十四本分の蝋燭に揺らめく焔。
語り手が話を終える度、赤の光はひとつ、またひとつと消えていく。
夏真っ盛なこの時期、アカデミーのクラスメイト達は怪談会のため、タイガの部屋に集まっていた。
北向きの窓から時計回りで、ヤンヤン、タイガ、ユリ、シャロン、マラリヤ、サンダース、セリオス。
それからクララ、カイル、アロエ、ラスク、ユウ(とサツキ)、レオン、ルキアが座る。
ルールは百物語形式で進行。
一人が語り終わったら、蝋燭を一本消すこと。
次の語り手は、前の語り手がクジを引いて決める。
全部消えた時、本物の幽霊が現れる。
十四の話が終わるまで、皆外に出てはならない。
進行役のヤンヤンから始まり、ラスク、シャロン、タイガ、ユウ、レオン、サンダース。
小休憩をはさんで、ユリ、セリオス、ルキア、マラリヤ、カイルの順に進んでいった。
アロエはガタガタと震えながら、頭を抱える。
「聞いたとき、恐かったよー…」
「もう大丈夫ですよ、アロエさん」
今しがた、アロエが両親から聞いた怪談噺を終えたばかり。
面倒見の良いカイルはアロエの背中をそっと撫でた。
「これじゃ当分、保健室に行けないよ!」
「大丈夫だ。保健室に行くなら、俺が着いていってやる」
数秒後、ルキアがレオンにすがりつき、めそめそと泣いている。
レオンはルキアの髪を撫でて、よしよしとなだめている。
その横で、ユウは幽体離脱を謀ろうとする。
「きゅぅ…お…ねぇ…ちゃ‥‥がみ…え、もう‥らめぇ…」
『ユウ君はこっち側に来ちゃダメぇ!』
「ユウー!くじけるな、クヨクヨするな、生きろー!」
一人(と、幽霊一体)に霊魂を押し込まれつつ、ユウは生死の境目をさ迷う。
「皆、一旦打ち切りするヨ。このままじゃ皆危ないネ。それでヨロシか?」
ヤンヤンはこの空気を変えようと、提案。
満場一致で、五分間の休憩が決まった。
セリオスは潔くカッコよくスルー(内心はかかりつけの病院は大丈夫かと狼狽)。
サンダースは淡々とマラリヤを相手に分析している。
少し落ち着いたアロエが焔を吹き消す。
─────蝋燭は残り一本。
「皆、休憩おしまいネー」
なんとか、ユウが正気に戻ったところで、十四話目の物語が始まった。
最後のクジには、白紙に黒の鉛筆でクララと書かれている。
「ラストはクララアルヨー」
「よぅっし!ドンと来い!」
「ごっつ、元気やな…」
ユリはピンピンしていた。
彼女は幽霊とボクシングで勝負したいらしい。
戦う準備として、休憩中にシャドウボクシングをしていた。
「…………親戚から…聞いた話です」
クララは深刻そうに、こう切り出した。
「あるところに、一般の価格より安いアパートを借り、独り暮らしを始めた青年がいました。
部屋には、前の住人が置き忘れた、両開き式の箪笥があったそうです。
その箪笥はアンティーク調で……そう、シャロンさんが好みそうなデザインでした」
「前の住人はお洒落だったのでしょうね。私も欲しいですわ」
シャロンはうっとりしながら、箪笥を思い浮かべる。
「お嬢が欲しくても、箪笥はお嬢のお宅に腐る程あるちゃいますかー?」
ニヤニやとタイガが突っ込み、ユリが隠し持っていたハリセンでぶたれた。
クララは続ける。
「彼は初めての独り暮らしだったので、ウキウキしていたそうです………───しかし」
一瞬、クララがうつ向くと、眼鏡が蝋燭の焔を写した。
「夜になると、青年は殺気を覚えました」
焔が揺れた。
「──何処かで見られている。そんな錯覚を、その方は覚えたそうです。
…気のせいだと思い、すぐに忘ようとしました。興奮が醒めてから、青年深い眠りに着きました」
とうに月は分厚い雲に隠れた。
「その時でした」
───ガタン。
「「「!」」」
何かが落ちた音が部屋に響いた。
年少三人組は肩をぴくりと震わせた。
「開き箪笥の隙間から────人の目が見えていました」
就寝一歩手前の目をしたクララはおしまいです。といって、蝋燭を吹き消した。
「あ」
部屋は真っ暗になり、ざわつき始めた。
百物語が終わったとき、本物のアヤカシが招かれる。
「キャア─────ッ!!!」
突然、ルキアが大きく叫び、クララはハッと顔を上げた。
「ルキア!どうした!?」
レオンはルキアの顔を覗き込むように、彼女の肩を揺さぶった。
