第2章  
 
 ユウの一件から一晩経ち、学内では何事も無かったかのように一日が始まろうとしていた。  
ただ、三人の「当事者」を除いては。  
 寮内の最も東端、普段使われることのないその部屋には、例ならず二人の少女がいた。マラリヤ  
とユリである。彼女らはあの事件の発覚後、この部屋に閉じ込められていた。簡素なベッドと棚  
しかない六畳ほどの部屋の中には、奇妙な空気が漂っていた。マラリヤはベッドに腰掛け、ユリは  
カーペットを敷いた床に直接座っていたが、二人の間には言い表せない微妙な距離感があり、それが  
二人の間に言葉が交わされることを妨げた。もちろん部屋のドアには鍵がかかっており、出ることは  
叶わない。二人はそうしてしばらく、ただ座っていた。  
 不意に、部屋内の緊張を破る一言が発せられた。  
「……ねえ」  
「……なに」  
「あたしたち、どうしてここにいるんだろ」  
「……さあ」  
 そんな短い会話がなされた後、再び部屋は静まり返った。あまりの音の無さに、逆に耳鳴りのような  
ものまで感じる静けさ。そのうちに、昼休みになったのだろう、遠くから他の生徒達の喧騒が聞こえ  
始めた。ユリは自らに問うた。自分はあの晩、一体何をしていたのだろうか。どうして今ここに閉じ  
込められているのか。――答えはついに出なかった。いや、出したくなかったのである。確かにあの晩、  
ユウに対して卑猥な行為に及んだことは自覚しているが、それは自分ではなく、何か他の意思によって  
行われたものではないかと思った。そう信じたかった。  
 マラリヤは、相変わらず無表情のままだった。  
 それからどれほどの時間が経っただろうか。突然、部屋のドアをノックする音が聞こえた。ややあって、  
チャリチャリと鍵束らしき金属音が聞こえ、それはドアの鍵を開けた。ほどなくしてドアは開き、二人の  
視界の隅に人影が立った。ゆっくりと顔を上げるユリ。立っていたのは、エリーザだった。  
「……先生」ユリが呟くように言う。  
「どう、二人とも。少しは落ち着いてきた?」大人びた優しい声が尋ねる。  
「あ、はい。まあ、……」ユリは、どうにも状況を飲み込めない様子でとりあえず返事をする。  
 無言のマラリヤ。二人の反応を確認し、エリーザは意味ありげに頷いてから、ユリに話しかけた。  
「ねえ、あなた、どうして今ここにいるか分かる?」  
「……あたし、おとといの晩ユウ君に……」そこまで言いかけて、顔を赤らめて黙り込んでしまった。  
「それだけ分かっているなら、十分ね。他には?」  
「……いえ、何も」  
「そう、分かったわ。あなたはもう、自分の部屋に戻りなさい」  
「え?」  
「部屋に戻って、ゆっくり休みなさい。それから、ユウ君の件はできるだけ気にしないようにしなさい。  
あなたのせいではないから。わかった?」  
「そんなこと急に言われたって、先生……」不思議とユリの目は潤んでいた。  
「詳しいことは明日話します。とにかく今日は部屋に戻って早く寝なさい」少し強めの口調でそう言うと、  
はい、わかりましたと弱弱しい返事をして、ユリはとぼとぼと廊下を去っていった。  
 部屋には、エリーザとマラリヤが残された。ユリが廊下の角を曲がるのを確認した後、その女教師は  
後ろ手にドアを閉めつつ、紫の少女を一瞥した。  
「で、マラリヤさん」先ほどより強くハッキリとした口調で言った。  
「……なんですか」抑揚の無い口調は答える。  
「あなた、どうして今ここにいるか分かる?」先ほどと同じ質問。  
「……わかってます」  
「じゃあ、言いなさい。どうして?」  
「……」  
 長い沈黙の後、少女はぽつりぽつりと話し始めた。その概要はこうだ。  
 
