「はい、これ。サンダースの分ね!」
放課後の廊下でずいっと差し出された、小さな袋。
サンダースは眼前の少女・ユリの顔とそれを交互に見ては、怪訝な顔をする。
「・・・何の賄賂だ?本日の宿題ならば、昨日に見せたはずだが」
「んもう!賄賂じゃないってば!バレンタインチョコよ!」
「・・いや、いい。チョコは知人から多数貰っているし、朝にも下級生に渡されていてな。手に余しているのだ」
少しだけ怒ったような顔をしたユリに、サンダースは小さく笑む。
「しかし義理チョコとは言えど、顔も見たことのないような輩に義理などあるはずもないのだが・・」
「もう。・・鈍感なんだから」
サンダースが受け取らなかったチョコを懐に仕舞うと、ユリは小さくため息をつく。
何故義理チョコだと決め付けるのだろうか、何故面識がないと決め付けるのだろうか、疑問が浮かぶことばかりで。
「サンダースにとっては知らない子でも、その子はサンダースを好きなのかもしれないでしょ?」
「だからと言って、我輩はその全てを肯定できる人間ではない」
「うん、それはみんなそうだよ。・・だけどね?」
ユリの髪が、そよ風に靡く。
特徴的なポニーテールがふわりと舞った。
「断るにしても、真摯な思いで断って欲しいの。はぐらかすような断り方は、傷つけるだけなんだから・・・」
「・・知ったような口ぶりだな?」
「知ってるんだもん。はぐらかされたときの、寂しさ・・」
「・・まぁ、それはいい。我輩とて守りたい相手の一人二人おるわ」
サンダースがユリに背を向ける。
ユリが何かを言おうとして、でも言えずに口を噤んだ瞬間。
「我輩は、貴様を守ってやりたいのだ。誰よりも気丈に生きている反面、貴様は異常に脆い。心がな。・・だから、傷つかぬように守ってやりたいと思っていたのだが」
背をむけたクラスメイトの言葉に、ユリはほう、とため息をつき、次いで目を丸くする。
「え?え?え?えぇ?えぇぇ!?サン、サンダースが、わ、わたたたた、私を!?」
「二度は言わん。・・では、また明日」
ユリの慌てたような声を聞きながら、サンダースは悠然と歩き出す。
いつもどおりの、誇らしげで堂々とした姿で。
「ちょ、ちょーっと待ってよ!」
「これ以上なんの話がある。我輩は帰るぞ」
「わ、私だってサンダースに守ってもらいたいんだから!」
「・・・・は?」
今度は、サンダースが間の抜けた顔をする番だった。
とは言え、そこはサンダース。
ユリに顔を向ける瞬間には、いつもどおりの仏頂面になっていたが。
「貴様が?我輩に?守られたい?」
「私だって、サンダースのこと、その・・好きなんだからね!?」
サンダースの背に、ユリの体が押し付けられる。
胸に回されたユリの両の手を、サンダースなため息をつきながら見つめる。
「・・・貴様が、我輩を好きだと?」
「そうだよ。いつでも私たちが困ったら、サンダースは助けてくれるじゃない?」
「我輩に火の粉が散らぬようにだ。貴様らのためではない」
「それでもいいよ、私をずっと守ってて?ずっとサンダースの一番そばにいるから、ずっとサンダースと一緒にいるから・・、だから・・!」
「全く。これで断れば我輩が嘘をつくことになるではないか」
「え?」
ユリからの抱擁が、いっそう強くなる。
「貴様は、我輩のそばにいると言った。ならば、我輩は一番近くにいる者を守り続けようではないか。ならば同等の意味を持つ。・・では、そろそろ帰るぞ。腹が減った」
「じゃ、じゃあ・・恋人になってくれるの?」
「嫌ならやめても構わんが」
「!嫌じゃない、うれしいんだもん!ほら、お腹空いたんでしょ?」
抱擁を解いたユリが、一度は仕舞ったチョコレートが入った袋を差し出す。
その小さな指で中からチョコをひとつ摘むと、サンダースの口に押し込んでみたりして。
「む、ビターか。甘いだけのものよりはいいな。存外に美味い」
「でしょ?いっぱい食べていいからね?」
「だが、食後にだな。まずは部屋に荷物を置いて、食堂へ向かうぞ」
相変わらずのしゃべり方のサンダースだが、ユリはそれでも嬉しくなって。
「うん!じゃあ、今晩はサンダースの部屋にお泊りってことで!」
「仕方のないやつだ」
サンダースが苦笑しながら歩き出す。
そっとユリが差し出した手にそっと触れ、繋いで。
夕暮れの廊下を、ゆっくりと。二人で、歩き出す。