『図書室内では、以下の行為を見付け次第、直ぐに強制退室を命ず。  
私語の多い雑談  
室内での飲食  
特殊蔵書の持ち出し  
蔵書への書き込みなど、  
利用者の迷惑に当たる行為を禁ずる。  
 
なお、図書室内の特殊蔵書区域の棚の閲覧には、司書も立ち合う』  
 
◆◆◆  
 
最近のシャロンはとことん胸に煩くなった。  
「それは良かったじゃありませんこと。クララに素敵な彼……はいぃ!?」  
三日前、親友のクララからカミングアウトされた事実に、大変ショックを受けたのでした。  
相手がどうであれ、成功の決め手は胸の膨らみにあると。  
このように、シャロンは安直な答えしか浮かばないまま、一日を終えようとします。  
────やはり、胸が必要不可欠な要素ですわ。  
クララといい、某巨乳少女といい、  
この学校の女子生徒は大体胸が大きく(一部を除くが)、尚且つ恋愛中だ。  
発育はいい筈なのに、遺伝子レベルの問題が彼女を悩ませる。  
思春期が終わる前に、どうしても胸だけは…。  
 
「世の中、不公平ですわー!!!」  
屋上からの主張は地球の裏側まで届いたとか、届かなかったとか。  
 
それから数日後、事件は会議室ではなく、図書室で起きた。  
 
◆◆◆◆◆  
「ここに間違いありませんわ」  
放課後の図書室にはシャロン一人がいるだけで、閑散としている。  
ついさっきまでいた下級生のお喋りを盗み聞きし、帰ったところを見計らい、図書室の奥に移動した。  
下級生が話題にしていたのは、身体の一部のサイズを変える魔法が載っている本がある、という噂。  
もしや、胸も変更可能なら、やらない手はない。  
いい話は突然やってきた。  
おまけに下級生はちゃっかり書名まで口に出し、シャロンにとっては好都合。  
「今まで小さい胸に苦しんでいた私へのプレゼントに違いありませんわ!」  
今、神様をも味方につけた彼女は無敵だった。  
苦手なスポーツで雷が落ちても、彼女の人生に曇なし。 
 
奥のゾーンは特殊蔵書区域で、持ち出し禁止の棚が並ぶ。  
ここにあるのは、難しい魔法やリスクの高い魔法の方法を集めた書物達が埃を被っていた。  
シャロンは今、その場所に立っている。  
区域に入るのはまだいいが、持ち出しは厳禁。  
閲覧となれば、司書の立ち会いが必要だ。  
生憎、その司書は出張中。  
「さ、早く見付けて帰りましょう」  
埃臭い場所にいたら、呼吸器官に悪い。 
早くお目当ての本に出会いたいものだ。  
「…………あら?」  
一冊だけ、埃をかぶっていない本が棚にある。  
手の届く範囲にあるそれは、誰かが最近持ち出したと推測出来た。  
背表紙のタイトルはドンピシャ。 
「全ては胸の為ですわ」  
シャロンは丁寧に本棚から抜き、大急ぎで図書室を出る。  
部屋に戻り、埃を払ってから、タオルケットに本を包んだ。  
ここで術を使うのは、危ない。 
後始末や密告など、隠すべきことが多すぎる。 
部屋で発動してしまうと、隣室を巻き込みかねない。  
その為にも、別の空き部屋で行う必要がある。  
出来れば、誰も知らない場所へ──。  
「………!…そうですわ」  
 
