「ハァ・・・ハァ・・・ッ」
峠を全速力で駆け抜けたかのような疲労感と、充足感が体を支配していた。
なかなか落ち着かない呼吸に激しく肩を上下させ、抜けきらない余韻に時折震える。
そうしてだんだん意識がはっきりし始めると、やにわに自分のした事が脳裏に蘇りさっと血の気が引いた。
うつろだった視界ははっきりと焦点を結び、床のタイルを流れる湯の筋を見せる。
排水溝へと流れていく湯の中に溶けきらない白っぽい液体が混ざっていた。
(どうしよう、つい夢中になってしまったとはいえ俺は少尉になんてことを!)
しかも最後など、無我夢中になってとんでもなく恐れ多い事を口走ってしまったきがする。
視線を上げれ場すぐ確認できるだろう現実に慄き、なかなかそうすることができないでいる伍長の頭に呆れたと言わんばかリの声が降りかかる。
「まったく好き勝手にしてくれおって・・・お前、意外と我を忘れると強引なのだな?」
「ああああ、ごめんなさいっ!・・・って」
どこにいても耳に届くようなよく通る、そして懐かしいこの声色は・・・
「伍長、大丈夫か?」
「小・・・尉・・・」
ギギギと音がしそうなほどぎこちなく視線を戻すとはりのある豊かで真っ白なおっぱいが確かにそこにあった。
・・・ただし、たおやかな2本の腕でしっかり隠されていたが。
一転暗雲を吹き払うような喜びと感動に包まれ、思わず涙がにじんだ。
「元に、戻ったんですねっ少尉!!」
「どこに話しかけているか馬鹿者っ!」
スパーン!と頬をはられたがこれもいつもの痛みだ。
頬をさすりつつもさらに視線を上げれば、頬を真っ赤にしながらこちらを睨んでいるいつもの少尉の顔がある。
正真正銘、十三貴族で陸情3課パンプキン・シザーズ小隊長のアリス・L・マルヴィン少尉その人だ。
「お前というやつは・・・・っ」
少尉は何か怒鳴りかけたが、頬をさすりながらも泣き笑いを浮かべる伍長に一瞬惚けたかとおもうと、毒気を抜かれたのか苦虫を噛み潰した顔でぷいとそっぽを向いた。
「まったく、しょうのないやつだ」
「面目ないです・・・」
自分でもあんまりな反応だとおもったのでしおしおと謝る。すると少尉はふっと笑って首をかしげた。
「伍長・・・」
「なんですか少尉?」
「いま、凄くお前を抱きしめてやりたいんだが残念だ」
「えっ!?なんで」
残念なんですかと続く前に少尉は隠していた腕をずらし自分の胸を指す。
「胸がべとべとでしてやれない」
「あっ・・・」
気がつかなかったが、よく見れば造形美のような胸の膨らみの輪郭を縁取るように、そこは水以外の伍長のあれやらそれやらが撒き散らされてテカテカと光っていた。
あまりの淫靡な光景に自分の所業を突きつけられた気がして顔が熱くなり、伍長は少尉の肩を掴むと、腕の中に引き寄せてしっかりと抱きしめた。
ねちゃりと2人の胸の間で音を立ててぬるりとしたものが広がったが、伍長はおかまいなしに少尉を抱きしめつづける。
「こら、お前まで・・・」
「こんなの、すぐ流せるからいいんです!」
あわてふためく少尉にきっぱりと言い渡し、湿った髪に口付けるとすぐにおとなしくなった。
「そ、そうか・・・」
それから、ずいぶん華奢でやわらかい腕が傷だらけの背中におかなびっくり回され、触れた瞬間それはすがりつく形に変わる。
照れているのか裸の胸板に頬を押し付け、上目遣いに笑う。
「ただいま、伍長」
その顔に見惚れ、それから慌ててそれに応える。
「おかえりなさい、少尉」
些細な言葉がこんなに嬉しいなんて思わなかった。
しばらく何も言わず抱き合ってから、少尉は静かに語り始めた。
憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとした顔で。
「なあ、伍長・・・過去は過去で、もう無いものねだりはやめにする。そんな事しなくても、充分私は果報者だって分かったから」
「はい」
「私のために幼女趣味の汚名までかぶろうとしてくれた男もいるしな」
「しょ、少尉・・・」
そういえばあのままの状態が続けばいずれそういう話になっていたかもしれない・・・と今更思い当たってひやりとするが、もしそうなっていてもきっと後悔なんてしなかっただろうと漠然と思う。
「最初から最後まで訳のわからないことばかりだが、獲がたいものを得たと思ってよしとするか」
「・・・はいっ」
「この先何があっても、お前が背中ってくれる限り大丈夫な気がしてきた」
そういって少尉ははじめて晴天のような笑顔を伍長に向けた。
「とりあえず、このシャワー室からどうやって脱出するか考えましょうか」
「む、それはいきなり難問だな・・・」
数分後息を切らせた伍長が購買部にあらわれたが、果たして作戦がうまくいったかどうかは謎のままにしておこう。