釣瓶落としとは秋の季語であったか。  
夕陽も海原に落ち、寮外への外出は基本的に禁止となっている時刻、ぎりぎり。  
両手の上に収まるくらいの小さなクラフト紙の袋。  
折り畳まれた口を片手に摘み、軽い靴音を廊下に響かせ早歩き。  
(さっ、ぶ〜い、アル)  
ぶるっ、と震えが来た。  
ヤンヤンは夜気対策に羽織ってきた軍師服の前襟を、もう片手で寄せ合わせた。  
魔法で結界でも張られてあるのか風はそうないのだが、真冬の寒気は外部と変わらない。  
 
男子寮と女子寮の別れ道に差し掛かって、足早な歩みが緩む。  
たん、とシンプルなラウンドトゥが音を立て、立ち止まった。  
「?」  
何かある。いや、何か居る。  
外気に晒された廊下に、何かが居る。  
誰かの迷いマジックペットかな、と、気持ち男子寮への道寄りにうずくまるそれに、  
目を細め眉間に皺を寄せ唇をやや噛み締め、半身を傾け覗き込んだ。  
影は二つ。  
大きな影に、ひょろ長い影。  
「…あいや」  
正体を知って、夜闇にぱちくりと瞬く大きな瞳。  
つい、信じられない気持ちと呆れた気持ちが混ざった声がこぼれた。  
白い息がひとつ。  
もうひとつの白い息を出しているのは―――青色の髪に眼鏡。ひょろ長い影。  
カイルだ。  
事もあろうか白い息を上げている者もう一人。  
鈍い、燻したような銀髪だか白髪だか。大きな影。  
サンダース。  
珍妙な組み合わせにも見えたがしかし、努力家っぽい二人組である。  
よくよく見れば着ているのは制服ではなく体操服。  
この寒空の下、綿の半袖にハーフパンツ。  
今の今まで体育会系教諭・ガルーダにでもしごかれていたのだろうか?  
 
覗き見する視線に気付いたのか、柱にもたれ掛かったカイルが顔を上げる。  
「や…あぁ、あれ、ヤンヤンさんじゃないですか。  
どうしたんですか…こんな時間に」  
「ソレこっちの台詞アル。  
カイルにサンダースこそ、何こんな所でへたばってるアルか?」  
大分疲労が溜まっていそうなカイルのふやけた笑顔から目線をずらし、屈み込む。  
サンダースはまだ顔を上げずにいる。  
と思ったら、  
「………寝てるヨ、コイツ」  
肩が規則正しく上下し、意外に大人しい寝息が漏れているのだった。  
ヤンヤンは心底呆れた顔でサンダースの頭を紙袋で突っつく。無反応である。  
「いやあ、一人じゃ彼を運びきれなくって」  
困ったような、こんな所を見られた自分に照れるような、  
しかし穏やかな笑みを零すカイルにも呆れてしまったヤンヤンだが、  
「…アンタらの部屋よりワタシの部屋のが近いアル。  
取り合えず来るヨロシ…って、ワタシも肩貸さなきゃアルか」  
「えっ、でも…それは」  
「いーから、さっさとそっち担ぐアル!  
見回りの先生が来ない内に運ばないと大目玉ヨ!」  
一等小柄な彼女とひょろ長いカイルが筋骨隆々としたサンダースに肩を貸してよたよた歩く様は、いかにも滑稽だった。  
 
成績が悪い者程、寮の部屋は手前である。  
この憂鬱な制度に、今回だけは感謝してもいいかと彼女は考えていた。  
カイルもサンダースもマジックアカデミーでの成績は悪くなく  
寧ろ就学態度含め優等生であり、従って寮の私室は奥。  
 
