「―――ずいぶん、気持ちのいい笑顔をするものだと思った」  
 
突然、切り出されて、一瞬なにを話しているのかわからなかったがすぐに思い当たった。  
ユリのことだ。  
 
「行動も表情も開放的で、躍動に満ちている……初めて彼女に会ったときから常にそう感じていた」  
 
カップのお茶はもう冷めていた。  
淹れなおそうかと尋ねたが、これでいいと断られた。  
飲む気がないのか、あるいは冷えたもののほうが飲みたかったのかわからないが、  
彼自身はカップを取り替える気はないようだった。仕方なくマラリヤは自分の分だけの茶を注ぐ。  
 
「……一目惚れだったの?」  
「今思えばな。あの時はまったく気がつかなかったが」  
淡々とした口調だったが、語尾まではっきり発音をしてくれるので、聞き取りやすかった。  
時おり、言葉を選んでいるのか、口を閉ざす場面もしばしばだったが、それでも辛抱強く待つ。  
ゆっくりと、しかし確実に言葉は過去の出来事の輪郭を形作っていった。  
 
「姿が見えるだけでいつも心が弾んだものだ、いつ見ても何度見ても飽きなかった。  
しまいには想像だけで姿を思い描けるようにさえなった。その想像の彼女の姿をより完璧なものに  
しようと、私が今まさに初めてみる彼女の表情を見つけたさいには、付け加えるようにしていた」  
 
ここで、一旦言葉を切ると冷えた茶を一口含み、喉を休ませた。  
つられてマラリヤのほうも茶を含む。  
 
「ある日、彼女にまた私の知らない表情が表れた。だが今までとは少し趣が違う。躍動というよりかは  
衝動にちかく、開放というよりかは高揚にちかい。笑顔ではあったが彼女らしさはなく、むしろ別人の  
ようにさえ思える………不審に思ってその場で彼女をよく観察してみた。  
―――――視線の先に、あの男がいた」  
 
ああ、とマラリヤがため息のような相槌を打つ。  
最後の言葉に込められたサンダースの感情をちゃんと読み取っていた。  
 
「仲がいいと思っていたものだ。だがそれは似たような性格だから馬が合うのだろうぐらいに  
しか考えていなかった――あるいは、そう考えたかっただけかもしれないが――とにかく、  
同性ならば相棒になっていただろうと、彼女とあの男の関係をそんな風に簡単に片付けていた」  
 
『彼女』『あの男』と、登場人物が代名詞の話は、抽象的で身内の話という感じがしない。  
恐らく、今は名前を口に出すのが辛いのだろう。暗く沈んだ目の色から、そう判断することができた。  
 
「でもそうじゃなかったのね? ……まあ今の二人の関係を見ればそうなんでしょうけど」  
「最初のうちは彼女のほうも己の変化に気づかなかったらしく、あの男に会うたびに生じる感情に戸惑って  
いるようだった。だが、一旦、自覚をするとすぐに行動を起こした。……今まで以上にあの男に近づく  
ようになった」  
「でしょうね……」  
 
行動派のユリに、ためらいや躊躇という選択をすることはまずない。  
心がこれだと求めるものを見つければ、良くも悪くも体当たりするようにろくに何も考えずに飛び込んでいく。  
そういえばある時期を境に、彼ら二人だけでどこかへ出かけることが多くなっていたような気がすると、  
ふと思い当たった。  
 
「あれだけ積極的にアピールをしていれば、どんな鈍い男だって気がつく。ましてやあの男は、少なくとも  
私よりかはそういった鋭さには長けている。やはりというか、しばらくすると彼女の態度の意味に気がついて  
彼女と同じ視線で彼女を見るようになった………時折り、好色さも交ざっていたがな」  
「だからあんなに、彼につっかかっていたのね……」  
 
想いを寄せた異性をそんな眼で見られれば、いい気持ちはしないだろう。  
例え彼自身もそういった邪な眼で見ていたとしてもだ。  
 
「……告白、先にされていたわね」  
 
恐らく、サンダースが話すの最もためらっているであろう部分を、先にマラリヤが口に出す。  
自分から話したほうがいいと思ってのことだ。多分、彼が話して楽になりたい部分もそこであろうから。  
 