悲鳴に驚いたアロエはカイルの首を絞め殺さん勢いで抱きつく。
ルキアはガタガタと震えながら、右手の人指し指だけを出して、箪笥を指す。
「……いま…箪笥の方から…見つめられた感じがして‥」
「失礼な!私は見つめてなんかいませんわよ!」
シャロンは(暗くて、ルキアには見えにくいが)怒りを露にしている。
シャロンは丁度、東側の箪笥を背にして座っていた。
見つめてもいないのに、妙な言い掛かりを付けられては、黙っていられない。
「もうっ!先に上がりますわよ!」
「来たな、アヤカシ!」
「いやなの〜!一人にしないでー!」
「ヤバイヨ、セリオス。電気付けるヨロシ!」
「最後のラムネ。しなくちゃ…」
「いやっ、やめてー!」
「貴様ら、やかましいわ」
「僕に危険な役を押し付けるな!」
「アロエ…さ‥…く、‥ぐる‥じぃ‥‥」
「落ち着け!俺が側にいるから、な!」
「ねぇ、誰か助けて!ユウがまた幽体離脱だよ!」
「ちょっと‥‥危ないわね」
あれこれわめいては騒ぐ十四人の少年少女たち(一部違和感を持つ人物が中にはいるが…)は、一大パニックを起こしていた。
「確かめてみるか?」
誰の耳にも、サンダースのはっきりとした声が耳に入った。
ざわめきはピタリと止み、静まり返った。
「…な、何をアルか…?」
サンダースは壁を伝い、箪笥の横につけた。
シャロンには箪笥から離れた。
すぐにユリが立ち上がり、空中でシャドウボクシングをする。
「シャロン、幽霊はあたしがノックアウトさせちゃうよ」
ヒュンヒュンと空気が霞める。
「すまんが…明かりを付けてくれ」
マラリヤは立ち上がり、壁に手を滑らせる。
彼女の手はスイッチの角に触れ、山を横に倒す。
サンダースは目にも止まらぬ速さで、箪笥を開けた。
眩しい室内で、箪笥の中は開かれた。
棚ははなく、両開きのドアはクローゼットの様だ。
五、六着はあるタイガの服がハンガーにかかっており、棚から落ちるような物は何もない。
クローゼットを閉めたサンダースは下の引き出しも、開けては閉めた。
「幽霊らしき物体はない」
「…な……何でも………なかったアルか…」
ヤンヤンが胸を撫で下ろしたところで、会は終了。
カイルはユウとラスクを連れて、一番にタイガの部屋を出た。
その後にクララがアロエの手を握りながら、廊下を歩いていった。
各々、自室に戻っていく。
シャロンにカフェテリアのメニューを一品奢る約束を取り付けてから、ルキアは先に自室へ戻ったレオンの部屋を訪ねていた。
「あ、あの…さー」
「なんだよ?」
「…………お泊まり、して……いい?」
上目使いで懇願するルキアが、いつの日のルキアと重なった。
レオンはルキアに手を差し出す。
「おかえり」
「うん、ただいま」
ドアがゆっくりと、閉まった。
「ユリ、張り込みならまたにしてや」
怪談話の会場だったタイガの部屋で、ユリは箪笥を前に構えていた。
「あたしは絶対幽霊に勝ってみせる!」
箪笥に幽霊がいないと分かった瞬間、一番がっくりしたのがユリだ。
ワクワクしながら、シャドウボクシングに勤む格闘少女。
「……もうええ。
ユリちゅわんは良い子やから、ワイの腕でねんねせぇy「ソイヤッ!」
キレのある回し蹴りが決まると、タイガの頬が凹んだ。
「今夜は寝ないんだから!」
「うっ…ワイの玉の‥‥肌が……ぐふっ!」
結論、ユリのパンツは白と青のシマシマだった。
「あれ、なんだろう?」
自室に戻り、ユウがデスクの上に視線を寄越すと、見知らぬマンガが置いてあった。
『それ、ユウ君が借りたいっていったマンガじゃない?』
幽霊の姉、サツキが思い出したように言った。
ユウはタイガとレオンから、野球とサッカーのマンガを一冊づつ借りたのだった。
二冊とも既に読み終った。
『返しにいこっか?きっとまだ起きているわよ』
「うん」
ユウは最初、レオンの部屋に来た。「レオンお兄ちゃん、まだ起きてる?」
ノックすると、返事はなく、ドアノブが回った。
「出ているのかな?」
『入ってみましょ』
サツキはゴーゴーとユウの背中を押す。
ユウはいぶかしげに、サツキに振り向く。
「……いいの?そんなことしちゃって」
『いいのいいの。置いて、すぐ帰ろう』
ドアを開けると、部屋の灯りは消えており、何も見えない。
もう寝ているのか?