◆◆◆◆◆  
 
その夜だった。  
シャロンが向かったのは、研究室が多く点在する建物で、見回りは手薄で知られている。  
誰かに見られては不味いので、立入禁止の研究室に入る。  
以前、この研究室で実験中に事故があり、女子生徒が一人亡くなった。 
それ以来、鍵をかけていたが、どこかの誰かがそれを壊したので、そのままになっている。 
ポケットから杖を取り出し、その先を魔法で火をつけ、先を行く。  
ドアを開き、廊下の先にある突き当たりを右に曲がれば、研究室に着く。  
とりあえず、杖の火を燭台に移し、手近な椅子の上を魔法で払いのける。 
タオルケットの包みを剥がし、椅子にかける。 
改めて見回すが、この研究室の荒廃さには呆れる。  
「これは……凄い有り様ですわね」 
殺風景の壁には元素記号の羅列がびっしりと書かれ、実験器材が所狭しと机上に並べられてあった。  
レポート用紙は黄ばみ、この部屋が長い時間の中で、いかに片づけられなかったのかがわかる。  
さめた床を調べると、何度も書き直したサークルを見つけた。  
幸い、基礎の魔法陣が一つ残っていたので、余計な手間が省ける。 
本を開き、陣に白いチョークで書き足していく。  
複雑な陣円を作るのは難しい作業だが、優秀なシャロンは間違えずに三角を円の中心に描く。  
チョークを陣外に出し、深く呼吸する。  
本の説明を何度も読み返し、術の詠唱を始めた。  
「朱の地より…」  
「────そこで何をしている」  
すっと響いた別の声は、前振れもなくシャロンの耳に届いた。  
「!」  
立ち入り禁止の研究室に寮を抜け出した生徒がいたとするとお仕置きものである。  
振り返り、本を閉じる。  
「………誰ですの?」  
侵入者の靴は床を叩く。  
「僕だ」  
その声に聞き覚えがあった。  
その人物はゆっくりと暗闇から出て、燭台はその輪郭と銀髪を照らした。  
シャロンは同級生・セリオスが憎い相手の不正を見付け、せせら笑っているように見えた。  
「セリオス……どうしてですの?」  
「それは僕が聞きたい。その本は持ち出し禁止じゃないか?まあ…僕の記憶が正しければの話だけれどね…」  
「こっ…これは、一般書籍ですわよ!」  
「僕はその本に見覚えがあるんだが…見せてくれないか?」  
「その位置からでも見えますでしょう!?」  
泣きそうな悲鳴で威嚇するも、セリオスがにじり寄る。  
「ちょ、ちょっと!」  
彼が一歩進めると、彼女は一歩下がる。  
「悪いが君の為だ」  
「何のことですの?断固拒否致しますわ!」  
──私の為なら、見過ごして…私はただ、胸がある女性になりたいだけですのよ…。  
心中に秘めた願いの為に、シャロンは本を抱え、後ろに下がる。  
「やめっ…」 
背中が冷たい────冷えた感覚を知って、愕然とする。  
追い込まれた。  
「嫌っ!」  
彼は彼女に近寄ると、それを無理矢理取り上げ、パラパラと捲り、直ぐに本を放り投げる。  
「あっ!」  
手を伸ばすシャロンだが、セリオスが手首を掴み、壁に張り付ける。  
「あっ!」  
ややあって、本が床に衝突し、一瞬で灰となった。  
彼が瞬時に燃やしたのだ。  
 
「イージス=ダルトア…」  
シャロンの頭上に縫い付けられた手首と、別の手。  
向かい合うセリオスが鋭く睨みながら続ける。  
「この作者は違法魔術を創り、それを流布した。その本の中身なら嘘だ」  
「そんな!?嘘ですわ!いい加減なことを言わないで!」」  
「多分、誰かが持ち込んだ違犯品だ。上手くアカデミーに潜り込めたが、その効果が切れたのだろうな…」  
「嘘ですわ!いちいち茶々を入れないで下さらない?そこをおどきなさい!」  
「それは出来ない相談だ。君は助かったんだ。あの術を発動したら、君はどうなっていたことか…」  
絶望の淵に追いやられ、セリオスが密告したら、教師陣からの鉄槌が下るに違いない。  
「そんなこと、怖くもありませんの!私はどんな罰を受けても構いませんわ。こんなちっぽけな胸とはオサラバしたいのに、貴方は…」  
シャロンはうつ向き、瞼に溢れんばかりの涙を堪え、再び向き合う。  
「私のことなんか放っておいてくださいませんこと!!」  
 
