ここは三課のいつもの部屋  
俺ランデル・オーランドは今日も元気に働いています。  
最近は物騒なことが起きず毎日デスクワークや資料室の片付けなどをしています。  
こういうところがお気楽三課って言われる由縁なんだろうなと思いつつも  
こういう雰囲気俺嫌いじゃないんです。  
 
テキパキと仕事をこなすマーチス准尉や  
あくびばっかしているオレルド准尉  
 
こういった人たちで構成されている軍人達がいても俺はいいと思います。  
だって自分たちに余裕が無くちゃ戦災復興なんて人の為にがんばる仕事なんて出来ないでしょ?  
だから俺はこの三課が大好きです。  
ああ、今紹介に出てこなかったハンクス大尉とステッキン曹長は別の用事で席を外していて  
少尉は昼食中です。  
いつも人の倍以上の仕事を抱えて「これを終わらせるまではここは動かぬぞ!」  
とか言っちゃって2時過ぎまで掛かっちゃうんだから・・・  
 
そんなことを考えていると准尉がもうひとあくび  
それを見たマーチス准尉が非難がましい目で准尉を睨んでいます。  
「オレルド、早く仕事終わらせちゃいなよ」  
「いいのいいの、隊長がいない今がサボり時なんだから『鬼の居ぬ間に洗濯』ってな」  
「もう・・・時間足らなくたって手伝ってあげないよ」  
「へいへい」  
こんな会話もいつもの通り。  
結局マーチス准尉が見捨てずに手伝ってあげるのもいつも通り。  
 
「にしてもこう暇な日が続くとなにか刺激が欲しくなるな」  
「なんだよオレルドいきなり」  
「いやぁ・・・ちょっとな、おいデカブツちょっとこっち来い」  
「・・・?はい」  
なんだろう?刺激に俺が関係あるのかな?  
「ちょっとしたゲームをしようぜ」  
「ゲーム・・・ですか?」  
「ああ、お前が勝ったらお前の言うことを何でも聞いてやる  
 だがもし俺が勝ったら俺の言うことを聞いてもらう。どうだ?」  
「はぁ・・・」  
 
准尉がなんでも聞いてくれる・・・俺がお願いしたいことなんか特にないのだけれど  
ここで断るのもなんだか気がひける。  
それに暇つぶし程度のことだしそんなにひどいことも命令されないだろう。  
「まぁ・・・いいですけど・・・」  
「よし!それでこそ男だ!デカブツ!  
 そんでゲームの内容なんだがコインを投げて裏表を当てるでどうだ?」  
 
そこに取り出されたのはいたって普通の硬貨。  
なんだか笑っているけどそんなに自信があるのだろうか。  
「はい、いいですよ」  
「んじゃ俺が投げるから当てろよ。そらっ!」  
 
キィンと弾かれたコインが宙を舞う。  
何度も回転しながら次第に落下していき手の甲に落ちる。  
それをもう片方の手で覆いかぶせて准尉がこちらを見てくる。  
 
「さて表と裏どっちだ?」  
 
准尉が手をかぶせるのが遅れてしまったためか  
俺はかぶせる瞬間にコインが見えてしまっていた。  
なんだかズルした気分で悪いがここで気を使ってしまう必要もないだろう。  
 
「表、ですね」  
「ほほう、裏でいいのかねオーランド君」  
「いえ、表です」  
手をブンブンと振って訂正をする。  
勝負は非情なんですよ准尉  
「ふむ、なるほどなるほど、さてさて結果は・・・?」  
 
演出気味にゆっくりと手をどけていく准尉。  
そこにあったコインは・・・裏だった。  
 
「はい、俺の勝ち〜」  
「あれ?で、でも・・・」  
「ほらほら言い訳しないの」  
あれ・・・? 俺そんなに目悪くなったのかなぁ  
 
信じられずに目をゴシゴシとこすってみる。  
だが見えるのは裏向きのコインと勝ち誇った顔のオレルド准尉  
 
「てな訳で言うこと聞いてくれるんだよな?な・ん・で・も」  
こ、これは・・・  
准尉の反応をみて自分がとんでもないことを  
安請け合いしてしまったことに気づいてしまう。  
 
