「ちょっと、どういうことですの!?」  
 
部屋が揺れんばかりのシャロンの怒号が響いた。その標的となっているのは、受話器の向こうの少年レオン。冷や汗をかいているのが鮮明にイメージできるような声で、懸命に弁明している。  
 
『だ、だからシャロン。今日明日はちょっと都合が合わないんだって、分かってくれよぉ』  
「情けなく言ったってダメですわ! 今月に入ってからヤケにそれが多いの分かってらっしゃる!? 今月に会った回数が他の月に会った回数の半分無いんですのよ!?」  
『だ、だからそれは悪いと思ってるよ。けど今日明日は本当に……』  
「悪いと思ってるならとっととその日を空けて、私に会いに来やがってくださいます!? それに謝るのにも公衆電話からって徹底的に私をなめ腐ってますのね!?」  
『ぬぅ〜……許せシャロン!』  
「あっ、こらレオン! 話はまだ……全くもう、バカ!」  
 
シャロンは電話を叩き付けるようにして切った。ガチャンと音をあげて、受話器が跳ねた。  
 
シャロンのイライラには2つ訳がある。シャロンとレオンが付き合い始めたのは数年前、アカデミー入学後から数え2年弱の事。レオンからシャロンへ告白され、シャロンもそれを了承した。  
 
しかし、初めはベタベタだったレオンが最近急によそよそしくなり今のように約束を破られることも増えてきたのだ。それが一つ。  
 
二つ目は時期の話。シャロンはふと空を見上げて、元気無くカレンダーをめくりぼやく。  
 
「明日は……クリスマスですのに……」  
 
よそよそしくなってきたのは見過ごせても、毎年必ず二人で過ごしてきたクリスマスさえも断られてしまったシャロンには一つの疑問が浮かび上がっていた。  
 
「潮時なのかしら……? ねぇ、レオン。どうなの?」  
 
シャロンは無理矢理撮らされた、レオンとシャロンの写る写真を見て過去を思い返した。  
 
ある程度、レオンについていけないときもあったのかもしれない。でも今となっては、いや、すでにレオンがいなくなることはシャロンには考えられなかった。例えどんなにバカなレオンでも……。シャロンの目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。  
 
そして翌日12月25日、クリスマスの日がやって来た。無論レオンに約束を断られたシャロンにする事はなく、私服に着替えて町をぶらついていた。そこへ、タイミングが良いのか悪いのかルキアと遭遇した。  
 
 
 
「あれ? シャロンじゃない、今日はレオンと一緒じゃないの? 今日クリスマスなのに」  
「うっ……も、もちろんこれから会うところですわよ! あなたの言う通りクリスマスなのですから、オホホホホ!」  
「……まぁいいや、お幸せに!」  
 
ルキアは少しシャロンのぎこちない高笑いに違和感を覚えたようだが、シャロンは何とか誤魔化したと一安心していた。  
学校では名売れのシャロン&レオンのカップル、それが事もあろうにシャロンが約束をキャンセルされるなど格好悪すぎる……とシャロン独特のプライド優先思考が働いていた。  
 
そして日がな一日歩き回って、空が赤く染まり始める頃シャロンは思う。  
 
(たまには一人で町を歩くのも悪くはなかったわね、レオンに断られた時は塞ぎ込んでただけでしたし。楽しかった……でもやっぱりレオンがいないと)  
 
その瞬間、シャロンは何か嫌な視線を背後に感じた。  
 
一瞬レオンの変態視線かと思ったシャロンだが違った、背後にあるのは細い真っ暗な路地裏だけ。シャロンは口に布をあてがわれ、手を引かれそこに引き込まれた。  
 
「(しまった! 私とした事が……引き込まれるような隙を見せていたなんて)だ、誰ですの!? 私に何か用!?」  
「あぁ、用があるから引き込んだのよ。アンタみたいな可愛い子にね」  
 
シャロンの顎を怪しい男が掴む。さわるな、とその手を払いたいシャロンだったが体が痺れてうまく動かない。シャロンは眼光だけは鈍らせず、男を睨んだ。男はシャロンをバカにするように言った。  
 
「おぉ、怖いねぇそんな睨んじゃって。下手に動かない方がいいと思うよ? まだ五人程、共犯者が居るからねぇ」  
「共犯者? 大の大人の方々が揃って犯罪ですの? 私の身柄でも拘束して、身代金でも要求する気ですの?」  
「身代金? そんなのに興味はない。‘犯’って字でもよ俺達は犯罪じゃなくて、犯す方の‘犯’さ。悪く思うなよ?」  
 
そして男は、シャロンの胸のボタンをプチプチと外し始めた。シャロンの背中を寒気が走る、しかし体の動かないシャロンには抵抗する余地もない。  
 
「レオン! 早く助けに来なさいよ!」  
 
シャロンは叫んだ。今日本当は会うはずで、一緒に町を歩くはずだった彼の名前。来ないことなど分かりきっていたし、レオンを頼る自分など表に出したくもなかった。男は再びシャロンを嘲り笑う。  
 
