Scene#1 教室 ‐サンダースとクララ‐  
 
 
日々鍛錬の中にある自分にとってバレンタインデーなど無用の長物である。  
周りの喧騒とも関わらずに過ごしたい。  
サンダースはそう考えていた。  
当日、ユウやラスクでさえ”戦利品”を持っていたり、カイルなど  
女子を集団で引き連れて歩いている光景を目にする度、驚くとともに  
軟派な男どもに一太刀制裁を浴びせたくなる。腹立たしいとすら思う。  
(目が向く時点でバレンタインデーを強く意識しているのだが、  
サンダースはそれに気づいていない。)  
 
「サンダースさん、…これ、受け取ってください」  
そんな、普段と何も変わらないはずの彼の2月14日は、クララの  
ためらいがちながらも芯のある声で崩壊した。  
放課後、いつの間にか教室には二人だけだ。  
「あっ…、普段お世話になっている皆さんに差し上げてるんです。  
だから、サンダースさんにも」  
困ったように眉を下げた微笑みは、窓から射す西日に照らされてか  
頬が上気しているようにも見える。  
 
「…ふ、ふむ」  
突然のことに、礼とも何ともつかない返事を口の中で転がしている間に  
回れ右をして小走りにクララは去っていった。  
手の中に残されたちいさな箱。  
そっと覗くと、手作りと思しきココア色のカップケーキが入っている。  
『いつもありがとうございます。甘さ控えめのレシピを教わったので、  
甘いものが苦手な方でも大丈夫だと思います』と几帳面な字で  
書かれたカードが添えられていた。  
 
皆さんに。  
その言葉を反芻しながら見入っていたのは、数秒か数十秒か、それとも数分か。  
「よう、まだいたのかよ」  
なれなれしい声が背中にかけられ、サンダースは咄嗟に包みを服の内に隠した。  
教室に入ってきたのはレオンだった。  
 
「なあなあ、チョコいくつもらった?」  
「くだらない」  
「お堅いねー。俺は…まあ、まあまあってところかな、当てが外れたりもしたけど」  
「……当てとは何だ」  
「や、クララとかさ、いかにもクラスメート全員に挨拶して義理チョコを  
配ってそうって感じするじゃん。だから軽く『俺にもちょーだい』って言ったら、  
『ごめんなさい、今年は一つしかないんです』だってよ。  
それって本命ってことじゃねーか。俺の予想だと相手はセリオスだな。  
後でセリオスをとっちめてやるぜ」  
 
にやにやと笑うレオンを横目に、サンダースの胸ポケットで先程のプレゼントが  
急激に存在感を帯びてくる。まるで包み自体が自分の心臓になったかのようだ。  
見られては拙い。  
「…そうか。我輩は帰る」  
目を合わせないように背を向けて、サンダースはそそくさと歩き出した。  
 
「おい、サンダース? 胸に手当ててどうしたんだ?  
 何か歩き方もぎこちないぞ」  
「…バレンタインデーなど、我輩には関係ないっ!」  
「おわっ!?」  
 心の中で一陣の風が巻き起こる。  
振り返ってレオンを一睨みした形相はいつもに増して険しいが、それでいて  
どこか嬉しいような困ったような表情が混じっていたことに、サンダース本人も  
後に残されたレオンも、知る由はなかった。  
 
 
Scene#2 音楽室 ‐フランシスとユリ‐  
 
 
 ――さりげなく渡せば大丈夫。生徒からもらうのは慣れてるはずだし。  
自然に、自然に……  
 ユリは意を決して音楽準備室の扉を開けた。  
 部屋の主は椅子に納まって書き物をしている。  
「センセー、はいコレ。義理ですよ、義理」  
フランシスは甘く微笑み、ためらいもせずリボンのかかった袋を受け取った。  
「チョコをちょこっとくれると言う訳だね。どうもありがとう」  
「……。ゴホン、ねーねーセンセー、チョコあげたんだから試験の点数も  
 ちょこっとおまけしてっ?」  
「そうだね…」  
袋の口を結んだ青いリボンをもてあそびながら、フランシスはユリを見据える。  
 
