「しかし……明日までには、この部屋をどうにか元通りにしておかねば……」
ぐるり見渡して、アリスはつぶやいた。
布をかけたデスクの上には、食べ散らかした料理がちらほら残っている。
食べ物や酒のシミもついているし、床にもワインをこぼした跡がある。
「……オレルドとマーチスが戻ってきたら、皆で片付けるか」
ランデルの座っている横に椅子を寄せ、そこに座って一息つく。
普段から大きな子供のような大男は、酔うとさらに子供っぽくなるようだ。
今もサンタ帽を嬉しそうにかぶりながら、にこにこと酒を呑んでいる。
「…………」
アリスも、サンタ帽を被ってみた。ランデルとお揃いだ。
そう考えると、少し照れくさくもあるが、嬉しいと思う気持ちが湧き上がってくる。
(伍長の事を責められんな。私も充分、子供っぽい)
そう思って、また一人微笑んだ。
「あえ〜〜〜ひょうい、さんたさんにらったんれすか〜〜」
アリスの頭に乗っかった赤いサンタ帽を見て、ランデルが嬉しそうに言う。
「ふふ……ああ、そうだ。今日限りの、サンタさんだぞ」
ランデルの口調があまりに幼くて、つい保育士のような口調になってしまう。
「じゃあひょうい〜〜ぷえぜんと、くらは〜〜い」
「む……ぷ、プレゼント……か? 困ったな……」
嬉しそうに両手を差し出してくるランデルに、アリスは困った顔をした。
勢いでサンタとは言ったものの、今はランデルにあげられるものを何も持っていない。
「……ひょうい…………なんも…くれないんふか………?
うう……おれが……ひょういのやくにたへてらいから…………うう……ぐすっ」
大きな熊が、また自虐的なことをつぶやきながら、泣き始めた。
(うっ……これは……た、たちが悪い……伍長は、泣き上戸なのか?)
笑った顔はいいのだが、泣いている顔を見ると、放ってはおけない気持ちになる。
まさに、大きな赤ん坊だった。
「ああ〜……そ、そうだな……何が欲しい? 言えば、持ってきてやろう、な?」
欲しいものを聞いて、それをあげると約束すれば、気が済むだろう。
その場しのぎの案ではあるが、アリスはそう考えた。
「ほひいもの……? ……むー……」
ぴた、と泣き止んだランデルは、指をくわえて考え始めた。
大の大人がこんな幼稚な行動をするのは本来ならばおかしなことで、見たものは引いてしまうだろう。
しかしランデルがやると、なぜだか母性をむずむずとくすぐられるのは実に不思議だ。
「ほれじゃあ…………――くらはい」
「…………はっ?」
アリスは自分の耳を疑った。いや、絶対に聞き間違えたのだ。そうに違いない。
「ひょうい、おっぱいくらは〜〜い!」
がば、とアリスに抱きつこうと、飛び掛かってくるランデル。
「ひ……ひいぃっ! あぶ……伍長……やっ、きゃあっ!」
ガターン!
もちろんランデルの体重を支えきることなどできず、椅子ごと床に倒れこむ。
「あ、いた……こ、こら! ごちょ…………」
ふと顔を上げたアリスの目の前には、自分のシャツの谷間に顔をうずめるランデルの顔があった。
とっさに受け身をとったのだが、そのせいで、ランデルが覆いかぶさって来るのは止められなかったのだ。
「……むっふ〜…………」
ランデルが深々と息を吐く。
ぞくぞくっ、と、くすぐったいような、なんともいえない感覚がアリスの全身を駆け巡る。
「やっ……伍長ッ……!」
ぐっ……パシーン!!
ランデルの顔を力任せに持ち上げると、思いきりスナップを利かせた張り手を飛ばした。
それは、前にもたれ込んでいた身体が、後ろに倒れるほどの威力を持っていた。
「……ハッ! ……ご、伍長大丈夫かっ! ……すまん、つい……」
なんとか椅子から離れ、我に返ったアリス。
胸を押さえながら、仰向けに倒れているランデルを心配する。
しかし、そんな心配は無用だったようだ。がば、と起き上がったランデルは、にへら、と笑った。
「ひょうい〜〜、おっぱい〜〜〜」
赤ん坊のはいはいのように、床に座っているアリスに向けて前進してくる。
「ごっ……伍長……やめっ……やめんかっ!」
パシーン! パシーンッ!
右、左、と、ランデルの頬に次々と張り手が炸裂する。
しかし、酔って痛覚が麻痺しているのだろうか、頬を真っ赤に腫らしながらも、
ランデルは真っ直ぐに、アリスとの零距離を目指して進んでくる。
(こっ……これがっ……!)
アリスは、じりじりと後退しながら、その迫り来る巨体に恐怖し、全身を震わせた。
(901……AutiTankTrooper!!)
