アルル。  
魔導学校に在学し、よく学びよくサボる健康優良少女。  
好きなものは冒険。嫌いなものは退屈。  
そんな彼女はその日も何か面白いことはないかなと一人街をブラブラしていた。  
 
そしてさっそく一人の男を発見する。買い物でもしていたらしい。  
(あ、シェゾだ…)  
これが今回の話の始まり。些細な偶然だけど、実はけっこう重要な出会い。  
 
ところで、シェゾを相手にするときにはちょっと特別な、賭けるような心の準備が必要だ。  
一瞬間を置いて、声をかけてみる。  
「こんにちは、シェゾ」  
呼ばれてシェゾがこちらを振り返った。  
「ん。おお、アルル!」  
「買い物してたの?」  
さりげない話題を振って様子を見る。  
「俺に会いにきたんだな?」  
シェゾはアルルの話を無視して見当外れかつ一方的に自惚れ始めた。  
(うげ……。ヘンタイモードだ)  
いきなりゲンナリするアルル。  
 
アルルは結構長い付き合いの元、シェゾのことを二重人格な人だと認識していた。  
二重人格といっても乖離性同一性障害というよりは躁鬱病にニュアンスが近いけど。  
とにかく彼は自分に対する態度に落差がありすぎるのだ。  
もともと彼は自分のことをネラッていて、何かとちょっかいを出してくる人だ。  
でもそれは彼にとって急ぐ事柄ではないようで、何か他に目下の目的が出来ると  
彼はそっちに集中して、自分のことなど目もくれなくなってしまう。  
 
はっきり言って自分にちょっかいを出してくる時のシェゾは、うざい。  
そして他の目標に向かっている時のシェゾは…………強くて、かっこいいな、と思っている。  
でも、その時というのはすなわち自分を見ていない時なのだから、  
こっちがいくらかまって欲しくても、その時の彼は相手にしてくれないのだ。  
追われれば逃げたくなり、逃げられれば追いたくなる、ふたりはそんな関係。  
 
で。今の彼はといえば、こっちをネラう気満々のヘンタイモード(アルル命名)のようだ。  
かっこいい彼を期待して声をかけたというのに、1/2の賭けはハズレというわけだ。  
「別にキミに会おうと思ってたわけじゃあないよ…」  
「照れなくてもいいぞ」  
「………………もういいよ。じゃあボク帰るから」  
「待て!」  
がしッ  
背を向けようとするアルルの肩を掴むシェゾ。  
「おまえのすべてを俺にくれ!」  
「………………」  
 
ぷう〜〜〜〜。ぱーん!  
ファイヤー!ファイヤー!アイスストーム!アイスストーム!ダイアキュート!  
ファイ!ブレインダムド!ジュゲム!ジュゲム!ばよえーん!ばよっ、ばよばよばよえーん!  
ズドドドドドドドドドズドドドドドドドドッドドズドド!!  
「無念だ……」  
ばたんきゅー  
ぷよぷよ地獄に沈むシェゾであった。  
 
「ふんだ!」  
色ボケ(?)で目が眩んでるシェゾなんてはっきり言ってアルルの敵じゃない。  
いらいらする。  
シェゾだってきっと本気の本気でやれば自分を打ち負かせるくらいの実力はある筈なのに。  
いつもこんな茶番ばっかり。  
自分には魔導力とぷよぷよの才能が多少あるか知らない。  
でもちょっと考えたらこんな女の子ひとり手に入れる方法はいくらでもあるだろうに。  
なんで彼はそうせずに、こんなことを繰り返してるんだろう。  
(……って。こ、これじゃボクがシェゾのものにされたいって思ってるみたいじゃない!)  
違う。ただ彼の考えてることが分からないからいらいらしてるに過ぎない。  
 
でも最近シェゾと揉めたあとにいらいらすること、多くなったなあ。  
なんでだろ………………。  
 
「だからさ、あいつってすっごいバカなんだよ、きっと。  
 勉強は出来ても、ほかのジョーシキとかが理解できないようなタイプのバカ!」  
「………まあ、それは、言えてる……かもね」  
アルルは昼間のいらいらがどうも抜けないので、今日はぱっと遊ぶことにした。  
ぱっと遊ぶというのは、ただひたすら喋って食べて飲むということで、  
ドラコがアルバイトしてる酒場兼レストランに乗り込んで、彼女を早々に上がらせて、  
そのまま喋り相手と食事とお酒を一気に確保した。  
ドラコにはいい迷惑かもしれないけど、たまには女のつきあいも大切だろう。  
 
ここはいい店だ。  
食事もお酒もおいしいし、女の子の目から見てもウエイトレスの制服もかわいい。  
ドラコと喋ってるのも楽しいし。もつべきものは親友だ。男なんてただのバカだ。  
………………と。いー気分になってきたのに、ドラコが変なことを言い出した。  
 
「…シェゾって、もしかしたらあんたのことがほんとに大好きなんだけど、  
 どう接していいか分かんないから、そんなことばっかやってるのかもねー」  
「………………っばあ!?」  
「ああちょっと、ツバ飛ばさないでよ」  
「そ!そ!そっちが変なこと言うからでしょー!」  
「『かもしれない』っていうだけの話だってば。ムキになんないでよ」  
「…だ、だって、ドラコってば、いきなりシェゾの味方するんだもん」  
「味方なんかしてないってば。別にあんた達がくっつくように応援してるわけじゃないし」  
「あぅ、ごめん」  
「でしょ。でもまあ、あんたもあいつのことが好きなら応援してもいいし、  
 嫌いだったら逆に縁が切れるように応援してあげてもいいけどね」  
「な………………!あんな奴のこと好きなんかじゃないもん!!」  
「はあ…。ひとの話ちゃんと聞いてるの。誰も断言なんかしてないでしょ」  
「あ…あうぅ」  
 
