「今日はやったぞ! 久々にあのこしゃくな参謀に一矢報いてやることに成功した!  
二度目の勝利はなかなか奪えなくてな、惨敗続きで気が滅入ってたのだが、  
実に晴れ晴れとした気分になった。いや、残念ながら勝ちは逃したが、悪くはない  
負け方だった。終わってから参謀も褒めて……」  
 厳めしい肩章のついた軍服の外套を脱ぎ、次に背広型上衣を脱ごうとしていたミハエル・  
ブランバルド大佐の手がぴたりと止まった。  
 帰宅を出迎えた妻ソリスに、豪快な笑いと共に今日の参謀との模擬戦について  
報告していた言葉も一緒に途切れる。  
 脱いだ上衣を受け取ろうと待ち構えていたメイドは、止まってしまったミハエルの様子を  
不思議そうにうかがった。  
 話に聞き入っていた笑顔のままで、ソリスが訊ねる。  
「どうかなさいまして?」  
「その……少し部屋が寒いようだから、今日はこのままでいい」  
 ミハエルは外しかけたボタンをきちんと掛けなおし、咳払いをして言い訳がましさを  
取り繕おうとした。  
「あら、いけませんわね。メイドさん、少し暖炉の火を大きくしていただけますか?   
……さあ、じきに暖かくなりますわ。そんな堅苦しい格好のままではおくつろぎに  
なれませんでしょう?」  
 脱げ、と言外に促し笑顔でにじりよる。  
「いや、その、いいんだこれは……」  
「私がお着替えの手伝いをしてさしあげますわ」  
「よ、よせ、やめろ!」  
 ソリスが勝手に軍服のボタンを外し始めたので、ミハエルは両手で服の前を合わせ  
すごい速さで後ずさった。  
「仕方ありませんわね。では、……メイド長さん」  
「あらあら。それではみなさん、あとはご夫婦の時間だそうですから、私たちは下がらせて  
いただきましょうね」  
 夫婦の時間? ってなんだ。なんだこのソリスとメイド長の以心伝心な空気は!   
まさか……知っている? すでに知っているのか俺の秘密を? ひょっとしてメイドたち全員が?  
 顔面蒼白になったミハエルの前を、メイドたちはぞろぞろと通り過ぎ部屋を出ていく。  
 最後にメイド長が暖炉以外の部屋の明かりを落とし、「ごゆっくり♪」とでもいいたげな  
笑みを残して退出した。  
 