どうしよう、今から一課に殴りこみに行けだとか、語尾にワンをつけて一日過ごせとかだったら・・・  
いろいろな不安が頭をよぎる。  
「んじゃあ命令するぞ今から少尉と街に出て―」  
ああ・・・なんだ厄介払いみたいなことか・・・それだったら全然大丈夫だ  
「口説き落とせ」  
「…はい?」  
 
「あの・・・いま・・・なんて・・・」  
「アリス・L・マルヴィンとデートに出かけて口説き落として来い」  
明確に言われても余計に頭のなかでの処理が遅れてしまう。  
 
えと、少尉と デート 出ーと? デート・・・  
それで、口説き落とす くどいて おとす 口説き落とす・・・   
 
「むむむ無理です!准尉!そんな!」  
「なんでも言うこと聞いてくれるんだろう?」  
 
その言葉にぐっと言葉を飲み込んでしまう。  
そりれはさっきは了承しましたが…  
 
「そ、そんなの上官に向かってできることじゃありませんし、第一少尉は貴族で・・・」  
目をグルグルにさせながらあたふたする俺。  
そう、少尉は貴族で上官で俺なんかが・・・  
「恋愛に上官も貴族もねえよ。要は好きかってところだろ」  
 
当たり前という風に言っているその言葉になにか引っかかる単語が…  
 
いま准尉「好き」って・・・?  
 
「お、俺が少尉のことす、す、好きなわけないじゃないですか准尉!」  
自分で言っていて胸がチクチクと痛くなる。  
「んじゃあ、好きとかそういうの無しで口説き落として来い」  
「そんな無茶苦茶な!」  
必死に弁論するも、勝者という事実を盾にされては到底勝ち目が無い。  
 
「ノルマはそうだな・・・一緒に食事をする、キスをせまる・本番までヤるってとこだな」  
「准尉ぃ!」  
俺の言葉を無視して勝手に話を進めていく。  
ハードルが高すぎるというか実現不可能なことを選んで言っているようにみえた。  
マーチス准尉は我関せずという空気を出して黙々と仕事を終わらせている。  
だ、誰でもいいから俺を助けてくださいー!  
と、そんなことをしていると、ドアが勢いよく開いた。  
「さて食事も終わったことだし午後もたっぷりと働くぞ!  
 ん・・・?オレルドと伍長は何をしているんだ?」  
何もこんなタイミングで来なくたって…  
 
俺は無意識の内に後ろに下がろうとした。  
が、准尉が道をふさぎ腰の辺りを押して前におしやった。  
つんのめりながら前に出ると丁度前に少尉が立つようになる。  
前に来たことで少尉は見上げるようにして俺を見る。  
そのすこし不思議そうに見る顔にドキドキと心臓が高鳴っているのがわかる。  
准尉が変なこというから…  
俺が後ろを振り返ると准尉が「誘え誘え!」と声を出さずに口を動かしていた。  
このタイミングで言うんですか!?  
「ん?どうしたんだ伍長?」  
俺が首を横にふっていると不審に思ったのか少尉が話しかけてきた。  
 
「え、いやあの…!」  
ここで逃げてもどうせやらなくちゃいけないことだし言いづらくなるだけだ・・・  
意を決して口を開く  
 
「しょ、少尉!」  
「な、なんだ伍長?」  
突然の名指しに驚く少尉。  
俺はかまわず言葉を続ける。  
「い、いまからでっででででででで」  
 
あっけに取られた顔で少尉は見上げてくる。  
あと2文字がどうしてもいえない。  
顔を赤くなりながらも必死に声をだす  
 
「ででで伝言がありまして!街の中をパトロールするように…と」  
「パトロール?」  
「はい!ハンクス大尉が言っていました!」  
思わず敬礼をしながら嘘の伝言を言い渡してしまう。  
「パトロールか…そうか、うむ、腹ごなしにも丁度いいし行ってくるか  
 
駄目だ!一人で行ってしまったら意味がない  
「あの少尉!」  
「なんだ伍長?」  
「じ、自分もついていっていいでしょうか」  
「別に構わないぞ、それではマーチス、オレルド!これから街に出る。留守番をよろしく頼む」  
 