「あんたもう酔ってんの?」  
「………………」  
「なんか、妙に先走ってるってゆーか、生き急いでるってゆーか」  
「…………なんだい!」  
「な、なによう」  
「ドラコが変なことばっか言うからでしょ!ボク、あんな奴キライだもん!!」  
「………そうやってムキになって否定するとかえってあやしいわよ」  
「なによ!涼しい顔で分かったようなことばっか言っちゃってさ、ドラコのエッチ!!」  
「んなッ…!逆ギレ!?」  
「あ!赤くなった!心当たりがあるんでしょ!ドラコのエッチー!」  
 
ギャースカギャー  
 
「あはははははははは」  
「ほらもう帰るわよ。店長、ごめんね」  
「ドラコちゃんの友だち面白いね。またおいでよ」  
「うんうん!」  
 
なんだかんだ言っても、けっこう気晴らしになったような気がする。  
バカみたいに騒いだら結局いー気分になったアルル。  
でももうお開きみたいで、ドラコに連れられて店を出た。  
 
「うわっ、寒う」  
「あー気持ちいー」  
「ねえちょっと、ほんとにひとりで帰れるの?」  
「へーきへーき」  
「まっすぐ帰りなさいよ。今夜めちゃめちゃ寒いわよ」  
「なんでそんなにすぐ帰りたいの?家になんかあんの?」  
「なんにもないわよ。寒いからよ。じゃあねっ。ほんとに気をつけてね…」  
 
と、ドラコに忠告されたにも関わらず、よたよたとひとり道草を食うアルル。  
無意味に道端の水たまりの氷を踏みつけて遊ぶ。  
グシグシ、パリバリ  
「ふんだ。シェゾのバーカ」  
シェゾへのいらいらを押し付けるように家までの氷を1個1個踏んでいく。  
 
そんなことをしてるうちに、ちらちらと雪が降ってきた。  
「おー、雪だー。…ライト!」  
灯りをつけて、舞い散る雪をぼ〜っと眺める。  
「はあ〜…。雪はこんなに綺麗なのに、どうしてあいつはバカなんだろ…」  
よく分からないことを呟きながら、アルルは結局酔いが冷めるまで雪見を続けてしまった。  
 
 
翌朝。アルルの目覚めは最悪だった。  
「うっ。あたまいたい…。きもち、わるい」  
意外と酒好きなアルルは滅多に宿酔にはならないんだけど。  
「ぐー…」  
「うう、今日一日のしんぼうだっ。がまん、がまん」  
カーバンクルに心配かけまいと強がった。  
 
しかし体調は次の日になっても一向に回復しなかった。  
それどころか熱も出てきてアルルはやっとこれが宿酔などではないことに気付いた。  
自覚したとたんにブルブルと寒気も襲ってくる。完全に風邪だ。  
(おくすり…)  
薬箱をあさるが、風邪薬も解熱剤もない。  
なんとか買いに行こうか、薬をがまんしてしまおうか悩む。どうしよう。  
 
考えてみれば、酔って雪の夜にいつまでも外にいたのが原因なんだろう。  
ドラコの言うことをちゃんと聞いていれば良かったのに。自己嫌悪。  
ここはやっぱり軽く見ないほうがいいと思った。  
 
おくすり買いに行こう。それで様子見て、だめだったらすぐお医者さんに行こう。  
 
モコモコの重ね着で、顔を真っ赤にして、アルルが歩く。  
「ふう………………ふう………………」  
体調が目に見えて悪化していく。  
はっきり言って、こんなに辛いのは生まれて初めてかもしれない。  
意識も朦朧としてきてるような気がする。変なことばっかり頭に浮かぶ。  
 
ボクってバカだ。  
あ、でもバカは風邪ひかないっていうからバカじゃないかな。  
いや違う。やっぱりボクがバカなんだ。シェゾもバカだけど。  
だいたいシェゾがバカだからボクがこんな目に遭ってるような気がする。  
………………うん。あいつのせいだ。  
あいつはホントは、強くって、かっこよくって、それでホントは優しい奴なのに、  
ボクにだけは、そういうとこは隠しちゃって、ヘンタイなとこしか見せてくれないんだ。  
………ボク、ウィッチやセリリがあいつのこと好きなの、知ってる。  
それってきっと、あいつはウィッチやセリリにはかっこいいとこ、見せてあげたからだ。  
ボクには見せてくれないくせに、他の女の子には簡単に見せちゃうんだ。  
やっぱりボク、シェゾなんて大ッ嫌いだ。  
 
なんだかどこに歩いているのかも分からなくなってきた。  
「ふう………………ふうう」  
思わず地面にへたり込んでしまう。  
情けないけど、こうしてれば誰か親切な人が通り掛かってくれるかもしれない。  
その人に助けてもらおう。  
へたり込んだまま、誰かが助けてくれるのを待つ。  
 
ボク、なに考えてるんだろ。  
自業自得で風邪引いたのをシェゾのせいにしちゃって。ほんとにバカだ。  
はっきり認めちゃおうよ。  
シェゾがボクのことをちゃんと見てくれないから寂しいんだって。  
それで無闇にいらいらしたり、友だちに迷惑かけて、こんなになっちゃって。  
ボクは…ボクも、シェゾのかっこよくて、やさしいところ、見たいんだ。見せて欲しい。  
そしたら、それで、ボクも、シェゾに…ありのままのボクを…見せて、あげたいんだ。  
ボクは………………ずっと、そう思って、いるんだ………………。  
 
