紅葉のような手でサンダースを掴んでいたアロエが、彼の身体をきゅっと引き寄せて耳元にそっと囁く。  
「お兄ちゃん」  
「ん?」  
「ごめんなさい……」  
いきなり謝られて何がなんだか分からず面食らったサンダースに、彼女は言葉を続ける。  
「アロエが悪いの。お兄ちゃんに言われたのに、男の人にべたべたしてたアロエが悪いの」  
この状況で自身の状態以上に他者を気遣える人間がいることに、サンダースは愕然とした。  
そして、それほどまでに心優しい少女を陵辱した相手とそれを防げなかった自分とが、心底憎らしく、また情けなかった。  
「だから、ちゃんと謝るからアロエのこと嫌いにならないで。アロエのこと汚いって思わないで」  
目に涙を潤ませて必死に哀願するアロエに、サンダースは一生懸命語りかける。  
「お前が悪いわけないだろう。何を言っている」  
「でも、アロエやっと分かったの。サンダースお兄ちゃんは、アロエのこと痛くしたくなくて言ってくれたんだよね。  
なのに、アロエが……わがまま言って……」  
少女の台詞は最後まで言い切れず、その途中でぐすぐすという嗚咽にかき消された。  
再び泣き出してしまった彼女の顔があまりに辛そうで、サンダースは胸が締め付けられるような痛みを覚える。  
「アロエ」  
俯いた彼女に頭上から声をかけると、サンダースは顔を上げた彼女の目元に掌を近づけた。  
伸ばした指先でそっと涙を拭って、未だ泣き顔のままのアロエをしっかと抱きしめる。  
節くれ立った固い指を背中にそっと回し、眼前の少女に心からの思いを呟く。  
「お前は何も悪くないし、どこも汚くなどない。自分を貶めるな」  
「……本当? 本当にそう思う!?」  
すがる様な目つきでそう問う彼女に、当然だと言いたげな表情でこくりと首を縦に振る。  
それでもアロエは、どこか信じられなそうな顔で言葉を更に重ねる。  
「サンダースお兄ちゃん。……だったら、して」  
「何を……」  
突然のアロエの台詞に対して声を失うサンダースに取り縋り、アロエは涙目で必死にお願いする。  
それはまるで、捨てられるのを怖がる子猫のようだった。  
「アロエのこと嫌いじゃないなら、汚いって思わないならして。アロエの全部、触られたとこ全部、お兄ちゃんに綺麗にしてほしいの」  
「……っ」  
じっと自分を見つめるアロエの視線が痛くて、思わずサンダースが無言で瞳を床へと反らす。  
室内に訪れた沈黙を先に破ったのは、不器用な男が苦悶しながら放った一言だった。  
 
「……いいのか」  
「うん」  
その言葉にアロエがこくんと首を振り、蚊の鳴くよりもよほど小さな声でサンダースへと告げる。  
既に密着している二つの身体を今以上に摺り寄せ、サンダースの逞しい胸元に己の胸部をそっと押し当てる。  
ぴんと張り詰めた空気の中、互いの心臓の音までも正確に聞こえそうなほどの距離で二人は切なげに見つめあった。  
「私も所詮男だ。お前を苦しめるという点では、私はあいつと変わらんぞ。  
いや、或いはむしろあいつより余程たちが悪いやもしれん。……それでも……本当にそれでもいいのか」  
「そんなの気にしないよ」  
己の胸の中の汚れた部分、アロエに対して以前から抱いていたどす黒いまでの欲望を吐露したサンダースに、当の少女はぶんぶんと首を横にした。  
「だってアロエは、お兄ちゃんが好きだから」  
「……アロエ……」  
笑顔で口にしたその言葉の持つ余りの優しさに、サンダースは背中をぞくりとさせた。  
この少女の願うことなら自分にできる限り何でも叶えてあげたいと、たとえできなくとも命と引き換えにでもやってみせると、彼はこの時決意した。  
それほどに少女の笑顔は温かく、少女の言葉は優しさに満ちていた。  
「私もだ。――私も、誰よりもお前を愛している」  
素直な心の中の想いを音に換えて宣言すると、サンダースはアロエの唇にそっと自身のそれを合わせた。  
柔らかな感触にほのかな感動を覚えながら、解きほぐす様に優しく上下の隙間から舌を差し入れていく。  
「……んっ、んぅ……」  
くちゅくちゅと音を立てて舌を吸い上げると、瞳を閉じたアロエの身体がびくりと揺れた。  
熱い吐息を漏らす彼女が愛しくて、吸引する力を僅かに強めてみる。  
その舌の動きにびくびくと肩を震えさせて腕にしがみ付いてくるアロエが、ひどく可愛らしかった。  
「あっ……ふぅ……」  
人間の性感帯である上顎の裏をぞろりと舐めあげると、アロエは呼吸を激しくしながら目を蕩けさせた。  
喉の奥から微かに漏れ出る小さな嬌声にサンダースが目を細めて重ねていた唇を離せば、二人の間にはつぅっと淫らな糸が橋渡っていた。  
淫靡なその光景に、サンダースがどきりと胸を上下させる。  
先刻唇を寄せている間から既に彼の下半身は硬く熱を持ち、洋服を着たままでもはっきり分かるほどに形を成していた。  
ズボンを押し上げて自己主張するそれに、いまだ興奮状態の覚めないアロエが目を留める。  
「サンダースお兄ちゃん、これ……」  
「その、これは……」  
 
