「クララちゃん、だめっ!!」  
ユウ君がベッドを伝って、後ろから抱きついてきた。  
 
「僕、お姉ちゃんもクララちゃんも大好き!どっちかを選ぶなんてできない!  
お姉ちゃんとも、クララちゃんとも一緒にいたい!  
だから戦わないで! 仲良くしてよ…お願いだから…」  
 
優しいのね。でも私…ユウ君みたいに誰にでも優しくはできないの。  
今の私がユウ君しか見えないように、ユウ君にも私だけを見て欲しい。  
サツキさんの事は、忘れて。  
 
「ユウ!そいつの言う事聞いちゃだめ! 今の見たでしょ?  
私の呪文をみんな弾き返した!只の魔道士にあんな真似できる訳がない!  
そいつは悪魔の化身か何かよ!離れて!」  
 
そう、出来すぎている。こんな全能感は初めて。  
今の私なら、どんなクラスメート、いえ先生達にも負けない気がする。  
でもこの状態はいつまでも続かない。時間が経てば元の私に戻るのだろう。  
こんな機会は多分二度と来ない。 今決めなくちゃ。  
 
サツキさん、あなたはここに長く居すぎたわ。  
そろそろ自分の居るべき場所に行ってくれませんか?  
私は印を組み、呪文を唱える。迷える死者の魂を世界の外へ導く為の。  
 
「やめなさい!私が消えたら、ユウが…ユウが!」  
 
寂しがる? 大丈夫。誰よりもいっぱい愛してあげるから。  
 
「やめて…お姉ちゃんがいなくなったら…!」  
 
悪魔でもいい。どんなに恨まれてもいい。一生かけて償うから。  
ユウ君は私が幸せにする。だから…。  
 
 
さよなら、サツキさん。  
 
 
終わった。  
呪文の詠唱が完了した瞬間、青い光に照らされたサツキの  
怒りとも恐怖とも諦めともつかない顔が浮かび上がり、消えた。  
 
「馬鹿な娘────!」  
 
部屋を包んでいた怒気と一緒に、全ての気配が消え去る。  
そして。  
クララを強く抱きしめていたユウの腕が力を失ってずり落ちてゆく。  
 
「え…!?」  
振り返るクララ。 そのままベッドに倒れ込むユウ。  
「ユウ君! …痛いっ!!」  
慌てて振り返る。同時に足元に走る激痛。  
ガラスの破片を踏んで、足と床が血まみれなのにようやく気が付いた。  
「私、どうなって…ユウ君、ユウ君!!」  
必死に揺り起こそうとするクララ。 しかしユウは応えない。  
 
夢から醒めてゆく。痛み。目の前に突き付けられた現実。  
さっきまでの全能感は、既になかった。  
 
「ユウ く…うわぁあああああああああああああぁ!!!」  
 
クララは絶叫した。ユウの体を抱いて泣く事しかできない。  
これからどうしたらいいのか、全く分からない。  
 
 
最初に異変に気付いたのは、リエル。  
「あれは確かクララさんの…何が起こったんだろう? 行ってみましょう」  
 
部屋の入り口。リエルは目の前の光景に息を呑む。  
物が散乱して、血の痕が付いた床。  
ボロボロになったベッドの上で、裸のクララが、裸のユウを抱いて  
泣き叫んでいる。 どう見ても普通の状況ではない。  
 
「………」  
素早く扉を閉め、カギを掛けた。  
場の空気を掴み、個人の秘密を守る商売人の咄嗟の判断がそうさせたのだ。  
他のクラスメートや先生だったら、すぐに助けを呼んで騒ぎを大きくして  
しまったかもしれない。  
そうなったら、只でさえパニック状態の彼女は更に追い込まれる。  
 
今の自分がするべきは、彼女を落ち着かせて状況を聞き出す事。  
誰かを呼ぶのは、それからでいい。  
慌てんぼのドジッ娘で通ったリエルだが、肝っ玉は据わっている。  
 
静かに近づく。さり気なく。驚かせないように。  
ベッドの脇で腰を下ろし、待つ。こちらから声を掛けたりはしない。  
 
「…! 誰っ!?」  
やがて新たな他人の気配に気付いた彼女が、泣き腫らした顔を上げた。  
涙に濡れた眼鏡で、誰かまでは分からないようだ。  
そっと眼鏡を取り上げ、エプロンで軽く拭って戻す。  
 
「私です。 何があったんですか?」  
「リエル…さん?」  
「お話…できますか? 力になれるかは分かりませんが」  
両手を差し伸べてみる。 縋るように力いっぱい握り返してきた。  
「ユウ君が…ユウ君が死んじゃったあああ!!私が、私が死なせたのぉ!」  
 
それからの話は、リエルにとって俄に信じがたい驚きの連続であった。  
 サツキは死んだ後もアカデミーにいた?  
 いつもユウの側にいて、時に姉弟にあるまじき行為に及んでいた?  
 嫉妬したクララが魔力でサツキをねじ伏せた?  
 
