サンダースがリディアに呼び出されたのは、初夏の風がそよぐ六月も半ばのことだった。  
サンダースは素行も気を付けているし、多少傲慢の気はあるものの真面目に勉学に励んでいたのに、何故か。  
その理由は、簡単なことだった。  
 
 
『ねぇサンダース君、ルキアちゃんの勉強を見てあげてほしいんだけど』  
『・・何かと思えば、いったいどうしたのだ』  
『うーんとね、話せば長いんだけど・・・ルキアちゃんとユリちゃん、それにレオン君とタイガ君が成績不振なのよ。このままじゃあ階級を下げられたり、最悪退学になっちゃうかもしれないの。だけど、立場上この子達だけを優先したり、特別扱いは出来ないでしょう?』  
『カイルやクララがいるだろう。アロエやシャロンとて我輩よりも成績は良いはずだ』  
『えぇ。だから、カイル君にはレオン君を見てもらうことになったし、クララちゃんはユリちゃんを見てもらうの。タイガ君はラスク君とアロエちゃんに。だけど、シャロンちゃんはセリオス君と一緒にいるほうがいいからって断られちゃって』  
『・・・・・・・・・』  
『サンダース君なら教えられるでしょう?』  
『教えは出来る。だが、奴等の日頃の不勉強が祟っているだけではないか?』  
『それは間違いないわね』  
『ならばそれは自業自得。我輩が手伝う理由も意味もない』  
『本当に駄目かしら?』  
『・・・・・リディア教官よ、世間一般ではそういうことを脅迫と言うのだ』  
『あら?受けてくれるの?』  
『・・・仕方あるまい。だが、奴がどうなろうと我輩は責任を負わんぞ』  
『きゃー!ありがとうサンダース君!』  
 
 
あのときのことを思い出すと、今でもサンダースは苦い顔になる。  
笑顔で数本の魔法の矢にて自分を撃たんと構えていたリディアは、間違いなく普段の穏やかな教師と同一人物で。  
また、今サンダースの眼前にて必死に本を読む赤髪の少女――ルキアも、最初は嫌がっていたものだが、一週間もすれば慣れてくるのだろう。  
今は授業が終わり、夕食を終えると嬉々としてサンダースの部屋に来るようになっていた。  
ルキアの成績も、うなぎ登りとは行かないまでも伸び傾向にあるため、彼女も嬉しいのだろう。  
 
サンダースがふと時計を見ると、針はちょうど90℃になっており。  
短針が9を指しているのをみて、そろそろルキアが来る頃か、などと思っていたら。  
 
コンコン、と軽いノック音の後、サンダースが返事をする前にドアが開く。  
 
「来たか。よし、はじめ・・・・」  
「えへへ、どうかな?」  
「・・・・・・貴様は、何を考えている」  
 
サンダースは目を見開く。  
部屋に入ってきたルキアは、ネグリジェ姿で教材を持っていた。  
 
「えっとね、今日は保健体育の勉強って言ってたでしょ?」  
「あぁ、確かに昨夜言ったな。・・まぁ、座れ」  
「うんっ」  
 
サンダースはベッドに腰掛けたまま、ルキアを座らせる。  
ルキアは机の上に教材を置くと、恥ずかしそうな顔のままサンダースのほうを向く。  
 
「で、どうした。何故そんな格好で来たのだ」  
「ユリとタイガとレオンがね?保健体育ならこの格好で行かないと駄目だーって」  
「・・あの馬鹿共」  
「最初は痛いけど、すぐに気持ちよくなれるし、幸せだぞーって言ってて」  
「ちょっと待て」  
 
ルキアはネグリジェの胸の部分を窮屈そうにしている。  
そもそも今しがたルキアが名を挙げた三人は、ルキア以外の馬鹿四天王(普段の生活的な意味で)三人ではないか。  
 
「で、シャロンが、ならこれを着ていきなさいって渡されたんだけど・・」  
「あぁ、成程。それで胸が窮屈そうなのか」  
「押さえつけられる感じがしてキツイかなー、なんて」  
「なら別の服に着替えて来い」  
 
呆れ顔で、サンダースはルキアに言い放つ。  
が、ルキアはぐぐーっとサンダースに詰め寄り。  
 
「じゃあサンダースはどんな服がいい?」  
「・・私服でいいだろう?」  
「私服でエッチするの?」  
「何故そっちに行く!?」  
「だって、保健体育でしょ?サンダースになら、何されてもいいよ?」  
 
