ゴールデンウィークの初日、サンダースはいつもと同じ午前七時に目を覚ました。  
カーテンを少しだけ捲って外を眺めて、晴天であることに満足そうに笑む。  
もっとも、サンダースが外に出てどうこうというわけではない。  
妙に馴れ馴れしいクラスメイト――ユリが他のクラスメイトたちと遊園地に行くのだと、嬉々として喋っていたからだ。  
自分は参加せずとも、参加する者たちのことを思いやれるようになっていることに自分では気付いていないのか、サンダースは優しげな微笑みを浮かべるだけで。  
 
「ふむ。今日はのんびりと買い物でもするか」  
 
小さく一人で呟いて。  
アカデミー周辺を散歩しようと思い立ち、着替え始めた。  
 
 
 
「あ、おはようございます、サンダースさん」  
「む。お早う。貴様も相当に早起きだな、リエル嬢」  
 
サンダースの正面から歩いてきた緑髪の美少女――リエルの挨拶に、サンダースは挨拶を返す。  
私服姿のリエルを見るのは数度目だが、成程可愛いという言葉が良く似合う容姿をしている。  
 
「サンダースさんは、ゴールデンウィークの予定は決まっているんですか?」  
「今日は買い物に行くつもりだが、後は知らん」  
「はぇ、じゃあ一つお願いがあるんですけど」  
「何だ、言ってみろ」  
 
このリエルと言う少女との付き合いは、彼女が購買に入っていた時期を含めると相当に長い。  
彼女が良識人であるだろうことは、サンダースにも分かっている。  
だから、無茶苦茶は言うはずがない――そう踏んでいた。  
 
「私も今日はお買い物に行くんですよ。だから、一緒に行きません?」  
「その程度か。構わんぞ、時間は好きに決めろ」  
「では、これから一緒に朝食はどうですか?ご飯を食べながら決めてもいいですよね?」  
「あぁ、良いぞ。では食堂に行くか」  
「はいっ♪」  
 
リエルが満面の笑みを浮かべて、サンダースの隣を歩き出す。  
今まででは考えられなかったことだが、サンダースは何の違和感も感じない。  
そう、長いアカデミーでの生活の中で、サンダースは変わり始めていた。  
己の自覚はないものの、心優しく穏やかな青年へと。  
何より、他人に慕われるような人間へと。  
 
「サンダースさんは、本当に優しいですねぇ」  
「優しくなどない。目的が同じなだけだろう」  
「それでも、ですよ」  
 
そして、リエルは気付いている。  
サンダースがアカデミーのクラスメイトや教師たちと触れ合うことで、少しずつ穏やかな人間に変わりつつあることを。  
自分がサンダースに惹かれつつある事も含めて、気付いている。  
 
「さぁ、早く朝ごはんを食べてお買い物に行きましょう!」  
「そうだな。今日ぐらいはゆっくりと街を回るか」  
「のんびりと歩いて行きましょうね?」  
「それもそうだな。せっかくの休みだ、満喫せねば勿体無いな」  
 
今はこうやって話して、一緒に買い物に行くだけの関係でもいいのだと、リエルは思っている。  
じっくりと仲を深めて、いつかは恋人同士と呼ばれるようになりたいけれど。  
急ぎはしない。まだ時間はたっぷりあるはずなのだから。  
 
そしてサンダースも気付いている。  
隣を歩く少女が、彼を他の誰よりも見ていることに。  
自分を変えうる可能性があるとしたら、この少女かもしれないと。  
だが、それを口に出しはしない。  
出してしまうと、この心地よい関係が終わる気がして。  
今はまだ、このアカデミーで穏やかなままでいたいと願うから。  
 
沈黙がふたりを包むが、不思議と険悪な雰囲気にはならない。  
むしろこうあることが自然な、そんな気になる。  
ふたりの波乱に満ちた黄金週間は、まだ始まりを告げたばかりだった。  
 
 
サンダースとリエルの買い物は、不気味な程に順調で平和に進んでいた。  
行きがけにリエルがクラスメイトにからかわれていたことが気に掛かってはいたが、それ以外は気にすることも無く、仲睦まじくすごしていた。  
 
「我輩が必要なものは、全て揃ったぞ」  
「あ、私もです。欲しいものは買っちゃいました」  
「そうか。ならそろそろ昼食にするか」  
「はいっ」  
 
サンダースはリエルの分の荷物も持ちながら、悠然と歩き出す。  
アカデミーでは怖いとか冷たそうだとか言われているが、そんなものは微塵も感じさせない姿に、リエルの心は何度も跳ね上がり、そしてときめいた。  
アロエやユウに慕われている理由がそれとなく分かった気がして、うれしくて。  
 
「昼食は何にするのだ?簡素なものならば我輩が払おう」  
「え、いいんですか?」  
「買い物に付き合わせた礼だ。・・極端に高いものは自腹を切ってもらうぞ」  
「んーと、じゃあスパゲッティがいいです」  
「そうか。・・・良し、行くぞ」  
 
街中をきょろきょろと見ながら歩く姿が、どこと無く可愛く思えたり。  
わざわざ歩幅を自分に合わせてくれる気遣いにほうっとしたり。  
たった半日一緒にいるだけなのに、こんなにも新しいサンダースの姿を見ている自分は、幸運なのだろうかなんて考えながら、リエルは笑う。  
 
「そういえば、だが」  
「どうかしました?」  
 
不意にサンダースがリエルに顔を向けて、リエルはそれに笑顔で答える。  
 
「リエル嬢、お前には想い人などはいるのか?」  
「・・好きな人、ですか?」  
 
歩くことを止めず、しかしリエルは聞き返す。  
サンダースは顔をしかめて頷いて。  
 
「そうだ。・・どうにも、前々からお前といると心地よかったりするのでな」  
「っ!!」  
 
サンダースの不意打ちみたいな言葉に、リエルの顔は茹蛸の如く染まる。  
 
「リエル嬢に想い人がいるのならば身を引くが、いないのならば・・・時折、こうやって一緒に買い物に出たり同室で語り合ったりしたいのだ。・・・どうした?」  
「な、何でもないですっ!・・私で良ければ、何でもお付き合いしますよ?」  
「そうか!それはありがたいな!」  
 
カラカラと笑うサンダースを横目に、リエルの心臓は激しく高鳴っている。  
そして、リエルは理解した。  
このままでは、サンダースと自分は永劫結ばれはしないのだと。  
関係が破綻するやも知れないけれども、勇気を出して告白しようと。  
満足そうに微笑むサンダースと、その隣で決心を固めるリエルとのゴールデンウィーク初日は、まだまだ終わりそうに無かった。  
 
 

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