もう少し突っ込んだ情報が欲しいけど、まずは今聞いた分を整理しないと。  
彼女も未だパニックから抜け出せないようで、所々話にとりとめがない。  
お互い少し頭を冷やしましょう。  
 
まずは足の手当てをしなくては。  
洗面所から借りたタオルを濡らし、固く絞って彼女の口元にあてがう。  
「足に刺さったガラスを抜きます。それ、しっかり咥えていて下さいね」  
「ん……んっ! ん〜! んんん!! …んっ!んんっ!!」  
ガラスを抜いた傷口から血が噴き出し、顔が苦痛に歪む。  
痛々しい…けどそれ以上に淫靡。  
ユウの体を正面から抱いて、声を上げる度に全身を仰け反らせるので尚更だ。  
この娘って、こんなに大人っぽい体してたんだ…。  
 
救急箱の薬で簡単な止血と消毒の後、シーツを裂いて包帯代わりにする。  
「今はこのくらいしかできませんけど、後でミランダ先生に診てもらって…」  
「はぁ、はぁ、はぁ…はい…」  
 
咥えていた濡れタオルを広げ、クララはユウの全身を拭いはじめた。  
「優しいんですね」  
「…やめて下さい。私が優しかったら、ユウ君は…ユウ君は死なずに済んだ。  
みんなで仲良く一緒にいようって言ってくれたのに、私が聞かなかったから…」  
「クララさん…」  
 
「……ねば……かしら」  
「え?」  
「追いかけなくちゃ。私、ユウ君とサツキさんに謝りたい。  
今から死ねば、二人に追いつけるかしら。どう思いますか?」  
「あ、後追い自殺は良くないと思いますっ」  
「……」  
床に腕を伸ばし、大き目のガラスの破片を拾い上げじっと見つめるクララ。  
「はわわわっ!ダメですってば!」  
慌てて破片を取り上げ、箒で床の掃除を始めるリエル。  
掃除をしながら思考を巡らせる。何とかしないと…何とか…。  
「はぁ…」  
ため息。ボンヤリとした目でユウとリエルを交互に見つめ、またため息。  
放っておいたら、本当にひと思いに首を掻き切ってしまいかねない。  
 
「!」  
そうだ。以前闇市で手に入れたあの道具。購買部の倉庫にまだあったはず。  
「思い出しました! アレを試しに使ってみましょう、うんそうしましょう。  
すぐ取ってきますから、そこにいて下さいね。おかしな事考えちゃダメですよ」  
クララの周辺に危険物がないのを確認して、リエルは部屋を出ていった。  
 
 
 
またインチキグッズでぬか喜びさせるんですか?  
使ってみましょう、そうしましょう。  
怪しげなアイテムを人に勧めるとき、リエルさんはいつもそう言う。  
マジカが貯まるお守りだの、優勝祈願魔方陣ステッカーだの、豊胸器だの、  
熱心に勧めるくせに、効果があったためしなんか無いじゃないですか。  
なのにみんな懲りずに買っては何度でも騙される。そんな暇があったら…  
 
いえ、自分も同じ。他人を嘲る資格なんてない。  
ユウ君が欲しい一心で、賢者の魔道書の与太話を鵜呑みにして、  
マラリヤさんの薬を疑いもせず飲んだじゃない。  
 
今回だけは信じてみよう。それで何も起こらなかったら…死のう。  
ユウ君のいない世界でこれから生きていくなんて、やっぱり考えられない。  
 
 
 
「ありました!コレですっ!」  
 
リエルが持ってきたのは、小ぶりのアンティークラジオのような装置。  
古びた、しかし丁寧な造りと装飾が何やら曰くありげに見える。  
「これは…?」  
「霊界通信機、その名も 『ラジオたんば』!」  
「……(少しでも期待した私が間違ってたかも)」  
 
クララの僅かな落胆を気にも留めず、リエルは付属の説明書を読み上げる。  
「えーと…  
 装置の前で呼びかけたい者を思い浮かべ、  
 その方角に向けて意識を研ぎ澄ますこと。  
 意識の呼応があれば、装置を介して音声通話が可能になる」  
「方角ってどっちですか?」  
「…えーと」  
「霊界ってどこにあるんですか?」  
「地上上空500km前後、ドーナツ状に地球を取り囲んでいる…らしいです」  
「はぁ…」  
文字通り雲をつかむような話だ。クララは溜め息をつく。  
 
「………」  
「(どうしましょう、凄く落ち込んじゃったみたいです)」  
「(意識を…研ぎ澄ます…研ぎ澄ます…さっきのような…?)」  
「(はわわっ、何かブツブツと独り言を。お願いだから、お願いだから  
死ぬとか言い出しませんように…)」  
 
「リエルさん!」  
「は、はいぃっ!?」  
「私ユウ君とサツキさんを見つけてくる! どんな手段でもいい、私をイカせて!」  
「あぁやっぱり! 後追い自殺はダメです!ダメったらダメ!!」  
「その『逝く』じゃないです! だから…その……絶頂の方…」  
 