ルキアの裸体が透けて見えるほどに、二人の距離が近付く。  
少女の乱れた吐息を聞いた瞬間、サンダースは自分の理性の糸が切れかけていることに気付いた。  
 
蕩ける様なルキアの色気にあてられながら、しかしサンダースは自我をしっかりと保つ。  
眼前の少女の肢体は、成年した女性のそれと比べても十分に育っている。  
だが。  
 
「確かに保健体育の勉強をするとは言った。言ったが、性教育とは言っておらんぞ」  
「えー、エッチなことしないの?」  
「大体!そういうことは、真に愛し合う男女が絆を得るべくして行うことだ!」  
「・・じゃあ、サンダースは私のこと、好きじゃないの?」  
「嫌いではない。しかしだ、まず必要最低限の通過儀礼も行わずに愛し合うなど、ありえん」  
「・・・・・・・えいっ♪」  
 
可愛らしい声と同時に、ルキアは小さかったネグリジェを脱ぎ捨てる。  
次の瞬間、サンダースの眼前には、うっすらと桃色に染まったルキアの柔肌と、そして一際目を引く胸が曝け出されて。  
 
「き、貴様っ!!?」  
「貴様じゃだーめ、ルキアって呼ばないとダメだよー?」  
「そうではない!婦女子が何を考えている!?」  
「・・・エッチなこと?」  
「ぬあーっ!」  
 
どうやら精神的にクるものがあったらしい。  
サンダースは咆哮を一つあげて、ルキアをベッドに押し倒す。  
 
「いい加減にしろ!誰にでもそういう思わせぶりな態度を取るのか!?」  
「ううん、・・・・サンダースだけに、だよ?」  
「では何故我輩なのだ!?」  
「・・・・・気がついたら、気になるようになってたんだもん」  
「む」  
「それに、サンダースって優しいんだもん。一緒にいたら、変な気分になっちゃうんだもん」  
「・・・・そうか。怒鳴って悪かったな。だが、女がそうそう裸を晒すな」  
 
ぽんぽんとルキアの頭に手をやりながら、サンダースは苦笑する。  
それが子ども扱いされているようで、ルキアは頬を膨らませて。  
 
「私はサンダースにしかこんなことしないんだからね?」  
「ならば、せめて順序を踏んでからにするべきだ」  
「・・・じゃあ、最初にキス?」  
「違うわぁっ!まず愛の告白!そして交換日記!二人でデートに行って、愛を確かめ合ってから行為に至るのだろう!」  
 
どう考えても時代遅れなことを熱弁するサンダースに、しかしルキアは優しげな眼差しを送る。  
 
「それじゃ時間がかかりすぎちゃうよ?」  
「だが、恋愛とはこういうものだとマロン教官に言われたが・・・」  
「んもう、そんなの鵜呑みにしちゃダメだってば、ね?」  
 
ルキアの甘い吐息が、サンダースの心をかき乱す。  
ともすれば即座に押し倒したいと、サンダースの本能は訴える。  
 
だが、サンダースはそれを律している。  
 
それはきっと、彼の中での折り合い。  
易々と女を抱くような男でありたくないという意地なのだろうか。  
 
「我輩は、そう簡単に陥落したりはせんぞ・・・!」  
「・・・私ってそんなに魅力ないかなぁ?」  
「魅力的ではある。・・だが、あっさりと屈するのも悔しいのでな」  
「・・・・・うん、やっぱりサンダースは格好いいよっ」  
 
嬉しそうににサンダースに密着するルキア。  
アカデミーでも一部の教師を凌ぐほどの爆乳が存在を主張するかのように、ぶるんと揺れる。  
 
「ずっと前から、好きだったんだからね?」  
「ずっと前?いつからだ?」  
「私が、レクリエーションのときに迷っててね。サンダースは覚えてないだろうけど、助けに来てくれて、背負ってくれて。・・すごく不安で寂しかったときに、優しくされて、守られて、幸せだったんだよ?」  
「・・・残念だな、覚えている。我輩の背中で寝てしまっていたな、ルキアは」  
「!」  
 
ルキアの顔に、満面の笑みが浮かぶ。  
それはきっと、自分の大切な思い出が、想いが、共有されていたことを知ったから。  
 
「だが、それならそうと早く言え。・・・でなければ、何かしらの悪意あるものと邪推してしまうではないか」  
「だって、恥ずかしかったし、それに・・・」  
 
それを忘れていると言われたら。  
それをただの気紛れと断じられたら。  
自分の想いは行き場を失ってしまうから。  
――そう、ルキアは自分の想いの行き場を失うのが、怖かった。  
 