「……彼女を探していたら、偶然その場に居合わせた」  
「間が悪いわね……」  
「申し合わせたような光景だった、台本にそってやっているのではないかと思ったぐらいだ。  
奴が好きだと伝えて彼女がはいと答える、それから抱擁、口付け、だいたい十数分くらいで済んでいたな」  
 
まるで単純作業の説明のように、その時二人が起こしていた行動の単語だけを起こした順番に淡々と並べる。  
具体的になことには極力ふれず、なるべく短い言葉で済ませようとしているようにもみえた。  
 
まさかあの二人が舞台のような、非常にあからさまで甘ったるい告白などするはずはなかっただろうが、  
大げさであろうが淡白であろうが、大した違いはなかった。少なくとも、自分の意思以外の理由で想いを  
潰えることになってしまったサンダースにとっては。  
 
「ちなみに君が私のところに来たのは、その次の日だ」  
「あら、私も間が悪かったわ……」  
いつの間にかサンダースのカップの茶はなくなっていた。  
今度は尋ねることはせず、黙って茶を注いだ。多分、話はまだ続く。  
 
「今日のことだが……」  
「あなたらしい行動ではなかったわね」  
「気持ちを伝えたら、もうこれで終わりにするつもりだった。本来なら秘めたまま己の中で解決するべき  
なのだろうが、そうするには気持ちは育ちすぎていた。……ひょっとしたら万が一があるかもしれないと  
考えていたことも否定できないが」  
「動機としてはそんなにおかしいことじゃないわ……でも、断られたとき、どうしてすぐ立ち去らずに、  
あんなに食い下がっていたの?」  
 
今日のサンダースの行動で、最も彼らしくなかった点を問うと、彼は一瞬気まずそうに顔を伏せた。  
出す声がやや口ごもる。  
 
「……聞いたら多分呆れてしまうだろうが……」  
「これ以上、呆れやしないわよ……」  
何を言っても気にしないとでもいうように、マラリヤがゆるく穏やかに促す。  
その促し方がうまかったのか、サンダースの口ごもっていた口調はすっかり消え、元のはっきりした言葉  
に直っていた。  
 
「『あの男が好きだから』と、彼女はそういって断った」  
「それがどうしたの?」  
「………………その台詞が丸ごと気に入らなかった」  
 
グッと彼の持つカップの手に力が入る。  
割れるのではないかと冷や冷やしたが、幸いそうはならなかった。手加減してくれたらしい。  
 
「『そういう対象としては思えない』『その気はない』、単に私を選ばないといった理由なら別に  
何ともなかった。だが、『奴が好きだ』『心に決めた相手がいる』そういった類の言葉は駄目だった。  
……自分以外に慕う男がいるという事実を聴きたくなかった……」  
 
馬鹿ねとつぶやいて、マラリヤが軽く目を閉じまた開く。  
カップの茶はなくなっていたが、もうポットのほうにもなかった。  
 
「彼女のその言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが吹っ切れた。無理にでもイエスと答えさせなければ  
気が済まなくなっていた。それがどんなに無意味なものであるかを知った上でだ」  
「そして電話越しの会話につながると……」  
「君達が来るのがもう少し遅かったのなら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない……  
なんせ彼女は首を縦にふらない、頑なにあの男の名を呼び続ける、自己中心的な男の心を苛立たせるには  
充分だったからな……」  
「『実力行使』に出て、何もかも滅茶苦茶にしようとしたのね……」  
 
具体的なことは言わず、暗にほのめかすだけにとどめておいたが、それでも伝わったようだった。  
頷いて彼女の推測の正しさを証明する。  
 
「あの男を好きになったことを後悔させてやりたいと思った……」  
「馬鹿ね……後悔するのはあの子じゃなくてあなたでしょうに……あなたが馬鹿なこと仕出かす前に  
間に合って本当に良かったわ……」  
おもむろにマラリヤが椅子から立ち上がり、サンダースの側まで行く。  
そして彼を座らせたまま両腕をのばすと、その頭を抱えるようにして抱きしめた。  
 
「すまん……」  
「本当に馬鹿……」  
彼自身は特に抱き返すような真似はしなかったが、かといって離れようともしなかった。  
どこかすがりつくように頭をマラリヤの胸に預ける。そのままの姿勢で二人はいくらかの時をやり過ごした。  
 
