・・・」  
ようやく目が慣れてきたらしい。  
微かな月明かりだけを頼りに部屋の中を見回すと、  
さっきの乱闘でつぶれた机や椅子、宝飾品らしき物が散らかり酷い有様だ。  
「警察に協力要・・・・・請・・・・・・を・・・・・・・・」  
 
(!!!)  
暗闇に慣れた目が、少尉の姿をとらえた。  
 
背もたれのある椅子にすわり、こちらを見ている。  
腕は後ろにまわり、両足は縄で縛られ、軍服をはだけた体が白く浮かび上がっている。  
「そうか。報告ご苦労。・・・・なのに私は・・・・・迷惑かけてすまない。」  
「いえ。少尉・・・・・・・・あの・・・・・・・・」  
(はやく、はやく視線をそらさなければ!)  
見てはいけないと思えば思うほど、目がその白い肌を追ってしまう。  
自分の心臓は耳のそばにあるんじゃないかと思うほど、鼓動が大きく聞こえる。  
 
「伍長、そ、その・・・あまり見ないでくれ。・・・・・今、ひどい格好なんだ。」  
そう言って顔を斜め下にむける少尉に「すっすみません。」と謝り、後ろを向いた。  
(一体何があったんだろう。聞いていいのだろうか。どうしたら・・・)  
「遅くなってすみません。」  
オレルド准尉やマーチス准尉ならこんな時、どうするだろう。  
不器用な頭で必死に考える。  
(・・・服を!まずは服を・・・)  
慌てて自分の軍用コートを脱ぐ。慌てるとやはりろくな事がない。  
袖がひっくりかえり余計に焦る。  
(なにやってんだ、情けないな・・・)  
 
袖をかえしつつ少尉のほうを見ずに聞く。  
「あの・・・少尉、怪我はありませんか?」これが精一杯だった。  
少し間をあけて少尉から返答があった。  
「怪我はたいしたことない。 ・・・・・あ・・・・・・・・」  
 
腰を落とし、まだ袖が直しきれてない軍用コートをそっと少尉にかけた。  
膝をついてもまだ下にみえる少尉の頭が、いっそううな垂れ髪がさらりと動く。  
(・・・少尉、小さいなあ。・・・・俺はこの人に、どれだけ助けられてきたんだろう・・・・・)  
細い肩に、頭に、触れたくて腕を伸ば・・・・・・そうとし、あきめる。  
艶やかな髪とうなじに見とれてしまう。  
(首も白くて細いし、それになんか光ってみえ・・・)  
 
「ゴニョ・・・」  
「あっ、すみません!・・・聞いていませんでした。」  
(馬鹿だ俺!こんな時になにを・・・)  
うなじに見とれていた自分を恥じた。  
一気に顔が熱くなって汗がふきだした。  
「・・・野盗に・・・・・その・・・・・首をだな・・・・・・・・・」  
「えっ?!」  
いままでボンヤリと見とれていた首筋をしっかり確認する。  
(光ってみえたのは錯覚ではなく、これは・・・)  
 
小さな窓から少しだけ入る月明かりが、ヌラリとした道筋を浮び立たせた。  
俺は、体中の血がもの凄い勢いで逆流するように感じた。  
 
「いいい今、ふき取りますから!!」  
慌てて袖口でゴシゴシこする。  
少尉の首につくソレはとても淫らにみえた。  
拭く腕に力がこもり、首筋が赤くなる。  
それでも拭いても拭いてもぬぐいきれず、逆に刷り込んでしまっているのでは?という妄想につきまとわれる。  
「伍長、すまない・・・・・少し、痛いんだが。」  
「わあっ!すみません。」  
それでも刷り込んでしまった(ように思われる)ソレを早く綺麗にしたい。  
(・・・・・それに・・・・・)  
自分のジャケットをかけて隠してはいるものの、どうやらこの道筋は首筋から下まで続いているらしい。  
そこをどうすればいいのか、処置に困る。  
(何か・・・何かいいもの・・・・・・・)  
 
