季節は正月をとうに過ぎ、乙女が恋心を暴露出来る数少ない行事、つまりバレンタインを間近に控えていた。
製菓会社の陰謀であるのは否めないが、しかし男女ともに楽しみなイベントではあるし、まぁ当然マジックアカデミーにもその影響はある。
少女達が、お菓子作りを必死になって学んでいるのだ。
レシピや教本を読みながら、家庭科室を甘い空気でいっぱいにして。
男は男で好きな少女、もしくは仲のよい娘から貰えるかでじっとしていられなかったり、興奮を隠すために運動に興じたり。
とにもかくにも、バレンタイン前の休日は悲喜こもごもの様子だったらしい。
さて、そんな世俗のイベントとは真逆にいる軍人・サンダースと言えば、段ボールにこれでもかとばかりに詰めて贈られたチョコの山に心底泣きそうになっていた。
というのも、サンダースは甘いものが余り好きではなかったりする。
しかし軍人の中でも比較的階級が高いうえに王宮に務めるサンダースには知り合いの女性が多い。
向こうにいたなら口で断りも出来たが、王からの頼みでマジックアカデミーに来ているために断ることも出来ない。
送り返そうにも王女のモノが混じっている恐れがある。
下手をすれば軍人失格どころの騒ではすまない。
「・・・どうする」
この世に産まれて十数年、サンダースは久方ぶりに本気で悩んだ。
「やったぁ、出来たぁ♪」
家庭科室にアロエの声が響いた。
見てくれからして幼いアロエは、固まったチョコを見てふにふにの頬を赤く染めた。
少女が悪戦苦闘しながらも作り上げた、愛情たっぷりのチョコ。
人付き合いが苦手で、無愛想で、甘いものが苦手で、優しい軍人のためのチョコ。
「へぇ、結構良い出来じゃない?」
「アロエさんはラッピングして終りね」
「うん、うんっ♪」
ユリとクララに誉められて有頂天になったのか、アロエは足元も気にせずに歩き出して。
「あっ・・・!」
ちょっとしたコードに足を取られて、躓いて。
手にしていたチョコを不意に手放してしまい、アロエの転倒と同時にチョコも砕けてしまった。
「あ・・・あ・・」
アロエの眼にくだけ散ったチョコの破片が見える。
学園に少女の悲痛な叫びが響き渡った。
「で、チョコを落として泣いていたのか」
「だってすっごく美味しく出来てたんだよ?」
「そうか、それは残念だな」
夜。
夕食を終えたサンダースとアロエはサンダースの部屋で話をしていた。
まだ涙目になるアロエを慰めるサンダースは、苦笑いを浮かべたままで。
「ふむ。だが君のその気持ちだけで充分に嬉しいぞ?」
「お兄ちゃん・・アロエのこと、許してくれる?」
「当然だろう。もう泣きやんでくれないか?」
サンダースが優しくアロエの頭を撫でてやると、アロエはサンダースにしなだれかかって。
「お兄ちゃん・・大好き・・・」
「あぁ、私もだ。大好きだぞ、アロエ」
アロエの小さな体を抱き締めるサンダースは、普段からは思い付かない程穏やかなものだった。