ああ―――なんて辛いんだろう。  
気付いた時にはもうアナタの虜だったのに。  
アナタは、私の手が届く場所にいない――。  
これが、恋―――。  
 
 
「・・シャロン?」  
「ひゃあっ!?な、な、何がありましたの!?」  
「もうお昼休みだよ?」  
 
ルキアとアロエがシャロンを怪訝な目で見る。  
どうやら自習時間からぼうっとしていたらしく、時計は既に正午を差している。シャロンはまたかと自己嫌悪に陥りそうになる。  
クラスメイトの一人、サンダースが国王(サンダース曰く親友)に呼び出されてアカデミーを出て数日、シャロンは何とも言えない空白感を感じていた。  
 
国王の使い曰く、サンダースは若くも軍人として地位があり、昨今では珍しい自分への厳しさも併せ持つため、求婚がいくらかあったらしい。  
一時は若輩の身と断っていたサンダースも、無事に賢者になり非の打ちどころがなくなったため、溜った見合いの話を聞きに言ったらしい。  
 
昼飯の最中もシャロンは虚ろな目のまま、溜め息だけを量産している。  
いかな名湯とて恋の病は直せぬというが、今のシャロンは世界中の名医、それこそブラッ○ジャッ○を呼んで来ても治せないだろう。  
 
ラーメンをすすっていたタイガが、不意に口を開いた。  
 
「サンダースはどないしとんやろな?今頃ハーレムでうはうはぐはぁっ!?」  
 
タイガのセリフの途中で、彼の腹にユリの蹴りが刺さった。  
ユリたちが不安げにシャロンの方を見ると、まぁ案の定彼女は目に涙を浮かべていた。  
サンダースが他の誰かと一緒にいるのも辛いのに、いうに事欠いてハーレムなんてことになれば・・・。  
 
あまりに酷い未来を考えてしまったのか、シャロンはついに声をあげて泣き出してしまう。  
シャロンの脳裏を駆けるのは、どうしてもサンダースに対して素直になれずについつい強い態度に出てしまう自分。  
そしてそんな自分をそれでも優しく見守ってくれているサンダースの柔らかな瞳だった。  
 
「・・何を泣いている」  
 
食堂の入り口から、低い声がした。  
 
「何を泣いているのだ。嫌いなものも残さず食べねばならないのか?」  
 
ぺたんぺたんとスリッパが音をたてる。  
声の主が、シャロンの後ろに立った。  
 
「泣くな。泣きたい時は胸を貸すと言っただろう。・・・それほど私は頼りにならないか?」  
「・・・いえ。私の想い人はもう誰かのモノになってしまったんじゃないかと思いましたのに」  
「ほう、それはまた・・・・下らん理由だな」  
 
おい、とレオンが声をかけようとするが、マラリヤが即座にそれをカット。  
タイガとレオン、マラリヤを除いた生徒たちが見守るなか、声の主はシャロンの頭をぽんぽんと叩く。  
 
「全く。かように弱いとはな。本気で欲しければ奪えばいいではないか」  
「・・・貴方、言いたい放題ですわね?」  
「フン。泣いて強がるしか能のないモノには丁度いい」  
「・・・・」  
「ぐうの音も出ないか」  
「ぐう」  
「・・・・・・」  
「ぐうの音ぐらいは出ましたわよ」  
 
フフン、と得意気に笑うシャロンに、声の主は呆れたような顔をして・・やがてこらえられなくなったのか笑ってしまう。  
 
「それでこそ君だ」  
「うるさいですわ。・・・お帰りなさい、サンダースさん」  
 
 
その後。  
サンダースは教員達に軽く挨拶をしたあと、疲れたからと部屋に戻り休みを取った。  
夕食にも顔を出さずに眠っているだろうサンダースが気になって仕方がないシャロンは、夕食後に数個のパンとスープをトレイに載せて彼の部屋を訪れた。  
 
コンコン。コンコン。  
 
ノックを軽く四回。  
反応がない。  
 
コンコン。コンコン。  
 
もう四回。  
やっぱり反応がない。  
 
「・・・悪くはありませんわよね」  
 
誰ともなしに呟いたシャロンは、トレイを片手に持ち直してサンダースの部屋のドアノブを引いた。  
ドアノブはきぃっと音を立てて容易く開く。  
 
「・・不用心・・・ですわよ?」  
 
綺麗に整頓されている机上にトレイを置いて、眠るサンダースを覗きこむ。  
 
武骨な顔。  
カッコいいなんて一概には言えないが、それでも彼の強さは様々な経験を経てきたという自信に裏打ちされているはずだ。  
自分はどうだ?  
裕福な両親の元、何不自由なく・・それこそ幸せと言える日々を過ごしていたのだろう。  
それにくらべて、彼は軍に入りいつもギリギリの綱渡りをするような日々を送ったのだろう。  
 
「私がアナタを想うなど・・・・滑稽でしょうが、許される訳がないのでしょうが・・・それでも」  
 
 
彼が聞けば、鼻で笑われそうな淡くて小さな想いだけれど。  
シャロンの正真正銘の初恋なのだ・・・叶ってほしいには違いない。  
 
 
シャロンは穏やかな想いのまま自室に帰る。  
サンダースがいないときは不安で仕方なかったのに、少し彼の顔を見ただけでこんなに落ち着ける。  
 
憧れたのは、間違いなく彼の『強さ』だった。  
弱いものを守るため、苦しむものを救うために賢者を目指していたサンダースは、脇目も振らずに駆け抜けていった。  
果たして自分には彼のように自信を持って言える理由があって賢者を目指していたのだろうか、と聞かれれば、疑問だ。  
だからこそ確固とした目標を持つサンダースが眩しく、羨ましく、やがて憧れだしたのだ。  
その憧れが恋に変わるのはすぐだった。  
しかし、叶うわけがないと悲観するのはやめにしたかった。  
 
「・・ダメで元々なのですもの・・・当たって砕けますわ!」  
 
どうやらネガティブな思考から抜け出せたらしい。  
シャロンは再度サンダースの部屋に向かった。  
 

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