 愕然とした顔で、メイドたちが消えていったドアとソリスの顔を見比べるミハエルに、  
「メイドたちには何も言っておりませんわ」  
 安心させるような優しい笑みを浮かべてソリスは言う。  
 ……と、ミハエルの目にはそう映ったのだが、実は彼の動揺具合に嗜虐心をそそられて  
浮かんだ笑みであることは知るよしもない。  
「ではさっそく、お着替えをどうぞ」  
 彼はしぶしぶ上着を脱ぎ、後ろから柔らかく剥ぎ取るようにソリスが受け取った。  
 一見、ミハエルの姿に変わった点はない。  
 ただよく見ると、筋肉の発達した広い背中を一本の線が横断している。  
 ワイシャツを透かして主張するそれは、どう見ても……ブラ線だ。  
「後ろ、透けているのだろう? 参謀に言われて初めて気付いた」  
 苦々しい声でミハエルが言う。背けた顔は耳まで真っ赤だ。  
「あら、見つかっておしまいに?」  
「まさか! 本当にバレてはたまらんぞ。演習の後に上着を脱いでいたら”変わった下着を  
おつけですね”などと何気ない感じで言われただけだ。負傷して包帯を巻いているのだと  
言ってごまかしたが、冷や汗をかいたぞ!」  
 それはどう考えてもバレてるんじゃないかしら。  
 よく見るとほのかに透けているピンク色を見つめてソリスは思った。  
 あの参謀さんなら、気付いてても飄々としてそう言うでしょうね。それにしても  
よく見てること。あなどれないわ。  
「その後は暑くても上着は脱げないし、参謀の様子は気になるしでほとほと困り果てた」  
 ソリスはミハエルの背後に部屋着を広げ、袖を通すよう促す。  
 ワイシャツを脱がないとこの部屋着は着られない。脱げ、と言っているのだ。  
 恥ずかしそうにボタンを外しミハエルがワイシャツを脱ぐと、レースやリボンのたくさん  
ついた可愛らしいブラジャーがあらわになった。  
 肩をすぼめてソリスの視線から微妙に胸を隠している。  
「あなた、とってもお似合いですわ」  
 輝くような笑顔でソリスが言い、ミハエルはやるせない表情になる。  
「お前の言うように俺にはこの下着をつける必要があるとしてもだ、なにもこんな色に  
したり飾りをつけたり、その、……可愛くする必要はないではないか」  
 恨めしげな口調でそう言っても後の祭だ。  
 仕立て屋にこれを注文したとき、恥ずかしいからと交渉を妻に一任してしまったのが  
悪かった。ブラジャーはソリスデザインの力作である。  
 苦労した甲斐があったってものね。  
 縮こまるミハエルにうっとりと見とれながら、ソリスは採寸時の騒動を思い出す。  
 事前によく言い含めてあったにもかかわらず、土壇場で見苦しく抵抗するミハエルを、  
軍人ならば潔くなさいと叱咤しソリスは無理矢理職人の前に立たせた。  
 真っ赤になって羞恥と緊張に震えながら直立不動で採寸を受けるミハエルを思い出すと、  
口元が緩んでくるのを抑えきれない。  
 貴族の変なお遊びにはさんざんつきあわされているので仕立て屋は平然としたもの  
だったが、その後痛飲して泣くミハエルを慰めるのは大変だった。  
「とにかく! そういうわけでこの下着には今日で懲りた。お前の言うことももっとも  
だが、もうこれを着けるのはやめにしたい」  
 ミハエルはドキドキしながらソリスの返答を待つ。  
 ソリスは何も言わず、部屋着を着せ掛けるふりをしながら、突然指先でミハエルの  
背中のホックを外した。  
「あっ」  
 はらりと落ちかかるブラジャーを、彼は思わず両手で押さえる。  
 悪戯された可憐な少女のような仕草に、ソリスの満足そうな笑みがこぼれた。  
 ずり落ちたブラジャーからは、ぷっくりと膨らんだ大粒の乳首が覗いている。  
ちょっとした刺激にも敏感に反応しそうな、見るからに開発され尽くした  
”美味しそう”な乳首だ。  
 新婚の頃はこうではなかった。堂々たる大胸筋を誇る男らしい胸板であり、  
乳首などは申し訳程度の存在感しかなかった。  
 それが、ソリスに責められるようになるにつれ、だんだんとこんなふうに  
なってきてしまったのだ。  
 自分が夜ごと妻に情けなく喘がされていることが一目でバレてしまう気がして  
ミハエルはこの大きな乳首を他人に見られること、そしてさらなる乳首の成長を怖れていた。  
 