寒気がひどくなってきた。しゃがみ込んでいても頭がクラクラしだした。  
「ふう………はあ、シェゾォ………………」  
 
「呼んだか!アルル!」  
「…………ふぇ?」  
 
朦朧としているアルルには、今、現実の光景がよく理解できない。  
なんで今目の前にシェゾが立っているのか。  
彼は一昨日アルルと街で偶然出会ってから、また会えるのを期待して、  
同じような時間に、ずっとアルルを探して待っていたのだが、  
もちろん、アルルはそんなことは理解できる筈もない。  
 
でも、シェゾが今ここに来たのは、紛れもない事実のようだ。  
それは、今のアルルにも理解できた。  
 
胸がどきどきする。  
でもアルルには、それが風邪の動悸のせいなのか、  
シェゾのマントに包まれて、彼に抱っこされてるからなのかは、分からない。  
「おお、ここがお前の家か。入るぞ!」  
「うん…………」  
それとも、彼に抱っこされたままで、彼を家に招き入れてしまってるからか…。  
(なんだかウソみたい…)  
風邪で死にそうになってて、シェゾのことを考えてたら、ほんとに現れて、  
それで、とまどう暇もなく、彼に抱きかかえられて家に連れ帰らせてもらってしまった。  
今の状況が信じられない。というか、ついていけてない。  
 
シェゾはアルルを抱っこしたまま、彼女の寝室まで乗り込んできてしまった。  
そしてアルルをベッドの上にちょこんと降ろして、一息つく。  
「さて」  
よく考えたら、意を決して外に出たのに結局薬も買わず医者にも掛からずに、  
なにもしないで家に戻ってしまったことになる。シェゾはどうする気なんだろう。  
「まずは体温だな。体温計は……ここか」  
シェゾはアルルのさっきの薬箱から体温計を出すとアルルに差し出す。  
「………………」  
アルルは思わず素直に受け取って、脇の下に挟んだ。  
そしてシェゾは間発入れずに次々と質問してきた。  
「寒気は?」  
「………………すごくする」  
「汗はかくか?」  
「全然かかない」  
「頭痛は?」  
「すこし…」  
「全身は痛むか?」  
「うん」  
 
「舌を見せろ」  
「え?」  
「舌。ベロだよ。見せろ」  
「えっと……。…………」  
「…表面が真っ白になってるな」  
「よし、体温計出せ」  
「………………」  
「40度いってるか…。よく外出できたな」  
 
「あの………………」  
「これはほぼ間違いなく、ゾア風邪だ」  
「………………え。……ってゾア風邪って、けっこうやばいんじゃ…」  
「大丈夫だ。俺がついてる。安心しろ」  
「(どき…)……えっと、ほんとにゾア風邪?シェゾ、わかるの…?」  
「ああ。特徴がすべて一致している。それに一昨日に会ったとき、お前、元気だっただろ。  
 それで昨晩か今朝あたりに発熱した筈だ。その発熱の急さ加減も特徴の一つだ」  
「すごい………。シェゾ、なんだかお医者さんみたい…」  
(それに、ボクのこと、ちゃんと見てるんだ………………)  
「魔導師たるもの医学や薬学も学ばねばだめだぞ。これくらいは当然だ。  
 それでだな、一番てっとり早い治療法は、暖かくして汗をかきまくることだ。  
 部屋に暖房の魔法をかけてやろう。それに特製のドリンクを作ってやるから、  
 とにかく水分を大量に補給しろ」  
「………………え。…………それって、キミがボクのこと看病してくれるの?」  
「とーぜんだ。俺とお前の仲じゃないか」  
「………………あはは」  
 
そうだ。これこそがシェゾだ。  
この、かっこよくて、頼りになりそうだけど、どこか感覚がおかしいところ。  
アルルは、こんな彼が今すぐそばにいることが、なぜだかわからないけど、嬉しくなった。  
 
「ではまず………………脱げ!」  
「………………はぁ?」  
「汗をよく吸って清潔な寝巻きにこまめに着替える必要があるぞ。下着もだ」  
「え…あ………………う、うん。じゃ、じゃあ…、着替えるから………………」  
「おう。で、着替えはどこだ?」  
 
……………せっかくひとが感激してるのにまた変なことを………。  
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!着替えくらいなら自分でやるから!」  
「いや、脅かすわけじゃないがな、今はまだいいとしても、もうしばらくしたら  
 熱でろくに動けなくなるぞ。その時には俺の手も必要になる」  
「え、えっ。だ、だったらそういうのはドラコとかにお願いするよ…………」  
「慣れない者では看病は意外に重労働だ。俺はあいつを呼びに行く気はないぞ。  
 それにあいつにゾア風邪をうつすかもしれん。俺は一度かかった経験があるから問題ない」  
「ええ………、でも、着替えまではちょっと…………」  
「病人なんだ。気にすることはない」  
「き、気にするよう………………」  
 
少し気まずいような空気が流れる。  
そりゃ、シェゾの言うことはひとつひとつ理屈が通ってるかもしれないけど、  
いきなり彼の前で裸になったり着替えや下着の管理までされてしまうのには抵抗がある。  
でも、彼の申し出を断わってしまうのは、なんだか悪いような。でも恥ずかしいし…。  
 
「はあ、まあいい。とにかく今は自力で着替えられるなら着替えろ」  
「………………あ、うん」  
「着替えたら、大人しくふとんに入ってろよ」  
 
バタンッ  
シェゾはそう言うと部屋を出ていった。  
 
「………………」  
 
アルルはノロノロと着替えを出して、自分の服を脱ぐ。  
シェゾが包んでくれた彼のマント、重ね着したセーターやシャツ、ブラはしていない。  
部屋は暖かくなったのに、肌がカサカサして動くたびにゾクゾクと寒気がする。  
パジャマの上を着てから、今度は下を脱ぐ。  
ミニスカートを落として、パンツとストッキングをいっしょに下ろした。  
新しいパンツは、なんとなく新品を履くことにした。  
アルルの小さめでかわいいヒップを新品の純白の布地が包む。  
シェゾに見られたくないからさっきは抵抗したのに、  
今はもし見られるときのことを考えてわざわざ新品をおろすなんて…。  
自分に呆れながら、パジャマズボンも履いて着替え終わった。  
着ていた服は、そこらの籠に押し込んだ。  
 