先刻の覚醒のプロセスをもう一度やってみよう。  
あの、世界の果てまで見渡せそうな澄みきった意識下なら、  
もしかしたら二人の場所を特定できるかもしれない。  
 
クララは、自らの内に秘めた未知なる力に最後の望みを賭けたのだ。  
 
少し考えて、ようやくリエルにも考えが飲み込めてきた。  
サツキをねじ伏せたという例の超魔力を再び開放する気だ。  
「イク」と「逝く」が紙一重の危険な領域。だが死にたがってはいない。  
真っ直ぐ見据える眼差しに宿る、前向きな信念。  
リエルには、それが何より嬉しかった。  
 
「やってみましょう、そうしましょう!」  
 
「それじゃあ早速…」  
腰に提げた大きなガマ口をゴソゴソとまさぐるリエル。  
次いで取り出されたのは、色とりどり大小さまざまのグロテスクな棒。  
「!!」  
「ディルド、ペニスバンド、バイブレータ各種取り揃えております♪」  
「ぇ……ぁ……あの…」  
余りの唐突さと用意周到ぶりに言葉を失うクララ。  
 
「いつも…そんな物、持ち歩いてるんですか?」  
「いえいえ、これは夜用のガマ口です」  
「夜用…?」  
「はい。当購買部では、非公式ですが夜伽の営業も承ってるんです」  
「夜伽……知らなかった…」  
「お勧めグッズを何度もお買い上げ頂いているお客様には、コッソリご案内  
差し上げてるんですが…クララさん真面目だから興味を示してくれなくて」  
そうだったのか。見るからに胡散臭いグッズが飛ぶように売れるのも、  
それなりの見返りがあっての事だったのだ。  
 
「夜のお客って…相当多いんですか?」  
知らないのは自分だけ? 不安と好奇心から思わぬ言葉が口を突いてしまう。  
「守秘義務によりお答えできません」  
ピシャリと返された。  
「日頃のご贔屓は徹底したプライバシー秘匿の賜物ですから。  
それはあなたも同じ。ゆめゆめ口外などなされません様お願いしますね」  
ニコヤカに、しかし二の句を次がせない厳格さで同意を迫る。  
ハチマキ一本から夜の慰めまで、同じ商売人の矜持がリエルを貫いている。  
 
 
「さてと、どれになさいますか? 適当にお見繕いもできますが…」  
「待って…私が。 ユウ君のに一番近いのを選びたいから」  
並べられたディルドを一本一本慎重に吟味するクララ。  
手に添えて、撫でて、口で咥えて、当てがって。  
そうしているうちに、体の芯が少しづつ火照ってくる。理性に帳が下りる。  
目覚めかけた自分の雌に、全身の主導権を委ねてゆく。  
 
リエルも興奮していた。  
クララの仕草一つ一つが発する淫靡さから、目が離せない。  
同姓なのに。背筋にゾクゾクと戦慄が走る。加速する動悸。  
今まで見てきたどのアカデミー生や先生とも違う、抑圧されたエロチシズム。  
それは、普段の潔癖・禁欲・自戒で律する彼女の、もう一つの顔。  
「(そうか…ユウ君も『こっち側』のクララさんに取り込まれたのね…)」  
 
「これがいいな」  
ようやく選び出した一本のディルドを差し出す。  
唾液でベットリと濡れているそれを愛おしげに見つめるクララの瞳は  
妖艶な光を帯びている。さっきまでの彼女とはまるで別人。  
「お願い…します」  
うつ伏せになり、リエルに向かって腰をつき上げる。  
薄紅色に熱を帯びた秘部は、既に前戯が必要ない程に濡れヒクヒク蠢いている。  
 
「それじゃ、いきますよっ!」  
 
私はリエル、購買部の女。モットーは顧客第一主義。  
お客様のご満足の為なら、どんなワガママでも聞くのが仕事。  
夜のお仕事を通して、平穏な学園生活を送るアカデミーの皆様の  
隠れた欲望・性癖・痴態を目の当たりにしてきました。  
生徒同士、生徒と先生の不純異性行為を表向き禁じている建前上、  
私のような立場が必要なのだとミランダ先生は言っていました。  
(私も一応、商業学科の生徒なんですけど…)  
 
ですから、こんな現場に出くわしたのも、ある意味必然と受け止め、  
今できる全力を尽くさせて頂くだけです。  
普段は虫一匹殺せなさそうなクララさんの過激な愛、失われた命。  
その結末がこの行為如何にかかっているとなれば、  
自然とディルドを握る手にも力が入ろうというものです。  
勿論もう片方の手で更なる性感帯を攻めるのも忘れません。  
 
「はあぁんっ!ユウ君いいっ!ユウ君!  
もっと奥まで、オ○○コメチャクチャに掻き混ぜてぇ!」  
 
流石は文学少女の想像力、もう頭の中ではユウ君との営みに  
変換されているみたいです。 でもそれだけじゃない。  
今、クララさんの精神は戦っている。崩壊の一歩手前で。  
この一瞬だけでも悲しい現実から逃れたい、悲壮な自己防衛。  
亡骸を抱いて、その名を呼びながらよがり狂う。  
そんな背徳的で猟奇的な光景が、  
だからこそこんなにも儚げで美しいのかもしれません。  
 
「は、あ、あぁ、ユウ、く、あっああっ!あん!!」  
 
小柄な体が乱れた吐息と共に小刻みに震える度に、  
肢が撥ね、背筋が仰け反っていきます。あと一息。  
ここでトドメの必殺芸いきますよー。 届けこの囁き、声帯模写!  
 
