「っ…、何でわたくしがこんな目に…!」  
 誰もいない真っ暗な部屋で一人もがいているのはシャロンだ。彼女がどうしてこんな  
ことになったかと言うと、話は数時間前に戻る。  
 
「うっ…思いのほか重いですわね…」  
 そんなことを呟きながら廊下を歩くシャロン。彼女は図書館へ大量の本を運搬  
している最中だった。と言うのも、魔術の授業の後、数人でじゃんけんをして負けてしまった  
ために、このような仕事を押し付けられてしまったのだ。(もっとも、彼女がじゃんけんという  
ものを知っていたかどうかも怪しいわけだが)重い魔道書を運びながら、リディアの部屋の  
前を通り過ぎようとしたその時である。  
「うぉー!危ねぇー!!」  
 後ろから叫び声が聞こえて振り返ると、男子生徒数人が箒にまたがって猛スピードで  
近づいて来るではないか。屋内で箒に乗るのは完全に校則違反だが、今は注意するより  
衝突を回避するのが先決だ。とはいえ、重い本を抱えたシャロンは避けることもできず、  
男子生徒たちの足はシャロンの右肩に激突、彼女はその場に倒れこんだ。  
「きゃっ!痛いですわね!」  
「おーっと、ごめんよー!」  
 しかし彼らは停まろうともせず、そのままのスピードで逃げ去ってしまった。  
「もう、いつか会ったら許しませんことよ…」  
 やっと落ち着きを取り戻して立ち上がろうとしたとき、シャロンは重大なことに気付いた。  
「わ、割れて……いますわ……」  
 そう、シャロンは転んだ拍子に持っていた本を投げ出してしまい、リディアの部屋の前に  
あった花瓶を粉々にしてしまったのだ。  
(確かこれはリディア先生のお気に入り……で、でも悪いのはあの方達ですわ。ちゃんと話せば  
先生も分かってくださるはず……)  
 そこへ、先ほどの物音を聞いたのか、リディアが眠そうな顔で部屋から出てきた。  
「なぁに、今の音?安眠妨害よ……って、きゃー!私の花瓶がー!」  
「せ、先生、落ち着いてくださいますこと?これはわたくしの責任ではなく……」  
「もーっ、おばかさん!おしおきです!」  
 そう言うとリディアは、女性とは思えぬ握力でシャロンの腕を掴み、ぐいぐいと引っ張って  
歩き始めた。  
「あの、せんせ、これは……」  
「言い訳無用!早くこっちへ来なさい!」  
 そして連れて行かれたのは地下倉庫。今は使われていない、がらんどうの部屋だ。  
「そこに正座して!」  
 仕方なくシャロンが石の床に正座すると、リディアは何やら呪文を唱え始めた。すると、  
シャロンの両手首に光の輪が現れ、それは彼女の手を背中の方に持って行き、固定した。  
つまり、彼女は後ろ手に縛られた状態になってしまったのだ。  
「しばらく反省してなさい!」  
 そう言ってリディアは出て行ってしまった。外から鍵のかかる音がした。  
 
 そして現在に至るわけである。既に閉じ込められてから2時間ほど経つだろうか。  
「くっ……暑いですわね……」  
 普段からクーラーの効いた涼しい部屋にいることが多いお嬢様にとっては、その暑さは  
殊更だろう。通気性の良い夏服を着てはいるが、風の無いここは通気性などという言葉とは  
無縁の空間だ。手で扇ごうにも、後ろ手に縛られているためそれはできない。  
「誰かいますことー?」  
 無駄に叫んでみたりしたものの、この地下空間は既に使われておらず、他の部屋にも  
人が来るはずがない。ところで、リディアの言う「しばらく」は一体どれ程の長さなのだろうか。  
ひょっとして忘れているのでは…?そんな考えがシャロンの頭をよぎる。  
 
 ふと、シャロンはあることに気付いて立ち上がった。  
 トイレに行きたい。授業が終わってすぐに片づけを押し付けられたから、そろそろ溜まって  
くる頃だ。しかし手は縛られている上、鍵もかけられているのでどうしようもない。仕方なく、  
彼女は再び床に座った。  
 時間がやけにゆっくりと進んでいく気がする。  
「っ……先生まだですの……?」  
 誰も見てないんだし、いっそここで…と思うが、誰か来たときに水溜りができていては  
大変な恥さらしだ。体を動かすと出てしまいそうになるため、じっとしてただ待つことに専念した。  
 
 1時間後。  
 そろそろまずい。彼女はふと、何かの授業か本で「おしっこを溜めすぎると膀胱炎になる」と  
いう旨の記事を読んだことを思い出した。膀胱炎が何者かは分からないが、少なくとも人体に悪い  
影響を及ぼすということは彼女にも推測できた。  
 プライドと生理的欲求とを天秤にかける。高貴なお嬢様として生活しているシャロンにとって、  
それはあまりにも辛いことだった。  
 
 さらに30分ほど経った。  
「っ……くっ……!」  
 もう限界だ。必死に我慢すると、思わず声が漏れてしまう。せめて下着だけでもと、手を動かそう  
とするが、シャロンの手を縛っているそれは思いのほか固い。おまけに無効化魔法が組み込まれて  
いるのだろう、杖を使わない魔法すらも使えなくなっている。  
 限界が近づき、そわそわとし始めるシャロン。それからまもなく、  
「んっ……もうダメ、ですわ……」  
 その言葉とともに、体の力が一気に抜けていく。そして、石でできた硬い床に広がる水溜り。  
「あー、シャロンお姉ちゃん、やっぱりここにいたんだー」  
 突然の声に振り返ると、入り口にはアロエの姿があった。  
「な、何の用ですこと?」  
 しどろもどろになりながら取り繕うシャロン。  
「お姉ちゃんのお部屋に遊びに行こうと思ったらいなかったから、リディア先生に聞いたら、ここの  
鍵を渡されたの。……ねえお姉ちゃん、何かここ臭くない?」  
「そっ、そうですわね!わたくしもさっきからずっとこの部屋の臭いにほとほと呆れてましたわ」  
「え?『さっき』?お姉ちゃんここにいつからいるのー?」  
「確か3時間ほど前から……あっ」  
「あー、お姉ちゃんひょっとして……しちゃったんだー?」  
 アロエは無垢な瞳でじーっとシャロンを見ている。  
「……何よ……何か問題でもありますこと?」  
 シャロンの返答が急にか細い声になる。  
「えへへー、先生やみんなに言っちゃおっかなー♪」  
「こ……困りますわ」  
「嫌だったらぁ、『アロエお姉さま許してください』って言ってー?」  
「何でわたくしがそんな……」  
「あれあれー、いいのかなー?言っちゃうよー?」  
 
「……アロエ……姉さ……許してくださ……」  
「きこえなーい」  
 
「ア、『アロエお姉さま許してください』!これで…いいですわね?」  
「しょーがないなー、許してあげる♪」  
 
「……何でわたくしが……」  
「なんか言ったー?」  
「何でもありませんわよ!」  
   
 その後シャロンが3日ほど授業を休んだのは言うまでもない。  
 

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