時代錯誤と言われた。
変なやつと呼ばれた。
老けすぎと言われた。
それが悔しかった。
だから、誰よりも勉強を頑張った。
結果誰より早く賢者の高みに達したが、あとに残るものは無力感だけだった。
目標が失せて、一気にテンションが落ちる。
今日の授業は・・またさぼることにしよう。
どうせ、魔術師レベル程度のための授業なのだから。出来て当然のものをクリアして喜ぶ趣味は、残念ながら私にはない。
今日でサンダースがマジックアカデミーから出て、一週間が過ぎようとしていた。
「今日もサンダースさんは休みですか?」
授業開始間際の教室。
クララがロマノフにそう尋ねると、老教師は白髭をさすりながらこくりと首肯する。
それを見て、溜め息をつくクラス一同。
彼が賢者になってから、彼は授業に出ないどころかアカデミーにさえおらず、事実上の行方不明状態だった。
特に仲が良い者がいるでもなく、常に一人で外を見ているような男なため、仕方ないといえばそれまでなのだが。
「少し心配ですね」
カイルが、珍しく笑顔を崩している。
季節は真冬。
ふかふかのベッドの中でも寒く感じることがあるのに、彼のように制服だけでは凍死しかねない。
「主ら、サンダースが出て行く理由を知らぬか?」
低い、それでいて威厳に満ちたロマノフの声に、11人がはっと眼を見開いた。
サンダースが財布の中を見たとき、残金は僅か三万円と小銭が七百五十二円。
数ヶ月かけてためた七万の小遣いが、約半分まで減っている。
一週間もの間、寒さをしのぐためとはいえビジネスホテルに止まったのだから、まだ安いとは思う。
だが、この調子で行けば来週辺りには彼の死は見えている。
家に帰れば、父と母や兄弟が待っている。
暖かな布団や心も溶かすようなスープもある。
賢者になったと言えば、諸手をあげて祝福してくれるだろう。
だが、それは則ちアカデミーへの帰還も意味する。
アカデミーの教師達が一番に連絡するのは実家に決まっているし、ということは帰宅した時点でアカデミーに連絡が渡るはずだ。
「・・どうするか」
財布を見つめるサンダースの横顔を、冬の風が撫でていった。
「馬鹿者共が!!!」
ガルーダの心底からの叫びがアカデミーに響く。
それにビビった生徒達は、背筋に氷を入れられたような錯覚を覚えた。
だが、ガルーダに続いてリディアが口を開く。
「他人の外面や口調でその人を判断するような真似、人として最低ですよ」
たしなめるような声。
アメリアが、リディアの後におずおずと口を開く。
「今の彼は、賢者という大目標を達成しているわ。これでアカデミーから出て行く、と言うこともありうる話よ」
「サンダース君を探そうじゃないか。・・授業をしている暇なんてないだろう?」
フランシスの静かな声に、場がまとまった。
こうしてサンダース捜索部隊が結成された。
街が夜の闇に包まれる頃、サンダースはあるビジネスホテルにチェックインした。
夕食はいらないとだけ伝え、部屋の風呂に湯を張る。
逃げているだけ。
いつかは見付かる。
そんなこと、重々承知。しかし、アソコに戻ったからと言って自身の未来があるのかは疑問だ。
「・・・風呂に入ろう」
考えることが面倒になったサンダースは、一先ず一日の疲れを癒すために風呂に向かった。
「サンダース様なら344号室にお泊まりですよ」
「分かりました」
行きましょう、と緩やかな笑顔を見せるリディアに、ユリはうんとうなずく。
軍人のような男を見なかったかと聞き続けて数時間、ようやく彼がビジネスホテルに入ったという情報を得た時は、二人ともが奇跡を信じた。
さて。344号室に到着、無事に潜入したリディアとユリは、とりあえず設備の整い具合に驚いていた。
「うわ、テレビ。・・・しかも最新型のやつ!・・お金払ったらエッチなのでも見られるんだぁ」
「いいわね、このベッド・・・。ふかふか。きっと丁寧に扱われてるのね」
「・・・・」
シャワーを浴び終えて、全裸のままサンダースが出てくる。
・・一瞬の間を置いて。
『キャァァァ!!!』
女二人の叫びがビジネスホテルの一室に響いた。
「・・・で。貴様らは何をしに来た?脱走兵は死よりも苦しい目に合わせるのか?」
「軍隊じゃないんだから・・・」
「率直に聞くわ。どうしてアカデミーから無断で外出して、何日も帰らないの?」
部屋が完全防音-ラブホテルを改造して作ったらしい-だったためか、彼女らの叫びも大きな騒ぎにはならず。
サンダースは部屋に備え付けてあったバスローブを身に付けていた。
「・・・どうもな。賢者という大目標を達成して・・・それから先が見えない」
「やっぱりね。・・ねぇ、貴方が賢者を目指すわけは何?」
「私はー・・・」
「ユリちゃんじゃないわ。サンダース君よ」
にこりと、柔らかな-しかし殺気に溢れた-笑顔でユリに注意するリディア。
長年生きるとそんな恐ろしい真似も出来るようになるのだと、ユリが知った瞬間だった。
・・・・話が逸れた。
「私が賢者を目指した理由。・・大切な女性を守る力が欲しかった、ではダメか」
「うっわぁぁぁ・・ロマンチスト・・・?」
「疑問系なのね・・。サンダース君、守りたい女性って誰?」
「・・さぁな。今は天国か地獄にいるだろうさ」
ふん、と無愛想に笑ってみせるサンダース。
だがその言葉の意味は、単純かつ簡単。
・・・その女性は、死んでいると言っているようなものだ。
「下らん理由だな。ありきたりすぎて面白みに欠ける」
「・・・御免なさい。聞いちゃいけないことだったわね」
「気にする必要などないさ。・・もう、遠い昔、幼いころの話だ」
「だけど・・・!!」
リディアが必死で食い下がろうとするが、サンダースがそれを押しとどめる。
ユリは話に付いてこれないようで、しかし雰囲気で何が起こっているかを把握しているらしかった。
「それよりもだ。これ以上遅くなってはアカデミーに帰れまい。早々に帰ることを勧めるが」
「もう無理よ。魔力も空だしね」
「リディア先生でそんなんなんだし。私は言わずもがな、だよね」
「・・・まぁここに泊まるというなら止めはせんがな。少なくともこの部屋に泊まるわけではあるまいし」
「あ・・はは・・・」
「お金もないわ・・。一々お財布なんて持ち歩かないわよ」
「貴様ら本当のバカか。・・野宿するなら勝手にしろ。私は関知しない」
大仰に、しかも顔全体で呆れを表して、肩まで竦めて、サンダースはそう言い放つ。
そしてリディアお気に入りのベッドに寝転がる。
「へぇ、サンダース君は私たちが暴漢に襲われて・・」
「二人して妊娠するまで犯されて・・」
「白濁まみれにされて、で、証拠隠滅に拉致・監禁されてもいいんだ・・」
恨めしそうな顔でサンダースを見るリディア&ユリ。
どうやら口では彼女たちに敵いそうにないサンダースだった。