『夏の憂鬱』
蝉が本格的に鳴き始めた夏のとある日だった。
「やってられないアル!」
部屋に戻るなり私は抱えていたテキストと試験の答案を放り投げた。後から入ってきたタイガは軽く溜息をついて散らかった床を片付け始める。私はどさっとソファーに腰掛けた。
今日返ってきた試験の結果を見て、私は愕然とした。どの教科も平均点を大きく下回り、成績はぶっちぎりの最下位。正直もう少し出来ると思っていたけれど、数字という現実は無情だった。
アカデミーに(手違いで)入学してすぐにタイガと仲良くなり、付き合い始め、勉強もなんとか頑張ってきたつもりだった。でも、いざ結果と向き合ってみると自分の点数が低い−というよりは他の生徒の得点の高さに驚いた。
タイガだって悪い教科は殆ど無い。(ずば抜けて高い教科も無いけど)それでも私よりはずっと良い成績なわけで。
「最初から出来る奴なんておらんがな。そもそも意欲のある奴が集まる所なんやから、レベルは高くて当たり前や。お前はようやってると思うで」
「慰めなんていらないヨ…!」
相も変わらずタイガは淡々と散らばった答案を整理していた。その屈んだ後ろ姿から掛けられる優しい言葉に瞳の奥が熱くなる。素直に応じることが出来ず、投げやりな言葉しか出てこない。いっそいつもみたいな調子で詰ってくれたらいいのに。
「こんな女と一緒で迷惑じゃないアルか!」
怒りの矛先は何の罪もない彼に向かってしまう。涙がぽろぽろと頬を伝っていった。情けなくて、辛くて、格好悪い。幼稚なことだとわかっているのにこみ上げてくる感情を抑えられず涙だけが零れた。
俯いたまま泣いていると彼が隣に座ったのがわかった。肩に手が回ってきてそのまま抱き寄せられる。半開きになった服からのぞく彼の胸にあたった額がとても温かかった。
「たまには沢山泣いたほうがええ」
頭をぽんと軽く叩かれる。あんなに勝手なことを言ったのに、彼は怒る様子も見せない。いつもそう。些細なことですぐに声を荒げてしまう私に、タイガが激昂したことは一度だって無い。
「…嫌いに、ならないアルか」
「アホか。別に何とも思っとらん。いつものことやろ」
ゆっくり顔を上げると、ぼやけた視界の向こうでタイガがこちらを見ていた。指が目元に伸びてきて優しく涙を拭ってくれる。タイガの手は自分の手よりずっと大きい。その長い指に自分の指をそっと絡めた。
「泣いた方がええ言うたけど、可愛い顔が台無しやな」
泣いてる顔もええねんけどな、と付け足す。その顔はいつものタイガだった。
「最初からそんな感じでいいヨ。いきなり優しくされると困るアル」
からかってるわけちゃうで、とタイガは笑った。その笑顔がいつも短気な自分を宥め、虜にしているのを知らないのだから、つくづく罪深いのだと思う。
彼の首に腕を廻して唇を自分の唇で塞いだ。今まで何度も繰り返されてきた行為なのにひどく嬉しくて、何度も彼の唇を啄んだ。
しばらくすると強く抱きしめられ、彼の舌が唇に触れた。私も舌を差しだして受入れる。とろとろと優しく淫らに絡み合う感触に、意識が溶けて流れ出て行くようだった。
先刻まで耳に届いていた蝉の鳴き声はもう聞こえなかった。
「んっ…」
接吻に夢中になっていると、制服のリボンを解かれた。ボタンも手早く外され、あっという間に下着姿にされてしまった。
「…ええやろ?」
そう言われては頷くしかない。既に火照っている体は正直だった。
ブラとパンティも脱がされて、ソファの上で全裸にされてしまった。自分だけ裸なのが恥ずかしくて彼の服のファスナーに手を掛けた。
それをゆっくり引き下ろすと男子にしては色白でそして綺麗に筋肉の付いた美しい身体が現れた。見とれていると、ヤン、と声を掛けられまた唇を塞がれた。