口の中で呟く合い言葉。  
開く扉。  
冷たい外気と混じり合う室内の適切な気温。  
遮断される冷気。  
 
女子寮最前線猛進中のヤンヤンの部屋の中。  
―――女子の、女性の、女の子の、部屋。  
カイルはサンダースをどこに下ろそうかまごついた。  
「コレ敷いて寝かしとくアル」  
紙袋を小さめのワゴンテーブルに置くと、ヤンヤンは数枚、大判のタオルを抱えてきた。  
長椅子に、かとカイルが思ったら、彼女はベッド全体にそれを敷き詰めていく。  
サンダースの身体がタオルのシーツに沈む。  
「サンダース、デカブツ過ぎヨ。ソコじゃ転げ落ちるアル」  
代わりにカイルが、長椅子に半ば押し付けられるようにして腰掛けた。  
自分の部屋にあるソファとは意趣の全く違うそれの肘置きに目を落とす。  
ぐるぐると巻いた蔦のような、ごつごつとした感触。  
クッションの柔らかさが背中に心地良い。  
「ソイツ自身が起きねば部屋に放り込みも出来ない。  
どうしても起きなきゃここで寝かすアル」  
「いや、それは…っ、まずいですよ、流石にっ」  
ヤンヤンは再び寝台に身を翻す。軍師の衣装がふわっと空気を孕んで、後ろ側から覗く生足。  
カイルは慌てて顔を背けた。  
彼女は普段スリット入りのスカートから惜しむことなく生足を露出しているというのに、おかしなものである。  
 
仰向けに寝かされたサンダースの額にデコピンをかましていたヤンヤンだったが、  
全く(驚異的に)起きる気配のないサンダースに飽きたのか、カイルの前を横切りワゴンの向こう側へ。  
タオルを持ってきた奥の部屋。  
間取りは各部屋そう変わりないはずだ。洗面所だろう。  
そして―――浴室。  
(…!?  
なに考えてるんだ、僕はっ)  
カイルは顔を赤くして頭をぶんぶん振った。  
その横っ面に、ちょっと熱い濡れタオルがぶっつけられる。  
絞られたばかりのよじれからめくれて、カイルの手の甲に落ちる。  
「あいやー!ごめんアル」  
「こ、こちらこそすみません」  
赤くなった頬を隠すようにタオルを手に取り、顔を覆った。  
汗と土埃を拭き取ると乾いた肌に馴染む湿り気と温度。  
鼻で息をすると、土臭さと柑橘類の爽やかな香りが混ざって、あまり気持ちのいいものでもなかった。  
 
「で、一体どうしてあんな所にいたアル?ガルーダ先生にしごかれてたアルか」  
台所までは完備されていない。  
簡易的なコンロに小鍋を乗せ、火をかけながらヤンヤンが聞いた。  
「いやあ、仰る通りです。と言っても、スポーツの問題も苦手で体を動かすのも不得意な僕が、  
その事をサンダースに相談したらそういう形になったんですけど」  
カイルは自虐的にも聞こえるくらい、自信の短所を包み隠さず、経緯を説明する。  
ヤンヤンは作業に専念し、たまに相槌を打ったりしながら聞いていた。  
 
そこまで言葉を多く交わすわけではなかった彼らだが、  
勉学の徒として同等のレベルに立ち、机を並べ、  
絶えず切磋琢磨しあう間柄である、と互いに認識しあっていた。  
安穏としたカイルと鋭利なサンダース。  
似ても似つかないようで、そこかしこ共通点を持ち、それだからカイルは彼に相談を持ち掛けた。  
短所を克服したいという学友に応え、サンダースはその、カイルにとっての“短所”において  
教鞭を振るうガルーダに、放課後の指導を願い出た。  
困難ではあろうが、やはり蛇の道は蛇というわけだ。  
教育熱心なガルーダは二人の生徒の申し出を快く受け入れ、  
その日の放課後からスポーツに関するクイズの特訓と、実際のスポーツ訓練が行われ始めた。  
カイルは当然それらを一人で受講するつもりだったが、  
元々海兵養成校に所属していたと思われ、体育会系に不安のない筈のサンダースも付き合ってくれた。  
ガルーダは厳しかった。  
周囲の酸素を薄くする魔法をかけたり、  
かなりの質量のリストバンドをはめさせたり、  
水泳のときは進行方向とは逆に水流を起こしたり。  
スパルタ教育と称しても構わないくらい厳しかった。  
更に、カイルより体力的に勝っているサンダースには倍のハンディキャップを課したのだった。  
 