クララちゃん…ぼくもう、らめ…ふぁぁぁっ!  
「あたしも、あたしもぉ! …めて、しめて、早くぅ!!」  
 
しめて…?  
 
ハッ! そうでした、コレをやらないと飛べないんでしたよね!?  
ここまで来たら後には引けません、何だってやりますとも。  
私はリエル、購買部の女。モットーは顧客第一主義。  
お客様のご満足の為なら、どんなワガママでも聞くのが仕事。  
でも責任上これだけは警告させて下さいね!  
 
いいですか!危なくなったらベッドか私の腕をタップしなさい!!  
 
ディルドから手を放し、スリーパーホールドの体勢で両腕に力を込めると、  
クララさんのか細い喉が「キュウ」と可愛い音を立てました。  
 
「星が近い────」  
 
何も聞こえない。自分を中心に満天の星がゆっくりと回っている。  
クララは、以前ユウと一緒に見に行ったプラネタリウムを思い返していた。  
あの時、プラネタリウムの夜空を見ながら少し涙ぐんでいたユウ。  
泣いてなんかないよ、って袖で顔を拭って笑顔で誤魔化していたユウ。  
 
「────そうだ、私、ユウ君を…」  
気が付くと、寒空の下ひとり放り出されていた。でも寒くはない。  
何があったのか?今どうなってるのか?  
記憶から導き出そうとするが、直前の記憶からして混乱している。  
「私、ユウ君を探す為にユウ君に犯されて…アレ? えーと…  
!? 箒もないのに、私空を飛んでる?」  
 
ふり返れば、遥か眼下に見慣れたアカデミーの夜景があった。  
やっと解ってきた。 そうだ、ユウとサツキを追いかけたくて、  
リエルの手を借りて自分をここまで追い詰めたのだ。  
死んだ? いいえ、一時的に霊体が抜け出しただけ。  
この状態なら、世界中どこへでも一瞬で跳んで行けそうな気がする。  
 
二人の気配を探す。授業でやったダウジングの実習の応用だが、  
今は意識の集中次第で探索範囲が際限なく広がる。振り子も杖も要らない。  
目を閉じ、全方位に感覚を開く。 100km…200km…500km…1000km……  
いた!  
方位は真北。遠ざかっている。そしてとても弱い。  
急いで追いつかなくちゃ! 北へ向けて一気に自身を飛ばすクララ。  
霊体と魔力の発する青い光が、かすかな流星のような軌跡を夜空に描いた。  
 
湖、山を越え、砂漠、知らない町を抜け、大河を経て雪の針葉樹林。  
ここを過ぎたら氷の海、そして極点。その先はない、北の果て。  
樹林の中の一本道。その向こう…手を繋いで歩く二人の霊体が見えた。  
「あれだ… 待って!ユウ君、サツキさん!」  
 
 
「お姉ちゃん」  
「なぁに?」  
「…クララちゃんは、知らなかっただけなんだ」  
「アイツの話はしないで!もう沢山!」  
だいたい、だから許すっての?ユウは優しすぎるのよ!」  
「クララちゃんも優しいよ。お姉ちゃんも。」  
「…やめてよ…」  
「クララちゃん…きっと後悔してる。お姉ちゃんと喧嘩別れしたままで…  
もう一度お話できたらいいのに」  
「諦めなさい、流石にアイツでもこんな所まで来れる訳…」  
 
「ユウ君!サツキさん!!」  
「ホ、ホ、ホホホントに来たああああああああ!!」  
「クララちゃん!クララちゃんだ!!」  
 
「…追いついた…。 リエルさん聞こえますか!追いつきました!!」  
 
 
同じ瞬間、リエルの霊界通信機が、沈黙を破り三人の絶叫を伝えた。  
「!! 見つけたんですね…よかった…よかった…!」  
 
 
最初に切り出したのはサツキ。  
 
「…何しに来たの? ユウを奪い返すつもり? ならできない相談ね。  
アンタは自分の呪文で、私もユウもこの世から消し去ったんだ!」  
「お姉ちゃん!クララちゃんの話も聞いてあげて!」  
「私…サツキさんとユウ君に謝りたかった…こんな事になるなんて…  
でもどうして、ユウ君まで…」  
 