はいと二人分の返事が返ってくる。  
よし、なんとか二人っきりで外に出ることに成功した。  
これなら許してくれますよね准尉?  
出る間際に准尉を見るとヒラヒラと手を振って俺を見送っていた。  
 
はぁ…どうしてこんなことに…。  
その場の勢いで言ってしまったが何も考えないまま誘ったことに後悔してしまう。  
そのまま俺は三課を後にした…  
 
「…まぁそのままデートっつってたら抜刀しそうだもんな」  
「全く、オレルドったら。またイカサマコイン使って…」  
ニヤニヤと笑いながら硬貨についていたシールを剥がす。  
「とかいいつつお前も止めなかったということは気になるんだろあの二人」  
「まぁ…ね、あの二人…うまくいくかな?」  
「賭けてみるか?」  
「遠慮させてもらうよ」  
 
伍長が出て行ってからこんな会話があったなんて知る由もないだろう。  
 
 
さて、首尾よく街に出かけたのはいいがこれからどうすればいいのだろう  
俺はズンズンと進んでいく少尉の後ろをトボトボと歩きながら考えていた。  
「どうした伍長!もっとシャキッとしろ!」  
「は、はいすいません!」  
もっと考えを練らないといけないよなぁ…  
えーと准尉は何ていっていたっけ・・・  
確か食事とキ、キスとヤヤヤやる…  
指を折りながら思い出していると顔が赤面する。  
やっぱり無理ですよ准尉…  
「どうした伍長?なんだか顔が赤いぞ?」  
「な、なんでもありません少尉!」  
誤魔化すのもそう長くは持たないだろうしなぁ…  
と、とりあえずお食事にでも誘わなければ!  
「しょ、少尉どこかでご飯食べませんか?」  
唐突なお誘いだけどきっと少尉ならそんなこと抜き差しでオッケーを・・・!  
「食事ならいまさっきしたばかりではないか?何を言っているんだ伍長ボケには少し早すぎると思うが」  
瞬殺 撃沈 爆散  
そうだ少尉は腹ごなしも兼ねてパトロールを・・・  
なんて間が悪いんだー!  
一人ショックに打ちひしがれていると少尉が思案顔になっていた。  
「うむ・・・だが伍長が行きたいと思うならついていっても構わん」  
その言葉にピクっと反応をする。  
「今・・・なんて?」  
「だから伍長がどうしてもというなら食事についていってやると」  
「少尉ありがとうございます!」  
俺は嬉しさから何度も頭を下げていた。  
街中で軍服を来た巨体がそんなことをやっていたら怪しく見えるだろうがそんなのは気にしない。  
「そ、そんなに感謝されるとなんだか怪しく思えてしまうのだが…」  
疑いのまなざしで俺をじっとみる。  
ヤバイ!なんなんでしょうこの勘の良さは  
冷や汗がにじみでてくるのを感じる。  
「そ、そんなことないです!自分はただ少尉と食事を―」  
とっさに口を押さえるも墓穴を掘って顔が熱くなる。  
ああ、どうして俺は少尉の前だとこんなにヘマばっかりするんでしょう…  
すると少尉はフッと笑っていた。  
「冗談だ。ほらいくぞ伍長どこか店を探さなければ始まらないだろう?」  
「は、はい少尉!」  
なんだ冗談か…  
俺は安堵からふぅっと息を吐く。  
なんだか振り回されっぱなしですけどいいですよね准尉?  
本当はもっと違う感じを予想していたけどこれでいいんだと無理やり納得させる。  
俺と少尉のデートはこうして始まった  
 
 
…デートかなぁ  
 
 
さて、そんなわけで俺たちはレストラン「蒼き炎」にやってきました。  
 
二人とも知らないお店だったのですが、「ネーミングセンスがよい!」という少尉の言葉でここで食べることに。  
俺には少し小さめな椅子に座るとメニューを持って店員さんがやってきました。  
 
