「今年のクリスマスはどうするのだ?」  
書類整理中に少尉に声をかけられ、伍長はぽかんと見つめ返す。  
戦災復興が進まない現在。民衆を放り出して、自分達だけで祭りを行う気力などあ  
るのかどうか、伍長は考えこんだ。  
「黙っていてはわからないだろう。どうなのだ?」  
本当は迷って黙っていたのだが、伍長はこくりとうなずいた。  
「何も、考えていませんでした」  
「非常にお前らしい答えだが、それは本当か? 誰かと会う予定でもあるんじゃな  
いか? ――特に、そう、恋人とか……」  
「いえ、本当に何もないんです」  
少尉の目が一瞬輝いた。  
「そうか! では仕方ない!!」  
言葉とは裏腹な嬉しそうな口調だった。少尉は輝く笑顔で伍長にまくし立てる。  
「曹長も子供に歌を教える以外は何もないと言っていたし、マーチスはやはり予定  
なしと言っていた! オレルドは、まぁ、放っておくことに、なるのだが……。  
仕方ない! 今年は3課でパーティーと洒落込もうではないか!」  
伍長は突然の提案に目を丸くするが、断る理由が何もないと気付いた。  
「それにな、伍長。東洋のどこかの国では1月1日にその年の本尊となる動物を決め、  
1年丸ごとの長期に渡る祭りを行うらしいぞ。今年はイヌドシとか言う動物だった  
そうだ!」  
「イヌ、ドシ?」  
聞きなれない言葉に伍長は繰り返す。イヌドシとはどんな動物なのだろう。それと  
もイヌドシとは、おとぎ話の怪物なのだろうか。そう考える伍長には、イヌドシの  
姿は予想もつかなかった。  
「1年間ずっとお祭りをするんでしょうか?」  
「それはわからぬ」  
少尉は素直に首を振った。  
「だがな。そのイヌドシには負けるかも知れぬが、わが帝國でも立派な祭りを出来  
るのだと、見せつけてやろうではないか!」  
どうやって見せるのか、というツッコミをする気にはなれなかった。  
「よいか? そのためには、全員の協力が必要なのだぞ? と、特に、お前が抜けて  
は意味がないのだぞ? わかっているか?」  
「はぁ」  
「では立て! 復唱せよ! 打倒、イヌドシ―!」  
「サーイエッサー!」  
「違う!」  
立ち上がった伍長の頬がぱしんと鳴る。  
勢いにたたらを踏んだ瞬間、伍長は襟首をぐいっと引かれた。  
この細腕のどこにそんな力が隠されているのか――考えた瞬間、伍長は唇をふさがれた。  
少尉のやわらかな唇が自分の唇とやさしく触れ合い、離れる。  
一瞬のそれに目を見開き唇をおさえると、目の前の少尉は満足そうに微笑んだ。  
「よいな。忘れるなよ」  
少尉は足取りも軽く出て行く。  
とても楽しそうな背中を見送り、ぽかんとする伍長の耳に、かさりと紙の音が届いた。  
振り返ると、いつものように新聞の向こうから大尉がちらりと視線を投げていた。  
大尉はまたすぐに新聞に隠れた。  
ここには2人だけだと思い込んでいた伍長の顔が、赤く染まった。  
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この中にひとり、(戦場の)お伽話の怪物がおる。  
 

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