「そうね…説明しとかなきゃね。モトはと言えば私の責任なんだし。  
リエル、聞こえてる!?せっかくだからアンタも聞いときなさい!」  
「はいっ! あの、お久しぶりですサツキさん」  
「お久しぶり、か。 私はずーっとあんたに会ってたんだけどね、  
ほんの小一時間前まで。 見えない誰かに体イジられてなかった?」  
「ハッ! あれって…サツキさん!?」  
「そ。お風呂場であんたの成長をつぶさに観察したりとかー」  
「はわわわ…」  
「お仕事中にオッパイ突っついてヒャンヒャン言わせだしたのも私」  
「はわっ、はわわわわ〜! じゃ、じゃあ、夜の営業もですかぁ?」  
「知ってたけど、それはノータッチ。私そこまで出歯亀じゃないから」  
「そうですか…(ホッ)」  
 
「脱線はこのくらいにして、説明するわ。  
私、賢者の専攻課程で、肉体と霊体の関わりを知る為の研究をしていたの。  
ある日臨床実験に、いけないと思いながらユウを実験台に使ってしまった。  
他人を使ったらもっと問題になるし、ユウは私を信じて話に乗ってくれた。  
ごく短時間の霊体離脱のつもりだった。  
でも、ユウの霊体はいつまでも戻って来なかったの。  
途方に暮れた。真夜中でアカデミー非公認の実験だから、先生も呼べない。  
私、急いで図書館で「魂」「霊」に関する本の読み残しを漁った。  
ゾンビでもクローンでもない、霊体を引き戻す完全な蘇生法が知りたい。  
だって、私との思い出が消えてしまったら、意味がないじゃない。」  
 
「…(サツキさん、やっぱり凄い賢者だったんだ。  
私、ユウ君の体を抱いて泣きじゃくるだけだったのに…)」  
 
「そして見つけた。埃まみれで南京錠のかかった古文書だった。  
カギ?錠前ごと机の角でブッ壊した。弟の為だもの。  
中を読んだら、想像通り、いえ想像以上だった。斬新で、それでいて  
非の打ち所のない完成された理論。これこそ究極の還魂術だと思ったわ。  
すぐに実行に移した。ユウの体に両手を重ねて、本にある通りに  
呪文を唱えた。20ページくらいあったかな。でもユウを救えるならって  
全フレーズを憶えきった。 アンタなら楽勝だろうけど」  
 
「そんな…素で20ページの呪文を暗誦なんて、とても…」  
 
「どこかで憶え違いがあったのか、呪文自体が不完全だったのか、  
足りなかったのは私の魔力かお供え物か、今となっては分からない。  
完璧に思えた還魂術の結果は、二つの霊体で一つの肉体を支える  
とても不安定なものだった。  
私の霊体がいつもそばにいて、ユウの霊体を押さえていないと、すぐに  
肉体から離脱して、やがてまたこの道へ来てしまう」  
 
クララは自分の軽はずみな行いを恥じた。二人の命は、出会った時から  
二つで一つ。引き離す事などできなかったのだ。  
 
二人の間で話を聞いていたユウが口を開いた。  
 
「…あの時、体がスーッと軽くなって、気付いたら屋根より高く上がってて、  
最初に夜空が見えたんだ。綺麗だけど、とても冷たくて、寂しい空だった」  
「(私の時と同じ…。そうか、プラネタリウムでの涙の訳は…)」  
 
「次に体がどんどん引っ張られてった。どんなに抵抗しても後戻りできない。  
お姉ちゃんから離れたくないのに、どんどん、どんどん。  
そのうちこの森まで来て、寂しくて寂しくてどうしようもなくなった時に、  
お姉ちゃんの声がしたんだ。 戻ってきなさい、そっちへ行っちゃダメって。  
そしたら、やっと僕を引っ張る力が消えたんだよ」  
 
「そっかー、ユウはこの森二度目なんだね。今も寂しい?」  
「ううん、お姉ちゃんがいるから平気だよ。  
それに、クララちゃんまで来てくれたんだもん」  
 
「…ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさぁぁいぃぃ!!」  
クララは、ただ泣いて謝るしかなかった。  
優しい弟と、陰から見守る姉。  
自分の私欲の為に、何の罪もない二人の人生を台無しにしてしまった。  
何度死んだって償えない。どうしたら…どうしたら!?  
 
「泣かないで」 肩にそっと触れる手。  
顔を上げると、目の前にさっきより穏やかな表情のサツキがいた。  
 
「…話の続き、いいかな?  
アンタの事は許せない。でも、いつかこんな日が来るのは覚悟してた。  
覚悟してたつもりだった。  
私達が離れられない運命と言っても、ユウの心まで私の自由にはできない。  
いつか私以外の女に恋して、やがて結ばれる、それが自然な成り行き。  
その時私はどうすればいい? ユウの影になって一生存在を隠しつづける?  
今はそんな事とてもできないけど、いずれ私もユウも大人になれば  
どこかで折り合いが付けられるようになるかも…そう漠然と考えていた。  
でも、その『いつか』が今来てしまった。 しかもよりによって、  
色恋事に一番奥手そうなアンタだなんて…盲点だった」  
 