 
 
 
 
「─────くだらない」  
少しの間、沈黙を破ったのはセリオスのたった一言だった。  
「…くだら…ない?…そうね、貴方にしてみればくだらなくても、私には────っく!」  
突然のことだった。  
唇がきつく押し当てられ、息が出来ない。 
腕を動かそうにも、セリオスが手首を壁におしつけているので、動かせない。  
「んっ!んんっー!」  
深く重なった互いのそれはやがて、彼のが彼女のを覆い被さり、彼女の文句を喰らう。  
「んっ…く……んぅ……」 
ややあって、彼が唇を離すと、銀の絲(いと)が伝う。  
「君は誰よりも美しい。だから、無理に背伸びをしなくていい───僕の言いたい事は分かるか?」 
その翠は真っ直ぐに碧を見つめる。  
セリオスの澄みきった蒼に映るはシャロン。  
「…セリオス…」  
「それに、僕は憎い奴にこんな真似はしない。それに」  
掴んでいた片手を離し、もう片方の手を引いた。  
「!」  
シャロンの躯はセリオスの腕に抱き締められ、彼女は目を白黒させる。  
「こんなことはない」  
囁かれた言葉。  
きつく抱かれる躯。  
彼女を受け止めるは温もり。  
ふと、何かの鼓動を感じる。  
セリオスの心拍がとくんとくんと打つ。  
「セリオス…」  
シャロンは顔を上げる、するとセリオスは顔を横に反らし、罰の悪い顔をした。  
不正解をした時のあの表情を。  
「……分かったか?」  
「‥‥‥わ…分かりましたわよ。高望みはいけないんですものね」  
それと…、と彼女は顔を真っ赤ににして、セリオスの制服を掴む。  
「…む、胸がない私を…捨てるのは、一生許しませんわよ!……八代先まで祟って、差し上げますわ」  
恥じらいながらも、シャロンは勇気を振り絞って答える。  
 
「─────覚えておこう」  
「あ…そろそろ、戻りませんと。寮の見回りが…」  
「そうだった…」  
タオルケットを取り、シャロンは頭からすっぽりとかぶる。  
「どうした?」  
セリオスが布をめくろうとした瞬間、シャロンは彼の耳元で囁く。  
「おやすみなさい」  
「途中まで送りましょうか?お嬢様」  
指先に、跪いた彼の唇が触れた。 
 
 
◆◆◆◆◆  
 
目が醒めると、寮の天井を見ていた。  
眩しい朝日が窓から差し込み、清々しい一日が幕を開ける。  
クシャクシャのタオルケットをお腹にかけたまま、シャロンはベットで仰向けになっていた。  
唇に触れると、夕べの事件を思い出し、顔を赤く染めた。 
昨日は夢じゃなかった。 
「…セリオス…」  
本人からの返事はなく、可愛らしい小鳥がさえずる。  
あの後、セリオスが送ってくれたが、その後の記憶がない。  
「…………そろそろ教室に行きませんと」  
その時は良かった。  
まだ、シャロンは気付かない。  
躯に潜む、異変を。  
 
