夕刻の図書室。  
「ねぇ、カイル。これって何て読むんですの?」  
「あぁ、はい。それはですね・・・。」  
シャロンのお願いでカイルは彼女の宿題を手伝っている。  
「『臭い』ですね。」  
「!?」  
カイルの突然の言葉に驚く。そして、肩を震わせるシャロン。  
「・・・?シャロンさん?」  
「し、し、し、失礼ねー!」  
顔を真っ赤にしてカイルに平手打ちを喰らわせるシャロン。  
「ふぶっ!?」  
溢れる涙を抑えて図書室を飛び出すシャロン。  
「・・・僕、何か悪いことしましたっけ・・・?」  
場所が変わってここは女子大浴場  
「・・・カイルさんの馬鹿・・・。女の子に向かって臭いだなんて・・・。」  
湯船に顔の半分まで浸かって物思いにふける。  
「私だって毎日お風呂に入っているのに・・・。」  
遠くで物音が聞こえ、そちらの方を見ると誰かもう一人大浴場に入ってくる影が見えた。  
「あら、クララさん・・・。」  
「あ、シャロンさん。こんばんわ・・・う〜ん、今日は私が一番じゃなかったですねぇ。」  
クララが少し悔しそうな顔で微笑みかけてくる。  
「あれ、シャロンさん。目が少し腫れていますよ?」  
クララが心配そうな顔で覗き込んでくる。  
「そ、そんな事は・・・。」  
「もし、良ければ何があったか話して貰えませんか?」  
 
クララさんになら話してもいいか・・・。シャロンは今までの経緯を話した。  
「・・・そう、そんな事があったんですか。」  
「まさかカイルさんがそんな事を言うなんて思ってもいませんでしたから・・・。」  
「・・・あの、シャロンさん。少し聞きたいのですが・・・。」  
「・・・何かしら?」  
「シャロンさんが聞いたのってまさかこんなモノじゃなかったですか?」  
曇っているガラスに指で何か記号を書く。  
「それですわ。・・・だけど、それが何か?」  
「えっとですね、驚かず聞いてください。」  
謝らないと・・・謝らないと・・・。  
暗い寮の廊下を走る。途中、先生に廊下を走るなと怒られたが今は気にしていられない。  
「はぁ・・・はぁ・・・。」  
カイルの部屋の前に到着する。  
あの時、クララに教えて貰った。あの記号はξと書いて「くさい」と読む事を。  
シャロンはどう言う訳か「臭い」と聞き間違えたようだ。  
カイルの部屋のドアをノックする。「はーい。」という声と共にカイルが出てくる。  
「どなたですか?・・・あ、シャロンさん。」  
「そ・・・その、カイルさん。今日の夕方の事ですけど・・・。」  
シャロンがカイルにしてしまった事を謝ろうとしていると、先にカイルが・・・  
「今日はすみませんでした。僕のせいでシャロンさんを傷つけてしまった事を謝ります。」  
深々と頭を下げて謝罪するカイル。  
「今後とも気をつけていきますので、どうか僕の失礼をお許し下さい。」  
 
どうして・・・どうしてこの人はいつも自分を悪者にするの・・・。  
「おやめなさいカイル!」  
「・・・え?」  
「殿方がそう簡単に頭をへこへこ下げるモノではありませんわ!」  
カイルを叱りつける。  
「それに、私は貴方を謝らせに来たんじゃないんですのよ。」  
そう、私は謝りに来た。  
「その・・・あの時、私は勘違いをしたんですの。」  
恥ずかしながらも「くさい」を「臭い」と勘違いした事。  
頭に血が上ってカイルをぶってしまった事。  
それらを謝罪したシャロン。  
「ですから、カイル。貴方私をぶちなさい。」  
「えぇ!?」  
「私だけカイルをぶって貴方は私をぶたない。それは不公平ですわ。」  
「そんな、女性をぶつだなんて・・・。」  
「いいから早くぶちなさい!」  
固く目を瞑り頬を差し出すシャロン。  
往復をされても仕方ありませんわ。だって私はカイルを傷つけたんですもの・・・。  
カイルが動く気配を感じる。歯を食いしばり衝撃に供える。  
しかし、シャロンが感じたのは温かく包み込まれるようなもの。  
「・・・?」  
目を開けるとそこは真っ暗だった。いや、カイルの制服であった。  
「・・・カイル・・・さん?」  
その人の名を呼ぶ。  
「馬鹿ですねぇ・・・。」  
「バ・・・!」  
「シャロンさんは馬鹿ですよ。僕なんか全く気にしていないのに・・・。」  
優しく頭を撫でられる。  
 
「それなのに、シャロンさんは謝ろうとしている・・・。」  
明らかに自分が悪いのに全く咎めもせずに・・・何でこの人は・・・。  
「お願いだから、私の事を嫌いにならないで・・・。」  
つい、本音が口から漏れてしまう。  
「こんな事で嫌いになんかなりませんよ。」  
また頭を撫でられる。  
「うぅ・・・。」  
自然と涙が出てくる。  
「あぁ、ほらほら泣かないで下さい。」  
子供をあやすように優しく背中を叩かれる。  
暫くしてシャロンがようやく落ち着きを取り戻す。  
「もう大丈夫ですか?」  
「・・・平気ですわ。」  
カイルの胸から離れる。  
「さて、それじゃあ。」  
シャロンがカイルの部屋の中に入る。  
「宿題の続きをしましょうか?」  
                終  

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