事件があった前の日の晩、彼女はいつものように自室に篭って怪しげな薬を調合していた。やがて  
出来上がった薬は、いわゆる媚薬の類だった。しかも今度のは、飲んだ者が誰かに性的なことをしたくなる  
という、本人曰く「攻めのクスリ」だったという。次の日――事件があった日の夕方、マラリヤは例の薬を  
持ってユリの部屋を訪れた。(もっとも何故ユリを被験者にしたかについては、語らなかったのだが。)  
「おいしくてよく効く栄養ドリンクを作ったんだけど、試してみる気ない?」そう尋ねたという。ユリは  
喜んでその提案に乗った。「リ○Dの瓶に入れたのと、栄養ドリンクっぽい味に」したというその液体は、  
何の問題も無くユリの喉を通り抜けて行った。「おいしいね、これ」それが彼女の感想だったという。  
 うまいものをくれたお礼にと、ユリはお菓子などを出してマラリヤと雑談に興じた。マラリヤにとって、  
それは「反応が観察しやすいから」好都合なことであった。しばらくユリのいつも通りのハイテンションに  
付き合っていると、早速変化が現れた。  
「なんだか暑くない?体がほてってきちゃった」マラリヤは思いのほか早く初期反応が出始めたのに少し  
驚いたが、経過をじっくり観察するチャンスだと思った。しかしまさかの時のために、興奮を鎮める薬も  
用意しておこうと、マラリヤは急ぎ自室へ向かった。そして目的の薬が入っている棚を開けた。この棚は  
高さがそれほど無いので、マラリヤは普段から棚の上を机代わりにしていた。勢いよく開けたせいで、棚の  
下のキャスターが動く。その時ふと思い出した。さっき調合したばかりのあの媚薬を、この棚の上に置いて  
いたことを。まずい、こぼれる、と顔を見上げた。  
「……あとは、よく覚えてないです」  
「事故だったというわけね」その問いかけに少女はこくんと頷く。しかし、それなら仕方ないわね、で  
済まされる問題ではない。  
「いくら事故とはいえ、これは完全にあなたの責任よ。そもそもね、怪しい薬を作っておいて、クラス  
メートを実験台にするというのはどういうこと?」  
「……すみません、反省してます」  
「反省してます、だけでは許されないわね」  
「……はい……」  
「おしおきです」  
 その言葉を聞いてすこしビクっとするマラリヤであったが、いくらかは覚悟していたのだろう、  
「はい」と素直な言葉を返した。  
「そう、素直でよろしい。ではまず、下を脱ぎなさい」  
「はい」と小さく答えたマラリヤは、ベッドの陰で脱ごうとする。  
「あら、そこではダメよ。ちゃんとここにきて、私の目の前で脱ぎなさい」  
「えっ……」  
「分かったら返事!」  
「はい……」  
 マラリヤはおずおずとエリーザの目の前に出てきて、下を脱ぎ始めた。普段見せることの無い、羞恥に  
満ちた赤ら顔は、それが彼女にとってどれほどの辱めであるかを如実に表していた。  
「先生、脱ぎました」  
「よろしい。……あら、かわいいぱんつだこと」  
 少女は無言のまま、うつむいてさらに赤くなった。エリーザは少しいたずらっぽい目で続ける。  
「……次に、その場に四つんばいになりなさい。もちろんお尻はこっちに向けるのよ」  
 何も言わず、恥ずかしそうに言われた姿勢をとった。すると再びエリーザが口を出す。  
「ダメ。やり直し」  
「なんでですか……?」  
「指示を聞いたら、返事をすること。いいわね」  
「……はい」  
「声が小さいわね」  
「……はいっ!」普段あまり出さない大きな声を出したため、少し返事は上ずってしまう。それが彼女の  
羞恥心をいっそう強める。  
「よろしい。ではさっき返事をしなかった罰として、腕立て伏せを十回やりなさい」  
「……はいっ」  
「返事が小さい!百回にしますよ!」  
「はいっ!」  
 普段ほとんど運動をしない彼女にとって、腕立て伏せ十回はあまりに辛かった。やっとの思いでやり  
終えた時には、息は上がり、汗もにじみ出ていた。  
「よくできました。では、先ほどの続きよ」まだおしおきはこれからだった。  
「はいっ!」と返事をしてから、マラリヤは再び四つんばいの格好をとる。  
「お尻叩き二十回。ただし、一回叩かれるごとに『ごめんなさい』と大きな声で言うこと」  
「はいっ!」  
「ではいきますよ。一!」  
 気を溜め込んだエリーザの手から、強烈なビンタが繰り出される。マラリヤの表情は苦痛に歪む。  
 
