こんこん、という軽い音が、サンダースの目覚めの合図だった。
「・・まだ六時か」
ドアから鳴る音は、まだ続いている。
こんこん、こんこん。
「えぇい・・誰だ。入れ」
「おはよう、サンダース君」
「・・早いという時間では、あるが・・・」
部屋に入ってきたのが、教師・リディアであると確認したサンダースは、一瞬頬を緩めて、しかし眠気には勝てず、大あくびをする。
「ふふ、大きな欠伸ね」
「このような早朝に来られたのだ・・眠くもあろう」
「ごめんなさいね。今日のデートが楽しみで、居てもたってもいられなくて」
「毎週のことだろう・・。既に慣れていると思っていたのだが」
「本当に楽しみだもの。ねぇ、サンダース君?」
リディアの白く細長い指が、サンダースの首に回される。
何もいわないサンダースに、リディアは情熱的なキスを見舞って。
「今日はヴァレンタインだもの。いつも以上にいっぱい愛し合って、キスもして、デートだって思い切りに楽しみたいの。・・欲張りは嫌いかしら?」
「悪くはない。・・だが、はっきり好ましいとはいえんな」
大人そのものの体つき、アカデミーでも並ぶものは居ない(とサンダースが勝手に思っている)美麗な顔を持つリディアが、サンダースの恋人になった途端に化けたのは、もう数ヶ月も前のことである。
当初は淑女と呼んで差し支えなかったリディアが、徐々に甘えん坊になっていき。
「でも、仕方ないじゃない?ずっと隠して、かくしてだったもの」
「我々の関係上、内密にすべき関係ではあったからな」
「サンダース君がバラして、必死で認められるように頑張ってくれたのも、嬉しかったわ」
じれったい現状を打破する、とサンダースがクラスメイトや他の教師たちが居る前で関係を暴露したのは数ヶ月前。
もとより賢者の位にあるサンダースに大きな反論はなかったが、代わりに賢者となった当時から、更に高みを目指すことが大きな命題となっていた。
そんな苦境にあったからこそ、二人の絆は確固としたものに昇華して。
「まだデートには早いが。・・早朝の散歩などどうだ?」
「えぇ。一緒に行くわ」
寝巻き姿に上着とマフラーだけを着けて、サンダースとリディアは共に部屋を出る。
日の出のその瞬間が、まるで二人を祝福しているようで。
二人のヴァレンタインは、もう始まろうとしていた。