「ハハハハ、彼氏持ちかい? いいねぇ、けど今は忘れなよ。会いたいとも思わなくなるだろうしな」  
「言ってなさい、すぐに……レオンならすぐに来ますわよ」  
 
そしてシャロンの服がはだけ、肩が見え始めシャロンが強く目をつぶった瞬間怒りに満ちた殺意の塊のような声と足音が響いた。  
 
「ふざけんな! バカ野郎!」  
「うごっ!?」  
 
シャロンの目の前にいた男が何かが砕けたような音が響いて吹き飛び、積んであった段ボールらしきものに突っ込んだ。そしてシャロンの前に降り立ったのは、赤い髪の少年レオンだった。  
見慣れているはずなのに、シャロンにはまるで別人のように見えた。顔は怒りに表情を歪めていて、今まで見たことのない表情だったからだ。そしてレオンは大声で怒鳴る。  
 
「テメーら覚悟しろよ!? シャロンに手ぇ出して、生きて帰れると思うな!」  
「何だとこのガキがぁ! ぶっ殺してやろうか!?」  
「殺してみやがれ! うらぁ!」  
 
レオンは目の前にいた男を蹴り飛ばし壁にぶち当てると、そのまま後頭部を鷲掴みにして顔面からもう一度壁にぶち当てた。そして倒れた男の頭を踏みつけながら、残っていた男を見た。  
 
「まだやるか? やるなら容赦しない、逃げる  
 
「……立てませんわ、何か痺れ薬を嗅がされたようで体が動きませんの。それに来るのも遅いですわ」  
「そうか、悪かった」  
 
レオンはシャロンの服を戻し、しっかりと着させるとシャロンを背負って歩き出した。もちろんシャロンは顔を真っ赤に染めてレオンに言う。  
 
「れ、レオン! 何考えてますの!? 早く降ろしなさい!」  
「痺れて動けないのに歩けるわけないだろ? 少しぐらい甘えたっていいよ」  
「う〜……そんな事はいいですわ! そう言えばレオン、あなた今日用事があるから会えないんじゃなかったんですの?」  
「……もう少し格好良く渡したかったんだが、仕方ないか」  
 
レオンは渋々自分のポケットに手を入れると、二枚のチケットの内一枚をシャロンに手渡して言った。  
 
「これ、買いに行ってたんだ。シャロンと見たくてさ」  
「クリスマスロマンス……何で映画のチケットなんか? 映画なんて、頼まれれば一緒に見たわよ」  
「違うんだな〜、これは題名通りのクリスマス限定の恋愛映画でチケットが取れるかどうかの境目だったんだ。取れなかったときにガッカリするシャロンなんか見たくないし、シャロンもこの映画見たかったんだろ?」  
「な、何を根拠に!?」  
「俺ん家でもシャロン家でも、テレビでこの映画のコマーシャルやったら少なからずシャロンは見てたからな。見たいのかな〜って思っただけだよ」  
 
実は図星だった。レオンの言う通り、シャロンは少なからずこの映画を見る事を望んでいたが普段から色々無茶を言う身からして、なおの事言いにくくなっていた。  
そのため無理矢理にでも好奇心を抑えていたが、コマーシャルにはつい目が行ってしまいがちだったのも事実。  
シャロンはレオンを疑ったことを、申し訳なく思っていた。レオンは静かになったシャロンに言う。  
 
「で、どうする? シャロンがいいなら俺もいいし、嫌なら無理に見に行く気もないが……それにシャロン痺れてるs……」  
「せっ、せっかくレオンが買ってきたんですものね。行って差し上げますわ、その代わり映画の後にあんなことやこんなことしようなんて考えるのはなしですわよ?」  
「考えないよ、良かった。シャロンが相変わらずで」  
「何ですの?」  
 
レオンはシャロンの質問には答えず、軽く笑っていた。そして二人は映画館につき、クリスマスロマンスを見た。もちろんシャロンは体が痺れているため、席まではレオンが背負っていった。  
 
そして映画を見終わると、シャロンもレオンも満足そうに映画館を後にした。そんな帰り道、レオンは近くの公園に立ち寄るとシャロンをベンチに座らせて話始めた。  
 
「なぁシャロン、シャロンは俺の事……その、嫌い、か?」  
「な!? ななな、何を突然聞きますの!?」  
「いや、答えたくないならいいんだ。俺、映画のチケット取るって最もらしい理由をつけてシャロンを傷つけてたのかもしれないって思った。俺がいないせいで、路地で被害もあったし」  
「あ、あれはレオンが助けてくれたからチャラですわよ! 柄にもなく気にしてましたのね」  
 
レオンは一瞬ムッとしたが、シャロンの後ろから腕を回し力一杯抱き締めた。シャロンは言葉を失い、レオンは掠れそうな声でささやく。  
 
「じゃあ詰みだな、シャロン。これからもずっと大好きでいる……だからシャロンも、俺の側にいてくれ。シャロンの苦しみも悲しみも、全部俺が半分もらってやる。シャロンの嬉しさも楽しさも、俺が何倍にでもしてやる。だから俺の側にいてくれ」  
「……レオンのバカ、そんな事言われたら私……うっ、うぅ〜」  
「シャロン? 泣いてるのか?」  
「泣いてまぜんわ! 勝手に涙が出てぐるのでずわ! レオンはバカで卑怯でずわ、ず〜っと放っでおいて久じぶりに会ったかと思っだら急に優じぐじで。そもそも……私があなたの側にいるという表現がおかじいのよ、あなだが、レオンが私の側にいるんだがら」  
「分かった、俺はシャロンの側にいさせてもらうよ。これからずっと……ずっと一緒だからな」  
 
二人を祝福するかのごとく、辺りには白く美しい雪がチラツキ始めていた。  
 

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