2月14日、ヴァレンタインデイ。
時のローマ皇帝、クラウディウス2世が『愛する人を故郷に残して戦地に赴くのは、兵の士気が下がるため』と婚姻を禁じ、それを知ったキリスト教の司祭であるウァレンティヌスが内緒で結婚させ、そして処刑された日である。
それに愛の誓いなどの意味を持たせたのが、近年のヴァレンタインであり。
「そもそも、チョコレートを送る風習などどこにもなかったのだ」
「へぇ、そうなんや」
「初耳だぜ」
驚き顔でサンダースの講釈を聞くレオンとタイガ、そして二人に笑うサンダース。
「もっとも海外でも物を送る風習はあったのだ」
「え?でも、今さっきチョコレートを送る風習はないって言ったじゃん?」
「海外では、物を送ると言っただろう。それはチョコレートだけに限定されず、花束や恋文なども送るという形に基づいてだ」
「・・・せやったんか。なら、俺らのとこに可愛い女の子がラブレターを持ってきたり・・・・」
「ありえんな」
「だよなぁ」
放課後の教室で、カラカラと笑う男子生徒三人。
ユウは授業が終わってすぐに帰ったし、女生徒たちも同じくに。
セリオスは下級生の女子に呼び出されたと言っていたし、ラスクは逆に年上の女子に呼ばれているらしい。
カイルも既に帰っているし、サンダースは教室に呼び出されているからここにいる。
「しかしだ。このような日に我輩に用事とは・・誰だ?」
「おっさんを好きな美少女っちゅーんはないんか?」
「誰かに好かれる覚えはない」
ふん、と鼻を鳴らすサンダースだが、昼前辺りからそわそわしっぱなしなのはクラスメイトたち全員が知っている。
レオンたちのように長い付き合いの者も最近知ったのだが、サンダースは感情を現すのが下手なだけで、無愛想だったりはしないのだ。
「そろそろ時間だな」
「ほなら、俺らはこれで退散するわ」
「もし恋人が出来たら教えてくれよ?」
「確約はせんぞ」
じゃあなー、と笑いながら並んで出て行くレオンとタイガをみながら、サンダースは満足げに笑う。
友と呼べるのは、一緒に戦地を駆けたものだけと思っていたが、そうではなかったらしい。
雑談に交わすだけの時間でさえ、満足出来るようになろうとは。
サンダースが一人ほくそ笑んでいると、ガラガラと重い音をたて、教室のドアが開かれる。
腕時計に目を走らせると、ちょうど指定時間の五分前。
成程時間はきちんと守るようだ、とサンダースが内心思っているうちに、呼び出した主がサンダースの前に出てくる。
「あら、きちんと来ていてくださったのね。もしや来ないのでは、と思いましたのに」
「・・・・・貴様、シャロンか」
黄金色の長髪と、見るも無残なほどの絶壁。
しかし外見だけを見れば、アカデミーでも有数であろう美少女が、小さく微笑みながらサンダースの前へと歩み来る。
「本日が何の日か、当然知っていますわよね?」
「ふん。こんな日に何のようなのかが気になるがな」
「大したことではありませんわ」
ふふふ、と艶っぽい笑みを浮かべたシャロンは、小さな袋にチョコが詰められたものを差し出す。
「先日、私が街で暴漢に襲われたときのお礼ですわ」
「・・・・・あぁ。そんなこともあったな」
「そして、これも」
シャロンがチョコの詰まった袋と共に一枚の手紙をサンダースに渡す。
「手紙にもあるけど、口で伝えたほうがいい気がしますの。だから、いいます」
「何だ」
「わ、私の恋人に、私の恋人になってもらえませんこと!?」
シャロンはそれだけいうと、顔を真っ赤にして両手で覆う。
サンダースは少しだけ呆けたように唖然として、そしてすぐに苦笑を漏らす。
「・・・いや、驚いた。まさかそういうことだとは思わなかった」
「で、どうですの?駄目なら、はっきりと・・・」
「いやいや。駄目というわけではない」
「え・・・じゃあ・・!」
「我輩は、貴様について何も知らぬからな。・・何もないところからで良ければ、付き合おう」
「!」
やはりというか、笑いを押し殺したようなサンダースと、その顔をぼうっと見つめるシャロン。
サンダースがシャロンの髪を撫でて、軽く抱きしめる。
コロンの香りがサンダースの鼻を刺激し、むず痒い感情がこみ上げてくるのを感じた。
「これからは、貴様ではなくシャロンと呼んだほうがいいか?」
「どちらでもかまいませんわッ・・」
シャロンの端正な顔が、少しずつ笑顔に変わる。
サンダースが抱擁を解き、シャロンの眼前に手を差し出す。
「では、帰ろう。君と二人で、出来るだけ多くの話をしたい」
「・・喜んで」
サンダースのごつごつした手に自分の手を重ねると、優しく握り返されたのが嬉しくて、むずむずとした気持ちになりながら。
「今夜は、寝かせませんわよ?今晩で私のことを、全部知ってもらうんだから♪」
「ならば、我輩のことも知ってもらう必要があるな。・・全く、恋愛は初めてだというのに」
「楽しみにしますわ。・・ところで、恋愛がどうですって?」
ぎこちなく手をつなぎながら、サンダースとシャロンは並んで帰路に着く。
今宵の談話へと期待を募らせる道は、いつもより短く感じるものだった。