どうしてあの時、アイツを突き放すようなことを  
言ってしまったんだろう。  
アイツのちょっと寂しそうな表情と、肩を落とした後姿が  
まぶたに浮かんだ。  
 
「伍長ォッ!……イヤだ!目をあけろッ!伍長ッ!」  
目の前には悪夢のような光景。  
何で、何でコイツがこんな目にあわなきゃいけないんだ。  
私の判断ミスだ。私のせいでコイツは―――  
 
降りしきる雨の中、私は伍長を宿へ運ぶためヤツの長い腕をつかんだ。  
脈も呼吸もある。ただ、雨に打たれて体は冷え切っていた。  
急がなければ。  
私は、コイツを失うわけにはいかない。  
 
意識を失っている人間を運ぶのは骨が折れる。  
ましてやそれが、自分の倍ほどもあろうかという巨漢ならなおのことだ。  
「伍長、しっかりしろ。今、医者に連れて行く。」  
伍長の腕を自分の肩にかけ、持ち上げようと力をこめる。  
……重い。それどころか、ビクともしない。  
太くてゴツゴツした手。厚みのある肩。  
守っているつもりでも、いつも守られていた。  
私一人では、コイツを守れない。助けられない。  
悔しさに、景色がぼやける。  
 
「……しょ、うい…?」  
肩にかけた腕がピクリと動いた。  
苦しげに浅く呼吸をしながら顔をあげる。  
暴行を受けたのか、打ち身だらけだ。…コイツは、誰かと争ったりできるヤツじゃ  
ないのに。なんだか無性に腹が立つ。  
「伍長、この街はどこかおかしい。宿に戻って作戦を練り直す。……動けるか?」  
伍長は私の腕を振り払った。  
「少尉……。この街の人間は、装甲列車の恐怖で洗脳されています。  
……。備隊長のアーヴィーは……軍人を嫌ってる。アイツが、列車を襲ったんです。  
……俺は今、動けません。足手まといになります。……放っておいてください。」  
 
放っておけだと?足手まといだと?  
戦えもしないのに、傷だらけになってがんばるお前を。  
私は―――  
 
脳裏に浮かんだ言葉を口にできないまま、私は軽く伍長の頬を打った。  
「ふざけるな。どうしてお前を放っていかなくてはならないのだ。  
あの時、お前は私を守ると言った。その言葉に嘘がなければ、立てッ!」  
我ながら、支離滅裂なことを言っている。  
それでも、コイツが動いてくれれば。  
伍長はポカンとした表情で私の顔をじっと見つめ、唇を引き締めた。  
腕に力を込め、上体をあげる。私はその隙間に体を滑り込ませた。  
「ちょ、少尉!無茶しないでくだ……痛ッ!」  
「私が支える。大丈夫だ。いくぞ、3,2,1ッ!」  
〜〜〜〜ッ!やっぱり重い。が、泣き言など言ってはいられぬ。  
早く傷の手当てをしなければ。コイツの体力がいつまで持つかわからないのだから。  
「あのっ、やっぱり重いですから、大丈夫ですっ!」  
私の腕を解こうとしてよろける。こんなときまで、コイツは……。  
「無茶をするな、伍長。一緒に転んでしまう。…私なら、大丈夫だ!」  
 
そう。肩にまわした腕の重みと、少しずつ戻ってきた体温を感じながら、  
私は安堵感に包まれていた。  
大切な部下だから?  
違う。大切に思う気持ちは3課みんなにある。  
だけど、コイツは、私の伍長だから。  
どこか危うくて、私の知らない顔を持っている、やさしい大男。  
ろくに戦えもしないのに、いざというときに必ず助けてくれる、私の伍長。  
 
今はこの感情が何なのか、わからない。  
もう少し、このままで―――  
 
END  
 

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