とりあえず、ふとんに入って、シェゾを待つ。  
が、ふとんに入ったものの、シェゾは着替え終わったことを知らないのかも。  
言いにいったほうがいいのかな、とアルルはふとんから出て、彼のマントをはおう。  
「シェゾー………。着替えたよ…」  
寝室を出て、シェゾを探す。  
………………が、彼はどこにもいない。  
「シェゾ?」  
狭い家だからくまなく探すまでもない。シェゾはいない。  
「うそ………やだ」  
怒って帰ってしまったのだろうか。  
さっきはシェゾに会えただけで体調がいくぶん持ちかえしたのに、また目眩いがしだした。  
 
さ、さっきボクがあんなこと言ったから、怒っちゃったの…?  
どうしよう。どうしよう。  
ひとりでなんとかしなくちゃいけないの………?  
えっと、えっと……。あ、水分を補給しなくちゃいけないんだっけ…。  
さっきはシェゾがなにか作って飲ませてくれるって言ってたのに…。  
 
なんだか涙が出そうになる。震える体がますます震える。  
飲み水を飲もうと思ってもなかなか体が言うことを聞かなかった。  
と、そのとき。  
 
「おいこら、ふとんに入ってろって言っただろ」  
「え!」  
 
玄関口からシェゾが入ってくる。大きな買い物袋を抱えて。  
なにか買い物に行ってただけらしい。  
シェゾが帰ってきたと分かったとたん、アルルは思わず彼の胸に飛び込んだ。  
 
「シェゾォーッ!うわあぁーん!」  
「おっと…」  
「あーん、もう帰っちゃったのかと思ったよう」  
「バカ。そんなことする筈ないだろう」  
「だってー…」  
シェゾが買い物袋を放って、アルルの頬の涙を指で拭う。  
「ほら、泣くな。な?」  
「………あ…うん。あは、あはは」  
 
シェゾはそのまま腰をかがめて、……………アルルに優しくキスをした。  
恐ろしく自然に。アルルも無意識に受け入れてしまってから、それに驚いた。  
「え?」  
 
「え?え?………………今………キス、したの?」  
「したぞ」  
「したぞって………。キ、キス……?」  
アルルは自分の唇を触って戸惑う。シェゾのひんやりした唇の感触が、わかる。  
「なんだ、キスくらいで」  
「くらいって………………そんな」  
 
そんな、ボ、ボクにとっては、初めてのキスなんだよ…?  
 
「なんだ、照れてるのか。照れることなんかないだろ。ほら」  
ちゅ ちゅっ、ちゅ  
「んんっ、ん!」  
シェゾがまたキスしてくる。二度目のキスどころか、何度も唇を重ねてきた。  
ちろっ  
「うわゎッ」  
最後にシェゾの舌がアルルの唇を舐めて、ようやく唇が離れる。  
「ほら。キスなんて当たり前のことだ」  
「そうじゃなくて、だって、いきなり、こんなの」  
「堅いこと言うな。俺とお前の仲じゃないか」  
「………………もう、そればっかり。バカ………」  
 
「顔色がよくなった。お前顔が真っ青だったぞ」  
「そう…………かな」  
「だが体のほうはどうだ。もうひとりじゃ立てないんじゃないか?」  
「えっ、あ………………」  
アルルは今、自分がシェゾの手で支えられてやっと立っていることに気付いた。  
「だからふとん入ってろって言ったんだ。行くぞ」  
「うん…」  
アルルはまたシェゾに抱っこしてもらった。  
 
(キスしちゃった…男の人とキスしちゃった…シェゾとキスしちゃった…)  
頭をグルグルさせながら、シェゾにふとんに入れてもらう。  
「もう大人しくしてろよ」  
「ちょっと待ってよう。ど、どうして…キスしたの?」  
「こだわるな」  
「こだわるよ…」  
「お前が泣いてたから、だな」  
「………それだけ?」  
「でも泣きやんだ」  
「変な理由………」  
 
でもアルルの心はそれでじゅうぶんに納得していた。  
寂しくて泣いちゃったときにキスしてくれて、嬉しいと思った。  
欲を言えば、ちゃんとした恋人同士になってからだと、良かったんだけど…。  
 
「じゃあ、ちょっと台所に行ってるぞ」  
「あ、待って」  
「ん?」  
「もう、どこにも行っちゃ、やだよ…」  
「行かないさ。急に寂しがり屋になったか?」  
「だって…。さっきはほんとにいなくなっちゃったのかと思ったんだもん」  
「まったく。カーバンクルがいるんだから、おまえはこいつに聞けば分かるんじゃないのか」  
「………………あ!」  
 
シェゾが退室して、アルルはカーバンクルを呼ぶ。  
「カーくん…………」  
カーバンクルがどこからともなく跳んできて、アルルの枕元に立つ。  
「カーくん、ごめんね、ボク、キミのこと忘れちゃってた………」  
「ぐー…」  
「ボク、さっきから頭の中があいつのことでいっぱいになっちゃってるんだ…」  
「ぐー」  
「あいつにキスされて、嬉しいって思ってる…。  
 それに、あいつと…恋人同士だったらいいのにな、って思ってるんだ」  
「……」  
「ねえ、これって恋だよね。ボク、恋、しちゃったんだよね…  
 カーくん、ボク、恋してもいいのかなあ……」  
ふとんから手を出して、カーバンクルを撫でる。  
カーバンクルは撫でられて気持ち良さそうに一声鳴いた。  
「ぐー!」  
カーバンクルの声がなんとなく分かるアルルは、カーバンクルが理解してくれたことが分かった。  
「ありがと……カーくん」  
 
