昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。  
 眠くて憂鬱な午後の授業が始まる。教室全体にどんよりとした空気が流れていた。  
 
 *  
 
 異変に気付いたのは、睡魔に負けていない生徒達だった。最初に口を開いたのはレオンだ。  
「おい、次の先生は誰だ?もうとっくに始まってるぞ」  
「マロン先生のはずだよ。まったく、いい加減時間割くらい覚えたらどう?」  
 ユリが口を挟む。どうやら体育会系の2人は珍しく寝ていなかったようだ。逆に金髪のお嬢様  
や眼鏡の学級委員長はぐっすりと遠い世界にいるようだが。  
「それにしても、遅いですね」  
 カイルが半ば呆れたように言う。早くも授業に興味のない生徒たちは雑談を始めた。  
「きっと忘れてるんだよ。あたし、呼びに行って来る」  
「そんなら俺も!」  
「よーし、なら競走よ!どっちが先にマロン先生の部屋まで行けるか」  
「臨むところだ!」  
 2人は廊下に飛び出していった。  
「あいつら、廊下で競走する口実が欲しいだけなんじゃ……」  
 先ほどまで他の女子と雑談に興じていたルキアも呆れ顔だ。  
「まぁまぁ、彼らなら大丈夫でしょう。無事に先生を連れ帰って来ますよ」  
 カイルの取って付けたようなフォローも、当の本人達には無関係な話だ。  
 
 ところ変わってマロン寮。  
 先ほど教室を出発した2人のうち、先に着いたのはユリだった。レオンは1階のツルツル  
大理石床ゾーンで滑って転び、走っているところをロマノフに目撃され――とにかく散々な目に  
遭っていた。  
「ふぅ、2階から回り込んだのが功を奏したようね」  
 待ってもレオンは現れないので、ユリは一人でマロンの部屋の扉を叩いた。  
「マロン先生ー、いますかー?」  
 静かな寮に、ユリの声だけがこだまする。ドアノブに手をかけると、それは驚くほど簡単に  
開いた。鍵はかけていないらしい。中に入ると、その部屋は意外にも広かった。紙束が無造作に  
置かれたデスクの上には、開きっぱなしの「テレビゲーム大全」なる分厚い本を始めとして様々な  
本が置いてあった。スープだけ残ったカップ麺の香りが鼻を突く。  
「生活感あるなぁ……」  
 思わず率直な感想を口にする。  
「あの中にいるのかな?」  
 どうやら部屋の奥にもう1枚扉があるらしい。厚みから察するに防音仕様のようだが、こちらも  
すんなりと開いた。どこまで無防備な部屋だろうかと半ば呆れつつ、ユリは中へ進んだ。  
 探していた人物は、すぐに見つかった。入ってすぐの床に寝転がって寝息を立てていたのだ。  
「先生、マロン先生」  
 返事が無い。ただのしk、ではなく、かなり深く眠っているようだ。  
 アカデミーには随分と長く勤めているそうだが、容姿は誰が見ても――服装を除いて――普通の  
少女である。  
「かわいい」  
 マロンの髪から微かに漂う甘い香りに、ユリの感情は覚えず高ぶってしまう。  
「ダメ……だよね。何考えてるんだろ、あたし」  
 言葉で自分を制しながらも、衝動は抑えられそうにない。自らもマロンの隣に寝転がってみた。  
顔を近づけ、寝顔をじっくりと眺めた後、その頬に唇を近づけ――  
 