「シャロンちゃん、おはよう」  
「あら、クララ!ごきげんよう」  
教室へ行く途中、シャロンはクララに会った。 
「今日、ラスク君とヤンヤンちゃんがおやすみするそうですぅ」 
「まぁ…二人は風邪かしら?」 
それから、街に新しく出来たカフェに行く約束をし、クララの恋人の話をする。 
ふっと、クララは思い出したように、シャロンにこう言った。  
「今日の三時間目、雑学は二人一組の調理実習だけど…」  
「まあ!クララの得意な実習じゃございませんこと」  
「はい…それが、今日は二人一組での実習なんだけど、シャロンちゃんはセリオス君と組むみたい」  
「私がセリオスとじ………………………………はいぃ!?」  
昨日の今日で、なんで────。  
「……そう…セリオスと…」  
「?」  
──ごめんなさい、クララ。 まだ本当の事を言えないわ。  
心の中で謝り、ふつふつとした心情のまま、教室のドアを開けた。  
◆◆◆◆◆  
「…セリオス」  
二時間目後の小休止、急遽組むことになったセリオスにシャロンは小さく呼ぶ。  
交した視線は甘く絡む。  
目を反らせないのは何故?  
躯の芯が熱い。  
「何だ?」  
「昨日、貴方は私に大事な事を言っておりませんこと?」  
「何の事だ?」  
「…っ……それは、」  
────好きと言って。  
 
「…ぶっちゃけありえなーい!」 
食べるのが専門のユリは逃亡準備をしていた。 
止めたのはたタイガだ 
「何や、今更サボる気か?成績に響くで」  
「はー…欠席はうらやましいな…ところで、ラスクとヤンヤンは何で休みなの?」  
「何やお前、まだ知らんのか?表向きは風邪っつーことになっているんやけど、実は最近出回ってる違法魔術書の副作用で出席停止らしいで。 
そのおかげで、ミランダ先生が保健室に帰れないそうや」  
「副作用如きで休むの?」  
「俺は良ぅ知らんが、おどろおどろしいって話や」  
ユリの頭上で、ラスクとヤンヤンの身体から、タコの足がにょきりと生えていた。  
うねうねとうねりながら、ユリの脚を絡め、宙ぶらりにさせる。 
スカートの裾を掴み……。  
「…………ぎゃぼー」  
すぐに頭を横に振り、今日はタコを食べないと誓った。  
「まあ…あくまでも噂や、ウ・ワ・サ」  
「なんだー…………お」  
ユリは食材の蓮根を手に取り、穴から周囲を見回していた。  
「ちゃらららっちゃちゃー、ス〇スケスコープ〜!最近のクララは彼が出来たから幸せそう」  
「ド〇えもんからネタを拝借すんな」  
「さーって、と。何か楽しい事、無いかなぁ…」  
何組かのテーブルを見回ってから、シャロンとセリオスのペアで止まる。  
「お?」  
特にシャロンの首筋に釘付け。  
ユリの視力はクララとカイルの逆を行く。  
「今度は何や?」  
蓮根望遠鏡が動かないのを不審に思ったタイガは、スコープの前を手で遮る。  
「ねぇ…シャロンが…」  
「?…お嬢がどうしたんや」  
「…首……大きい蚊に射されてた」  
「ハァ?」  
 
 
そこへ、雑学専門のリディアが腕にエプロンをかけてやってきた。  
「はい、皆さん静かに。これからグラタンを作りますけど、次の試験に出しますから、しっかり覚えてね」  
リディアが杖で各ペアに食材を配る。  
終わると、中央のテーブルに戻り、手を叩く。  
「その前に。作業の説明をしたいから、前に集まって」  
リディアを中心に生徒が集まる。  
 
 
◆◆◆◆◆  
 
─────ズキン。  
「!」  
急に下腹部の痛みが走ったかと思えば、シャロンは熱を感じる。  
何処のテーブルもコンロやオーブンは使っていないのに、躯に熱がまとわりつく。  
眩暈がし、焦点が定まらず、脚が揺れる。  
何故?  
病に倒れる動機や理由はないのに。  
 