そしてシェゾが部屋に入ってくる。  
「アルル、食事だ。なんとか食えるだけでも食え。  
 それと、さっき見舞いの品を買ってきてやったんだ。受け取れ」  
「シェゾ……ありがと…」  
カーバンクルが飛び出してきて、シェゾの足元をぴょんぴょんと跳ねた。  
「ぐっぐー!」  
「お、なんだ」  
「カーくんはキミのことを認めてくれたんだよ。それと、お腹がすいたって」  
「なんだそりゃ」  
「くすくす…」  
 
「ああ、つまりなんか食わせてやればいいのか?」  
「うん、カーくんはなんでも食べるよ」  
「ぐー」  
「そうか。たが今はお前のほうが先だ。パンケーキスープだぞ。  
 それとレモンとハチミツと薬草の特製ジュースだ」  
「うわぁ…………。シェゾが作ったの?」  
「俺以外に誰が作ったってんだ。ほら、起きろ」  
「………………」  
 
うれしいなあ。  
シェゾがボクにかまうときってヘンタイモードの時ばっかりなのに、  
今はヘンタイじゃないシェゾがボクのことをちゃんと見てくれてる。  
(どこか変人なのは相変わらずだけど)  
 
今までのどちらかが一方的に追ったり疎んだりする関係じゃなくって、  
お互いがお互いをしっかり見ている関係。  
アルルはずっとこれを望んでて、最近よく心を乱していたことに気付いた。  
そして、今は、望みがかなって、風邪になって良かったなあとすら思っている。  
 
シェゾが作ってくれた食事は、体調は悪くても、おいしく食べられた。  
出された分を全部食べたときに偉いぞと褒めてくれたのが嬉しかった。  
あと、食事の後に、体が暖まってよく発汗するようにとマッサージをしてくれた。  
手の指の付け根や、肘や、首筋を軽く揉んでくれた。  
ちょっと恥ずかしかったけど、シェゾの手は、優しくて、気持ち良かった。  
うつ伏せになって背中を揉んでもらったときは、ちょっとどきどきした。  
 
それと、シェゾはカーバンクルの世話もちゃんとしてくれた。  
シェゾとカーバンクルが仲良くしてくれる様子を見て、アルルは嬉しくてたまらなかった。  
 
「ねえねえ、お見舞いの品っていうのは、なあに?」  
「ああ、これだ」  
有名なブランドのロゴが入った大きな紙袋を出す。  
がさがさ  
「わあ。ドミニコのパジャマだあ」  
パジャマが2セット。ピンクとブルー。でもそれだけじゃなかった。  
キャミソールとパンツの下着のセットも2着入っていた。こっちは白とピンク。  
「うわわ…ッ」  
慌てるアルル。パジャマはともかく、まさかシェゾから下着を贈られるなんて!  
「え!?え!?こ、これシェゾが買ってきたのー!?」  
「ああ。適当な洋服店に入って、女店員に選ばせたんだ。  
 女が風邪で寝込んでいるから、寝巻きと下着を2着ほど急いで用意しろってな」  
「そんな…。シェ、シェゾ、恥ずかしくないの…?」  
「あー?別に普通だろ。女店員も普通だったぞ。お前にお大事にって言ってたしな」  
「そ、それって」  
それって、店員さんは、男性客が自分の恋人にプレゼントを買いに来たと思ったんじゃ…。  
「だいたいお前がさっき着替えはどうのこうのと文句を言ったからだぞ。  
 これならなんの文句もあるまい。…気に入らないのか?」  
「いや、そうじゃなくて…(これ、高そうだし…)恥ずかしいよ…」  
なんだか問題点が微妙にずれてる気もするし。  
「ああ、うるさいッ。汗をかいたらちゃんと着替えなきゃだめだ!  
 その時にお前がフラフラだったら俺がこれに着替えさせる!分かったな!」  
「でもぉ………………」  
「分かったな!返事は!?」  
「………………はいッ」  
 
圧倒されて思わず丁寧に返事をしてしまう。  
でも、これって、ボクはキミの前で裸になりますって宣言したも同然なわけで。  
言ってからアルルは体の奥がかーっと熱くなった。すぐに汗をかいちゃいそう………。  
 
「さ、すこし眠れ」  
シェゾはアルルを寝かせてふとんを被せて額に濡れタオルを置く。  
「ボク、眠くないよ…」  
それに、これからシェゾに裸を見られてしまうかもしれないと思うと気が昂る。  
「だめだ。どうせ寝てるしかないんだからな。眠ったほうがいい」  
「ふにゃぁ…」  
意味不明な声を出してぐずるアルル。  
「ねえ、ふとんがちょっと暑いよ…。とっちゃだめ?」  
「だーめーだ。大人しく寝ろ」  
ふと思い付く。  
「…んじゃあ、キスして…。そしたら寝るー…」  
「ほんとだな」  
思い切ったことを言ってみてもシェゾは大して驚かない。  
悠々とアルルの顔に覆い被さって、口付けた。  
「ん…………」  
今度はすごくゆっくりしたキス。お互いの唇の感触を確かめ合ってゆっくり唇を離す。  
「さ、寝ろ」  
「………うん。あ………ねえ」  
「今度はなんだ」  
「ずっとそばにいてね」  
「ああ。俺もここで休んでるから、な」  
シェゾがアルルの額のタオルのふちをなぞって、前髪を撫でた。  
「じゃあ………………寝る」  
 
とりあえず瞳を閉じて眠ろうとしてみる。アルルはぼんやりと考える。  
シェゾとキスすると、幸せな気持ちになるなあ。それに、気持ちいい………。  
それにしても、シェゾ、ボクを裸にしてえっちなことするつもりなのかなあ…………。  
…………えっちなことしたら、もっと気持ちいいのかなあ。  
そんなことを夢想しているうちに、結局、眠りについた。  
 