見回すと、栓のあいたぶどう酒の瓶が目にとまった。  
「待っててください。」  
左肩に手をかけ一気に袖を引きちぎり、汚れのない面を外にして折り畳む。  
ぶどう酒をかけると、白い布がみるみる染まった。  
「冷たいかもしれません。ちょっと我慢してください。」  
少尉の服をよごさないよう、きつくきつくしぼった布を首筋にあてる。  
 
自分がさっき擦りすぎて赤くしてしまった痕が恥ずかしい。  
「その・・・・・しみたら、ごめんなさい。」  
ずっと俯いたままの少尉の頭がフルフルと横に動く。  
「痛くない。おまえは何も悪くない。謝るな。」  
首にあてた布を、耳から肩までそっと往復させる。  
何度も。  
何度も。  
 
指先で少尉の肌をなでるように、脈を確かめるように。  
まるで自分と少尉の間には布などないかのように、体温と脈を感じた。  
冷たかった布が、人肌に温まる。  
(これは俺の体温なのかな。それとも少尉の・・・)  
考え出すと止まらない。  
なぜか少尉の耳も真っ赤にそまり、荒い息のせいか肩が上下している。  
(耳は・・・・・さっきこすってないよな・・・?)  
 
時折鼻にかかる溜息のような、「はぁっ」とした声が少尉から漏れてくる。  
上下する胸の動きでジャケットがずり落ちてしまった。  
 
「あ・・・あの少尉、このまま続けても・・・・・」  
そのまま手を滑らせ、鎖骨から先にいく勇気がもてない。  
胸元の下着から思いっきり目をそらす。  
「・・・・・かまわん。続けてくれ。」  
「はっ、はい。」  
心の中でなぜか”失礼します”とつぶやいた。  
 
なるべく直視しないよう、ゆっくりゆっくり手をおろしていく。  
今までとはあきらかに違う柔らかな感触があった。  
思わず「すっすみません、あの、布、一度、洗います・・・」と手を離し、自分の緊張をほぐす。  
再び布にぶどう酒をたっぷりかけ、きつく絞る。  
 
そっと、胸に布をあてる。  
「・・・・ンッ!」  
ピクンと少尉の胸がゆれ、微かに息をもらした。  
「ごめんなさい、冷たいです・・・ね・・・」  
「・・・だっ大丈夫だ。」  
「はい。」  
下着に布が触れない様、慎重に布をすべら・・・  !!  
「あ」  
立てひざで体をかがめた所為か、体重がささえきれなくなったらしい。  
手がスルッと胸の奥まで一気にはいってしまい、慌てて引き抜く。  
引き抜く際、何かぷっくりとしたモノにふれてしまった。  
「ぁん!」  
「すすすすすみません!」  
左腕を椅子の背もたれに乗せ、体をささえる。  
「ぁふっ・・・・・・・いや、きっ気にするな・・・・」  
(少尉の・・・今、反応が・・・息も荒い・・・)  
自分も息があがっていた。  
少尉の体も自分の体も、火照っている。  
(こんなになめらかな首に、おっぱいに、舌が這って・・・)  
さっき拘束した男を心底憎んだ。  
そして、羨ましいと思ってしまった。  
(きっと、すごく・・・柔らかくて・・・・・ダメだ!俺は少尉を助けにきたのに!)  
 
息に合わせて上下する肩と、金色の艶やかな髪、豊かでなめらかなラインをもつ胸、  
そして胸の頂で下着を持ち上げ存在を誇張する・・・  
(あああっ!!・・・触ってしまった。・・・でも・・・・)  
もっと触ってみたいな・・・などと思ったことは、内緒にしておいたほうがいい。  
准尉達にからかわれて、少尉には平手打ちされるだろう。  
目の前で、時折荒い息を吐く少尉を見ながら思った。  
(あれ、痛いんだよな・・・)  
 
 
「んはぁ・・・・・はぁ・・・・・・・・伍長・・・・・」  
「はい?」  
時折荒い息をしながら、少尉はぽつりぽつりと呟いた。  
「伍長・・・・・・・・・・・お前を待っていたんだ・・・・・・」  
(すっかり綺麗に拭けているのに)鎖骨と胸を往復していた手を止めた。  
 