──ドクン  
また下腹部が痛む。  
生理は二週間前に終わったのに、その兆候に似た痛みを響かせるこれは何だろうか。  
 
─────ドクンッ!  
「あっ」  
膝がガクンと落ち、床に受け止められた。  
鈍い衝撃が調理室に響く。  
「どうしたの、シャロンちゃん?顔がトマトみたいに赤いよ」  
隣のテーブルにいたアロエが心配そうに此方を見る。  
立ち上がろうにも、立てない。  
情けないことに、腰が抜けた。  
「…な、何でもありま」  
「どうした?」  
セリオスが戻り、シャロンの赤い顔を覗きこむ。  
「シャロンさん、どうしたの?」  
なかなか来ないシャロンにリディアが駆け寄り、親友の異常を察知したクララが青ざめている。  
「っう……立て‥ない」  
他の生徒も心配のようだ。  
タイガやユリ、クラスメートが大丈夫かと口々にする。  
「失礼…」  
セリオスの手がシャロンの前髪に滑り込み、額に触れる。  
「んっ」  
彼女は身を小さくたじろぎ、自分の躯を抱き締める。  
痛みと熱が続く。  
直ぐに彼の手は熱を指で感じる。  
差し込んだ手を抜き、不味いなと呟くのは銀髪の青年。  
「彼女は高熱で、授業の続行は無理です」  
セリオスが淀みなく判断した。  
「先生!私、シャロンちゃ…シャロンさんを保健し」  
なら私がと手を上げたクララを、セリオスが手で制す。  
「いや、僕が行こう」  
「セリオスさん、いいの?」  
リディアの問掛けに、セリオスは二つ返事で了解した。  
「シャロン、保健室に行くぞ」  
声をかけてから、そっと彼女を横抱きにして、調理室を出た。  
 
「…ぎゃぼー……シャロン、大丈夫かなぁ?…ねえ」  
「…………」 
「ちょっとー」 
「…………あれか。お前の云う、デカイ蚊っちゅーモンは」  
 
 
 
◆◆◆◆◆  
ふわふわした浮遊感。  
心地好いグリーンの香。  
こんなこと、前にもあった気がする。  
小さい頃、書斎から父の手で部屋に戻された時のことだっただろうか…?  
それとも、別の時間で────。  
 
シャロンが目覚めると、天井の色が目に飛込む。  
冷たく、汚れを知らない白。  
「…ここは…」  
「保健室だ」  
枕元でセリオスがタオルを絞る。  
「…セリオス………」  
「高熱でうなされていたよ」  
「‥授業に出なくて…よろしいの…?」  
「看病する人間は‥いた方がいいだろう」  
セリオスがちらりと投げた視線の先─校医の机があるのだが─いつもいる陽気な人がいない。  
多分、ヤンヤンとラスクの問診だろう。  
魔術書の被害者達は、当分治療目的で出席出来ない。  
不可能の原因を知るのは、ごく僅か。  
シャロンは知る由もない。  
額に心地好い冷たさが舞い降りた。  
「…っは」  
あえぎに似た呼吸をし、潤んだ瞳で、セリオスを視界に捕える。  
「私……本当に、倒れましたの?」  
「ああ、クララが心配していた」  
シャロンの頬に冷たい掌が触れる。  
撫でられ、細い指が赤いラインをなぞる。  
「シャロン」  
静かな部屋に患者の吐息が小さく木霊する。  
「風邪は僕にうつすことだ」  
布団を少し捲り、胸元で緩んだリボンを制服の襟から引き抜く。  
「な、何をしていますの…?」  
釦をはずし、首元を寛げる。  
露になった白い首に彼が近付く。  
「ひゃ!…あっ…ぅう……セ…リ‥」  
「シャロン」  
舌が耳朶を撫で、奥を丁重に味わう。  
「ああっ…だめっ…セリオ…スぅ」  
耳にかじりついた後、軽く口付ける。  
「授業より、君が心配だ」  
「っ…恥ずかしい台詞は‥‥禁止ですわ‥っ」  
「本当は嬉しいのだろ?」  
「か…勘違いしないでくださる!」  
その瞳は彼女の心中を見透かし、彼女の制服に手を掛ける。  
「あっ…」  
左右に開かれ、ブラウスを引き千切る。  
真珠色の釦が四方八方に飛び去り、清楚な白いブラジャーが目に飛込む。  
「やめてっ」  
片腕で白をかばおうとしたが、その腕はセリオスのに妨げられた。  
「僕は君が苦しそうだったから、ブラウスを解いたまでだ」  
「でも、これはないでしょう!?」  
空いている手でブランケットをたぐりよせようとシャロン。  
またしても、セリオスが妨げる。  
「シャロン……身体がうずくことはないか?」  
セリオスの手がシャロンの頬に手を触れた瞬間、脊髄の神経にきつい衝撃が伝わり、躯が撥ねる。  
─────ドクン  
「ああああっ!…やっ…っ…ああ…あぁ、ダメェ!」  
 