アルルは数時間眠った。  
その間シェゾはカーバンクルを撫でたり伸ばしたりして遊んだり、  
本を読んだりしながらアルルの様子を看続けた。  
そのうちカーバンクルもよだれを垂らしながらぐっすり眠ってしまった。  
 
日が暮れて夜になって、一度、目を覚ました。  
ちょうどシェゾが額のタオルを絞り直している時で、彼がそっと様子を尋ねてくる。  
「具合はどうだ?」  
「………………うー、きもちわるい。べとべと、する」  
寝起きであることも加えて、アルルは意識が朦朧としていた。  
でも熱の苦しさというよりは、頭にぽわんと霧がかかったような感じ。  
「かなり汗をかいたんだ。でもそれは順調に回復してることだから良いことだぞ」  
「あついよう…」  
「体を拭いて、ちゃんと着替えたら、きっと快適になる。ひとりでできるか?」  
「うー、うー。めんどくさい…」  
「じゃあ俺がしてやる。いいな?」  
「えっと…、ええっとお。ボク、はだか、見られちゃうの?」  
「ああ」  
「シェゾ、ボクのはだか、見たいの…?」  
「………………ああ。見たいと思ってるよ。だめか?」  
「だめってゆうか、恥ずかしいよ…」  
「でも俺達には必要なことだ」  
「………そうなの?」  
「そうだ」  
「じゃあ…………」  
アルルは頬を染めて小さくこくんと、無言で頷いた。  
「よし、いい子だ………」  
シェゾの手によるアルルのお着替えの時間。  
 
「まずは、体を拭くから、な………」  
シェゾはふとんをはいでアルルのパジャマの胸元のボタンに手をかけた。  
アルルはぽーっとした様子で大人しくしている。  
すごく恥ずかしいのに、彼にこうされなくちゃいけないように思えていた。  
風邪のせい、などとは違う他のなにかの理由が。  
 
シェゾがひとつずつボタンを外し、アルルの汗ばんだ白い肌が少しずつ露になる。  
「やあ………」  
アルルの乳房は、横になっていてもふくらみがよく分かるくらい美しい曲線を見せていた。  
意外に豊かな乳房とは対照的に、ピンクの乳首は小さく固く震えている。  
ウエストはすぐに折れそうなほど細く、彼女のスタイルの良さが表れていた。  
(…………シェゾに、胸、見られちゃった………)  
生まれて初めて異性に、シェゾに自分の裸身を見られた。  
アルルは恥じらいや戸惑いと同時に、シェゾに見られる感触もしっとりと味わっていた。  
 
それとは逆に、アルルは胸をはだけた時に、自分の汗の甘い香り、  
少女のフェロモンを、シェゾにもろに味わわせていた。  
彼は平然とした顔をしつつも、服の中で固く疼くペニスを内心で強く自制していた。  
 
「…は、恥ずかしいよう……」  
「だが、綺麗だ………」  
「やだ………。そんなこと言ったら、もっと恥ずかしい…」  
「あ、ああ。すまん。じゃあ、袖を…」  
「あ………うん」  
シェゾに抱きかかえられて上半身を軽く起こされて、パジャマの袖を抜かれる。  
 
上半身裸になったアルルにシェゾがちらっと目を合わせてくる。  
恥ずかしくて今脱がされたパジャマで胸と顔を隠したが、彼の言いたいことは伝わった。  
これから下も脱がせる、と。そしてアルルはそれに素直に従った。  
 
シェゾがパジャマズボンに手をかける。  
パンツといっしょに少しずつずり降ろされていった。  
アルルは緊張しながら、腰をほんの少しだけ、浮かせたと分からないくらいに浮かせた。  
「あっ…………だめ」  
薄い恥毛と、それでは隠しきれないピンク色の部分が少し見えると、  
アルルは持っていたパジャマの上着でそこもすぐに隠した。  
その間にシェゾは足からパジャマスボンとパンツを抜いた。  
膝をぎゅっと閉じ、大事なところはパジャマで隠しながら、彼女はシェゾの前で全裸になった。  
 
暑苦しさから解放され、全身にすっと心地よい空気が触れているのに体の火照りが治まらない。  
(やあっ………信じられない。シェゾの前で全部裸になっちゃった………)  
暑くて、恥ずかしくて、なにかもどかしくて、膝をもじもじと擦り合わせた。  
 
シェゾはタオルを洗面器で改めてゆすいで、軽くしぼった。  
それでアルルの体をそっと拭いてゆく。  
首筋から肩、両腕を拭いたあと、パジャマで隠していた胸元にもタオルがのびた。  
背中を抱きかかえられながら、シェゾのタオルがアルルの肌を撫でる。  
肌をひんやりと清めてもらう快感と、シェゾに触れられる心地よさが彼女を少しずつ支配した。  
 
アルルは処女だ。  
ファーストキスはついさっきシェゾに奪われたばかりで、今まで男に触れられたこともない。  
セックスはどうやってするか程度の知識と、嫌でも入ってくる派手な情報くらいしか知らず、  
むしろそういう世界に近付くことを避けてきた。  
なのに彼女は今シェゾに触れられることを全く嫌がっていない自分に驚いている。  
 
シェゾのタオルがアルルの乳房を拭く。荒い布地が彼女の乳首を擦った。  
「んっ………」  
思わず吐息を漏らす。乳首がぴくんと勃起した。  
アルルはもっと触って欲しいと思ってしまったが、タオルはそのまま腹に移動する。  
シェゾは一度タオルをゆすぎ直してから、もっと下を目指した。  
「下も拭くから、な。これ、どけろ………」  
下半身を覆っていたパジャマをずり上げた。アルルは胸元でそれをぎゅっと抱える。  
「やあ………………」  
膝は固く閉じているものの、彼女の一番大切な部分がシェゾの視線に晒された。  
「ああ、綺麗だ…。アルル…」  
シェゾは無意識のように感嘆の言葉を呟いた。  
その言葉と彼の視線、そして拭き清めという愛撫によって、  
アルルのそこはもう汗とは違う液体で濡れ輝いていた。  
 