(・・・・・・・・・・・・・・えっ?・・・・・・・・・・・・・・)  
同時に、手から布が離れる。  
布は胸のカーブに沿ってすべり、ずり落ちたジャケットの上にぱしゃりと落ちた。  
 
「私は女だから・・・」  
少尉はつづける。  
「もし、捕虜や拘束された場合・・・こういう状況も起こりえると・・・可能性もあると・・・・・・もちろん助けなどは・・・」  
(ああ・・・)  
俺が生きてきた戦場でもやはりそうだった。  
捕虜の人権は無視され、蹂躙される。  
戦後の今ですら・・・・・  
「覚悟はできていた。それこそが帝国軍人だ・・・それにそういう状況は、愚かな自分の招く結果だとも・・・」  
 
「すみません・・・俺がもっと早くこられれば・・・」  
(いや、俺なんかいてもなくても同じなんじゃないだろうか?)  
もしかして自分はとても図々しい考えを持っているのではないか?  
己を過大評価してはいないか?  
オレルド准尉やマーチス准尉のほうが、もっと早く助けられたんじゃないのか?  
そんな嫌な感情が、どんどん湧き上がる。  
少尉に触れていない方の手を、背もたれの上で強くにぎる。  
 
「伍長、おまえは謝る必要ない。何も悪くない。・・・・・愚かなのは私だ。」  
すぐ下にある少尉の頭が震える。  
「助けなど望んではいけないと覚悟をしておきながら、お前が来るのを、お前だけを、切望していた・・・」  
少尉は歯をくいしばり、言った。  
「伍長に助けてほしいと・・・助けにくる誰かが、首をなめる舌が、腿を撫でる手が・・・・・・・・」  
 
「そのすべてがお前であればいいと願ったんだ。・・・・・私は最低の軍人だ。」  
 
***  
 
(・・・・・・・私は最低だ。軍人なのに助けを求め・・・あまつ部下に、部下に恋愛感情を抱くなど!)  
己の馬鹿さと、望んだ事、なにもかもがいやしく、情けなかった。  
(なんて愚かなんだ。)  
ただただひたすら、自分の愚かさを呪った。  
そして今さっき欲望のままに吐露した事も、後悔した。  
(気持ちを打ち明けてしまった後の事など、まったく考えずに・・・馬鹿だ!)  
伍長はこの状態の私に気を使うだろうし、少尉と伍長という立場にも気を使うだろう。  
やさしく、繊細な伍長。  
軍をやめてしまう事、自分と距離をおく事が容易に想像できる。  
(だから!私は!吶喊などと呼ばれるんだ!)  
 
・・・それでも、打ち明けたかった。  
・・・けして、打ち明けてはいけなかった。  
どちらの感情もが入り混じり、混乱した。  
自分の胸元で、居所をなくしている大きな手にパタリパタリと雫が落ちた。  
 
「あの・・・少尉?」  
名前を呼ばれても、恥ずかしくて顔があげられない。  
こんな事を上官に言われて、困っているだろう。  
(伍長の立場も考えずに私は・・・)  
「少尉、顔を上げてください。」  
暖かく大きな手が自分の頬をつつみ、そっと上を向かせる。  
立てひざだった伍長は、自分の脚と脚の間で両膝を床につき座っていた。  
伍長の顔が自分と同じぐらいの位置だ。  
(目があわせられない・・・)  
自分にも他人にも”言い訳無用”で通してきた自分が、さっきの事の言い訳ばかりを考えてしまう。  
 