「うおおおおおおおー!!」  
 廊下から威勢の良い叫び声が聞こえ、外の部屋のドアが開く音がした。それを聞いたユリは、  
はっと我に返り立ち上がった。まもなくレオンはその部屋に入ってきた。  
「はぁ、はぁ……いろいろと散々な目に遭ったが、ようやくたどり着いたぜ……」  
「あ、あぁ、遅かったわね」  
 慌てて取り繕うユリ。レオンは少々怪訝な顔をしながらも続ける。  
「で、マロン先生は?」  
「それがね、こんなところで寝ちゃってて」  
「うおっ、まるで死んだように眠ってるな。マロン先生!まーろーんーせーんーせー……」  
 言いながらマロンの体を揺さぶるレオン。  
「ふぇ……?キミたち、どうしてここへ?」  
 やっと目覚めたマロンに、レオンは捲し立てる。  
「どうしてじゃないですよ!次の授業始まってますよ!早く来てくださいよ!」  
「あー……そうだっけ。わざわざ呼びに来てくれたんだ。ありがと。すぐに行くから、2人は  
先に行ってて」  
 先に行けと言われても、言っている本人はつい先ほどまで床にぶっ倒れていたわけで、  
そう簡単に了承するわけにはいかない。ユリも続けた。  
「先生、本当に大丈夫なんですか?あまり無理はしない方が……」  
「あぁ、ホントに大丈夫だから。ちょっと新作OVAでも観ようかと思ったらフラッとね。  
それに、授業遅れてるでしょ。今日やらなかったら1学期終わらないよ。私のことはいいから、  
2人は早く行ってて」  
 そう言ってマロンは2人を教室に向かわせ、生ぬるくなったカップ麺のスープを飲み干した。  
少し体が重いが、生徒のためにも今日ここで休むわけにはいかない。そういえば、明日はどっかの  
学校のお偉いさんに呼ばれてたんだっけ。天青賢者も大変だ。ここ最近アニメ見る回数減ったなあ。  
そんなことを思いつつ、マロンは教室に向かった。  
 
 *  
 
 マロンを呼びに行った2人が戻った教室は、もはや戦場と化していた。眠っていた男子たちが  
覚醒し、箒でチャンバラを始めたり、覚えたての呪文でバトルを繰り広げていたりと、魑魅魍魎と  
混沌の世界を形成していた。  
「遅れてゴメンねー、授業始めるよーん」  
 そう言いながらマロンが入ってくるが、教室と言う名の合戦場で進行中の乱闘は治まりそうもない。  
「こらー!そこ、おしおきだぞー!」  
 ステッキの先が光り、稲妻が男子生徒数人の頭に落ち――なかった。その代わりに、電撃は教室の隅の  
花瓶に落ち、花を焦がした。  
「先生、おしおきって今のですか?」  
 遊んでいた男子生徒の1人が、ニヤニヤしながら言った。  
「何の罪も無い花におしおきとか、先生大丈夫?」  
「こりゃ傑作だ。ギャハハハ」  
「ちょっと、あんたたち!」  
 冷やかしを一喝したのはユリだった。  
「な、何だよ」  
「マロン先生、疲れて寝ちゃってたんだよ!?先生だって大変なんだから、あんたたちが余計な負担  
増やしてどうするのっ!そういうのやめなよ!」  
 女子の涙ぐみながらの一喝に、流石の悪ガキも怖気づいたようで、  
「そ、そんなの知るかよ」  
 捨て台詞を吐いて、それぞれ自分の席に着いた。  
 
「み、みんなゴメンね。それじゃ改めて、授業を始めるのだ。今日はかなり進むから、覚悟するんだぞ。  
じゃあまず……」  
 
「――で、この年にファミコンでスーパーマリオブラザーズ2が……」  
「先生、3じゃないんですか」  
「あぁ、ゴメンゴメン。2はディスクシステムだったね」  
 
「――じゃあ、アニメ&ゲームはこの辺にして、魔術の教科書167ページを開いて。今日ここやらないと  
マズイらしいから、私が理論だけ説明しとくね。あとは実技の方でヨロシク。えーっと……」  
「先生、そこもう終わりました」  
「え?そうだっけ?じゃあ次の防衛魔法基礎?」  
「その次、応用です」  
「あっ、そっか。ゴメーン。はい、じゃあ192ページを開いて」  
 