そうして、漸く、週末の今日。  
「この方が自分にとって有意義だなんて言ってたけど…  
無理してたのかな、って思うんです。  
グラウンドの後片付けのときも、てきぱき動いて、  
半分以上…ほとんど彼がやってたようなもので」  
組み合わせた自分の指を見詰めながらカイルは回顧する。  
「…謝らないと」  
十本の細めの指。ラスクやユウ、セリオスも細い。  
手の平を上にして見てみると、たこが出来ている。  
なぞると、硬くて、なんだか熱い。  
ペンだこじゃないそれはがさがさしているけれど、彼には誇らしい。  
手の平や足にたこが出来た事なんて、今よりまだ活発だった幼い日以来なかったから。  
 
ふと、額に熱い感覚。薄く平べったい、硬い感触。  
すぐに離れたそれを見上げると、ティーカップだった。取っ手に絡む細い指。  
自分より白くて細いことなんか知らなかったそれに、  
ちょんとでも触れてしまわないように、差し出されたカップを受け取った。  
ミルク多めのカフェラテのような色だが、香りが違った。  
 
「そういうときはお礼アル」  
「あ…そうだね。ありがとう、ヤンヤン。…った!」  
デコピンされた。  
「…誰がワタシに言え言うたカ!  
そういうときは、謝らなくていいアル。  
…謝ったっていいケド」  
いつの間にかポットに入れ換えられた鍋の中身をもう一つのティーカップに注ぐ。  
薫り高いそれはどうやらミルクティー。  
カイルは揺らぐそれに口をつける。  
甘い。  
「恩人に言うべきは、お礼。  
あのやんちゃ小僧のラスクでも知ってる、これ常識ヨ」  
舌に転がり、歯茎をのどをゆるゆると温めながら、食道を伝い落ちていくミルクティー。  
(不思議な味のする、お茶だなあ)  
カップから口を離す。揺らぐ水面に目を落とす。嵩は残り少ない。  
「ヤンヤンさん…僕は…僕は」  
顔を上げたカイルの眼鏡から、雫がつうっと落ちていく。  
「…なに、泣いてるアル」  
「嬉しいんです。  
こんなにしてくれる人…他人…いなかったんです」  
「他人って、ひどいアルね。“友達”言うヨロシ」  
「そう、そうです、それです。  
友達。友達…」  
「傍から見たら“親友”に見えるアル」  
「し・ん・ゆ・う?」  
さっきから妙な様子だが、青春ストライクなせいだろうとヤンヤンは勝手に納得しながら、  
「そ、そ、親友ヨ。親愛なる」  
「友よ!!」  
がちゃん。  
空になったカップがカイルの手から滑り落ち、床にぶつかり砕け散った。  
代わりに彼の手、いや、腕の中には、何故かヤンヤンがいる。  
虚を突かれた彼女は心底動揺して、  
「な、な、な、何するアル!友情確かめたいならサンダースに抱きつくヨロシ!!」  
無茶苦茶に胸板を叩いて押して殴って押して、それでもカイルは離れない。  
それどころか叩く隙間がなくなるくらいに彼女を抱き締めた。  
十分力持ちじゃないか、とヤンヤンは内心毒づいた。  
顔が真っ赤になっているに違いない自分が嫌だ。  
 
「いいじゃないですかヤンヤンさん!  
ヤンヤンさんだってこうして、男子の僕らを部屋に入れてくれて。  
ねえ、僕ら友達でしょう?  
友達じゃない僕らを部屋になんて入れて、  
身体を休ませてくれたりなんかしちゃったり、  
お茶を入れてくれたりなんてしないでしょう?  
僕は…ぼかァね…ぼかァねぇっ…  
嬉しくてたまんないんです!  
たまんないんですよ、今っ!  
ぼかァねぇっ、あだ名で呼んでくれるよーなっ、そんな、友達が!  
欲しかったんですよぉおっ!!」  
 