「少尉・・・少尉が軍人として最低なら、俺も最低です。」  
(??)  
思ってもいなかった言葉に驚く。  
穏やかに微笑む優しい表情の伍長と目があった。  
「え?」  
少尉の頬から手が離れる。  
「誰かに助けてもらいたいと願うのは・・・当たり前の事です・・・・そして、助けたいと思うのも・・・当たり前だと思います。」  
「でも、軍人は!軍人なら助けなど求めては・・・!!」  
自分の目からあふれ出た涙を、伍長がやさしく指でふきとる。  
「少尉・・・あなたはパンプキンシザーズの少尉です・・・・助けを求める人の声を聞くのが・・・役目です。」  
「・・・・・ああっ・・・」  
「助けを求める人の・・・”心”の声を聞くのが・・・俺たちでしょう?」  
(助ける側の声を聞けとあれほど自分が・・・・)  
あふれ出る涙を、伍長はふき続ける。  
優しく。  
「少尉は戦争を経験していないけど・・・戦災には遭っていたんです。・・その・・軍の・・・思想教育に。」  
「そうか・・・私は被害者の”声”をきいていなかったんだな・・・パンプキンシザーズなのに。」  
穏やかに微笑む伍長につられて、つい顔がゆるんだ。  
涙もようやく落ち着いたらしい。  
 
(・・・でも自分は伍長を・・・)  
「いや、でもだな・・・私はその・・・伍長、おまえを・・・おまえに・・・・」  
自分は、いやらしい。  
あの男にされた行為を伍長に求めてしまった。  
 
「あの、俺も・・・最低だと言ったでしょう・・・?」  
さっきまでの”パンプキンシザーズの伍長”はいなくなり、急にもじもじし始めた。  
顔を真っ赤にし、体の前で指をつきあわせて言い難そうにしている。  
「なぜおまえまで最低なんだ?」  
「その・・・ですね・・・・・・・・・・・・俺、さっきの野盗が羨ましかったんです・・・」  
「だから、なぜだ?」  
「少尉の首筋や・・・・・おっ・・・・・おっぱいに!・・・舌を這わせたなんて・・・・そんな・・・・・・」  
(・・・・な!)  
まさか、同じ事を求めていたのだろうか。  
(気持ちを自覚したとたんに、こんな自己中心的な事・・・かんがえるな!)  
「その、さっき・・・・もっと少尉に・・・さわっていたいと思いました・・・・俺は少尉を・・助けにきたのに・・・・」  
自分の頬が急激に熱くなる。  
さっき胸を拭かれていた時以上に、鼓動が大きく聞こえる。  
「伍長。」  
「・・・・はっ、はい。」  
 
「では、救え。私の心の声は、さっき聞こえたな?私は・・・・おまえの声、聞こえたぞ。」  
私は小さく”お願いだ”とつぶやく。  
 
 
少し間をおいた後、再び伍長の大きな手に頬が包まれた。  
ゆっくり伍長の顔が近づく。  
本当に触れたのかどうかわからないほど、遠慮がちのキス。  
そしてすぐに顔を離し、目の前で照れている。  
(伍長らしいな・・・)  
私は自分から唇を押し付けはっきりとキスをする。  
「私はなにせ”吶喊少尉”だからな!」  
 
伍長は目を見開き驚く。  
そして私の頭に手をまわし「あの・・・無茶はしないでください。」と言い、  
ようやく口といわず顔中に唇をはわしはじめた。  
 
(・・・なんで私がファーストキスだとわかったんだ!)  
 
伍長の唇がほほをつたう。  
そのまま耳にうつり、クチュッと音をたてた。  
自分では意識していないのに、勝手に「あふっ」と声が漏れる。  
唇が、舌が、首筋をつたい降りる。  
(さっきの気持ち悪さが嘘みたいだ・・・)  
野盗になめられた時、あれほど吐き気があったというのに。  
肩に置かれた伍長の手が、腕をなで、わき腹をなぞる。  
「こっこら、くすぐったいぞ伍長!」  
首筋から唇にもどり軽くキスをした伍長は「わき腹弱いんですか?」などと、あえてわき腹をなでながら聞く。  
(そういえば前に、伍長に無理矢理ごはんを食べさせられた事があった・・・共犯にもされたな・・・)  
もしかしてけっこう強引な所が?と、新発見に嬉しくなる。  
 