 
すっかり忘れてた痛みがぶり返す。  
手を払い、身を堅くするが、男の力は強い。  
セリオスは払われた手で両手を束ねた。  
慣れたような手付きで、シャロンの両手首にリボンが巻き付けられ、ベットの手摺に結ばれた。  
「は、離しなさ‥いやぁっ!」  
セリオスはブラジャーのフロントホックを意図も容易くはずすと、締め付けがなくなったからだろう  
、胸が外気に晒された。  
「ん‥っ」  
するりと下る手の先は小振りの双丘の頂、乳房と言うべきか迷う箇所にぶつかる。  
「ぁん…」  
「胸の有無は問わない。ただ、感じさえすればいい」  
縛られた手でシーツを握り締め、彼からの快楽(けらく)を受け止める。  
「セリ…オ…ス、ぅ…」  
「僕を感じればいい」  
片方の乳首を抓み、指の腹で房を圧迫する。  
「ああっ‥は、…ぅぅ…っ」  
「僕が与える痛みに敏感になればそれでいい」  
そのまま、セリオスは小豆サイズの飾りを口に含み、舌でざらざらと拭く。  
「やぁん!…あっ…ゃは、‥‥んぅ」  
そのまま、乳房をも含む。  
一体どこまでが胸で、どこまでが何でもない皮膚なのか、線引きが曖昧な白の裸体を味わう。  
乳房を揉みしだき、中央に寄せる。  
寄せた谷間に湿った水。  
「ひゃぅっ…う…ぁ」  
「こちらはどうなんだ?」  
スカートが捲られ、ストッキングに守られた白のパンティが姿を現す。  
布ごしに指が宛てがわれる。  
これはセリオスの指。  
 
セリオスはベットから離れ、机のスタンドから、鋏を抜いた。  
ベットに戻って、ストッキングを摘み、鋏を開く。  
「動かないでほしい。君の柔肌を傷付けることはしたくないんだ」  
「ちょ…っ…何を!?…セリオス?!いやぁ!」  
狙いは秘部。  
「静かにして」  
チョキン。  
切り込みを入れたストッキングに大きな穴が空き、指で空間を拡げる。  
「やめてぇ!」  
カットより、秘部の周りを円状に開く。  
「ふぅん…もう少し拡げるべきかな?」  
セリオスが握る鋏はパンティのクロッチを挟んだ。  
「‥‥‥それにしても‥妙な匂いがするな」  
「ああ‥やめて…セリオス……わたく…し…嫌ぁ‥‥‥やめて」  
裁断が終わり、セリオスの指はラビアに触れる。  
鮮やかな桃色は膨らみ、ぱっくりと花開く。  
「中はどうなっているんだ…?」  
突如、セリオスがベットに乗り上がり、ラビアに唇を寄せる。  
「あ、駄目…そこは!」  
───汚いのに。  
そして、丁寧に舌で舐め上げていく。  
拒否は無視され、。  
時々、彼の吐息がかかり、シャロンはゾクゾクと震えあがる。  
「いやあああっ!あああんっ!」  
 