「……運がなかったのよ」  
しばらくして、マラリヤが沈黙を破った。ささやくような小さな声だった。  
 
「あの子が自分の気持ちに気づく前にあなたが告白をしていれば、案外うまくいっていたかもよ?  
……まあその場合は、私が今のあなたの立場に立つんでしょうけど」  
「……それはどうだろうな」  
自嘲気味にサンダースが笑う。その笑い方が少し奇妙に思えて、マラリヤは片眉をひそませた。  
 
「覚えているか? ずっと前、箒の応用実習の時、えらく不真面目な教師の怠惰であらかじめ用意されていた  
箒の半分以上が不良品だった時のことを」  
「ああ、今年、懲戒免職になった教師ね……前半と後半の組に分けて速度を競って……確かあの時、  
箒に乗っていた前半組の半分が落ちていたわ……それもかなりの高さから……」  
「怪我人だけで済んだのが不思議だといっても大げさではない。その時の怪我人の中には彼女も含まれていた」  
「そうだったわね……あとルキアとクララもだったかしら? 先に乗るか後に乗るかで運命が分かれたわ」  
「私はすぐにその教師に詰め寄った、『これはもう過失などではない、立派な事故だ』と」  
「怖かったわね、あの時のあなた……怒鳴りはしないものの、凄みをきかせていたんだもの……  
どっちが先生だかわからなかったわ……」  
 
「私がそうやって詰め寄っていた時、あの男はというと真っ先に彼女のもとへと走っていった。  
……何よりもまず先に彼女の身を案じた」  
ふとマラリヤの脳裏にさっきのあの場面が浮かび上がる。ユリが倒れたあの時だ。  
なぜあの時、急にサンダースは自ら敗北宣言をしたのかわからなかったが、  
ここでやっと理解することができた。いま話してくれた時のことを思い出したのだろう。  
 
「あの男が彼女にふさわしいのかどうかそれはわからん、だが少なくとも私はふさわしくなさそうだ。  
―――感情に任せたまま自分勝手に動くような男だからな」  
 
ここまで言い終えると長く深いため息がサンダースの口からもれた。  
寂しそうに、しかしどこか満足そうに見えるその様子から、話したかった全てを話しきったことがわかる。  
 
「サンダース……」  
抱きしめていた腕を放し、マラリヤもまた寂しそうな眼で彼の顔を見つめた。  
何か言って楽にさせたかったが、何も思いつけなかった。  
 
「駄目ね、私も……何を言えばいいのかわからないわ……」  
「充分、助かった。恐らく君以外の話し相手ではこうはいくまい」  
今度は逆にサンダースがマラリヤをなぐさめる。  
やはり淡々とした口調だったが、それでもその言葉には暖かさがあった。  
 
「そう言ってくれると嬉しい……あなたを好きでよかった……」  
「馬鹿だと言っても、まだこんな男が好きか?」  
「好きな人の馬鹿な部分は、案外、愛しいものよ……」  
ふふっとマラリヤが軽く笑うと、つられてサンダースも口元をゆるませる。  
ここに来て、ようやく彼は今日初めての笑みをみせた。  
 
「とにかく礼をいう。もし君に何か手伝って欲しいことができたのなら、今度は私が君を助けよう」  
「そうねえ……今手伝って欲しいことはないけれど、なぐさめさせては欲しいわね」  
「……それはどういう意味だ?」  
しかしマラリヤはその問いには答えず、体をかがめるようにして顔を近づけると、  
有無を言わせぬ速さで唇を重ね合わせた。  
 
こういうことよと言いながら唇を離したのは、きっちり十秒後のことだった。  
もう一度笑ってみせるマラリヤとは対照的に、サンダースの表情は少し固まっている。  
 
「……そこまで面倒をみてもらうのはどうかと思うが?」  
「でも私がやりたいことよ」  
「その…私の気持ちは……」  
「言わないで……ちゃんとわかってるわ。わかってて言ってるの」  
 
静かに首を横にふって、サンダースの言葉を封じ込める。何もかもを承知の上での言葉だった。  
 
「…………今夜だけ、君に甘えてもいいだろうか?」  
「さっきも言ったでしょ? ―――頼ってくれるのは嬉しいの」  
 
再び唇を重ねた。  
 
 
 
 
 
 
「あら…?」  
バスローブを羽織って浴室から出ると、先に湯を浴び終えていたサンダースがベットのわきに立っていた。  
ズボンだけをはいた上半身裸の姿のままで、両腕を後ろに組みながら毅然とした態度で今来たマラリヤを  
見据えている。びしりとした姿勢のまま微塵たりとも動かない。  
 
「ベッドに入るか座るかしていればよかったのに……」  
「部屋の主人よりも先に入るのは失礼かと考えた」  
「だからといってそんな隙のないポーズで待つことはないでしょう? ……今度は私と闘うのかと思ったわ」  
 
やれやれと呆れたようにため息をつきながら、マラリヤはベットのふちに座ると、ぽんぽんとその隣を  
叩いて彼をここに座るように促した。やはり両腕を後ろに組んだまま頷いて、それにならう。  
 
「さてと……率直に聞くけど、やり方は知ってる?」  
「一通りの手順と知識はある。ところで私は避妊するようなものを何も持っていないのだが……」  
黙ってベットから立ち上がり、すぐそばの机の引き出しから小さな箱を取り出すと、彼に渡した。  
コンドームだった。  
 
「……何故君が持っている?」  
「いつかあなたと関係を持ったときのことを考えて念のために。多分あなたのことだから、こういう類の  
準備は何もしてないと思ったの。使わなければ誰かにあげていたかもね」  
「君は薬を使うものだと思っていた……」  
「一応、飲んではいるけど、さらにつけておいたほうが安心じゃないかしら? ………あなたが」  
 
ねえと問いかけると、どうやら図星だったらしく気まずそうに顔を背けた。  
そんな部分が何だか可愛く思えて、硬く骨ばった肩に頭を寄せる。  
互いの体から湯の匂いがした。どうやら両者共々、準備はできたようだ。  
 
「さあ、いつでもどうぞ……」  
 
艶かしく誘いをかけると、すぐに頬に手がそえられた。  
今度はサンダースのほうから唇を重ねる。濡れたような弾力が唇を通して返ってきた。  
 
 
最初は軽く押し付けあうだけだったものが、次第に貪るように深いものへと移っていく。  
少し顔を傾けるように角度を変え、唇で唇をかむように半開きのまま上下の開閉を繰り返す。  
マラリヤの両頬にそえられていた手のうち、右手のほうをあごにまでずらし、下あごを押すように  
してより大きく口を開けさせるとひと息に舌を捻りこませた。口内に男の舌が侵入する。  
 
「ふ……んぅ……むぅ……」  
歯列を割って入ってくる舌の感触に、思わずマラリヤの口から鼻にかかった甘い声がもれた。  
ぴちゃちゃぷちゃぷ……舌の裏側を舐められ、上あごをなぞられ、さらには舌先を舌先で丹念に擦られて、  
どうにもたまらない。体は細かく震え始め、何とか沈めようとバスローブのすそを強く握り締める。  
だが、一度異常を感じた体がそう簡単に元にもどるはずもなく、震えは体に依存し続けた。  
 
「ふ…ぁ……っ!」  
舌でかき混ぜあう音が激しくなり、口内が二人分の唾液であふれる。そして唇の端からひと筋の流れとなって  
漏れ出した頃、ようやく唇が離れた。マラリヤが大きく息を吸い肺に新鮮な空気を送ると、それにともない  
体の力も抜ける。がくりと無意識のうちに隣いる男の胸へとしだれかかっていた。  
 
「大丈夫か?」  
「……サンダース……あなた経験があるの……?」  
「正直な話、君が初めてだ。過去それに類するような行為は一切ない」  
「……そんな簡単にするような人じゃ、一途に一人の女性を追いかけたりはしないわね……」  
 
まだ口で息をしているマラリヤの背中をさすりながら、その後頭部に手を置きぐっと引き寄せ抱きしめる。  
 
―――慕う相手の腕の中という幸せ  
 
閉じ込められる一種の束縛感が、今ある立場の位置をあらためて教えられ、その官能に満ちた幸福感に  
体ごと浸すように思う存分酔いしれた。  
 
「……大したものね……あなたその手の才があるんじゃないかしら……?」  
「何も不思議なことではない。行動はあらかじめ行うべき計画を想定しておくだけで、迅速にかつ正確に  
行えるものだ。いうなれば、いつどこで何を判断すべきかが極めて重要で……」  
「ストップ……もう、ムードぶち壊しじゃない……」  
理路整然と話し始めたサンダースを、マラリヤが慌てて止める。  
これ以上、空気に合わない台詞で雰囲気を壊されてはたまったものではない。  
 
「ふむ、確かに野暮であったかもしれん……しかし、ならばこういう時はなんと言えばいいのだ?  
『君は綺麗だ』か?」  
「それは服を脱がせた後よ……あなた、しゃべるほうはてんで駄目ね……」  
 
どうも台詞のほうは行為ほど達者ではないらしい。サンダースの性格が言葉を通して顕著に表れる。  
『いつ』『どこで』『何を』話すべきかがまるでできていない。  
それでもそんな彼らしい拙さは嫌ではなく、むしろ好感の持てる部分の一つだった。  
 
「……マラリヤ、続けてもいいか?」  
「お願いするわ……あと会話はしばらく控えましょうか……」  
積極的になり始めたサンダースの変化を、胸のうちでマラリヤは喜んだ。  
腰に結ばれているバスローブのヒモをほどかれ、重なっていた合わせ目が左右に開く。  
身体の真ん中に、柔らかそうな白い肌が一本の道のように現れた。  
 
下にショーツをつけているだけで、上半身は何もない。  
重力にしたがってこぼれ落ちた大きな乳房が空気中にさらけ出される。  
バスローブの合わせ目辺りの布がかろうじて乳頭を隠してはいたが、それでも乳輪のほうまでは全てを  
覆うことはできなかったらしく、ちらりと赤い半円がはみだしていた。  
 
「あ……!」  
両襟に手をかけ、後ろに剥くように一気に引きずりおろす。  
脱がされるときの背中と腕を布に擦られる感触が軽い刺激が肌に駆け抜け、思わず喘いだ。  
 
ひじに引っ掛かっていた袖を丁寧に取り、バスローブを床に投げ捨てるとあらわになるシミ一つない肢体。  
細い両肩をつかむとゆっくりと後ろに倒し、手始めにと言わんばかりに豊満な乳房に手をのばした。  
 
「きゃ…っ! あ…あぁ……!」  
たぷりと下から持ち上げるように乳房の根元をつかみ、掌をいっぱいに広げて揉みしだく。  
ぐにゅりと大きく形を変え、無骨な指のすき間からは白い肉がしぼりだされるようにとびだしている。  
深い谷間ができるほどきつく寄せ、すべらかな肌を感じ取るようにさすり、見えなくなるほど指を乳房に埋め  
ると、マラリヤの体にはどうにもならない快感がわきあがり一旦は治まりかけていた震えが再び生じ始めた。  
 
「あっ…!?」  
ぴちゃりと右の乳首を舐められて、マラリヤはびくりと腰を浮かせる。  
赤い円をなぞり、舌先で頂点をつつくと、唐突に口に含んだ。  
 
「あっ! あっ! や……っ! あんっ……はぁ……!」  
口の中で乳首が硬くなっていくのがわかる。  
舌を擦りつけ、きつく吸い、軽く噛む、それら一通りの動作を終えると今度は左の乳首を同じ目に遭わせる。  
 
その後、できる限り乳房を寄せ、さらに乳首どうしをも中心に集まるように寄せると、横に広げるように  
口を開けて二つ同時に咥えこんだ。  
 
「はぁんっ!? やぁ……っ!!」  
片側だけでも責められるのは充分な刺激なのに、それが両方だとたまらない。  
さすがに片方の時と比べると動きこそ大雑把だったが、それでもすでに敏感になっていた突起を同時に愛撫  
されると快感は倍になって襲い掛かった。熱い舌で線を引くように何度も左右の突起をなぞられて、  
じくじくと膣の奥が熱をはらむ。すでに受け入れるための準備が始まっていた。  
 
「ん…! そこばかり……! いや………」  
しつこく乳首への愛撫が続くせいか、とうとうマラリヤの口から懇願めいた言葉がでる。  
唾液で滑りがよくなった両の乳頭を親指と人さし指の腹で捏ねられて、無意識のうちに腰をくねらすように  
体を震わせる。内股をすり合わせると、すでにしみだしだ粘液がじゅぷりと音をたてた。  
 
「……は……あ…あ…あぁ……」  
もう胸は充分に堪能したのか、今度は鎖骨を舌でなぞり、そのまま乳房を分けるようにして下半身のほう  
へと下がると、腰の出っ張った骨をちゅっと吸い上げた。  
すでにショーツの股にはさまれた部分の布はぐしょぐしょに濡れ、濃いシミをつくっている。  
濡れぼそったショーツに指をひっかけ、真っ直ぐにおろして脱がせると、足を大きく開かせて  
ためらいもせずに、秘部に顔を近づけた。  
 
「!? あ…っ!? ちょっと待っ……っあああぁっ!!?」  
さすがに直接的な部分を口に触れられるのには抵抗があるのか、一時的に理性を取り戻し、行為の中断を  
求める。しかし、時はすでに遅く顔ごと埋めるように深く舌を挿れられ、なぶり始めていた。  
ひときわ高い悲鳴があがる。  
 
「きゃあっ!? あ! ああっ!? はああぁぁんっ!!」  
ぴちゃぴちゃと割れ目の周りを舐め、赤くびらびらした部分を吸い、尖ったクリトリスを舌で押しつぶす。  
あまりの快感に、割れ目の蜜は止まることなくあふれ続け、そして濡らし続けた。  
 
「ああっ! あんっ! いやあぁ……っっ!!」  
ビクビクと体を震わせ、出せるだけの声を出しても昂ぶりは少しも治まらない。  
神経までもがひどく犯されているような感覚に、何もかもがおかしくなる。  
 
その内に割れ目をずずっと勢いよく吸い上げられて、突き抜けるような快楽が四肢をいっせいに痺れさせた。  
 
「ふあっ……!? 指……太い……! んぅぅっ!? 広げないでぇっ……!!」  
ぐちゅぐちゅと二本に束ねた指が内壁を執拗に擦る。  
奥まで挿れて指を開くと、狭い膣が横に広がり、より多くの蜜があふれ出る。  
もうこれ以上は耐えられないといった風に首を激しくふり何度も背を浮かせるが、指は止まらずに  
マラリヤの鋭敏な場所を責め続けた。  
 
やがて体の奥に変調がくる。  
指は三本に増やされ、中をばらばらに探られ、空いた手でクリトリスを捻ねり引っ張られ、貪欲になぶられる。  
もはや嬌声は言葉ではなくなり、五感の全てが狂ったように悶え、体を激しくのた打ち回らせる。  
のけぞるようにきつく背を浮かせたその瞬間、どくんと膣の奥が弾けた。  
 
「うあああああぁぁぁぁっっ!!?」  
 
激しい絶叫とともに、赤い割れ目からびゅるっと透明な液がふきだした。  
 
 
 
 
不規則な荒い息はまだ続いている。  
目じりにはかなりの量の涙が溜まっていたが、それを拭き取るだけの気力はなかった。  
体中が汗ばんで、今身に起こった突き落とされたような刺激の強さを物語っている。  
 
不意に親指が近づいて目の端の涙を拭われた。サンダースだった。  
指に押し寄せられた涙のしずくが、耳のそばを通り抜けるように真下に落ちる。  
 
「……大丈夫か?」  
サンダースの低い声が耳に届いて何故だか少し安心する。久しぶりに聞いたような気さえした。  
うまく声が出せなかったので、微かに頷いて応えるとそうかと彼も答えを返す。  
 
「マラリヤ……その…そろそろ……」  
「……聞かなくてもいいわよ……好きな時にきて………」  
表情のほうには大した変化はなかったが、チャックのある辺りの布はぎちぎちと張り詰めている。  
彼は彼で気を昂ぶらせていたのかと思うと、胸にじわりとした高揚が広がった。  
 
「少し遅れてしまったが……君は綺麗だ」  
「若干タイミングが悪いわね……でもいいわ、嘘でも嬉しい……」  
律儀にたどたどしく、そしてかなり下手な甘い言葉をつぶやくサンダースにマラリヤは思わず笑いそうになる。  
それでも必死にこらえると、その不恰好な優しさに礼を言った。  
下手でも何でも、彼の気持ちが嬉しかった。  
 