伍長は肩に舌を這わせ、音をたてて吸い付く。  
(強引さでは私が上だ。)  
ちょうど自分の唇の高さにあった伍長の耳に、息をふきかけ、舌をさしこむ。  
「ん!!!!」  
ビクンと伍長の体が跳ねる。  
「伍長は、耳がよわいんだな?」  
私は嬉しくて耳をガシガシ噛み、なめ続けた。  
時折耳にとどく「痛っ!痛いです少尉。」なんてのは、聞こえないことにした。  
まるでおもちゃを見つけた子ども・・・もとい、楽しい獲物(おもちゃ)をみつけたネコのように。  
・・・ただ、あまりに夢中でなめすぎて息をするのを忘れていた。  
「んはぁーーっ!」  
苦しさに耐え切れず深呼吸をする。  
(甘ガミってむずかしいんだな、マーキュリー号・・・)  
伍長はあきれた顔をして、また私の唇にキスをした。  
「だから”無茶はしないでください”って・・・」  
 
わき腹に置かれた手が、すすっと上にあがり胸を触る。  
「んんっ!!」  
息が漏れる。  
伍長の大きな手でも余りある胸が、手にあわせてフニフニと形を変える。  
「少尉、その・・・とても柔らかくて・・・いやらしいです・・・」  
「はぅっ・・・あっ・・・・・・あんっ・・・・・・・・・」  
(下着の上から触られても、こんなに気持ちが・・・のか?!)  
胸の頂点で痛いほどに硬くなった乳首が下着にこすれる度、ピリピリとつま先にまで快感を伝える。  
脚の震えにあわせて荒縄が鳴った。  
「あの・・・さっき・・・・もっと触りたかった場所です。」  
人差し指が、乳首の周りをなぞった。  
「あんっ! ・・・ぅん・・・・・あふっ・・・」  
普段生活していてもそれほど気にもかけなかった場所なのに、伍長に触れられたとたん存在感を増す。  
指でつままれ、転がされ、弾かれる。  
その度に私は、声にもならない声で「伍長、伍長」と繰り返す。  
(なんでこんな・・気持ちよすぎて・・・混乱s・・・・・)  
 
鎖骨をつたって降りてきた伍長の舌が胸にキスをし、乳首を捕まえる。  
「はぅんん!!!・・んんっ・・・・ごちょ・・・・ああっ・・・・」  
伍長の舌に乳首を転がされ吸われていると、下半身に違和感を感じた。  
(・・・なにかがジュンって・・・熱くて・・・・・)  
胸を揉みながら、クチュリクチュリ乳首を転がす伍長の頭にキスをする。  
髪が鼻先をくすぐる。  
とても安心できる香りがした。  
「少尉、あの・・・甘ガミはこうですよ。」  
伍長は、軽く、軽く、乳首を噛んだ。  
 
(!!!!!!!!)  
 
さっきまでは気持ちの良い物がトロトロと体中を流れている感じだったのが、  
乳首を噛まれるとはじけるようにあふれた気がした。  
唾液で胸の辺りだけくっきりと透けた下着が、薄紅色の乳首にぴたりとはりついている。  
”卑猥でいやらしい”という形容が思い浮かんだ。  
 
伍長の片手が太ももに降りたとたん、ピタリととまる。  
(・・・・あ・・・刃先があたった傷が・・・)  
まるで伍長自身が傷をおったような、苦しそうな表情をした。  
大きな体をこれ以上ないほど折りまげ、そっと傷をなめる。  
「その・・・・前に、ネコが傷を・・・・なめていましたから・・・・・」  
(もし私がネコであるなら・・・いやネコでなくても・・・・)  
私は、袖のない伍長の左腕をながめる。  
(次は伍長の体中の傷をなめてやろう。すべての傷を癒すように。)  
 
伍長の顔がまた胸にもどり、今度はきつく、強く、乳首を吸った。  
「ごっ伍長!・・あ・・あふっ・・・もうっ頭が!おかしくなりs・・ダメだっ!!んんっ・・・・」  
 
 
 
(・・・・えっ?・・・・あれっ?)  
 