 その後も何度かつっかえながら授業は進み、終了のチャイムが鳴った。   
 ユリは密かに数えていた。生徒に指摘された回数、6回。これは尋常ではない。やはり疲れているの  
だろうか。本人は何でもなさそうなことを言っているが、やはり心配である。いつもよりゆっくりとした  
足取りで教室から出て行こうとするマロンに、ユリは思い切って聞いてみた。  
「先生、最近無理してません?変ですよ?今日だって6回も間違えたじゃないですか」  
「あはは、そんなに間違えてたんだー。ううん、大丈夫だよ。ちょっと最近忙しくなって……あんまり  
寝てないだけだから……大……じょ……う」  
 次の瞬間、マロンはその場に倒れこんだ。教材とステッキが辺りに散乱する。  
「ちょっと、先生!?だ、誰かー!」  
 様子を見ていた一部の生徒が集まり始めた。野次馬が野次馬を呼び、倒れたマロンの周りには人だかりが  
出来た。騒ぎを聞いてアメリアとミランダも駆けつけた。  
「マロン先生は私たちで何とかするから、みんなは教室に戻りなさい」  
 アメリアが生徒を落ち着かせようとしている間に、ミランダは男性教師を呼びに行った。しばらくして、  
フランシスとロマノフが担架を担いでやってきた。  
「ここはわしらに任せろ。お主らは早く教室に戻れ」  
 ロマノフがそう言うと、ざわついていた生徒達もようやく静かになり、それぞれの教室へ戻っていった。  
マロンを乗せた担架は保健室の方に向かって行き、何事も無かったかのように次の授業が始まった。  
 ユリは気がかりだった。マロン先生、人知れずもの凄い努力してたのかな。そういえば、あたしが質問  
に行ったときも、他のどの先生よりも丁寧に、分かりやすく教えてくれたっけ。いつも元気な魔女っ娘  
って感じだけど、裏では苦労してるのかな……そうだ、後でお見舞いに行こう。先生の大好きなモンブラン  
でも買って。きっと喜んでくれる。  
「えーっと、じゃあこの問題を……ユリちゃん、答えて」  
「はっ!?」  
 どうやら授業は全く聞いていなかったようだ。  
「すいません、聞いてませんでしたっ」  
「もーっ、おばかさん!よく聞いてなきゃだめよ?」  
「はい……」  
 その後も全くもって授業には身が入らず、気がついたら終わっていた。帰り(と言っても本当に帰る者は  
ごく少数だが)HRでもマロンのことについては特に触れられず、大多数の生徒は半ば忘れかけている  
ようだった。  
 放課後、ユリは脇目も振らず街の喧騒に繰り出し、有名洋菓子店の1つだけ残っていたモンブランを  
購入した。そしてその足でアカデミーに戻り、マロンがいると思われる保健室へ向かった。  
 