「このチョコが、義理じゃなくて本命だと認めてくれたらそうしようかな」  
「えっ!? や、やだなー。自惚れるにもほどがありま」  
「この時期、女子生徒の間でおまじないが流行ることぐらい知っているさ。  
 今年は…、『好きな人と同じ部屋にいる時に、青い紙に相手と自分の  
 名前を書いてその紙を細かく破る。相手に気づかれずに出来れば成功』  
 だったかな? まあ、魔術体系的には、何の理論も効果もないものだけどね」  
「は、で、でも何でそれが」  
「君、私の授業中に、提出用のノートの上でそのおまじないを実行したね?  
 青い紙の切れ端が挟まっていたし、ノートのページにペンの跡が  
 写っていたよ、それには私の名前が書いてあるように読めたのだが」  
「ぎゃ、ぎゃぼー」  
 顔が赤くなるのが分かった。いっそ倒れたい。逃げたい。  
 気づかれたということはおまじないは失敗だし、  
自分の気持ちは知られてしまうし、最悪だ。  
「私は授業を真面目に聞かない生徒は嫌いだな」  
 嫌いだ、という声にエコーがかかって脳内で何重にも響いた。  
ああもう、おまじないに頼って、慣れない手作りお菓子の作り方を習って、  
ラッピングを気にして……今日までオンナノコしていた自分が馬鹿みたいだ。  
嫌われてしまうなんて。  
「でも、私だって本命チョコをくれるような子は無下に出来ない」  
 
「え?」  
「だから本命だと認めてくれたら、補習で許してあげよう。  
補習は一対一で行うが、監督たる私も忙しいからよそ見をするかも知れない。  
生徒がその間、『別のこと』をしていても、気づかないかもしれない。  
そして何の裏づけもないおまじないが、奇跡的な効果を引き起こすかもしれない」  
めまぐるしい展開にユリは混乱する。  
――嫌われてるというより…からかわれてる?  
――ええい、来る波には乗る。うじうじするのは私じゃないよね!  
「えと、えと……はい、ほ、本命です」  
顔を上げて返事をすると、目の前には先程までの営業スマイルとは違う  
呆れたような、可笑しくてしかたないような笑顔を浮かべたフランシスがいた。  
「宜しい」ぽん、と頭に大きな手を乗せられる。  
 
「本命チョコはホントうめぇー、なんてね」  
「……」  
その手の下からは、まだ逃げられそうにない。  
 
 
Scene#3 図書室  ‐カイルとアメリア‐  
 
 
 放課後も仕事が終わらない。資料が見つからない。  
 こっちは徹夜続きだというのに、今日はどの生徒も妙にそわそわして、  
授業に集中していなかったのも気に障る。  
 疲れと負の感情を渦巻かせつつ、図書室の本棚の前で分厚い魔導書の  
頁をめくっていたアメリアは、カイルが近くに来たことさえ気づかなかった。  
 
「先生、お疲れ様です」  
「うわぉ、カイル君じゃない。勉強しに来たの? ……あれ、何だか  
イイ匂いがする」  
「ええ、今日はバレンタインデーですから、女子の皆さんに…」  
――ああ、そうか。  
生徒達が浮き足立っていた理由を知るやアメリアの顔はみるみる不機嫌になり、  
 ばふっ。  
 それ以上言うのを止めるかのごとくカイルの胸の辺りに頭突きをかました。  
というより、頭から体当たりされたのをカイルが体ごと受け止める体勢に  
なってしまった。  
 
「ううぅー…ていうか日付すら忘れてた私って…、むー、でもいい匂い…」  
背の高いカイルの胸に、ぴったり測ったかのようなサイズのアメリアが吸い付く。  
……どこかのポケットに、手作りのお菓子が入っているのかな。  
……誰にもらったんだろう。  
皆さんと言っていたから、女子一同から友情のチョコ?  
……でも、本命が紛れていないとは限らない。  
探し出して食べてしまおうか……  
それにしても、広く温かい胸で、甘い匂いがして、私は寝不足で……  
   
突然の展開に面食らい動けなくなっていたカイルは、ぶつぶつと聞こえて  
いた呟きが収まってようやくそっと体を離した。  
恐る恐る様子を伺うと――器用にも、アメリアは立ったまますやすや寝息を立てている。  
これでは動けない。  
 
(……女子の皆さんに頼まれてお菓子作りの講師をしていたんですが、  
 それで出来たカップケーキをおすそ分けしようと  
 先生を探していたんですが、……どうしましょう)  
 
困惑する生徒と、文字通り夢見る教師を本棚の隙間に隠して、  
放課後の図書館は静寂を保っていた。  
 
 
 

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