メニューを渡されると少尉は飲み物を頼んでいたので、  
俺も飲み物にしようとしたけどここで食べ物を頼まないと怪しまれると思いアスパラサラダを頼むことに。  
 
「伍長は他に食べないのか?せっかく来たのだからもっと食べればよいではないか」  
別にいつもどおりの注文なのだが、怪しまれないようにもう一品頼むことに  
そんなにお腹に入るかな…?  
「そ、そうですよ…ね。じゃあ―」  
「店員この生ハムサラダもひとつお願いする」  
俺がポテトサラダを頼もうとした時に少尉が割って注文をしてしまった。  
俺の代わりに注文してくれたのだろうか  
でも少尉は俺が肉を食べれないの知ってるはずなんだけどな・・・  
「あ、あの少尉俺―」  
「大丈夫だお前が肉を食べれないのは承知している」  
その言葉に更に混乱してしまう。  
それじゃあ嫌がらせか何か? もしかして克服させようとか?  
「私もサラダぐらいなら腹に入るだろう。すまないがお前のを少し分けてくれるか?」  
その言葉がドキンと胸に響く。  
こ、これはなんだかデートっぽいです…!  
もちろん少尉にそんな気がないのはわかっているけど嬉しいことに変わりは無い。  
「は、はい!もちろんいいですよ!」  
ガタン。と椅子から飛び上がるようにして立つ。  
「ど、どうしたんだ伍長?今日はなんだか行動が変だぞ」  
やばい。体を引いて驚いている少尉を見て俺はまた自分の失敗に落ち込んでしまった。  
周りの目もなんだか痛く感じるので静かに椅子に座りなおす。  
えへへ、と照れ隠しをしながら少尉に目をやる。  
何か話しかけようと意識をすると声が出てこない。  
いつもの自然な会話がしたいのに、考える事が少尉の気を引きそうなものになっている。  
こんなんじゃ駄目だ!いつもの自分にもどらないと!  
まずは少尉の前から一旦離れなければ!  
「少尉!俺トイレにいってきますね」  
「ああわかった。トイレの場所はわかるな。まっすぐ行って左だぞ」  
「…!子供みたいな言い方しないでください!」  
恥ずかしさからすこし強めに言ってしまう。  
だが少尉はそんな俺を見て微笑していた。  
「すまんな、なんだか伍長が子供の様に思えてきて」  
顔を赤くしてしまった俺は逃げるようにしてトイレに駆け込んだ。  
 
「はぁ〜…」  
自分には少し小さいトイレに膝を曲げながら用を足す。  
俺って異性として見られていないのかな…  
最後に聞いた声が頭の中で何度も繰り返されてしまう。  
「はぁ〜・・・」  
もう一度ため息をつくとコンコンという窓をたたく音が聞こえてきた。  
何だろうイタズラかな?  
俺は近寄って窓を開けてみる。  
するとそこにいたのは、さっきまで見ていた顔だった  
 
「よ〜LLサイズ」  
「オレルドさん!どうしてここが?」  
いや、本当はその前に『どうしてここに?』と質問するのだが、  
考えに詰まっている俺にとっては最高の助け舟だった。  
「へへ〜ん。お前が行きそうな場所なんてお見通しよ」  
そういいながら准尉は横にいるマーキュリー号の頭を撫でている。  
そして准尉の手には俺のハンカチが握られていた。  
い、何時の間に!  
「…用意いいですね准尉」  
「まぁな、・・・で、その調子だと上手くいってないようだな。」  
その言葉にしゅんとなってしまう。  
「そう思ってここに来たんだからな。どれ、俺がひとつ知恵を貸してやる。耳の穴かっぽじってよーく聞けよ」  
本当になんでも見透かされているなぁ…  
俺がは素直に耳を傾ける。  
 
「まず戻ったら…―――――――――――――」  
「えぇ!そ、そんなことするんですか!?」  
「ばかっ!声が出来すぎるぞ!いいか、あの少尉なら絶対にやってくれるさ。そこで心を鷲づかみするんだいいな!」  
口をパクパクさせるものの反論が浮かんでこない。  
でも…いくら少尉だからって…というか…  
「それって効果あるんですか?」  
「いいからやってみろよ。お前ならではの作戦なんだからな」  
俺ならでは・・・か…  
そうだ…ここで何かしないとこのまま終わってしまう!  
前に進むんだ!俺!  
「准尉ありがとうございます。俺やってみます!」  
「その調子だデカブツ。行ってこい!」  
「はい!」  
俺は准尉にお礼を言うと入る前とはうってかわってズンズンと勇み足でトイレを出て行った。  
 