咥内を優しく這い回る舌が自分を狂わせてゆく。甘い営みに夢中になっていると、乳房を包み込むように触れられるのを感じた。
「あぁ…」
器用に動き回る指と舌にか細い吐息が零れる。離された唇を名残惜しく思ったのも束の間、右の乳首に温かい感触と電気のような快感を覚えた。先端を転がされ、背筋がぞくりと震える。凄く心地良い。もっともっと触れて欲しい。
「はぁ、はぁ…」
「凄いな、こんなになってんで?」
「うぅ…だって…気持ちいいアル…」
「ここもか?」
甘い蜜が溢れ出ている秘所に、タイガの指が触れた。恥ずかしいのに自ら脚を開き、ゆっくりと入ってくる彼の指を、私は苦もなく受入れる。
「あんっ、だ、だめヨ…んぅっ…!」
「可愛ええで…ヤン」
「…あぁっ!」
潤った膣内の上部を撫ぜられ、私は仰け反った。ずるりとお尻が滑り、タイガに支えられて漸く自分が汗塗れになっていることに気が付いた。肩で息をしながら、震えた声でタイガに懇願した。
「タイガ…もう欲しいアル…」
タイガがトランクスを落とすと、硬く反り起った陰茎が現れた。もう待つのがもどかしくて、タイガのものに触れて自分の蜜壺へと導いた。 いくで、と言って彼が私の中へと侵入してくる。まだ入れただけなのに私は与えられた快感に戦慄いた。
やがて彼が動き出す。彼の動きに合わせて、繋がった部分からくちゅくちゅという音が耳に届く。荒い呼吸をしながらタイガの唇を引き寄せて自分から口づけた。夢中で彼の唇を貪り、お互いに強く抱きしめ合いながら、最愛の人と一つになっていることを確認する。
「ふあぁ…タイガぁ…!好きアル…!」
「…っ、俺もやで、ヤン…」
「凄い…!熱い、熱いよォ!」
自分の中で蠢く彼の熱に咽び叫んだ。幾度も貫かれると、奥を抉っていた快楽が稍浅い箇所に変わった。もう何度も身体を重ね合わせているので、タイガもきっと私の弱い部位を知っているのだろう。
「そこっ…いい、アル!んあっ…!」
激しくなる彼の動きが私を更に狂わせてゆく。もう自分を制御出来るものは何もなく、全てをタイガに委ねた。タイガの唇を、身体の感触を、匂いを、全身で感じながら。
「ワタシ、もうイキそうアル…!来てヨ!」
「はぁ…はぁ…わかった、いくで…!」
タイガの身体も汗で光っていた。おぼろげにそんなことを思っているときつく抱きしめられ、最奥まで何度も突き上げられた。自分もそれに合わせて腰を振る。
「あっ…あぁっ…!」
もう口からは意味を成さない言葉しか出てこず、私は無我夢中で叫んだ。
「もうだめぇ…イッちゃうアル…!」
「俺もや…ぐっ…!」
「タ、タイガぁ!…あぁぁぁっ!」
体中を、痺れるような快感が駆け巡る。彼の射精を受け止めながら、私はぐったりとソファーに崩れた。覆い被さってきたタイガにそっと口づける。彼は笑っていた。頭を撫でられながら私も笑った。
シャワーを終えてバスルームから出てくると、先刻の行為で私とタイガの汗、体液で酷い有様になっていたソファが幾分綺麗になっていた。汚したのがほとんど自分だっただけに少し恥ずかしかった。
「ありがとアル」
「おう。誰かさんのせいで大変だったんやで」
…人の気持ちも知らないで。
「うるさいアルー!そこに直るヨロシ!」
「おわっ、こいつは敵わんわ」
「待つアル!」
慌てて逃げるタイガをバスタオルを巻いたまま追いかけて、私は微笑んだ。本当はやっぱり嬉しかったから。
ありがとう、タイガ。ワタシ、これからも挫けず頑張るヨ。
貴方と一緒だから。きっと、進んでいける。
そんなことを思いつつ、渾身の力を込めた跳び蹴りをタイガの後頭部に命中させた。