「…ごめんなさい…」  
「謝らないで。もう終わった事よ。 それに、ユウが選んだ相手だもの、  
これが正しい選択だったと思うしかない」  
 
「でも…私が出すぎた真似をしなければ、こんな事には」  
「そうそれ! その分不相応な魔力、アンタ一体何者?」  
「そ…それは、その…」  
 
「クララちゃんはね、セックスして気持ちよくなった時にぃ…」  
「首を絞められると、物凄い力を引き出せるんですよぉ〜」  
「! ユウ君、リエルさん……恥ずかしい…」  
「へ!? 何それ?実用性ゼロ! ……あはははははははっ!」  
「…笑わないで下さいぃ」  
 
サツキは初めて笑った。 クララが完全無敵の悪魔でなかったのが判った  
安心感・優越感も含まれていたろうが、この大笑いが二人の緊張をほぐし  
クララの背負った罪の重荷を少なからず軽くしたのも確かだった。  
 
 
不思議な娘────。  
 
遠慮がちで自分勝手、  
保守的で横紙破り、  
恥ずかしがりで奔放、  
引っ込み思案で自暴自棄、  
賢くて愚か。  
 
ユウの事だってそうだ。好きなら一言「好き」って言えばいいだけなのに  
この娘は多分、迷って迷って気持ちを溜め込んで、どうしようもない所まで  
自分を追い詰めたんだ。  
 
目の前で、申し訳なさそうに小さく俯いている三つ編みの少女。  
私は、こんな娘に手も足も出せずに封じ込まれたのか。  
才覚はある。悔しいけど認める。  
方法はともかく、人並み外れた魔力の引き出し方を知っている。  
正しく修練を積めば、10年…いえ20年に一人の大賢者になれるかもしれない。  
 
でも…こんな自己矛盾を抱えて生きるなんて、私だったら気が狂っちゃうな。  
 
 
「お姉ちゃん、どうしたの? 笑ったと思ったら急に黙っちゃって」  
え? 何でもない。ちょっと考え事。  
「…しもし、もしもーし…に…ズが(パン、パン)…れ?…ツキさ〜ん」  
遠くなってきたわね。アンタもそろそろ戻らないと…。  
 
「…私も一緒に行きます」  
何言ってんの!? アンタは戻るの!リエルが待ってるのに!  
「嫌です!私一人だけのうのうと生きていくなんて!」  
「ダメだよクララちゃ…んんっ!?」  
「ユウ君!…ごめんね…ごめんね…私のせいで…!」  
 
卑怯だよ…そこで抱き合うなんて。ユウまで優柔不断になっちゃうじゃない。  
最後の最後まで面倒かけるんだね、アンタ。  
 
 
…やってみるか。 イチかバチかの大博打。  
このまま天に召されるのも失敗して天に召されるのも同じ。それなら。  
 
ユウ、ちょっとコッチおいで。  
「なぁにお姉ちゃん?」  
このままじゃアイツが戻ってくれないから、一緒について行きなさい。  
「お姉ちゃんは? 一人で行っちゃうの?嫌だよそんなの!」  
大丈夫、タダで別れたりはしない。耳貸して。(ゴニョゴニョゴニョ…)  
「…ええっ!? できるの、そんな事?」  
多分。あの古文書の理論と私の研究成果をもってすれば…。  
 
「…(何を話し合ってるんだろう?)」  
 
時間がない。私も覚悟を決めなくちゃね。  
 
 
サツキは考えていた。  
このままユウと一緒に霊界へ旅立つつもりだった。  
ユウが寂しい思いをしなければ、それでいい。そう思っていた。  
そこへクララが追いかけて来た。ただ自分達に謝る為に。  
思い詰めると何をするか分からない娘。危なっかしくて見てられない。  
でも、自分にない何かを持っている。うまく言葉にできないけど。  
 
…託してみよう。 何よりこの二人、死ぬには早すぎる。戻る肉体もある。  
さっきの独白も手伝ってか、サツキの心情が少しづつ変わりつつあった。  
 
「ねぇアン…クララ、あのさ」  
「!?」  
急に名前で呼ばれたクララが、驚いて向き直る。  
「一人で戻るのは嫌だって言ったよね。 …ユウと二人なら?」  
「え…?」  
「勘違いしないでよ。私はユウをこのまま死なせたくないだけ。  
クララが一緒なら、きっと寂しがらないと思って」  
「サツキさん…でもそれじゃ」  
「黙んなさい!!もう時間がないんだから!」  
 
 
「…手順を説明するわ。 あの古文書の呪文、私がもう一度唱えるから、  
クララとユウはトレースして。私の後について同じフレーズを喋ればいい。  
アンタ達の魔力を目いっぱい借りるわよ。一発勝負、次はないからね」  
「僕、自信ないなぁ」  
「大丈夫よ。ユウはお姉ちゃんの弟だもの、私と自分を信じて」  
ユウの頬に軽くキスして頭を撫でる。元気づける時はいつもこうしてきた。  
「…うん、僕頑張るよ!」  
健気に笑ってみせるユウ。でも寂しさは隠せない。  
成功はサツキとの別れを意味するのだから。  
 