「…まぁ、なんだかんだいって俺の命令だってこと忘れてるぜあいつ」  
マーキュリー号が「わふん」と返事をする。  
「さてそろそろ帰らないとマーチス怒るだろうし…もう一押し俺が必要かな」  
こうして准尉は窓のさっしに手を置きながら伍長のいく末を見守るのであった。  
 
              *  
 
伍長のやつなかなか遅いな。  
私はトイレに出て行ったっきり帰ってこない部下の帰りを待っていた。  
サラダと飲み物はとっくに来ている。  
帰ってこない理由はまさか私の言葉にショックを…  
本当は「子供みたい」だなんて言おうと思っていなかった。  
ただどうしてだかポロリと言ってしまったのだ。  
上官として最悪だな私は…。  
生真面目すぎるアリスにはこれぐらいしか考える要素が無かった。  
とりあえず帰ってきたら謝ろうと思っていると、大きな体をした連れが帰ってきた。  
なんだか歩き方が行く前と違うな…もしかしてまだ怒っているのか?  
そんなことを考えていると伍長が椅子にドスンと座る  
私は謝ることを思い出し行動に移そうとした。  
「伍長さっきは―」  
「少尉!」  
その迫力にビクっとする。  
なんなんだ今日は  
私の名前を呼ぶ時だけものすごく気合を入れているように見える。  
「な、なんだ伍長?」  
「あの…実はですね…」  
さっきの威勢はどうしたんだと言わんばかりにか細い声になっている。  
どうやら怒ってはいないらしい。  
安心した私は気持ち優しめに問いかける。  
「どうしたんだ伍長言ってみろ」  
「は、はい少尉。えっとですね…今、俺トイレ行きましたよね…?」  
何を言い出すかと思えばこいつは少し前に行動も忘れてしまうのか?  
本気でボケが進んでいるのかもしれん…  
が、それは口に出さずに話を進める。  
「ああ、行ったな。」  
「それでですね…手を洗おうとしたら…節水中だったんです。」  
今の社会、節制のために水を制限しているのは珍しくない。  
「そうだったのか、それでどうした?」  
まさかそれを言いたかっただけではあるまい。更に話を促す。  
「それで…今から食事をするわけじゃないですか…とっても不衛生ですよね。」  
「ま、まぁ確かにそう言えるな」  
話の意図が読み取れない。  
「それでなのですが…あの…もし少尉がよろしければ…」  
ここで伍長はぐっと息を飲む。  
なんだ?わたしがよければなんなんだ?  
なんだか顔が赤くなっているようだが、呼吸を止めているのか?  
すると、伍長は目をつぶって吐き出すように言い切った。  
「俺にサラダを食べさせてもらえないでしょうか!」  
私はポカンとした口でそれを見ている。  
私が…伍長にサラダを食べさせる!?  
「しょ、少尉が嫌ならいいんです。そんなの少尉がやることじゃないですし、恥ずかしいだろうしそ、そうですよね!やっぱり今の話無しにしてください忘れてください。」  
手をあたふたさせながら挙動不審な動きをしている。  
私は一旦落ち着くと伍長の言いたかったことをやっと理解した。  
 