今度は、頭一つ分身長差のあるヤンヤンの肩に顔を埋め、嗚咽を漏らし始める。  
まるで酔っ払いのような体たらくだ。  
四方の壁に防音の効果があることを思い出して、ヤンヤンはちょっとホッとした。  
逆にそれ故の不安も感じたが。  
子供のように泣きじゃくるカイルに翻弄されながらも、震える頭に手を添えて撫でてやる。  
砂がぱらぱら落ちる。  
「か、カイル。まず落ち着くヨロシ…  
どこぞの半機械黒猫の弟子のガンオタ教師みたいアル」  
「猫…猫?」  
「そうアル、さあ離れっ、あいやぁーっ!!?」  
天下太平、万歳のポーズ。  
今度は肩に羽織っていた軍師服が床に落ちた。  
ルキアに次いで豊満なその胸を制服越しに手の平に収め、  
更に鼻柱をその谷間に埋めるという破廉恥な行為をあの品行方正なカイルが行おうなどと、誰が思おう。  
「猫のお腹の毛は、ふわふわ…いや、ふかふか…いや、これは…ふむふむ」  
「なっ、なっ、何するアル!何するアルーっ!!  
あいやぁぁあ!!」  
腰を折り顔で胸の柔らかさを堪能しながら腰に両手を回して持ち上げる。  
ヤンヤンが軽いのも勿論あるが、彼の体躯からは意外なくらい軽々と。  
―――ガルーダ先生恨むアル。  
 
「きゃあっ!…何するアルか!危ないナ!」  
サンダースが横たわる自分のベッドに、  
乱暴にも投げ込まれるようにされたヤンヤンが抗議の声を上げた。  
危うくサンダースの腹に肘落としを食らわせかけた。  
 
そも、何故カイルが突然こんな状態になったのか。  
ぼけぇっとしている彼を尻目に、これまでの出来事を反芻する。  
 
購買部にギリギリで茶葉の缶を買いに走り、寮へ戻る。  
→道すがら体操服姿の疲労困憊カイルとグースカサンダースを発見。  
→部屋の主か教師しか寮の扉を開く合い言葉は分からない。  
→サンダースが起きそうにないがそのままにもしておけず、一番近くの自室へ。  
→サンダースをベッドに寝かせ、カイルと自分とサンダースにミルクティーを入れる。  
→事の経緯を聞いている最中にカイルがおかしくなる。  
 
―――茶葉の缶。  
ヤンヤンは頭が真っ白になった。  
その茶葉は、人間用ではなく、マジックペット用ではなかったか?  
果たしてその通り、二人が口にしたミルクティーのベースに使われた茶葉は、マジックペット専用のものだったのだ。  
マジックペット専用に作られた飲食物を人間は食・飲用してはならないという講釈をアメリア先生がしていたはず。  
いつもと違う状況に冷静でいたつもりが、実は気が動転していたヤンヤンは、  
その専用茶葉を小鍋の湯に入れ、ミルクと溶け合わせ、  
茶漉しで漉してポットに注ぎ、カップに。  
そして自分達の咥内へと流し込んでしまったのだ。  
 
そのせいと言うならばカイルの突然の変容も合点がいく!  
と顔を上げるとカイルの姿はそこにはなく、ポットがワゴンの上から消えていた。  
はてさて嫌な予感と、そっちを向くことを嫌がる首をぎりぎりと右舷旋回する。  
 