 *  
 
 保健室の扉を開けると、ミランダがいた。  
「あらユリちゃん、どうかした?」  
「いえ、あの、マロン先生のお見舞いに……」  
「あらあら、わざわざ来てくれたの?感心ね。マロン先生なら、そこのベッドで寝てるわよ」  
 そう言ってミランダは、ベッドを囲んでいるカーテンを指差した。  
「あっ、ありがとうございますっ」  
 ユリがベッドに近づこうとしたとき、  
「ねえユリちゃん、ちょうど良かったわ。私ちょっと出かけちゃうから、マロン先生のこと見ててくれる?」  
 言ったそばから、もう外出の支度を始めているようだ。倒れた同僚の世話を生徒に任せるとは、何といい  
加減な保健教諭だろうか。  
「じゃあ、あとはよろしくね〜。うふふっ」  
「え、ちょ、先生あの……行っちゃった。どうしようかな……」  
 とりあえずカーテンをめくり、マロンの寝ているベッドに近づいた。  
「先生、お見舞いに来ましたよ〜……」  
 小声でそう言いつつ、近くにあった椅子を引いてきて座った。顔を近づけると、あの微かな甘い香りが  
鼻をくすぐった。先ほどのことを思い出し、一人で赤くなってしまう。  
「あーもう、ホント何考えてたんだろ」  
 さっきはレオンに邪魔されたが、今は自分の他には誰もいない。そう思うと、再び感情が高ぶってくる。  
「ちょっと、だけ……」  
 眠っている彼女の頬をつんつんと突っついてみる。それはぷにぷにとした、まさしく少女の肌。シーツの  
上に置かれていた、マロンのステッキを手にとってみた。手汗で僅かに湿っている。相当無理をしていた  
ようだ。  
「ふぁ……ん?」  
 どうやら起こしてしまったらしい。慌てて手を離すユリ。  
「あっ、先生、やっと覚めたんですね」  
「ん〜……あ、そっか。私、あの後……わざわざ来てくれたの?エライぞ、感心なのだ」  
「あと、これ、買ってきましたっ」  
「お〜!それは伝説のモンブランじゃないか!なるほど、いいセンスだっ!」  
 まだ中身を見ていないのに、マロンは大喜びだ。  
「心の友よ!私はこの恩は一生忘れないぞっ!じゃあ、いただきまーす」  
「先生、ちょっと待って」  
「んー?」  
「あたしが食べさせてあげますからっ」  
「い、いいよそんなの。ほら、私はもう大丈夫だからさ」  
「倒れた人には食べさせてあげるのが常識ってもんです」  
 そんな常識があったかはともかく、ユリはモンブランをフォークで小さく切り、マロンの口に運んだ。  
「えー……わ、わかったよぉ。じゃ、お言葉に甘えて……はむっ」  
「おいしい……ですか?」  
「うむ。やっぱりここのモンブランは格別だっぜ!」  
 その後、ユリはマロンにモンブランを食べさせながら、いろいろなことを聞いた。天青賢者になってから  
急に仕事が増えて忙しくなったこと。そのせいで最近眠れない日が続いたこと。  
「先生、机に分厚い本置いてましたよね。先生でも勉強することってあるんですか?」  
「まぁね。まだまだ知らないことだって多いし、魔法も完璧ってワケじゃないから」  
「でも、そんなにすごいんだったら、魔法大学校とかの教授になれば……」  
「それはね、ここが好きだからだよ」  
「えっ……?どういうことですか?」  
「えへへー、ヒ・ミ・ツ☆」  
「あっ、先生ずるーい」  
「だって、ここで語りモードとか突入したら、私らしくないじゃん。そんな脚本はチープってもんですぜ」  
 そう言うとマロンは、モンブランの最後の一切れを飲み込んだ。  
 
「さぁて、モンブランも食べたことだし、寝るか!」  
「食べてすぐ寝ると牛になるんですよー」  
「いいじゃーん、たまにはゆっくり休ませてよー」  
 そんな子供っぽいことを言うマロンが、ユリにはとても愛らしく見えた。  
「あ、あの」  
「なぁに?」  
「私も……一緒に寝ます」  
 おおっ?ユリだけに百合フラグ来たかっ!?と言おうとしたが、マロンはやめておいた。  
「うん、いいよ」  
 保健室の狭いベッドの中で、2人は寄り添って眠りについた。  
「先生」  
 
「先生大好きっ」  
 
 
 
 〜5時間後〜  
 
「あらあらまあまあ!こんな遅くまで2人揃っておねんねしてたの?」  
「み、ミランダ先生!こ、これはですね」  
「睡眠魔法の研究をしていたのだ」  
「そ、そうなんですよ!」  
「あらそう。マロン先生はともかく、ユリちゃんはおしおき決定♪」  
「ぎゃぼーっ!」  
 
 「ハートフル・モンブラン」 〜完〜  
 

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