……と思ったかどうかは定かではないが。
「ひょうい〜〜ふかまえ…………たっ!」
ついにランデルは、壁際までアリスを追い詰め、その胸をわし掴んだ。
「ひ……っ! 伍長、やめんっ! ……か……」
また張り手をくらわせようと、ランデルの顔を見るアリス。
しかしその両頬はすでに赤く腫れ上がっていて、鼻血まで流している。
いくら胸を狙われているからとはいえ、ここまでしてしまったことを後悔した。
酒が抜けたら、さぞ痛い思いをすることだろう。
ランデルが痛い思いをするなど、自分は決して望んではいないのに。
「…………もう」
相手がランデルならば、自分の胸の一つや二つ……。いや、二つだが。
「今夜だけだぞ…………」
そんなアリスの決心と言葉を、聞いているのかいないのか、
ランデルは、アリスのシャツのボタンをぷちぷちと外しはじめる。
「ちょっ……伍長! ……直に触っていいとは言って……ひゃっ!」
必要最低限の2、3個のボタンを外すと、ランデルはぐいっとシャツを広げた。
ぽよん! と、形のいいふくらみが二つ、飛び出すようにあらわれた。
なんで今日に限って下着をつけてこなかったのか……アリスは全力で悔やんだ。
「えへへ〜……ひょういのおっぱい〜〜〜もふっ!」
ランデルは、そのむき出しの谷間に、むにゅっと顔を押し付けた。
「むふ〜〜ひょうい〜〜いいにほいれふね〜〜〜〜」
谷間に顔を挟んだまましゃべるので、ランデルの息がぷるぷると胸を振るわせる。
「きゃっ! ……うふ……こっ…こら伍長! くすぐっ……ひっ…ひゃあっ……」
あまりのこそばゆさに、アリスはじたばたともがいた。
「んむ〜〜〜もっぱい……んも!」
もっぱい? と変な発音に頭の中で突っ込んだアリスだったが、つぎの瞬間びくっ! と身体を震わせた。
ランデルが、アリスのピンク色の可愛らしい乳首を咥えたのだ。
「……んぷ……もっはい……ひょういの……んちゅ」
「やっ……ごちょ…………ひゃめ……んっ………ふぁ」
ランデルは、本当に赤ん坊のように、口全体を使ってアリスの胸にしゃぶりついている。
つるん、とした滑らかな乳房、その頂点にツン、とさりげない自己主張をする乳首。
それがランデルの暖かい口の温度で包まれる。
時折舌で舐めたり、しゃぶったり、ちゅうちゅうと吸ってみたり……。
それも片方だけではなく、両方を行ったり来たりする。
肌にかかるランデルの鼻息が、くすぐったいが、気持ちいい。
「ひょうい〜…………んくっ……あむ……」
「……ンッ……ご……ちょう………ッ! ……はっ…はあ……」
アリスは、恥ずかしさと気持ちよさで顔を真っ赤にさせて、しかしランデルを止める気は起きない。
(もし母乳を与える時に……毎回こんなに気持ちいいと……どうするのだ?)
などと、変な考えも起きてくる。
ランデルの口の中では、もう乳首が硬く勃ってしまっている。アリスの息が、荒くなる。
「ごっ……伍長ッ……ちょっ……これ以上は……ひゃめ……」
ふと、そんなアリスのつぶやきに応えたかのように、ランデルの動きが止まった。
「……あ……?伍長……?」
(なんで……?やめて欲しかったわけじゃ、ないのに……)
「……ッ!」
今浮かんだ破廉恥な考えに自分で恥ずかしくなり、アリスは赤い顔をさらに赤くした。
「ぷす〜〜……す〜〜……」
「……?」
少し冷静になってよく観察すると、ランデルの深い息遣いが聞こえてきた。
(もしかして……)
それは寝息だった。アリスの胸に食いついたまま、ランデルは酔いつぶれて眠ってしまったのだ。
「ふ……くすっ…………ふふっ……」
アリスはしばし唖然としていたが、その無邪気な寝顔を見て、思わず笑わずにはいられなかった。
規則的な鼻息が、くすぐったい。
「まるで赤ん坊だな……ふふ……実に……」
(純粋な、お前らしい――……)
ランデルの頭をぽんぽんと撫でてやるアリス。
その様子は、本当に赤ん坊を寝かしつけた母親のようだった。
「ん〜……ひょう……い…………んぷ〜……」
「くふっ……しゃべるなっ……く、くすぐったいぞ、伍長……」
もしランデルの子供が生まれたら、こんな感じなのだろうか、と思った。
(ん……ということは、母親は私……か……ッ?)
甘い、夢のような未来を想像してしまって、アリスはまたも恥ずかしくなった。
「〜〜!」
ばしばしと、少し強くランデルの頭を叩く。完全に八つ当たりだが。
そんな未来も、来るのだろうか――?
「……はぁ……しかし……」
胸を掴んだまま眠りこけるランデルを見ながら、アリスは困った顔をした。
「どうやって……鎮めたものかな」
火照った身体をもてあましながら、アリスは深く息を吐いた。