ああ、それなら――  
「別にかまわんが?」  
 
なおもあたふたしていた伍長の動きがピタっと止まり私の顔を見ている。  
「少尉…今なんて?」  
私の言ったことがいまだに信じられないらしい。  
まったく、自分から言っておいて了承の返事が信じられないならなぜ提案するんだ  
「別にかまわないと言った。確かに伍長の言うことにはうなずけるからな。」  
「あ…えと、ありがとう…ございます…」  
「うむ、では早速口を開けろ。」  
木製のフォークでアスパラとレタスを刺し伍長の方に向ける。  
自分もいっしょになって口を開けてしまうのはしょうがないのだろうか。  
「ほれ、あーんだ伍長 あーん」  
「は、はい!あーん…」  
ポカンと口を開けている姿を見ているとやっぱり子供に見えてしまう。  
しかし、どうしても気になることが…  
「伍長」  
「ふぁ、ふぁいなんでしょうか少尉」  
口を開けたまま返事をする伍長。  
一瞬言い知れぬ感情がよぎったが今は気にしない。  
「どうしてお前は私の方を見ないのだ?」  
そう、私が気になったのは伍長の目が横を向いていることだった。  
まるで私を見ないかのように。  
「お前は食事をするときに食べるものを見ないで食べているのか!」  
そういうと伍長はすこし罰悪そうな顔をしているように見えた。  
「そんなことないです!ただ…少尉が…」  
「私がなんだ?」  
「い、いえ!なんでもないです!わかりました!ちゃんと前を向いて食べますから!」  
この身代わりの早さはなんなんだ?  
まぁそっちの方が私にそっては都合がいいのだが。  
「それじゃあ改めてだ。あーん」  
「・・・」  
口をおずおずと開ける伍長。よし今度はちゃんと前を向いているぞ。  
テーブルの真ん中辺りまで刺したサラダを運ぶ。  
フォークが伍長の口の中に納まると口を閉じたまま顔を引いていく。  
もぎゅもぎゅと口を動かして食べていく様を私はずっと見ていた。  
やがてごくんと喉が鳴るとお互い妙な雰囲気の中無言無表情で見つめ合ってしまう。  
何か話さなければ…!  
とりあえず感想を聞いてみる。  
「どうだ…味は?」  
「はい…おいしいです」  
「そ、そうかなら私もいただこう」  
私はサラダをフォークで刺すと自分の口に持っていった。  
すこし多くとりすぎてしまったので飲み込むのに時間がかかってしまう。  
やっと飲み込むと私は水を飲んでふぅっと息を整え笑顔で感想を述べる。  
「うん、たしかにおいしいなごちょ――」  
…あれ?  
 
おかしい。  
伍長の顔を見てみると口をわなわなと震わせてこっちを見ている。  
何か怖がらせるようなことをしてしまったのだろうか?  
それともサラダを多く食べ過ぎたからか?  
「伍長どうしたんだ?」  
私は理由聞いて対処方法を考えようとした。  
すると、伍長は震えた声でフォークを指さしていた。  
「少尉…そ、そのフォーク…俺が食べたやつですよね?」  
「? そうだが?」  
「今…少尉そのフォーク使いましたよね…?」  
「フォークを替えるチャンスがあったとは思えないが」  
それを聞いて伍長の顔が赤くなっていく。  
テーブルで見えないが指いじりをしているに違いない。  
私は歯痒さから更に追求する  
「何が言いたいんだ伍長」  
「つまり…間接的にですけど…その…俺と…少尉が…な、なんでもありません!食事再開しましょう!」  
またもや気合に圧倒されてしまう。  
どうも伍長の押しには弱いようだな…  
「そ、それもそうだないつまでも長居するわけにもいかんし、ほれ伍長次いくぞあーん」  
「あ…お、俺の時はこっちのフォーク使ってください!」  
そういってビシィっとゆびさしたのはもうひとつのフォーク。  
形状も全く変わらない気がするのだが問題でもあるのか?  
「別にいいではないか一本を2人で使えば」  
「よくないです!お願いしますからこっち使ってください!」  
目を細めて伍長を見ると、弱ったような目でこっちを見てくる。  
まるで自分が悪者になったような気分になってしまうな  
「…そこまでいうならしょうがないが…ほれ伍長あーん」  
「…あーん」  
 
こうして伍長に食べさせるわ、フォークを取り替えながら食事するわで  
いつもより大幅に時間の掛かった食事になってしまった。  
パトロールをするはずがもう日が暮れそうなほどだ。  
いつもの私なら伍長の奇怪な行動含めて怒るところなのだが  
どうしてか今日は別にいいかななんて思ってしまったりする。  
これだけいつもと違う体験ができたのだもの、一日ぐらい無駄にしてしまってもいいのではないのだろうか。  
店を出るとまだ伍長は何かを言いたそうな顔をしている。  
…仕方がない今日だけは部下のわがままを聞いてあげることにしようじゃないか。  
はまだまだ長い一日になりそうだ。  
                           続く  
 

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