「あ、あっ………」  
シェゾのタオルが下腹や鼠径部を撫でるとアルルはそれだけで甘い悲鳴をあげた。  
「………………」  
シェゾの手が止まる。  
「ん………………シェゾ?」  
「アルル…………」  
シェゾはおもむろにアルルの唇を奪った。  
「ん!んっ、んふぅ……んぅ………」  
今までにない激しいキスで、シェゾの舌がアルルの口の中に侵入した。  
 
なにがなんだか分からずなすがままになっていたアルルも、  
長い長いディープキスで、次第にシェゾの舌に応えるようになってきた。  
「んっ、んく…んむぅ…ちゅ」  
シェゾがタオルを放り、彼自身の手でアルルの肌に触れた。乳房をそっと揉まれる。  
アルルは乳房に強く触れると痛みを感じるのだが、ぎりぎり痛みを感じない強さ。  
「ん、んはぁっ…………シェゾ、どうしたの…?」  
「アルル、少し、俺に任せろ……アルル…」  
シェゾは頬や首筋についばむようなキスを続けながら囁いた。  
彼の手が胸から下腹まで撫で降ろす。  
彼が直接触れる手はタオルとは比べられないほど甘い快感を与えてくる。  
「はあぁ……ん、シェゾォ…」  
(やっぱりシェゾ、ボクにえっちなこと、するつもりだったんだ………)  
でも逆らえない。逆らおうとすら思わなかった。  
(えっちなことが、こんなに気持ちいいだなんて………………)  
 
シェゾはアルルの股間に手を差し入れた。  
うっとりと全身を弛緩させていたアルルも、その直接的な行為にびくんと硬直する。  
「あぁッ!シェゾだめ!」  
「怖がるな。ひどいことはしないから、な…………」  
中指がそこを外側から中心に向けて微かな動きで擦った。濡れているので痛みは感じない。  
痛みは感じないけど、すさまじい快感が襲った。  
「はあ!だめ!だめ!」  
親指がクリトリスを撫でて、中指が膣の中にほんの指先だけ埋まった。  
「シェゾ!なに!?ん、んうっ!」  
その瞬間、一瞬だけ、アルルは全身が跳ねた。  
「あ、あ…今…。シェゾ…」  
あっけなくて、ほんの小さなさざ波だけど、アルルは初めていくということを少し体験した。  
そしてシェゾの手が離れた。  
"えっちなこと"はこれで終わったらしい。  
アルルは名残惜しかったけど、セックスまでしてしまうのは怖かったので少し安心した。  
 
「はぁ…………。シェゾ…」  
しばらくぎゅっと抱き合ったあと体を離す。  
「……このくらいにしておこう。すまなかったな。どうしてもこれだけは、したかったんだ」  
「あ………う、うん…あ、謝らなくても、いいよ…」  
シェゾはタオルを取って、再びアルルの肌を拭き始めた。  
足を拭いてもらったあと、うつ伏せにされて背中も拭いてもらう。  
真っ白で華奢な背中に冷たいタオルがさっきの余韻のように心地よい。  
「なあ、アルル…………」  
背後からシェゾが呼び掛ける。  
「お前、処女なんだな」  
「!」  
 
急に核心的なことを言われて取り乱すアルル。  
「え、えっ、どうして」  
「触れば、分かるさ」  
アルルはほんの少し触れられただけで処女だと見抜かれるなんて思ってもみなかった。  
「だがお前の口から聞きたいんだ。……正直に聞かせてくれないか」  
「あ、えと、えっと」  
「だめか?」  
ものすごく恥ずかしくてかなりためらったけど、ありのまま答えようと思った。  
「………あ、その…うん…。ボク、まだ……」  
それに、彼に自分が処女であることを伝えることに少し喜びを感じたから。  
「そうか………」  
「………………」  
シェゾは彼らしい不躾さで強く尋ねてきた割には、そっけない返事で答えただけだった。  
 
アルルは逆にシェゾはどうなんだろうと気になって、思い切って尋ねてみた。  
「………………あ、あのっ、シェゾッ」  
「………ん?」  
「シェゾは、その、も、もう…違うんだよね…?」  
「………あ、ああ。それは、それなりに、な………」  
それはそうだ。彼が童貞なわけはない。過去に誰か他の女性を抱いたことがあっても当然だ。  
でもアルルは胸が詰まった。そしてそれをごまかすように言葉を並べる。  
「そ、そうだよねっ。シェゾ、オトナだし、変だけど顔はかっこいいし、女の子にももて……」  
「………ずっとっ」  
するとシェゾは強い語調でアルルの言葉を遮った。  
「る……し……」  
「ずっと昔のことだ…。それと、お前と初めて会った時からは、一度も誰も抱いたことはない…」  
「そ、そうなの?」  
「………………ああ。女の肌に触れるのも、今が初めてだ…………」  
「…………そっか」  
なにか大切なことを聞かせてもらったと思うのに、アルルもそっけない返事しか出せなかった。  
さっきのシェゾと同じように。  
 
「………すまないな。こんな時に長話をして。はやく着替えよう」  
「………………うん。あはは、キミが買ってくれたやつだよね」  
アルルは上等そうな新品の下着とパジャマを着せてもらった。  
清めた肌に新品の着心地は良好だし、彼からの贈り物であることが素直に嬉しい。  
「さて、また食事にしようか。腹は減ってるか?」  
「…………うん。少しだけすいたかも」  
「食欲が戻りつつあるなら、きっとすぐ回復する。じゃあ、すぐ作ってやるからな」  
「うん」  
シェゾがキッチンに向かった。  
「シェゾ…」  
 