どぼどぼどぼどぼ  
「サぁンダぁースぅー、飲まなきゃ駄目ですよぉー、ヤンヤンさんの友情ミルクティーでございますからねぇー。  
起きましょう、起きなさい、さーあ」  
静かに安らかな寝息を立てながら眠りに就いているサンダースの口をこじ開け  
ポットの中身を注ぐカイル。  
「ア・ン・タぁッ!!  
寝こけてる人間に何ばしよっとヨー!?」  
「何って、ヤンヤンさんの友情のォ、お裾分けですよォ。  
杯を酌み交わして、桃園の誓いを交わして…  
…ん、雑学だった、かな?これ」  
にこにこしながらあーんぐりと口を天井めがけて大きく開き、  
ポットの注ぎ口から直接飲もうとするカイルの腕を掴む。  
サンダースが、辛そうに咳き込んでいる。あれで気管に入らない方がおかしい。  
「もうよすアル!ソレ、飲んじゃ駄目アル!」  
かく言うヤンヤンも自身の変容に気付いている。  
酒を嗜んだ覚えはないが、酔うとはこういう事なのかも知れない、と  
のどの熱さを憂えていた。  
自分はカップの半分しか飲んでいないからこれで済んでいるのだろうが、カイルはカップ一杯飲み干した。  
それだけで今のような疑似“泥酔”状態。  
これ以上カイルに飲ませるわけにはいかない。  
「…仕方ないなあ」  
飲もうとするのを留めていた手から、ふっと手応えがなくなる。  
「えっ」  
ポットが目の前に。  
曲線を描く注ぎ口が、目の前に。  
「んんっ…!?」  
「自分が飲みたいのなら、素直にそう言ってくれなきゃぁ、困ります」  
カイルは、嬉しそうに笑っている。普段教室で見せるような、穏やかな微笑み。  
飲み慣れたミルクティーの味が、すっかり温くなった液体が、  
なみなみとヤンヤンの口の中に流し込まれていく。  
カイルだけではない、自分もこれ以上飲むわけにはいかないのだ。  
許容量オーバーのためにほんの少し飲んでしまった所ではっとして、  
彼女は口を離そうとする。顎をいつの間にか掴まれている。  
カイルがこんな事をするなんて、信じられない。止めなければ!  
背後のサンダースは、背を丸めて、まだ咳き込んでいるようだった。  
もう制服に染みるのを厭う余裕もない。  
「あぁあ」  
ヤンヤンは故意に口を開け、流れてくるミルクティーをこぼした。  
ポットの中身が惜しくなったのだろう、カイルは彼女の唇から注ぎ口をそうっと離す。  
下唇から顎に向かって付着したそれをヤンヤンが手首で拭った。  
「勿体ないですよ。ヤンヤンさんが入れてくれたのに…」  
その手をカイルが掴む。  
「ひっ」  
生温かい感触が手首を、ぬるぬると、血管を辿るように動く。  
たらたらと腕に沿い重力に沿い垂れていくミルクティーを、彼は舐め取っている。  
「やめるアル!」  
涙で濡れた眼鏡のレンズが部屋の灯りに反射して、光った。  
これが本当に、先程まで指先同士が触れ合うことにすら注意を払っていた男の姿だろうか。  
「よすアルっ…」  
猫か犬かのように舐め続けるカイルを、引き剥がせない。  
助けを求めるように、空いた片手が、サンダースが丸まっていた部分をさまよう。  
あれだけ咽せていたら起きるはずだ。  
彼なら今のカイルをすぐさま止めてくれるはずだ。  
引き取ってもらうのだ、取り返しがつかなくなる前に。  
 
「サン、ダース?」  
掴んだのは手を伸ばした先のハーフパンツではなく、自分のすぐそばのゼッケン。  
ざらざらした布地をきゅっと掴んで見上げると、瞼をゆっくりと開け閉めしているサンダースの顔があった。  
その間も、腕を味見する舌は止まらない。  
源泉を求めるように手指に到達する。  
「サンダース、サンダース!  
お願いアル、止めてアル!」  
すぐそばの相手に懇願する。祈るように頼み込む。  
サンダースは起き抜けのせいか、常に比べ腑抜けた顔をしていた。  
けれど意識を取り戻してはいるらしく、自分の名前を呼んだ者の顔をゆらりと見遣る。  
一度咳き込む。眉間の皺が一本だけ戻る。  
「…止める?」  
「そうアル、止めるヨロシ!早く、お願いネ!」  
「……了解した」  
「あやぁっ!?」  
頭を掴まれ、鎖骨の窪みに唇、次いで舌を差し入れられた。  
「な、に、しっ」  
「止めている」  
「止めてるんですよねぇ」  
生温かい感触に内包された人差し指、中指、薬指。  
窪みに溜まった何mlかのミルクティー。  
サンダースはそれを、ちゅるっ、と吸い取る。  
「ひぃやっ」  
眠りについている間に無理矢理流し込まれ、  
自分の口から溢れて顎や口の端に流れ出た液体を擦り付けるようにもする。  
それから、カイルがしたように、首筋を辿って上を目指す。  
垂れた液体の軌跡を追ってぬめぬめとざらざらと舌が動く。  
 
彼もまた、マジックペット専用ミルクティーをしこたま飲んでしまっていた。  
疲れた体に入れた酒は酔いを齎しやすいと聞く。  
運動後に疲労し切った身体だからこそ効き目が表れやすいのもあるだろうが、  
サンダース程の強靭・頑強な精神力の持ち主まで冒されるとは。  
 