 
「ふぅ…ん」  
顔を離した彼は、するりと指を挿入し、受け入れられる。  
セリオスの指は呑み込まれていった。  
「ああん…っ!」  
「何だ…これは?ザラザラしているな‥‥」  
擦られた壁から感覚が伝わり、シャロンの背中は僅かに浮く。  
「言わな…ふぁ…っ‥‥セリオ‥スっ!」  
「───僕に委ねて。身も、心も」  
詠うように、囁くように、彼はそう呟いた。  
その反対で、指の動作は激しくなり、スパークする。  
一瞬の白から解き放たれると、シャロンの唇にそっとキスしたセリオスは、彼女を縛りつけていたリ  
ボンをほどき、紅くなった痕に舌を這わせる。  
「んっ…」  
「シャロン…」  
痕またキスをして、うわ言のように呼び、手首を労る。  
彼女は虚ろで熱っぽい眼差しで彼を見ていた。  
「──君が欲しい」  
否定する理由なんて無い。  
シャロンはコクリと頷き、シーツを握る。  
「セリ…オ…ス…………好き」  
ふわりと、唇と瞼にキスが降りる。  
「痛いときには、無理をしないでほしい」  
スラックスのチャックを下ろす。  
「セリオス…わた…く……し」  
「ああ…」  
はち切れんばかりのペニスが現れ、シャロンのラビアに挿し込んだ。  
「あああああああっん!」  
嬌声が甘く響き、二人とも苦しそうに表情が歪む。  
シャロンはまだ知らぬ行為を受け入れる痛みで、セリオスは喰千切られそうな締め付けで、快楽に身を焦がしていく。  
彼のが彼女の行き止まりに達し、先端が彼女の内側と何度か擦れる。  
「やあああん!」  
「…っは!……シャロン…痛くないか…?」  
今にもかすれそうな声色でセリオスは気遣う。  
荒れた吐息と別の体温。  
彼よりもシャロンはもっと辛い立場にある。  
「…んっ…へい、き‥です‥わ…っ」  
口では気丈に振る舞うが、やはり痛むのだろう。  
白い波につかまり、堪えるシャロンは、セリオスにとって愛しく見えた。  
きつく握った拳をほどき、自分の手に重ねる。  
「……シャロン…もう少しの辛抱だ」  
彼の中で熱情が混みあがる。  
どうしてだろう。  
深くくちづけながら、それを沈めていく。  
舌を絡め、指を絡め、蜜を絡める。  
くぐもった音が鼻から抜け、はみ出しそうな呼吸は一切漏らさない。  
否、漏らさせない。  
彼のは今にも白濁色を解き放ちそうなくらい、限界のボーダーを越える。  
「あああああああっん!はぁ!…セ‥セリッ!」  
「      」  
交じり合う舌が離れると、セリオスはシャロンの耳元に寄り、心の奥底にずっとしまっておいた秘やかな決まり文句を囁く。  
「いやあああああああんっ!」  
大きくグラインドしたのを最後に、シャロンの意識は全ての神経が切断される。  
シャロンはぐったりし、目を閉じている。  
蜜壷から引き抜き、ティッシュで白濁を丁寧に拭き取った。  
それから、彼女の口唇を重ね、瞼、頬に口付け、彼女の薬指を一舐めし、掌にキスを落とす。  
その場を伝い、首を強く口付け、淡い花弁を清めた。  
ベットが朱で汚れる事は無かった。  
 
 
◆◆◆◆◆  
 
 
唇の上なら愛情のキス。  
閉じた瞼の上なら憧憬のキス。  
掌の上なら懇願のキス。  
腕と首なら欲望のキス。  
さてそのほかは、みな狂気の沙汰。  
【フランツ・グリルパルツァーより一部抜粋】  
 