寝起きから目も覚めて、パジャマも着替えたら、アルルの頭もずいぶんクリアになった。  
そうしてようやく、自分が大胆なことをしてしまったことを自覚した。  
(ボ、ボク…なんか、すごいこと、しちゃった…)  
最後の一線は越えなかったものの、性的な関係をシェゾに許してしまった。  
彼は今キッチンだけど、次入ってきたときどんな顔すればいいんだろう。  
顔から火が出そう。カーバンクルがずっと寝ててくれて良かった。  
 
ひとりで悶々としたが、嬉しかったこともいくつかあった。  
自分のことを綺麗だと褒めてくれたり、こまめにすまないと一言気遣ってくれたこと。  
それとさっき途中までにしてくれたのは、自分が病気だったからやめてくれたのだと思う。  
自分が求められてることと、ちゃんと思いやってくれてることを同時に感じた。  
これらは今までの彼にはなかったことだ。あっても彼は絶対表には出さなかった。  
自分が驚くほど大胆になったように、彼もなにかが変化してるのかもしれない。  
あと、えっちなことが気持ちよかったのも、アルルにとっては新事実。  
もっと彼にえっちされてみたいという欲求が、性欲が、すごく漠然とだけど、生まれた。  
 
「できたぞ」  
シェゾが食事を運んできた。  
「あっ………………」  
やっぱりシェゾの顔を見るのは恥ずかしかった。赤面するのが自分でも分かる。  
初夜を終えたばかりの花嫁にでもなったみたいだ。まだそこまではしてないけど。  
「………ふふ。また熱がぶり返したか?」  
シェゾが微笑んだ。もしかしたら彼も照れていて、照れ笑いをしてるのかも。  
「ああっ、もう。笑わないでよ。…キミのせいじゃないか」  
冷笑でも嘲笑でもない、こんな風な笑顔を見せてくれてるのも彼の変化のひとつのようだ。  
 
食事はアルルとシェゾとカーバンクルの2人と1匹で一緒に食べた。  
シェゾがおどけてカーバンクルはなんでも食うのかと野菜のヘタや切れ端を持ち出した。  
アルルはそんなのだめと怒ったけど、カーバンクルは気にせずそれも食べてしまった。  
アルルは情けなく思ったが、シェゾはこの家は残飯なんて出ないんだろうと笑った。  
カーバンクルも相変わらずご機嫌で、彼女も結局笑ってしまった。  
シェゾの料理もおいしくて、2人と1匹での食事はとても楽しかった。  
 
風邪のほうは、まだ全身がけだるいけど、普通に立って歩けるくらいに回復した。  
「わあ、ずいぶん楽になったよっ」  
「熱もかなり下がった。よかったな」  
「あ…………。うん。ありがとう」  
シェゾが自分の回復を喜んでくれることも嬉しい。  
「だが分かってるとは思うが治ったわけではない。安静第一だ。さっさと寝ろ」  
「え〜。お昼寝しちゃったんだから、寝れるわけないよ」  
「バカ。だったら夜更かしでもしようってのか」  
「う、ひどいよ。そんな風に言うことないじゃん」  
「ぐぅ」  
「おまえの体にはまだ疲労が潜在しているんだぞ。仮に睡眠はできなくても、  
 静かな暗い部屋で横になってじっとしてるだけでも睡眠に近い休息になるんだ。  
 安静は病人の義務でもある。そうだろう?」  
「うー、はぁい…(さっきはえっちなことしたくせに…)」  
「ぐぅ…」  
「それと今日は俺もここに泊まるぞ。…俺とお前の仲なんだから、構わないだろう?」  
「………………うん」  
「今日は最後まで付き添ってやるからな。寝床は、俺はどこでも眠れるから構うな」  
「………あっ、だ、だったら、い…一緒にここにいて…」  
「いいのか」  
「うん、お願い…。それに、ほら…ボクとキミの仲だもんね」  
 
カーバンクルはまたすぐにぐーすかと眠りについた。本当によく食べてよく寝る子だ。  
シェゾは椅子とクッションを使って座り寝するつもりのようだ。  
「あ、シェゾ、ここの中に予備のふとんがあるから使ってよ」  
「…………新しいものがあるならお前が使え」  
「え、でも」  
「なら俺は今お前が使ってるものを使う。お前はよく乾いたふとんに交換しろ」  
「でも」  
「このふとんだっていいふとんじゃないか。お前の匂いに包まれて眠れる」  
「…やだ、ヘンタイ!」  
「ふふっ」  
「………………………………ボクもキミの匂いがするふとんがいいなあ」  
「おいおい」  
 
「じゃあ、おやすみなさい」  
「アルル」  
「ん?………………んっ」  
おやすみのキスだ。もうまるで日頃の習慣のようだ。  
「おやすみ、アルル」  
おやすみ、アルル、だって!  
 
灯りを消して、床に就く。そしてしばらくはじっとしてたんだけど。  
「……………シェゾ。……眠れないよう。退屈だよう…………」  
「…………仕方あるまい……」  
「ねえ…………。ちょっとお話するのはだめ?夜更かしになっちゃう?」  
「あ〜………。少しだけなら、な」  
ふたりは話をした。まずシェゾは洞窟に住んでるとかいった他愛のない話をいろいろ。  
それからアルルは自分の夢や両親のことを話した。シェゾは黙って聞いた。  
シェゾも、なんとか話せそうな話題を考えてくれて、学生時代の話を少ししてくれた。  
話し込んでしまったが、そのうちアルルも眠り、シェゾも朝まで眠った。  
 
 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル