ドンドン  
 
 
「はいはーい、今あけますよって。……誰やねん、んな夜中に」  
 
 
ガチャ  
 
 
「タイガお兄ちゃん、こんばんはー」  
 
「アロエ! なにしとんのお前?」  
 
「おみやげの栗ようかんです。つまらないものですがどうぞ」  
 
「はあ、これまたご丁寧に渋いものを……ってそやなくて、なにしに来たんやお前は?  
カイルの部屋知らんわけやないやろ。それともカイルがおらんから俺んとこ来たんか?」  
 
「ううんアロエ、タイガお兄ちゃんに用があるの」  
 
「なん? 俺?」  
 
「うん」  
 
「珍しいなあ、ならその用を言うてみ?」  
 
「あのね、アロエ浮気がしたいの。だからお兄ちゃんがアロエの愛人になって」  
 
「アロエ、お兄ちゃんを困らせんといて」  
 
 
 
「――で、とりあえずおまえ部屋いれてようかんと茶をだしたわけやけど、まずは理由から聞かせて  
くれるか?」  
 
「うん。あのね、アロエがカイルお兄ちゃんとつきあってるのは知ってるでしょう?」  
 
「まあ……」(二人の関係:『大きくなったらお嫁さんにしてね』)  
 
「だけどね、カイルお兄ちゃんアロエを子ども扱いして手をだしてくれないの!  
恋人なのにひどいでしょ!」  
 
「おまえまだ子どもやん。背伸びしたいんわかるけど、急ぐ必要ないやろ?」  
 
「それでも嫌! アロエ、カイルお兄ちゃんといろいろしたいの!」  
 
「けどカイルはおまえのこと、めっちゃ(妹のように)大事にしてるやん。  
それじゃあかんの?」  
 
「ううん、アロエのこと大事にしてくれるのすごくうれしい。  
でもときどき不安になることがあるの……カイルお兄ちゃん、本当にアロエのこと好きなのかなあって。  
だから今日、お兄ちゃんが本当にアロエのこと好きなのか確かめようと思って浮気をすることにしたの」  
 
「なるほど、理由はようわかった。―――――で、ピンポイントで俺を選んだ決め手は?」  
 
「うん。タイガお兄ちゃんとなら、カイルお兄ちゃんが一番心配してくれるんじゃないかなって思ったの」  
 
「アロエ、お兄ちゃん泣いてもええ?」  
 
「なあ、アロエ。浮気なんてせんでもまずは言葉でカイルに不満を伝えたらどうや?」  
 
「言葉?」  
 
「ああ。浮気なんかよりもそっちのほうが絶対ええって」  
 
「たとえばどんなこと?」  
 
「ほら、『本当に私のこと好き?』とか『どうして何もしてくれないの?』とか……」  
 
「『ねえ、愛してる?』とか?」  
 
「そうそう」  
 
「『あのこにはしてくれたのに?』」  
 
「浮気しとるやんけ」  
 
「『私には何もしなかったくせに!』」  
 
「事態が深刻になった!?」  
 
「『ねえ、できちゃったみたい』」  
 
「つくるな」  
 
 
 
「ねーえ、タイガお兄ちゃん」  
 
「……声色まで変えて今度はなん?」  
 
「そろそろアロエとしたくない?」  
 
「…………………………何を?」  
 
「もう、わかってるくせに。いっしょにベットの上で事件をおこそ♪」  
 
「アロエ、お兄ちゃんお前と事件を起こすと、ほんまもんの容疑者にされるんやけど」  
 
「うん、だから挿れる手前まで。アロエもカイルお兄ちゃんのためにとっておかなきゃいけないもん」  
 
「解決になっとらんやんけ! あと挿れるなんて生々しいこと言うな! 遠まわしに言わんかい!」  
 
「んー? メンデルの法則とか?」  
 
「種残させんな! とにかくあかん、俺にはユリがおるし俺は本命一筋やの」  
 
「あれ? ユリお姉ちゃんとはセフレじゃないの?」  
 
「ちゃうわっ!! ちゃんとつき合うとるわ! 失礼なこと言うな!」  
 
「ほんとに? 飽きたら捨てようとか思ってない?」  
 
「アロエ、お前がふだん俺をどうゆう目で見とるのかようわかった」  
 
「夜の営みをするときにお姉ちゃんから『お願い、体はいいけどキスだけは許して』とか言われてない?」  
 
「ちょっ!? 待て!? なんで俺んなろくでもない男になっとんの!?」  
 
「だって告白はお兄ちゃんからしたんでしょ?」  
 
「そやけど、それが……」  
 
「お兄ちゃん、時々ユリお姉ちゃんに近づく男の人を睨んでるでしょう?」  
 
「……悪い虫ついたらあかんし……」  
 
「ねえ、近づいてきた男の人の中にひょっとしたらユリお姉ちゃんの本当の本命がいたかもよ?」  
 
「……お前、さっきから何が言いたいねん?」  
 
「うん、だからね、ユリお姉ちゃんがタイガお兄ちゃんとつき合っているのは、  
お姉ちゃんの本命がタイガお兄ちゃんの危害に遭わないようにするためじゃないかなあって」  
 
「……っ!? アホ言うな! そんなはずは……!」  
 
「言い切れる?」  
 
「……………」  
 
「ひょっとしたら今も部屋の片隅で、お兄ちゃんにつけられたキスマークを辛そうにながめながら  
膝をかかえて泣いて……」  
 
「……!!!? 止め……っ! それ以上は止めてくれ! 俺ききとうない!!」  
 
「……なーんて冗談。ユリお姉ちゃんも告白される前からタイガお兄ちゃんのことが好きだったよ」  
 
「………ほんまに?」  
 
「うん、お兄ちゃんよく教室でお昼寝することがあるでしょ?  
そんな時お姉ちゃんがこっそりお兄ちゃんの手を握ってたのアロエ見たもん」  
 
「……知らんかった」  
 
「あとね、去年のバレンタイン、お姉ちゃん本当はタイガお兄ちゃんにチョコをあげるはずだったんだよ」  
 
「え!? でも俺もろてないで?」  
 
「渡そうと思ってお兄ちゃんのところに行ったら、お兄ちゃんクララお姉ちゃんにチョコをあげてたって」  
 
「ああ、あん時テスト前やのにノート借りてしもうたからなあ……  
さすがにお礼せなあかん思うたし、たまたまその日やったし、ちょうどええかなってつい……」  
 
「お姉ちゃんすごく落ち込んでたよ。……泣いてたもん」  
 
「……次の日休んどったん、それ原因か?」  
 
「ううん、仕方ないからってお兄ちゃんのために作ったチョコ食べたら気持ち悪くなっちゃったんだって。  
その日なにも食べなかったよ」  
 
「ちょっ!? 俺が泣かされるとこやったんか!?」  
 
「でも最終的には結ばれたし結果オーライじゃない?」  
 
「まあ、そうかもしれんけど……」  
 
「でも今夜のことで、お姉ちゃんまた泣いちゃうかもね (ちらっ)」  
 
「………………………………………………え?」  
 
 
 
 
 
 
 
「ぬおおぉぉっ!!? い、椅子から体が動かなっ……!!!?」  
 
「えへへ〜♪ お兄ちゃんに気づかれないように束縛の魔法をかけてみました〜」  
 
「かけてみましたやないわ! はよ解け!」  
 
「もちろん解くよ。―――お兄ちゃんが薬を飲んでからね」  
 
「あ……?」  
 
「じゃーん! 『興奮剤』でーす! マラリアお姉ちゃんからもらったの」  
 
「アホかーー!!! んなもん飲むか!!」  
 
「大丈夫だよ、用量を守れば安全だってマラリアお姉ちゃん言ってたもん」  
 
「ビンのラベルがはがされてるやんけ! ねえ、元はなんて書いてあったん!?」  
 
「一粒のめばあら不思議、おとなしい小動物のような殿方も、あっという間に獰猛な肉食獣に変化、  
たぎる興奮のままに女の子にまっしぐら、ベットの上で弱肉強食、効果は五分であらわれます。  
と、いうわけで今からタイガお兄ちゃんには『 タイガー 』お兄ちゃんになってもらいます」  
 
「嫌やーーーっっ!!! ありのままの俺でいさせてーー!!!」  
 
「ごめんねお兄ちゃん、でもアロエのために一肌脱いで?」  
 
「脱ぐか! 俺は脱がんしお前も脱がせん! あ、カイルはどうや! そんな薬ならカイルに使うたら  
ええやん! もともとお前カイルにそゆことしてもらいたいから俺んとこ来たんやろ?」  
 
「無理なの。カイルお兄ちゃん、最近、敏感になっちゃって、  
食事になにか入れてもすぐに見破っちゃうんだ」  
 
「カイル……そこまでスキル上げなならんほどアロエに追い詰められてるんか………」  
 
「さあ、お兄ちゃんそろそろ観念して。はい、あーん」  
 
「…………っ!!」(ぶんぶんぶん)  
 
「もう、しょうがないなあ。じゃあ口移しで……」  
 
「ストーーップ!! 待て待て待てアロエ待て! ―――わかった。俺も男や、じたばたせんで観念したる。  
薬のまんでもお前の言うとおりにするわ」  
 
「ほんと!」  
 
「ああ。でもなアロエ、お前は一つ忘れてることがあるで。  
実はな、浮気するときは酒をのまなあかんねん」  
 
「え! そうなの!?  
 
「よう考えてみい。ドラマでも映画でも小説でも、浮気するような奴は事前になにしてた?」  
 
「あ! お酒のんでた!」  
 
「やろ? 酒をのんで勢いづけて、さらにそれを理由に行動にうつすのが正しい浮気や。  
ユーアンダスタン?」  
 
「イエスアイデュー」  
 
「なら、そこの戸棚を開けて一番手前にあるビンを取り、それで二人で一緒にのも。  
何か入ってるんやないかと思うんなら、俺が先にのんでもええわ」  
 
「……あ、あった! お兄ちゃんこれだね、『いいちこ』って書いてあるやつ」  
 
「そうそう、一番ええのを見つけたなあ」  
 
「じゃあ今、魔法を解くね、いっしょに乾杯しよ」  
 
「おお、頼むわ」  
 
 
ごそごそ  
 
 
トクトクトク……  
 
 
 
「じゃ、かんぱーい!」  
 
「かんぱーい」  
 
ごくごくごく……  
 
 
「ぷはあっ! きくー、でもおいしい!」  
 
「いい飲みっぷりやなあ、ほれ、もう一杯ぐぐっと……」  
 
「うん、タイガお兄ちゃんにもついだげるね」  
 
「おおきに………(酒が回るのは早くて15分、少し余分にみて30分くらいか……  
とにかくこいつがくたばるまで間を持たせな……)」  
 
「すーすー……」  
 
「早っ!? でも助かった!!」  
 
 
 
2時間13分、決着。  
 
 
 
「本当にすみません」  
 
普段の柔らかな物腰で申し訳なさそうにカイルは謝った。  
彼の背中におぶされたアロエは今もすやすやと夢の中、あどけない笑顔はとても幸せそうだ。  
 
「すまんな、こいつどうしたらええのか俺にはよくわからんし……」  
「いいえ、今夜はアロエさんが来る曜日でしたから、ちょうどよかったです。苦労なさったでしょう?」  
来させたのは自分のほうなのに、逆に労いの言葉をかけられた。  
彼らしいといえば彼らしいが、同時に追い詰めることになりやしないかと心配にもなる。  
それが彼の個性だといってしまえばそれまでだが。  
 
「まあ……酒までのませたのはやりすぎやったかもしれんけど」  
「気にしないでください。何があったのか予想がつきますから」  
「理解はやいなお前……苦労してるんやな……」  
いつものことですからと、何てことのない顔で言われると、なぜだか余計に痛々しく見える。  
そんなカイルの様子を見て、自分はまだまだ序の口だったかと、今さらながら事の重大さが理解できた。  
 
「それじゃあ連れていきますね、いろいろとお世話になりました」  
「おお、そいつがまたごねたら、適当に触ってごまかしとけ」  
そうならないといいんですけどねと、カイルは苦笑しながら自分の部屋へと帰っていった。  
 
 
 
 
 
 
一息いれるつもりで茶の準備を進めていると、ちょうどベットに寝かせておいたアロエが目を覚ました。  
 
「……あれえ?」  
上半身だけ体を起こして、きょろきょろと不思議そうに辺りを見回す。  
ぼーっと焦点の定まらない目をしているところを見ると、まだ完全に酒は抜けきれていないようだ。  
 
「起きました?」  
「カイルお兄ちゃん……! タイガお兄ちゃんは? あれ?」  
「僕がさっき迎えにいったんです。なんでもお酒に酔ったとか……」  
とまどっているアロエに簡単に事情を話すと、酔い覚ましですとあらかじめ彼女用に温めたミルクを渡す。  
受け取ったミルクの温度を息で冷ますアロエを見届けると、自分もまたカップに茶を注ぎ、アロエとすぐ  
隣になるようにベットに腰をおろした。  
 
「う〜…頭いたい……」  
「浮気なんて変なことを考えるからですよ。大丈夫ですか?」  
心配したようにカイルが顔をのぞきこむと、少し気まずそうにアロエが目を伏せる。  
調子にのってしまったことを反省しているようだ。  
 
「ごめんなさい……あとね、浮気はアロエから誘ったの。タイガお兄ちゃんからじゃないの」  
「わかってますよ」  
タイガのほうから誘ったのだとしたら、それはもう一大事なんてどころではない。  
まずありえないことではあったが、それでも万が一そんなことになってしまったら、とても自分の手に負える  
事態にはならなかっただろう。  
今の台詞をもし彼が聞いたら荒れるだろうなあと、その時の場面を想像して思わず苦笑した。  
 
「明日、僕も一緒にいきますからタイガ君に謝りましょう。お世話になりましたしね」  
「うん!」  
特に言い訳らしい言い訳もせず、アロエはすんなりと首を縦にふる。  
素直に謝ったり、タイガが誤解されないよう自分から罪を告白したりと、悪いことを企んだ割には  
いさぎがよい。なんだかんだいって元々、無邪気な性格のためか、徹底した悪人にはなれないらしかった。  
 
「それじゃあ、もう休みましょうか。それとも、もう一杯ミルクを飲みますか?」  
夜はすっかりふけていた。そろそろ一日を閉じようかと、カイルが提案する。  
 
しかしアロエはそれには答えなかった。  
逆にじっと目を合わせるようにカイルの顔を見つめかえす。  
その顔があまりにも意味深く見えたため、どうしたと尋ねかけたが、その前にアロエが口を開いた。  
 
「ねえ、カイルお兄ちゃん」  
「何ですか?」  
「アロエがタイガお兄ちゃんの部屋にいるって知ったとき、カイルお兄ちゃんはどう思った?」  
言われた言葉の意味がよくわからなくて、カイルは一瞬、言葉をつまらせる。  
友人の部屋にアロエがいた、カイルにしてみれば、ただそれだけの事実なのだが、どうもそれ以外の意味が  
あるらしい。答えがわからず、しばし途方にくれかける。  
しかしアロエのどこか期待に満ちた顔や、タイガからきいたさっきのことなどから、何とかおおよその察しを  
つくことができた。  
 
――要は嫉妬したかときいているのだ。  
 
 
(え〜と、どうしましょう……?)  
考えるときはいつもそうするように、軽く眼鏡に手をかけて思案をめぐらす。  
ここで『嫉妬をした』と言ってしまえば、アロエの行動が今まで以上に大胆なものになってしまうことは  
明らかだった。しかし、だからといって『していない』と答えてしまえば、いずれ今日のような行動をまた  
起こすだろう。しかも今回はたまたま友人のところであったからよかったものの、もし相手が知らない他人  
だったのなら、迷惑だけで済むどころか事件が起こっていたとも限らない。  
さらにいうなら、次回はそれが起こらないと言い切れないのだ。  
 
「そうですね……」  
あっちで考えこっちで悩み、さんざん迷いに迷ったあげくにだした答えは……  
 
「少し悔しかったですかね」  
 
アロエを喜ばせる選択肢を選ぶことだった。  
 
結局のところ、これが最良の選択に思えたし、何よりなんだかんだ言って、アロエは進んで面倒をみたく  
なるほど、可愛い存在だ。それで喜ぶ姿が見れるのなら自分も嬉しい。  
 
「ほんと!?」  
「はい、タイガ君のところとはいえ、アロエさんが僕以外の男の方の部屋に行くなんてこと、今まで  
ありませんでしたからね。何だか取られたような気がして、ちょっとさみしかったです」  
 
きらきらとアロエの瞳が輝きだす。  
カイルがもっともらしい顔で彼女の頭をなでてやると、どうやらすっかり舞い上がってしまったらしく、  
悲鳴のような歓喜の声をあげて、勢いよくカイルに抱きついた。  
 
「嬉しい嬉しい! お兄ちゃんアロエすごく嬉しい!」  
カイルの首に腕を巻きつけるようにして抱きしめながら、嬉しいと何度もくり返す。  
そんなアロエの様子に抱きしめられたカイルのほうも嬉しそうだ。  
「おや? 僕はそんなに喜んでくれるようなことを言いましたかね?」  
わざとアロエの意図には気づかなかったふりをして、カイルもまた抱きしめ返す。  
ポンポンとあやすように軽く背中をたたくと、よりいっそう体を密着させてきた。  
 
「えへへ、カイルお兄ちゃん大好き」  
「はい、僕もアロエさんが好きですよ」  
 
(こういうところは、すごく可愛いんだけどなぁ……)  
皆の前でキスをねだったり食事に薬をまぜたりと、他に問題のある部分のせいで下手にアロエを喜ばせる  
ことができない。  
それさえなければ今以上に可愛くなるのにと、少し残念そうにカイルはため息をついた。  
 
「さてと、じゃあそろそろ……」  
「うん!」  
今度こそ本当に就寝しようかと切り出すと、アロエもそれに同意した。  
いつもなら何か話をきかせてとせがんでくるのに、珍しく今日はない。何だかんだいって彼女は彼女で  
疲れてしまったのだろう。  
早く寝かせてあげようと、カイルはアロエから体を離し……  
 
 
――そのまま、キスをされた。  
 

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