「サンダースって、時々私のほうをじいっと見てるでしょ?」  
「確かにみているな。お前は見ていて危なっかしい」  
「ユリやミランダ先生が、『サンダースはルキアのおっぱいが大好きなんだよ』って言ってて」  
「・・・・・殺す。一片もこの世界に残さんぞ、教官といえども無礼には相応の報いを与えねば」  
「で、こうやって誘惑したらホイホイと、ってレオンとタイガが言ってたの」  
「奴らもか」  
 
どうにも自分は誤解されやすいらしい、とサンダースは頭を抱える。  
しかし、そんなサンダースにルキアは問いかける。  
 
「サンダース、私はちゃんと告白したよ?ね、今度はサンダースが答えてくれる番だよね?」  
「貴様の、ルキアの想いに応えることは吝かではない」  
 
照れきったような顔で、サンダースは敢えて難しい答え方をする。  
ルキアは意味を理解できず、少しだけ悩んで。  
――サンダースの紅潮した顔色と表情で、自分の想いが届いたことを理解した。  
 
サンダースが改造制服を脱ぐと、傷だらけの筋肉質な体が姿を見せる。  
ルキアはサンダースの依頼を解決した際に貰ったメダルに、彼の過去を見せられていたため、理由は知っていたが。  
 
「流石に銃痕や刀傷などは見慣れぬか」  
「ううん、サンダースにメダルを貰ったときに見せてもらったから、理由は知ってるし、大丈夫だよ」  
 
ルキアはベッドに横たわったまま、生肌を晒し続ける。  
サンダースのベッドに寝転んでいると、サンダースの匂いに包まれる気がして、ルキアはニヤニヤとした顔が止まらない。  
恋人になると、明確に伝え合ったわけではない。  
だが、唇同士を触れ合わせてくれたことは、その言葉よりもはっきりとサンダースの想いを伝えてくれたようで。  
 
「どうした、ニヤニヤして」  
「ううん、幸せだなぁって思っちゃってさ」  
「幸せかは知らんがな。よもや告白されたその日に迫られるとは思わなかったぞ」  
「う・・・」  
 
勢いに任せた言動を、ルキアは思い出す。  
想いが伝わったことが何より嬉しくて、何も考えずに喋っていた自分が、今は恨めしい。  
 
「サンダースは、そういうの・・・嫌い?」  
「さてな。だが我輩は性交渉は本で読んだ知識ぐらいしか知らんぞ?」  
「それなら大丈夫!私もあんまり知らないから!」  
「威張ることではない。・・しかし、何故か安心できるな」  
 
衣服を脱ぎ終えたサンダースが、ベッドに横になっているルキアに顔を寄せる。  
ルキアは恥ずかしそうにしながらも、すぐにサンダースに甘えるように抱きついて。  
 
 
そしてサンダースは、そんな彼女を優しく抱き返した。  
 
サンダースとルキアは、全裸で寄り添いながら時を過ごしていた。  
 
・・というのも、互いの知識がちぐはぐで、このまま無謀に無思慮に初体験に及ぶよりは、しっかりと知識を得てから結ばれたほうが互いのためだと判断したためだ。  
とはいえ、互いに全裸にまでなって、何もしなかったわけではない。  
ルキアは口と胸を使ってサンダースに奉仕し、むせ返るほど濃厚で、かつ火傷しそうなほど熱い精液を胸や顔、口に出されたし、サンダースも愛撫とクンニリングスのみでルキアを絶頂に導いている。  
互いに相手の体液でぐじゅぐじゅの体を重ね、抱きしめあったときの妙な気持ちよさが、今もルキアの中では後を引いていたりもする。  
 
「ねーぇ、またあんなことしようよ、ね?」  
「それはルキア次第だ。付き合い始めたことで成績が落ちては本末転倒だからな」  
「じゃあ、ちゃんと頑張るからさ!ね?ね?」  
「ならば、まず勉強をしっかりとするぞ。その上でなら、してもいいな」  
「・・・うんっ♪」  
「こら、引っ付くな。・・全く」  
 
苦笑しながらも、猫のように甘えるルキアの髪を撫で、そっと抱き寄せる。  
 
「体中が汚れているな。・・・シャワーを浴びるか」  
「それじゃ、いっしょに行こ♪」  
「うむ」  
 
囁く声さえもが、サンダースの胸に染み入る。  
自身はどうしようもなく甘いのだな、とサンダースはそう思って。  
 
「・・では、行くぞ」  
「うんっ」  
 
先ほど脱いだ衣類を着なおし、着替えを用意して、二人はシャワールームへと向かう。  
この後、二人はシャワールームで初体験を終え、そのことからとある事件になってしまうのだが、それはまだ誰も知らなかった。  
 

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