「……ごめんなさいっ!」  
「二!」  
「ごめんなさいっ!」  
「三!」  
「いっ……ごめんなさいっ!」  
「ダメね。今『痛い』っていいかけたでしょ」  
「はい……すみませんでした」  
「腕立て伏せのところからやり直し」  
「えっ、また……」そう言いかけて、エリーザの鋭い視線に気付く。  
「はいっ!」そして再び、下半身裸の状態で腕立て伏せ十回を行った。  
「はぁ……はぁ……先生、終わりました……」  
「よろしい。早く四つんばいになりなさい」  
「はいっ!」  
 そして二回目のお尻叩き。  
「一!」  
「ごめんなさいっ」  
「疲れたの?声が小さいわよ!二!」  
「はいっ!ごめんなさいっ!」  
「三!」  
「ごめんなさいっ!」  
 
 *  
 
「十九!」  
「……ごめんなさいっ!」  
「二十!」  
「……ごめん、なさいっ……!」  
 既に彼女の華奢な尻は真っ赤になり、二十回終わってなお後をひく痛みのせいで、顔には苦悶の  
表情を浮かべていた。  
「はい、これでお尻叩きは終わりです。下を履きなさい」  
「はいっ」ようやく苦痛から開放されてほっとしながら、マラリヤは下着を履いた。  
「そうねえ、次は……」その言葉を聞いたマラリヤに戦慄が走る。おしおきはまだ終わっていなかった。  
「あの、先生……」  
「付いてきなさい」  
「あ……はいっ」  
 言われるがままエリーザに付いて行くと、女子トイレのドアの前でエリーザは立ち止まった。  
「先生、ここって……」  
「中に入って、全部脱ぎなさい」  
「えっ……」  
「返事は?」「はいっ!」もう従うしかなかった。エリーザは廊下に出て待った。ややあって、トイレ  
のドアが少しだけ開き、中から恥ずかしそうに紫髪の少女が顔だけのぞかせた。  
「あの……先生、脱ぎました……」  
 エリーザはよろしい、とだけ言って自らもトイレに入った。そして次のおしおきの内容を告げた。  
「ここのトイレをピカピカになるまで一生懸命掃除しなさい」  
「えっ、裸で、ですか……?」  
「そう。裸で行うことで、心を清めるの」  
「でも、誰かに見られたら……」  
「外に『清掃中』の札を出しておくから大丈夫です。それに、ここは離れた場所にあるから」  
「でも、先生……」  
「つべこべ言う前に返事!お尻叩きからやり直しにしますよ!」  
「は、はいっ!」  
 まだ赤いしりにじんわりくる痛みに耐えつつ、マラリヤはまだ幼さが残る女性の体を露にして、  
トイレ清掃を開始した。普段滅多に使われないからだろうか、掃除はほとんど行われていない様子で、  
あちこちにこびりついた古い汚れに苦戦した。  
 長い時間が経った。いつしかマラリヤは裸でいることの羞恥をも忘れ、ただトイレ掃除に没頭して  
いた。一番奥の便器を磨き終え、入り口でずっと見ていたエリーザに言った。  
「先生、終わりました」  
「ちゃんと綺麗になりましたか」  
 
「はい」  
「最後に、便器を舐めてごらんなさい」  
「えっ……」更に恥ずかしい指示を与えられ、マラリヤはまた躊躇ってしまう。  
「自分で綺麗にしたと自信が持てるなら、舐めてごらんなさい」  
「……はいっ……」少女は裸のまま、一番手前の個室に入った。エリーザもそれに続き、個室の一歩  
外からマラリヤの行動を見た。  
 先ほどまで素手で掃除していた便器だが、それに顔を付けるとなると話は違う。マラリヤはしばらく  
便器を見つめた。  
「あの、先生」  
「何ですか」  
「やっぱり、内側でないとだめですか」  
「もちろんです。早くやってしまいなさい」  
「……はいっ」  
 意を決したように返事すると、マラリヤは便器の内側に顔を近づけ、少しだけ舌を出した。陶器の  
ひんやりとした感触が舌に伝わる。マラリヤは顔を上げた。  
「はい、結構。よくできました」後ろからエリーザの声がした。声は続けて言う。  
「これでおしおきは終わりです。これに懲りて、二度とあのような真似をしないこと」  
「……はいっ」  
「私は今から、ユリさんに事の顛末を伝えに行きます。今日は部屋に戻って休みなさい」  
「はいっ、ありがとうございました」  
 マラリヤはトイレの入り口に畳んであった衣服を再び身にまとい、自室へ戻った。  
 
第2章 〜完〜  
 

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