手を一箇所に重ね、三人は詠唱を開始した。  
 
「エウ レシェメヌ エレタイネトゥパアシュ」  
「エウ レシェメヌ エレタイネトゥパアシュ」  
「ケリルパネティウ ケリリフェヌ イパイキィ テレネウィ エトゥ」  
「ケリルパネティウ ケリリフェヌ イパイキィ テレネウィ エトゥ」  
 
所々の言い回しが、授業にも出てこない古い呪文体系に則っている。  
ユウは姉の影響で、クララは半ば趣味で古文書の心得があったお陰で  
何とかついて行ける。それでも分からないフレーズは口真似でカバー。  
 
「シェドゥ イパイハトゥ イメトゥイヘルワフ ヘレジャジャネタヘレル」  
「シェドゥ イパイハトゥ イメトゥイヘルワフ ヘレジャジャネタヘレル」  
「ケリルシャドゥ トゥパアシュメトゥ フェハイリウデヌメトゥ」  
「ケリルシャドゥ トゥパアシュメトゥ フェハイリウデヌメトゥ」  
     :  
「ケリリウ ケレゲミ フェメトゥ フェヘレディトゥ 」  
「ケリリウ ケレゲミ フェメトゥ フェヘレディトゥ 」  
「ケレワネガイネムケベヘカァネフ イアヌシェブ イネパテハトゥ」  
「ケレワネガイネムケベヘカァネフ イアヌシェブ イネパテハトゥ」  
     :  
     :  
長い。かれこれ10分は経つが終わる気配すらない。  
流石のクララも間違えないようにトレースするのがやっと。  
そして気付かなかった。 この長い長いスクリプトが、  
サツキの意図で少しだけ改変・追加されていた事を。  
 
     :  
     :  
「ウヌン イニネペケパイ フェセナァヘレヘネシヘレペセドゥ」  
「ウヌン イニネペケパイ フェセナァヘレヘネシヘレペセドゥ」  
「フェレヘドゥタイゥ フェレセペレレパネティトゥ トゥイム」  
「フェレヘドゥタイゥ フェレセペレレパネティトゥ トゥイム」  
 
詠唱完了。 重ね合わせた手から光が溢れ出る。  
魔力の奔流が各々の体を経て一点に集中してゆく。  
暖かくて、どこか懐かしい光。  
いつしか、三人はお互いの手を固く握り合っていた。  
 
「お別れだね…元気で。リエルによろしく言っといて」  
「サツキさん…本当に、これで良かったんですか?」  
「それよりクララ、ユウの事頼んだからね…不幸にしたら承知しないよ」  
「…はいっ」  
 
「ユウ。アンタは、クララが暴走しそうになったら全力で止めるのよ。  
またココへ来る羽目になりたくなければね」  
「クララちゃんはそんなじゃないよ」  
「どうだか…」  
「…んんっ!?」  
サツキはスッと体を伸ばし、ユウと唇を重ねた。  
突然の事に一瞬驚くも、目を閉じてサツキに身を預けるユウ。  
「…お姉ちゃ…ん、む、んん…」  
「……」  
長いキスが終わり、サツキはクララに視線を向け、挑発的に微笑む。  
これは意思表示。ユウの全てをあげる訳じゃない、憶えといて。  
 
やがて、目の前が見えなくなる程に増大した光が三人を包む。  
次の瞬間、クララとユウの霊体が今までと逆方向へ流され始めた。  
サツキは無言で握っていた手を離し、二人に背を向け北へ歩き出す。  
そして視界の彼方に消えるまで、振り返る事はなかった。  
「サツキさあああああん!!」  
 
雪の針葉樹林、大河、町、砂漠…  
逆回ししたビデオテープの様に、さっき見た光景が後ろへ飛んでゆく。  
二人は抱き合ったまま、サツキのいた遥か北の一点を見つめていた。  
「お姉ちゃん…また会おうね…」  
 
「…………」  
「……んん…」  
目を開ける。見慣れた部屋。ベッドの上。抱き合っているユウの体が温かい。  
そうか…私達、戻ってきたんだ…。  
 
「ハッ!気が付いた!! クララさん、ユウさん!良かったですぅ!  
心配したんですよぉ〜、急に丹波君が…」  
「(丹波君? …あぁあの霊界通信機)」  
「何も聞こえなくなるから、みんなの身に何かあったんじゃないかって…  
このまま死んじゃったらどうしようって…私…」  
「リエルちゃん…心配かけてごめんね。 僕、クララちゃんと戻ってきたよ」  
「良かったです…良かったですぅ…グスン」  
「…リエルちゃん、これ何?」  
「え? は、はわわわわっ、わ、私とした事が!」  
散らばった夜の商売道具を慌ててガマ口へしまい込むリエル。  
「(ずっと出しっ放しだったんですか…)」  
 
ベッドから身を起こすクララ。  
異様に体が重い。でもこれが生きている証。  
窓の外が白み始めていた。もうすぐ朝日が昇る。  
『朝起きたら、太陽の光と、お前の命と、お前の力とに感謝せよ』  
昔本で読んだ、古の賢者の言葉。  
今ならその意味が心から理解できる気がした。  
 