 
◆◆◆◆◆  
 
「…グリルパルツァーの言葉を借りるようだけれど、君の唇や首だけでなく、それ以外に口付けた僕は……君に酔いしれているかもしれない」  
誰に言うわけでもなく、ただの独り言をつぶやく。  
「全く、君はいけない…知っていたかい?僕は欲しいものは何が何でも、手に入れるのさ…なのに、君は…シャロンは……この僕を本気で狂わせたのだから」  
遠くの教室では、電撃の落下音が轟く。  
また別の教室では、笑いが聞こえる。  
セリオスは自嘲的に嗤い、一息置く。  
「本を仕掛けたのは僕だ。こうすることでしか、僕は君を縛ることが出来ない」  
「君が術を使う前に止め、送った後、君に異変があった」  
校舎の廊下は静かで、まだ授業は終わらない。  
「魔術を無理矢理止めたせいで、君は魔力に取り付かれていた」  
時が止まればいい。  
誰にも邪魔をされることなく、懺悔を告白したい。  
この胸に隠していた情欲の訳を、何もかも打ち明けたい。  
「なのに、僕は───────────────錯乱した君を奪った」  
彼のために、少しの時間で良いから、止めたままで。  
「これは許されることではない。しかし、錯乱した君の同意を得て事に及んだ。迂闊だった」  
いろいろな彼女の表情がフラッシュバックする。  
「君には申し訳ないと思っている…すまない。僕の本能を止められなかったのだから。君を欲した僕がいけないのだから」  
怒った顔、小さく泣きじゃくる顔、しょんぼりした顔─────そして、笑った顔。  
「しかし、これだけは分かってもらいたい」  
シャロンの金色の髪を梳き、一房掴んで、口付けた。  
「僕はありのままの君を愛している。これだけは、偽りの無い真実だ」  
 
◆◆◆◆◆  
 
長い夢を見ていた。 
いや、一つの長い映画だ。 
 
裕福な家庭に生まれ、 
家族や乳母、家の使用人たちに愛された幼少や、 
闇夜の中を冒険したあの夜、 
ヴァイオリンに初めて出会った日、 
背伸びをした夕方、 
屋敷の皆と隠れんぼした誕生日前日、 
霜月の降り積もる雪を待ち望んだ朝、 
父を嫌い、一人で家を飛び出した日、 
大きな期待と不安を抱えて出席した、アカデミーの入学式。 
多くのスチル、多くの出来事をセピア色で眺めていた。  
エリック・サティのジュ・トゥ・ヴをピアノで聞きながら、懐かしい思い出に浸る。 
シャロンという一人の伝記映画を見ている様だった。  
フィルムは終盤に差し掛かり、セピアのシャロンは不服そうにしていたが、やがて、優しい笑みを浮かべた。  
彼女の目線の先には、同級生のセリオスがいて、彼は手を差し延べていた。 
何時からだろう? 
彼に──────セリオスにこの感情を抱いたのは…。 
「セリオス……」  
もう一人のシャロンはその手に、自分の手を重ねた。  
 
◆◆◆◆◆  
 
 
「あ……………………」  
気が付くと、シャロンは自室の天井をまず見た。  
疑問を問いただすために、少し前の出来事を反芻し始めた。  
やがて、シャロンは真っ赤になり、記憶を消そうと躍起になる。  
「お目覚めかい?」  
真横で声がした。 
──────何ですの?まさか、男の振りをしたユリかしら……。 
振り向くと、ワイシャツだけのセリオスが横になっていた。  
「!!!ちょっ!?」  
しい、とセリオスが人差し指を口の前に一本伸ばし、遮る。  
「静かに」  
しかし、女子の部屋に男のセリオスが居るのは、寮の風紀問題に関わる。  
シャロンは飛び上がり、ベッドを抜け出そうとする。  
「!」  
そこで、自分の躯は何も纏っていないと、思い知らされた。  
一瞬の隙を見せたのが間違い、逆に手を捕まれる。  
その手はいささか強く、彼女を引き戻し、シャロンの躯を背後から抱きしめ、項(うなじ)に口付けた。  
「愛している─────シャロン」  
 
耳元で囁いた言葉は心からの愛情と熱情を込めて。  
またも、ヒートアップした彼女は毛布をかぶろうと、セリオスと揉みくちゃになりながら、彼の愛撫を身体中に受けるのだった。  
 
End 

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