指摘され、思わず顔を赤くして何かを弁明しようとするサンダースに、アロエは予想外の言葉を放った。  
「……アロエがしてあげる」  
真面目な顔でそう言ってズボンのボタンに手をかけた少女に、サンダースが目を白黒させる。  
やめさせようとその手に己の掌を重ねた瞬間、しかし驚くほどに頑なな声でアロエは呟いた。  
「これは、これだけは、お兄ちゃんが初めてだから……」  
どこか寂しそうな顔でそう言うと、アロエは無理やりサンダースのズボンを脱がせていく。  
露わになったそれの根元を両手で軽く握ると、アロエはサンダースの性器に唇を寄せた。  
柔らかい感触と、好きな相手にそんな行為をしてもらっているという事実とに、サンダースはくらりと眩暈を感じる。  
「……こうやってお兄ちゃんを気持ちよくさせてあげるね」  
アロエの桃色の舌が、戸惑いもなく猛ったそこをぺちゃぺちゃと舐める。  
サンダースに少しでも快感を与えたい一心で一生懸命舌を往復させる姿は、見ているだけで興奮させられるものだった。  
その上、彼女の舌はぎこちないながらも的確に男の弱い部分をついてくる。  
太く勃起した幹を握られながら敏感なくびれをちろちろと執拗に舐められて、思わず股間のそれを一層ぐんと硬くしてしまう。  
「……っ」  
気まずそうに小さく舌打ちしたサンダースには構わず、アロエは嬉しそうに言う。  
「そんなに気持ちいい……?」  
先走りの液で口元を濡らした表情が見慣れた少女のそれとは別人のように官能的で、サンダースはごくりと唾を飲んだ。  
自身の唇についた透明な液をそっと舌で拭って、なおもアロエはサンダースを悦ばせるための行為を続行する。  
小さな口いっぱいにサンダースの性器を頬張ってゆさゆさと前後に頭を動かすと、自然と唾液が口腔から溢れ出た。  
既にいつ上り詰めてもおかしくないそこに、流れる唾液がとろりと絡められたことで、サンダースは言いようのないほどの快楽を感じた  
「……アロエ、もういい!」  
焦ったような口ぶりでそう命じるサンダースの言葉を無視して、アロエは更に丹念に舌先を動かす。  
喉の奥まで突かれそうなほど大きさを増したそれに苦しそうに顔を顰めながらも、大好きな相手を気持ちよくさせたい思いで、ひたすらに舌を絡めさせる。  
ちゅぱちゅぱと卑猥な音が響くほどの勢いで頂上部に吸い付かれ、きゅぅっと優しく締め上げられる。  
これほど激しい愛撫を受けては、鋼の自制心を持つサンダースといえど己を保ち続けることは不可能だった。  
(まずい……このままでは……)  
我慢の限界に達し少女の口腔から自身の一物を出そうとした瞬間、しかし最前よりもより強烈な舌技がサンダースを襲った。  
刹那、びくっと痙攣したサンダースの性器から驚くほど多量の精液がびゅくびゅくと放たれる。  
ねばつくそれをアロエの口腔に流し込んでしまっているのを感じ、苦々しげな顔を作るサンダースには構わず、  
アロエはこくこと喉を鳴らし、味わうようにゆっくりと白濁した粘液を嚥下した。  
 
赤く顔を上気させ口元に飲み残しの精液をたらりと一筋垂らした少女の姿は、恐ろしいほどの色気を感じさせた。  
まだ少しぼんやりとした表情を残したまま、アロエがサンダースに尋ねる。  
「アロエのお口、気持ちよかった?」  
「……ああ」  
「よかった!」  
心から嬉しそうな顔をする少女を見て初めて、サンダースは彼女がいきなりこんな行為をした理由を悟った。  
同時に、その訳に今の瞬間まで気づかなかった自分が何よりも大馬鹿者に思えた。  
彼女は自分に負い目を感じているのだ。  
『初めて』を自分に捧げられなかった事に引け目を感じて、その代わりにわざわざあんなことをしたのだ。  
 
――私を、私などを少しでも喜ばせたくて。  
 
そんな単純な理由が分からなかった自分を、サンダースはひどく恥じた。  
そしてまた、眼前の少女のあまりの一途さに、心の底から湧き上がってくる愛しさを感じるのだった。  
 

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