不意に顔をはなした伍長は、じっと戸口を見ている。  
「あ・・・あのなっ・・・さっきのダメっていうのは・・・その・・・・・・」  
伍長は「シーッ」と人差し指をたて、慌てふためく私の唇におしあてた。  
十数秒そのままだったかと思うと、急に立ち上がり何かを探す。  
「・・・伍長?」  
部屋の隅に転がっていた継承器を手に取り、後ろ手の荒縄、脚の荒縄をブツリブツリと切り始めた。  
手首についた赤い縄痕をみて、伍長がいまにも泣き出しそうな顔をする。  
「3課のジープの音がします。たぶん准尉達でしょう。・・・・まだ少し離れていますが・・・」  
(な、なんだ・・・・・・)  
助けが来ていると聞いて優秀な部下達が喜ばしいような、なんとなく残念なような、複雑な心境になった。  
「その・・・残念ですね。・・・・・立てますか?」  
「ばっ馬鹿者!同僚が助けにきたというのに残念とは・・・」  
でも、そんな事をあっさり言う伍長はかわいいなと思った。  
 
叱ったせいかしょんぼりしている伍長に「すまぬ、立てない。」というと、大きなジャケットを巻きつけた私を喜んで抱き上げた。  
その様子をみてまた愛しくなる。  
(今日、いったい何度愛しくなっただろう。)  
抱き上げられ准尉の到着を待つ間、伍長の肩に頭を持たせかけつぶやく。  
「すごく残念だ。なんとも歯切れ悪い。」  
 
「次があるなら・・・覚悟しとけよ?・・・・・今度は手も足も自由だからな!伍長の思い通りにはいかんぞ。」  
伍長はまた驚いた表情で私を見る。  
かまわず私は続ける。  
「臆さぬならば、かかってこい!」  
 
「いえ、あの・・・・少尉・・・だから・・・・無理はしないでくださいと・・・」  
 
「あ、あとな・・・先に縄を解いてくれたらよかったんじゃないか?」  
「・・・・ああっ!!!・・・すすすみません。その・・俺・・・要領悪くて・・・・・・・」  
また伍長が愛しくなった。  
「うんまあ、いいんだけどな。」  
 
なぜか座面の一部が色濃い椅子を残し、私達は戸口に向う。  
遠くにジープのライトが見えた。  
 
 
(終)  
 
 
おまけの後日談:  
 
橋の下で猫にエサをやりながら、伍長はつぶやいた。  
「少尉が、いなくなっているとわかった時・・・焦りました。 ・・・目の前が・・・真っ暗になりました。」  
水面をみつめぽつりぽつりと話す伍長が、とても愛しい。  
抱きしめたいと思った。  
「生死が判るまで、生きた心地がしませんでした・・・あと、その・・・ひどい目に遭っているんじゃないかとか・・・」  
少し涙目になった伍長はゆっくり続ける。  
一言一言、噛みしめるように。  
「・・・誰よりも早く・・・自分が助けるんだと・・・・あなたを守るのが俺の・・・・・・・・」  
「その・・・・少尉に会うまで・・・自分なんて、いてもいなくてもいい・・・存在なんじゃないかと・・・・・考える時がありました。」  
「でも少尉は・・・少尉が俺を・・・・・求めてくれt・・・・・」  
伍長の目からポロリと涙がこぼれる。  
「しょ・・・少尉は貴族なのに・・・俺なんk・・・・・」  
 
私は伍長の頭を両手で抱きしめ、胸に押し付ける。  
「伍長・・・・・・私を救えるのは伍長だけだったように、私も伍長のそういう存在になりたいんだ。」  
 
(そうだ!!)  
私は立ち上がり継承器を引き抜き宣言する。  
「・・・いや、なるぞ!絶対なってやる!よし今すぐ救ってやる!伍長、服をぬげ!甘ガミだ!」  
「あの・・・もうそういう存在になってます・・それに少尉の甘ガミは間違っ・・・わわっ、スボンずらさな少しょぅわあうあぅrftgy」  
 
ネコ達はダッシュで避難した。  
 

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