夕暮れの三課の執務室  
珍しく皆、黙々と書類を片付けている  
この場合『珍しく』は『黙々と』にかかる  
二人の放つ緊張感につられ、私語一つ無く…  
   
午前中は、いつもどうりだった  
問題は、少尉が午後、倉庫にファイルを取りにいってから起こった  
彼女はちょっと量があるからと、伍長を連れていったまま、お茶の時間になっても帰って来ない  
見に行こうか等と話しているところに、二人が姿をあらわした  
「どっ、どうしたんですか?アリスさん」  
少尉の顔を見て、ステッキンは驚いた  
少尉は、頬を腫らしていた  
よく見ると、目にも涙の跡が…  
 
「なんでもない、ちょっとぶつけて」  
少尉は、妙にぎこちなく答えた  
「お〜い、デカブツ  
倉庫で隊長襲ったりしてないだろうなぁ〜」  
オレルドが、からかいの声をあげる  
「していない」  
伍長はボソリと答えた  
それだけだった  
『?』  
二人の態度に、皆が何か違和感を感じ戸惑うなか、彼は、抱えていたファイルを少尉の机に置くと、引き出しを開ける  
「伍長、そこ少尉の机だよ」  
「わっ、解ってる  
薬を取るよう頼まれた」  
マーチスの言葉に、伍長は一瞬うろたえたように見えたが、そのまま引き出しの中から、傷薬のビンを取り出した  
 
少尉に近付き、自ら丁寧に薬を塗る  
「あっ、ありがとうご…イタッ」  
「傷にさわる。あまり話さないよう」  
やや威圧するような響きは気のせいだろうか?  
「さあ、仕事に戻…りましょう」  
伍長は、自分の席に戻りながら言った  
   
それから約2時間の間、お祭り部隊と呼ばれる三課の執務室は暗黒と化した  
、伍長は猛烈な勢いで、書類を片付けていく  
脇目も振らず  
遠慮勝ちに問い掛けるマーチスにも、全く耳を貸さず  
一方、少尉は自分の席に、ただ呆然と座り込んでいる  
視点も定まらず  
遠慮勝ちに尋ねるステッキンの声も、全く耳に入らず  
 
雰囲気に耐え兼ねたオレルドが  
「ちょっと、小用に…」  
と、脱出を試みるが、  
「すぐ、帰ってこいよ」  
課長に阻止される  
裏技に長けた古参情報大尉でも、この状況は嫌らしい  
部下の退却を許さず、情報収集に切り替えさせる  
平静を保っていられたのは、我関せずと居眠りを決め込んだ、マーキュリー号のみだった  
    
永劫に続くかのような沈黙の時も、いつか流れ去る  
パパパ、パパパ、パパパパァ〜♪  
終業を告げるラッパが鳴り響いた  
すかさず伍長が立ち上がる  
「終業時間です、お先に失礼します」  
挨拶を残して、素早く退室していった  
 
「しっ、失礼します」  
何時に似合わず、呟くような挨拶を残して、慌てて退室する少尉  
まるで、親においていかれるのを恐れている子供のように  
遠慮気味に、静かに閉じられたドアの向こうに、二人の姿が消えたの確認した三課の面々は、一斉に緊張を解き深い溜め息をついた  
「いったい、どうしちゃったんですか?あの二人」  
安堵感から半泣きで訴える曹長  
「怪我している少尉も変ですが、伍長も明らかにいつもと違います」  
マーチスも、課長に判断を委ねるように意見を述べる  
バタン  
「ボス、何か変だ」  
オレルドが帰って来た  
…口紅付きで  
 
「オレルド、何処いってたんだよ」  
「酷いですぅ、一人だけ逃げるなんて」  
一斉に文句を垂れる同僚を無視して、課長に掴んだ情報を報告する  
「三課の倉庫の中から、ドタバタ騒ぐ音、男の怒鳴り声、女の泣き声等が聞こえたと複数のソースから確認とれた  
倉庫内に崩れた跡もあります  
後、戻って来る時見たんだが、マルヴィン家の馬車に伍長が同乗してました」  
オレルドが続ける  
「単なる喧嘩っすかねぇ」  
イマイチしっくり来ないといった表情を浮かべるオレルド  
「まぁ、いいか」  
課長が話を打ち切る  
「後に残らにゃ痴話喧嘩ぐれえ」  
 

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