「サツキさんは…?」  
リエルの質問に、クララは黙って首を横に振る。  
「お姉ちゃんは…自分の命と引き換えに僕達を戻してくれたんだ」  
「そうですか…私、何て言ったらいいのか…」  
リエルの両の手に、クララとユウの手が握られた。  
言葉は要らない。皆の身を案じてここで待っていてくれた、それだけで十分。  
あの時、リエルが手を差し伸べてくれなかったら、今の自分達はない。  
そのまま、三人は静かに泣いた。  
昇る陽の光が部屋に優しく差し込む頃まで。  
 
「(私、サツキさんの事忘れない。  
ちょっとぶっきらぼうだけど、どこまでも他人思いで、  
どんな状況にあっても最後まで諦めない強さ、命の不思議に迫った探究心…。  
いつか、あなたに追いついてみせる。見ていて下さいね)」  
 
「あらクララさん久しぶり。足の怪我、もう大丈夫?」  
「はい、ミランダ先生…でも最近ちょっと体がだるいんです」  
「あらあら、風邪かしら。熱は?」  
「少し」  
「(…ちょっとからかってみようかしら)吐き気や頭痛は?」  
「あります」  
「食べ物の好みが変わったとか?」  
「はい、それも」  
「トイレが近くなったり、ブラがはまらなくなったりとか?」  
「凄い!どうして分かるんですかぁ?」  
 
「まさか…生理は?」  
「先月は無くってラッキーだったんですが…」  
「ラッキーじゃないわよ! あなたそれ妊娠!!」  
「えええええええ!?」  
「あなたいつの間に?相手は誰?どうして今まで放っておいたの?」  
「そ…それは…」  
「(ニコニコ)」  
「? ユウ君、悪いけど用なら後にしてね。今クララさんと大事な話を…」  
「お姉ちゃんの言った通りだね」  
「え?サツキさんの…?」  
「どういう事? クララさん、ユウ君、先生に説明なさい!」  
 
 
「…そうだったの。大変な事があったのね。でもどうして黙っていたの?  
足の怪我だって、何でもありませんで押し通して…」  
「ごめんなさい…」  
「私に謝ったってしょうがないわ。…で、どうするの?  
このままじゃ賢者昇格どころじゃなくなっちゃうわよ」  
「…中絶、ですか…?」  
「今なら薬で十分間に合うわ。大体あなた達まだまだ子供じゃない」  
「ダメだよ!クララちゃんのお腹にいるのはお姉ちゃんなんだ!  
だから、中絶なんて絶対ダメ!」  
「ユウ君、これはクララさんの問題よ、少し黙っていて」  
 
「……私、産みます。先生方に迷惑はかけません。賢者昇格はその前に…」  
「簡単に言うけど、賢者になるだけでも大変なのよ。分かってるの?」  
「分かってます。でも私、これ以上サツキさんを裏切りたくないんです」  
「はぁ…(この二人…手間のかからないいい子じゃなかったの?)  
…分かりました。お姉ちゃんの話の真偽はともかく、保険医としての  
サポートはします。困った事があったらいつでも相談しなさい」  
「わーい、ありがとう!先生大好き!」  
「ありがとうございますっ、ミランダ先生!」  
「ただし! この件は職員会議で審議にかけます。不純異性行為ですからね」  
「はい…」  
「どんな審議結果が出ても文句は言えないわよ。できるだけ弁護はするけど」  
「お願いします…」  
 
「とりあえず睡眠と栄養をたっぷり取りなさい。あとコレをあげます」  
「これは…?」  
「出産に関する本。それ読んで心の準備をしておきなさい。あと基礎体温は  
これから毎日チェックして手帳にメモ。大事なデータになるから」  
「(パラパラ…)こ、こんなに出産って大変なんだ…」  
「生理が無くてラッキーなんて言ってる場合じゃないわよ。大丈夫?」  
「はい…(嘘…私、こんなになっちゃうの?)」  
「ユウ君もしっかりとクララさんを支えるのよ。お父さんなんだから」  
「うん…」  
「今日はもういいわ。 いい?体だけは大事にするのよ」  
「失礼します…」  
 
無言で保健室を後にするクララとユウ。  
現実の壁の厚さ。大人になるって、こんなに大変なのか。  
でも、絶望と生死の境を飛び越え生還した二人、  
それを思えばこの程度の苦難は何でもない、そんな気もしていた。  
 
「僕頑張って賢者になるから、クララちゃんは元気な子供を産む事を  
まず考えてね。 絶対女の子だよ。お姉ちゃんの生まれ変わりだもん」  
 
あの時ユウとサツキが話し合っていたのは、そういう事だったのか。  
本当かもしれないし、ユウを安心させる為の嘘かもしれない。  
生まれてみなければ判らないけど、信じてみよう。  
そして女の子が生まれたら、サツキと名づけよう。  
 
今度こそ、誰も不幸にしない。間違った目的で魔力を開放しない。  
その小さな体に秘めた決意は、後の世に稀代の大賢者と呼ばれる事になる  
クララの激動の半生の出発点であった。  
 
 

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