それなら、明日に渡そう。
それにしても、寝るなら鍵を掛ければいいのに、不用心だ。
『……ユウ君』
「なあに?」
『シャワーの音がしない?』
サツキが部屋を見渡してから、そう呟いた。
言われてみれば、風呂場のある方向からざあざあと響く。
『様子見ちゃおうかなー……え?』
ドアをするりと抜けた幽霊の姉は大きく目を見開いた。
ぷかぷかと宙に浮きながら、顔を真っ赤に染め上げた。
姉の突然変異は急に始まる。
抜けると、サツキはゆだっていた。
例えるなら、出来上がった酔っ払い。
「…………どうしたの……?」
サツキは上下左右の壁にぶつかり、しまいには両開きの箪笥に衝突する。
ひょろりと滑り落ちてから、何かの拍子で、箪笥のドアが開いた。
「ああ!」
ドアの向こう側から、たたまれていないアカデミーの制服やスポーツ雑誌、マンガなどがあぶれた。
ありとあらゆるモノが溢れる。
山積みの山中にユウが埋められた。
幸いなことに、部屋の主人は現れない。
あらぬ疑いをかけられなくて良かった。
「………てへっ。開いちゃった」
山からぷはっと顔を見せたユウは息を整えてから、あわわとパニックを起こす。
「お姉ちゃん!…どうしよう…片付け…な」
事態を重く見たユウは制服を拾い上げ、違和感に気付いた。
「…リボン?」
拾ったのは男子生徒用ではなく、女子生徒用のリボン。
レオンは以前、リボンを捨てたと公言し、アメリア先生からお仕置きを食らった。
それなら、このリボンは誰のもの?
洗濯マークのタグの裏に黒で名前があった。
【Ruquia】
『……これは、つまり‥‥』
「???」
風呂場のバスタブは溢れんばかりの乳白色のお湯が貼ってあり、ゆったりとレオンとルキアがつかっていた。
「久しぶりだな。こうやって風呂に入るのは、さ」
「そうだね」
ルキアの背はレオンが預かる。
レオンは背後から手を回し、ルキアを抱き締める。
「…好きだ…」
「知ってる」
「誰だ?」
ルキアの右肩に口付けを落とす。
「……私」
はにかみながら言ったルキアは振り向き様に、レオンの逞しい躯に抱きついた。
「正解」
あちらは情事に対し、こちらは片付けの真っ際中。
ユウはせっせと片付けながら、風呂場の前に律儀に正座しているサツキを呼ぶ。
「お姉ちゃん…もう、帰ろうよ…」
『…………イイ』
それは肯定なのか、否定なのか解らない。
姉の脳内は実弟との情事を夢見ているのかと覗きたくなる。
幽霊の特権を利用し、サツキはデバカメに洒落込んでいる。
「……ちゃ…」
『(やっぱ、年頃になるとああなのね…。微笑ましいわー…もしかしたら、ユウも?)』
「…姉ちゃん」
『(私も…ああやって、ユウ君に耳とか胸とか、あそことか攻められちゃうのかな…)』
「お姉ちゃん」
『(バスタブに掴まって、ユウ君に攻め立てられる私……ああっ、ダメェ……)』
「お姉ちゃん?」
『(いやん!だめぇ、ユウ君!そんなことしちゃ、私、壊れちゃうー!)』
「お姉ちゃーん」
『(出して、出して!ユウ君のを…私の中にちょうだい!)』
「お姉ちゃん、もう帰ろうよー」
『いっちゃ─────あ。え、あ、えっと‥そ…そうね、帰りましょう』
はっと、気付けば、淫らでインモラルな妄想をしていたサツキだった。
姉が醸し出すオーラなんて知らないユウは最後の片付けをし、ドアを閉めようとした。
が………
「……あ、あれ?」
箪笥の向こう側がブラックホールのような世界を見せた。
この箪笥はユウを吸い込もうとしている。
「え!まっ、ちょっ!…あ…わー!!」
『ユウくーん!』
箪笥は姉弟を吸い込み、扉を閉めた。
暗い空間を高速で流され、ユウとサツキは急に開けた眩い白に目を瞑った。
「わ゛────────!」
どこかで悲鳴が聞こえる。
少年の叫び声に、プロレスごっこをしていたタイガとユリは箪笥の方を見た。
突如開け放たれた箪笥のドアから、帰ったはずのユウがローリングをしながら、現れた。
「ああ゛っ!?」
「ぎゃぼー!」
ユウは壁に衝突、きゅぅ〜と頭上に星が廻っていた。
「「……………」」
突然のアクシデントに、タイガとユリは顔を見合わせるしかなかった。
ユウとサツキが再び、自室に戻って来たのは、深夜遅く。
タイガにおぶってもらい、戻ることが出来た。
「──────もう、寝よう」
振り返れば、今日はバタバタした一日だった。
ユウが寝間着に着替えてから、サツキはか細い声でこう言った。
『ユウ…く‥ん‥』
「?」
『…早く……賢者になって、私を……………して』
この後に何かを言った筈なのに、ユウには聞こえなかった。
サツキがハッキリと言わないから悪い。
ベットに入り、その言葉の意味をずっと考えていた。
本気を出して、考 え て い た。
──お姉ちゃん、 何を してほしいの?
おしまい。