「こら、な、何をするのだ!」  
 ソリスは無言でミハエルの身体に抱きつくように腕を這わせ、冷たい指先で乳首の根元をきゅうっと摘む。  
「よせ何を……ヒアッ!」  
 不意をつかれて彼は思わず高い声を上げた。  
「うふふ、すごい反応。なんて声出すんです、メイドたちに聞かれてしまいますよ」  
「離せ、こら、やめろ!」  
 ミハエルはソリスの腕を押さえようとするが、彼女は巧みにその手を逃れつつ、絡みつくようにして  
彼の身体中の敏感な箇所に刺激を撒いていく。  
 耳たぶやうなじを唇で弄び、腕や背中に豊満な乳房を押しつけ、身体中をねっとりと撫でまわし、  
太ももで股間を擦り上げる。そうしながらも、決して乳首への刺激を途切れさせることはない。  
 ソリスは夫の身体を隅から隅まで知り尽くしていた。  
 与えられた刺激に彼女の予期したとおりの反応を返しながら、手のひらで転がされていることを  
自覚して、ミハエルは悔しさと快感で我知らず涙ぐんでしまう。  
 その顔を、にっこりと嬉しそうな表情のソリスに覗き込まれて、恥ずかしさに目を背ける。  
 高められた興奮は彼の抵抗する気力を削いでいき、じきにミハエルは豹に噛み伏せられた  
子鹿のようにぐったりとなってしまった。ソリスに支えられてようやく立っているようなありさまだ。  
「こんなに敏感な乳首にはブラジャーをつけないとなりませんのよ。そのまま服を着たら  
擦れて勃ちっぱなしになってしまうのでしょう?」  
 両手で乳首をコリコリと刺激しながら熱い息と共に耳元で囁く。そのまま首筋を舐め上げると  
ミハエルはかすかな声を上げて身体を反らせた。  
「四六時中そんなだとどんどん大きくなっていきますよ。困りますわよね、これ以上卑猥な  
おっぱいになってしまったら?」  
 硬く痛々しいくらいに膨れ上がった乳首を乳輪ごと強く吸い、いやらしい音を立てて舐め回す。  
「……これが大きくなるのは、服の刺激云々より、お前がこういうことをするからではないのか?」  
 息も絶え絶えになりながら、ミハエルが当然の疑問を口にした。  
 知識のない彼は、そういうものかと妻の言うことを素直に鵜呑みにしてしまっていたのだが、  
最近は騙されていることに薄々気付き始めていた。  
「ならばもうここは触らないことにしましょうか。一生、舐めるのも触れるのも禁止。  
こんなことで乳首が大きくなってしまっては困りますものね」  
 言葉とは裏腹に乳首への刺激を強め、ミハエルの脳内は快感で満たされてしまう。  
「どうします、止めましょうか?」  
 あまりの気持ちよさに声を出して喘ぎそうになるのを懸命にこらえる。  
 この快感をもう一生味わうことができないなんて、そんなことは耐えられない。  
 乳首が恥ずかしい形に大きくなってしまうことよりも、そちらの方がはるかに耐えがたい……。  
 ふと、壁のレリーフが目に入った。  
 ぶっちがいの剣が騎士の誇りを表す、勇壮にして華麗なブランバルド家の紋章だ。  
 家の名や名誉や体面よりも、恥ずべき快感を優先させてしまっている自分に気付いて  
ミハエルは愕然とした。こんな浅ましい自分は、誇り高きブランバルド家の当主として失格だろうか。  
しかしその屈辱感からかえって性器を硬くしてしまう。  
 ソリスはすぐにそれに気付き、彼の心の動きを見透かしたかのように耳元でくすくすと嘲った。  
 
 薄暗い部屋の中、そこだけ明るく燃えさかる暖炉の前に、ソリスは場所を移した。  
抵抗する意思を完全に失ったミハエルを、暖められた毛皮の敷物の上に横たわらせる。  
勝手にベルトを外され、残りの衣服を剥ぎ取られながらも、ミハエルはされるがままに  
なっていたが、今しがた大きな染みを作ってしまった下着を、ソリスにくすくす笑われながら  
脱がされたときには、さすがに決まり悪そうな顔をした。  
 自分も黒いドレスから白い豊満な肢体を開放し、ミハエルが見ている前で手早く裸に  
なってしまうと、彼の両足を揃えさせて膝の上に腰を下ろした。  
 
 そそり立った無防備な股間がソリスの目の前に晒される。  
「たったあれだけで大変なことになってますのね。今にもお腹にくっつきそうじゃありませんか。  
10代の未経験の少年じゃあるまいし、いい大人がはしたないこと」  
 自分の欲望を指摘されて、彼は思わずあからさまに懇願する目でソリスを見た。  
 彼女は柔らかな手で熱く張りつめた陰茎を握った。扱かれる、というミハエルの予想を裏切り、  
彼女はその手を動かさず、逆の手を屹立の先端にかぶせた。  
 溢れ出してくる先走りを亀頭に塗りつけ充分潤わせると、手のひらで包み込むようにして  
亀頭だけを刺激しはじめる。はちきれそうに充血した表面をくるくると手のひらで擦りながら、  
曲げた指の付け根で尿道口を刺激する。  
 敏感な場所への強烈な刺激にミハエルの身体がビクリと反応した。苦痛に近い快感は、  
陰茎を扱かれるときとは違って射精を呼ぶ感じがしない。ひたすら内向して膨れ上がり  
身体の中で暴れまわるだけだ。出口がない。執拗に続けられて思わず身悶えるが  
足の上に座ったソリスが身動きを許さない。  
「――――――っ!」  
 ミハエルは曲げた人差し指を噛み締めて、危うくあげそうになった悲鳴を殺した。  
 亀頭全体を揉みほぐしたり、指先を尿道口に割り入れたり、手のひら全体でてっぺんをズルリと  
撫でたりといった変化を加えながら、リズミカルな責め苦が延々と続く。陰茎は刺激しない。  
射精は許さない。下半身を固定したまま、ただ淡々と拷問のように苦痛と紙一重の快感だけが注がれていく。  
 
「どうして声をお出しになりませんの?」  
 指先で、彼を生かさず殺さずの絶妙な状態に保ちながら、優しい声でソリスが尋ねた。  
 恥ずかしい声を出すことにはどうしても抵抗があり、ミハエルはずっと必死でこらえていたのだ。  
「屋敷の者に聞かれるのが嫌だからですか? 我慢しないで素直に声を出してしまった方が、  
もっと気持ちよくなれますよ。それとも、まだ声を出すには気持ちよさが足りないってことなのかしら?」  
 陰茎を固定していた方の手を離して、無理に彼の足の間に割り込ませた。先走りでぬるつく指先を、  
ミハエルの後ろの窄まりに滑り込ませ内部を探り始める。  
 指が体内に入った瞬間ミハエルはビクッと身体を震わせて涙目でソリスの顔を見つめ、  
彼女の腕を握り締めた。けれど制止するわけでもなく行為を受け入れてじっと耐えている。  
 その必死な表情が、彼女の嗜虐心と表裏一体となった愛おしさを加速させる。  
「なんて顔をなさるの、これではまるで私が犯しているみたいだわ。夫婦の営みじゃありませんか」  
 二本の指で前立腺を探り当て、ゆっくりと捏ねまわす。亀頭への刺激は続けたままだ。  
「メイドたちに聞かれたってかまわないでしょう? 本当はその方が……くすくす……嬉しいくせに。  
さあ、可愛い声を聞かせてくださいな」  
「ふあっ、あ、あ、あぁああああ!うわあああああっ……!」  
 いてもたってもいられないような衝動が突き上げ、無意識のうちに彼の身体が  
ソリスを振りほどいて逃げようとする。  
 荒馬を乗りこなすように太ももでミハエルの両足を挟みつけ、彼女は彼を押さえつけて逃がさない。  
 我を失ったミハエルがあげ続ける声に、嬉しそうなソリスの哄笑が混じって室内に響いた。  
 
 ギリギリの状態のミハエルをしばらく楽しんでから、口が利ける程度に責めを緩め、  
ソリスが柔らかな口調で尋問する。  
「今日一日、ブラジャーを着けていて本当はどうでしたの?」  
「ハァッ……ハァッ……どうって……あっ……き、気が気ではなかったぞ……」  
「ずっと意識していらしたんでしょう? 軍服の中の恥ずかしい姿を。もっともらしい顔をして  
第八戦車連隊を指揮しながら、何回立てておしまいになったの? 私に教えてくださいな」  
「……そんなことは……していないっ……!」  
「ふふ、参謀さんに見つかりそうになったときも、本当は興奮していらしたのではなくて?   
隊の皆様にいやらしい変態的な姿を見られることを想像して、下着の中でよだれを垂らして  
いたのでしょう? あなたは恥ずかしい思いをさせられるのが大好きなんだものね」  
「くっ……」  
 ミハエルは一瞬べそをかいたような表情をみせた。  
 ソリスの手の中のそれが硬度を増し、彼女は「あら?」となぶるように顔を近づけて確認する。  
「泣いているのにどうして硬くなってしまうのかしら? 昼間のことがそんなに刺激的だったなら、  
今度参謀さんをお招きしましょうか。見てもらいましょうよ、今のようなあなたの姿を。  
参謀さんの前で、あなたがどんな痴態を見せるのか楽しみだわ」  
「っ……!!!」  
 ミハエルの身体に急に力が入った。イく前兆を察知して、ソリスは指の輪で根元を締め付け射精を殺す。  
逆流するような不快感と痛みを感じて彼はうめく。  
「今、私が止めなければ射精してしまってましたね。部下に恥ずかしい姿を見られる想像で  
達してしまうなんて、なんて人なのかしら。本当に変態さんですのね」  
「う。あ……」  
 ミハエルの目から一筋涙が流れるが、それが苦痛によるものか屈辱によるものか、  
羞恥なのか快感なのか、混乱しきった彼にはもう分からない。目をつむり、涙を隠そうとするように  
握った手の甲を額に当てているミハエルの心中を想像して、ソリスは背筋がゾクゾクするような快感を覚えた。  
 そんなふうになってもなお硬度を失わないペニスを、ソリスは慎重に自らの体内に収める。  
 ゆっくりと動くと、ミハエルの表情に放心したような開放感が現れた。  
 ……やっと射精できる……!  
 強く締めながらソリスが搾り取るように数回往復すると、それまで焦らされ続けていたミハエルは、  
混乱から立ち直る間もなくあっさりと絶頂を迎えた。  
 彼女を乗せたまま大きく身体をのけぞらせ、ビクビクと痙攣しながら大量の精液を彼女の中に放出する。  
「あらあら、ずいぶんと早くていらっしゃる……」  
 自分でそう仕向けたにもかかわらず、わざと不満そうにそう言うと、ソリスは胎内に収まりきらずに  
溢れ出した精液を指ですくってミハエルの口に押し込んだ。彼は少し嫌がったが、精も根も尽き果てて  
いたため、すぐに諦めて受け入れてしまった。  
 疲れた身体を投げ出したまま、荒い息を吐く口の中に自分の精液の味が広がっていく。  
彼にはそれは敗北の味のように思えた。  
 
