「長・・・伍長っ」  
 それはいつものようにねぐらである橋の下から勤務先の庁舎へと向かう途中での事。  
 誰かに呼び止められた気がしてランデル・オーランド伍長はのっそりと振り返った。  
「・・・?」  
 しかし見回して見てもあたりに人はおらず、朝のピリリと涼やかな空気が取り巻くばかりだ。  
「気のせい・・・かな・・・?」  
 首をひねりつつ、足先を再び庁舎の方角へ返そうとすると今度はズボンの”両”膝をぐいと後ろに引かれ、ふいをつかれた伍長は大きくバランスを崩す。  
「ばかもの下だ!」  
「うわーーーー!?」  
 慌てて体勢をなおそうとする伍長の耳を今度ははっきりと鋭いソプラノが耳を打つ。思わずその出所を追った視程に覚えのあるブロンドの輝きを見た気がして、瞬きの間思考が止まった。  
(え?・・・しょう・・・)  
 そしてその一瞬が運命を決定した。  
 
 ずるべしゃあっ  
 
 見事コントの見本のような音を立て、伍長は冷え切った帝国の地に頭からめり込んだ。  
「ったた・・・な、なんだ??誰・・・」  
 目眩をこらえながら何とか体を起こせば、そこには小さな子供がちょこんと立っている。  
   
 いかにも上質な細かい細工の施された純白のワンピース  
 まっすぐでつやつやの金髪には桃色のリボン  
 桃色に染まった頬が愛らしい。  
 
 どこからどうみてもただの可愛い子供だ。  
 いや服装から察するにどこかの貴族の子女なのだろうか?  
 ・・・子供らしからぬその突き刺すような鋭い緑の眼光さえなければ、だが。  
 しかし朝の早いうちから貴族の子供が従者もつけずに、しかも軍の施設の周辺をうろうろしてるはずがない。  
 なぜか抗えぬ視線に地べたに座り込んだまま硬直していると、少女らしい可愛い唇からさらに子供らしからぬセリフが飛び出した。  
「軍人が注意を怠るとはたるんでるぞ!」  
「ええぇっ!?」   
 
(この子はいったい誰なんだ?それより何で俺、朝っぱらからこんなところで子供に説教されてるんだろう)  
 状況をのみこめず混乱するやら情けなくなるやらであわあわしている伍長を睨みつけ、それから深くため息をつき、子供は腰に当てていた手をだらりと下げた。  
 出た声は先ほどをうって変わって困り果てたようだった。  
「私がわからんか?」  
「わからんか?って・・・言われましても」  
 わかりません。  
 貴族に知り合いはいないはず・・・いやいるが、子供の知り合いはいないはずである。  
(ン、まてよ?)  
 あごに手を当てもう一度しげしげと子供を見直す。  
 
 手触りのよさそうなサラサラの金髪  
 何者もまっすぐに見つめる澄んだまなざし  
 周りを奮い立たせるようなよく通る声  
 
 伍長のまぶたに焼きついた忘れえぬイメージが目の前の少女にぴたりと一致していく。  
 (いやまさか、でもそんな事が・・・)  
 思い当たった自分の考えに信じられないという思いで、伍長はぶるぶると震えながら声を絞り出す。  
「しょ・・・」  
 食い入るように見つめてきていた瞳が期待に輝いた。  
 
「・・・少尉の、娘さん?」  
 
 ・・・が、一瞬にして灼熱にそまった。  
 
「伍長・・・・、顔をだせぇぇ!」  
「は、はいぃっ」  
 
スパパーーーーーーンッ  
 
 思わず律儀に顔面を差し出した伍長の頬に小さな手のひらが炸裂したのだった。   
 
「私だ私!アリス・L・マルヴィン少尉だ!!」  
「まさかほんとに・・・少尉・・・?」  
 
 真っ赤なもみじのついた両頬を抑え、伍長は衝撃に目をむいた。  
 たとえオレルド准尉が女嫌いになったとしてもこれほどのショックは受けないだろう。  
 
「私も何度夢であればいいと思ったことかわからん・・・だが現実だ」  
 
 思わず頭を撫でてやりたくなるような可愛らしい少女は、いかにも軍人らしいいつもの少尉の口調で2度目のため息をついた。  
 信じられないのは伍長も同じだ。  
 しかし頂戴した頬の痛みが、なぜかその少女がアリス・L・マルヴィン少尉本人であるという実感を伍長にもたらしはじめている。  
 
 変わり果てた姿に思わず涙がにじむ。  
 
「ますます小さくなっちゃってどうするんですか〜〜っ」  
「ええい泣くなっ。泣きたいのはこっちのほうだ!朝起きたら突然この様だったのだぞ!?」  
「へんなもの食べたとか」  
「それはお前のほうが可能性としては高くないか?」  
「・・・・・・ヒドイ」  
 
 考え込むが現実離れしすぎる出来事にまともな答えが浮かぶはずもない。  
 答えは出ないが新たな疑問は沸いてくる。  
 
「少尉、ご家族はこの事・・・」  
「気が付かれる前に抜け出してきた」  
「抜け出して、って・・・ここまで歩いてですかぁ!?」  
 
素っ頓狂な声を上げる伍長に居心地わるそうに少尉は指を突き合せながら唇を尖らせた。  
 
「通常ならともかく、いくら武門とはいえ子供の足で成すには無謀な事くらいくらいわかっている!その・・・紛れてきたのだ」  
「紛れてって・・・」  
「ちょうど街から来ていた郵便馬車の荷台にこっそりとな」  
 
 "見た目"可憐な公女様の大冒険に目眩がした。  
 
(今自分がどう見えるかなんて全然気にしてないんだもんなあ・・・)  
「どうした?」  
「いや、無事ならいいんですよもう・・・」  
 
 がっくりとうなだれる伍長に「ふむ」と少し考えるそぶりを見せてから。少尉はぽんぽんと彼の肩を叩いた。  
 
「何をそんなに落ち込んでいるのかわからんが、元気を出せ。それより早く行かないと遅刻するぞ?」  
「あ、そうでした・・・って、少尉はどうするんですか?」  
「無論、私も行く」  
「そうですか、じゃあ一緒に・・・」  
 
 数秒後、庁舎にとどかんばかりの男の奇声がこだました。  
 

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