「さて、どうしたものだろう」
熱で朦朧としている伍長を前に、少尉は考え込んだ。
先刻まで穏やかだった呼吸が荒い。
時間が解決してくれるわけはなさそうだ。
「とにかく、熱だけでも下げなくては」
お情けのように薄い毛布をかけてやったものの、
なにせこの身長である。足が出てしまう。
乾いた二人分の軍服で足をくるんでやる。
額にあてたタオルは、冬の水道水で冷やしたものだったのに、
10分もしないうちに使い物にならなくなる。まずい。
薬のないこの状況下で、解熱の方法はただ一つ。発汗させること。
そのためには水分を補給させる必要がある。
少尉は水差しの水をコップに注ぎ、ベッドのそばに置く。
伍長の背の下に手を入れ、渾身の力で体を起こしてやる。
寝た子ほど重いものなしというが、相手は大人。しかも規格外ときた。
起こす方が汗まみれになる。
ようやく体が半分入る程度の隙間を作り、ベッドと枕を背にして座り、
伍長の体を寄りかからせる。これでむせることもないだろう。
「伍長、水だ。とにかく口にしろ。」
耳元にそっと呼びかけてみる。髪がちくちくと頬を刺激する。
相手は眠りの沼にはまったきり出てくる気配がない。
もし、伍長が目覚めなかったら。
苦しむ部下を見ながら民に解熱剤を与えた私は、誠実といえるのだろうか?
ふいに頭によぎった不安をかき消すように、少尉は伍長の頭をかき抱く。
とにかく一度目を覚ましてほしい。一言声を聞かせてくれるだけでいい。
「起きろ。伍長。」再び耳元で呼びかける。頬を軽くたたく。無反応が怖くなる。
硬い黒髪の中に顔をうずめる。
戦時中、弱りゆく部下をあまたの上官はどんな気持ちでまなざしてたんだろうか。
「……し、しょう…い?」
ふいにかすれた声が耳に飛び込む。
「伍長!す、すまんな。苦しい姿勢で。汗がひどい。水だ。飲んだら戻してやるから。」
コップを口元まで持っていってやる。……よし、完了。
一息ついたのを確認して、不自然な傾きを直してやる。
「熱が引くまでここにいる。起こして悪かった。」
伍長はただうなずく。ふいに互いの視線が絡まる。
気まずくなって少尉が視線をそらすと、伍長は眠りに落ちていた。
先ほどよりも幾分穏やかな呼吸だ。
新たな行動を起こすのは、夜が明けてから。
それまでは体を休めよう。
伍長の体重の大半を体で支えていたために節々が痛む。
伍長の額にぬらしたタオルを取り替えると、
少尉はベッドの傍らの椅子で急速に眠りに落ちた。