「ああ…あ」  
恋愛から一歩身を引いたような姿勢でいたカイルが。  
色恋沙汰に毛の先ほど関心を向けそうにないサンダースが。  
奥手の塊と堅物の親玉のような二人が。  
一体全体どうして、こんな事をしているのだろう。  
線の細い男は女の手首から肘へ下りまた手首へと上り手指をなめ尽くすように念入りにしゃぶる。  
逞しい男は女の首元に吸い付き筋を伝い大きな手で顎を捕らえ唇から滴る紅茶を舐め取る。  
「…くぁふ」  
サンダースの太い親指がヤンヤンの柔らかい下唇を軽くめくると、彼女は自然と口を開く。  
彼女自身今まで吐いた覚えのないような熱い息が漏れる。  
なんて息を、吐いているのだろうか、自分という奴は。  
「小さい口だな、食事の効率が悪そうだ」  
「その分僕らよりたくさん味わえるんですよ。  
ねえ、ヤンヤンさん?  
いや、友達にさん付けなんておかしいな。  
ヤンヤン。ねえ?」  
 
「…ふぉ、友達同士でこんな事する、おかしいネ。  
変ヨ。変」  
「では我々は、変異的な友人同士ということで相違ないな」  
自身も副作用的なものに冒されつつありながら、未だ理性を手放さず頑なに反抗する彼女の言を  
サンダースは都合良く解釈して返す。  
「ヤンヤン、友情を確かめるなら、抱き付くのがいいって、言いましたね。  
おかしな友達同士は、どれくらいで、確かめ合えるんですか?  
そうだなあ、そうだ。これくらいかなあ」  
カイルは相変わらずにこにこしたまま独りごちるように言うと、  
片手に携えたままだったポットの中身を呷った。  
「あ、駄目アル、飲んじゃっ…ん、くう」  
力無い制止を紡ぐ唇を唇で塞ぎ、ミルクティーをダイレクトに流し込む。  
こぼさないように、隙間を作らないように角度を変えて口付けて、それでもこぼれる。  
「ああ、ああ、またですか。だらしないですよ」  
離れたカイルの唇は制服の胸元へ降りた。  
開いたままになっているヤンヤンの唇に、今度はサンダースが吸い付く。  
「ふぅ…んん…んく」  
行き来する液体を二人が嚥下する。  
歯列に染みたそれまで味わいたいのか、サンダースの舌がヤンヤンの口腔を侵し始める。  
(ワタシの…ファーストキス…セカンド…)  
熱に浮かされたように能率の悪くなった頭の中にぼんやりと、そんな言葉が浮かんだ。  
感傷に浸る間も無く、ミルクティーまみれになった制服のリボンを引き抜かれ、ボタンが外されていく。  
「や…駄目、アル、もう」  
ちょっとぎこちない仕草が元のカイルのようで、ヤンヤンの抵抗は益々弱々しくなる。  
くしゃっとなった頭を両手で押し返した。  
「…震えているのか」  
「サンダース?は、離すヨロシ」  
「怯えるな」  
サンダースが後ろから肩を抱くように、彼女の身体を拘束する。  
熱い吐息を吐くのはヤンヤンだけではない。  
胸元と首筋に、熱い息吹きがかかる。  
制服の前が開け、半袖パフスリープの上着をキャミソールとスカートの上から着ているような格好になる。  
「あーあ。キャミソール、ですか?ここまで垂れてますよ」  
「…カイル!それ以上何かしたらタダじゃおかないアル!」  
威勢はいいが上半身はサンダースに拘束され、正座を横に崩した体勢では蹴りも入れられない。  
「有料ですか?いやあ、参ったなぁ。  
生徒間のマジカ譲渡は基本的に禁則でしょう」  
「親爺か貴様は。  
これ以上は変異的友情の確認行為とは異なる。  
故に更なる行為に及べば、後程ヤンヤン自ら制裁を下すという宣告だろう」  
「そーアル!ひどいアルぞ!けちょんけちょんのギッタギタアル!」  
思わぬサンダースの助け舟に一気に頭を理性へ傾け、中止を促す。  
 

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