 始末をし、一息ついて正常な判断力が戻ってくると、先ほどまでの自分の醜態を思い出して、  
ミハエルの顔が羞恥に染まった。  
「……なぜだ妻よ……どうしていつもいつもこんなふうにするのだ…………」  
 自己嫌悪で消え入りそうな声になりながらソリスに問い掛ける。  
 新婚の頃はもっと幸せな仲良しエッチだったはずだ! 一体いつからこうなってしまったのか。  
 押し殺した嗚咽を響かせ始めたミハエルの横で、ソリスは複雑な表情を浮かべた。  
 どうしてって……。  
 すっかり乱れて顔にかかったミハエルのオールバックの髪を、指先でなでつけ直してやる。  
その下から現れた左眼の傷に自然と彼女の視線が吸い寄せられた。  
 
 彼がこの傷を受けたとき、遠い戦場から、ミハエルが重傷を負ったとの報を受けて、  
ソリスは最悪の事態を覚悟した。軍人である夫と自分の死を常に覚悟しているつもりだったが、  
喪服のような黒いドレスが実際に喪服としての存在感を帯びるのを感じると、足が震えた。  
 あのとき失ったかもしれない命が、今、私の手の中でぴちぴちと跳ねる。  
 あなたの生命の手ざわりを確かめたい。背骨を掴んでガクガク揺さぶってやりたい。  
暴力的な衝動は、失う不安から発しているために、歪んだ行動として表れているのかもしれなかった。  
 
 ソリスは指でミハエルの顔の傷痕をそっと撫でると、そこに軽くキスをした。  
 涙に濡れた右目を見開いて、ミハエルは少し驚いた表情をする。  
「なぜって? だって、こうした方がたくさんお子胤をいただけるんですもの」  
 先刻までの嗜虐的な笑顔を取り戻し、ミハエルの陰茎を握ると絞り出すように扱いた。  
「いや、まだっ」回復していないそこをかばって彼は逃げ腰になる。  
「さ、次は私が満足するまで頑張ってくださいね」  
 
 
 ……ふがいないことだ。  
 結局また立ててしまい、騎乗位で好きなように動かれながら、頭の片隅でミハエルは思う。  
 我が妻の不安を解決してやることは、俺にはできないのだろうか。  
 傷痕へのキスで、ソリスの本心をミハエルはなんとなく察していた。彼女の言葉が一種の  
照れ隠しであることも。  
 一番いいのは、俺が軍人を辞めることだが、なかなかそうもいかんしなあ。  
 きつい責めに、自分への執着を感じて、彼はソリスの頭を撫でて安心させてやりたいような  
気持ちになった。しかしそれでは彼女は安心しないだろう、ということもわかっている。  
 かなり屈折しているが、自分の思いを俺にぶつけてきてくれるのは悪いことではない。  
 俺にできるのは、必ず生きて帰る、と言い続け、実際に生還し続けることだけだろう。  
 俺を信じろ、と言いたいところだが――――。  
 二度目の射精をしながら、ミハエルはそう思った。  
 

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