「……嘘を言ったつもりはないのだが」  
「でも私はあなたの好きな人じゃないもの……」  
寂しそうに、だけどそれでも構わないと好意を伝える彼女の表情はひどく柔らかい。  
それ以上サンダースは何も言わず、箱からコンドームの袋を一枚取り出すと、ピッと開け口を切った。  
 
大きく膨張した少々グロテスクなソレに、薄いゴムの膜が包みこむ。  
今からそれが自分の中に挿れられるのだと思うと、さしものマラリヤにも緊張が走り不安の色が隠せない。  
そんなマラリヤの心を知ってか知らずか、つけ終わるとすぐに女性の部分が丸見えになるほど大きく  
彼女の足を開かせ、一気に捻りこませた。  
 
「!!? あああああっっ!!?」  
 
再び言葉は悲鳴に変わる。  
 
ずちゅっ! ぐじゅぐじゅじゅぷちゃぷ……  
 
淫猥な水音が割れ目を音源にして響き渡った。  
すでに充分な硬度を持っている肉棒は、狭い膣内の中を前後に移動しながらかき回す。  
心の準備もできないまま追い詰められ、逃げ場のない快感からの責めがマラリヤの体を蝕んでいく。  
 
「ふあああっ……!? 激しっ…!! いやああぁっっ……!!!」  
抜け落ちそうなくらい腰を引き、ズンと根元まで挿れるように強く突く。  
与えられる膣への衝撃が度を過ぎていて、もう自分の身に何が起こっているのかわからない。  
耐えられないと本能までもが悲鳴をあげる。  
 
ずっ! ずっ! ぐじゅぬちゅっ!!  
 
打ち付ける腰の強さがより速くなる。  
腰の動きに合わせて彼女の大きな乳房が上下に揺れる。それに目を止めると、おもむろに彼女の足から手を  
放し、目的のものへ伸ばすと滅茶苦茶に揉みしだいた。快感が助長され、マラリヤの嬌声がずっと高くなる。  
 
「はあああん…っ!! 胸……弄らないでぇ………っっっ!! だめえ……っっ!!!」  
無論、本心からの懇願は聞き届けられない。  
ぶんぶんと首を振り、シーツをつかみ、出せるだけの声を出す、何とかしてこの昂ぶりから逃れようと  
する。しかし内壁の敏感な部分を擦る肉棒がそれを許さない。どこまでもしつこく彼女を責め続ける。  
 
「ああんっっ! 熱い……!! 体……熱い……のぉ……!!」  
中のモノはますます膨張し、逆に内壁は縮小する。  
きつくなった膣内を押し広げるように、硬い昂ぶりが何度も往復する。  
もうこれ以上は駄目だと限界を感じたその時、不意にサンダースの顔が耳元へと寄せられた。  
 
「!」  
 
ささやかれた言葉に、マラリヤは一瞬だけ理性を取り戻す。  
瞳が瞠目で小さくなった。  
 
「……馬鹿ね」  
消え入りそうな声でつぶやくと、ちょうど彼と目が合う。  
 
「変なところで嘘がうまいんだから………」  
 
そう言って口元だけ笑うと、目の前の男も笑ったような気がした。  
 
 
意味の通じる言葉をかわすのはこれが最後だった。  
緩んでいた腰の動きが再び強くなり、マラリヤの意識は頭から追い出される。  
 
 
「はうんっ……!! うああぁぁっ……!!」  
足を広げられるだけ広げてしまうと衝撃の威力を落とすことなく腰を打ちつけ追い込む。  
そして何度か往復したあと、最後に一際たかく突き挿れると、膣内の壁はこれ以上は無理だと思えるほど  
収縮し男性の部分を締め付けた。  
 
 
―――どくんと、もう一度奥が弾ける。  
 
 
「やあああああぁぁぁぁ……っっっ!!!!」  
 
びくびくと激しい悪寒に体が襲われ、さっきよりも多量の熱い粘液を膣から吐き出し、そして達した。  
 
 
目が覚めると隣にサンダースの姿はなかった。しかし部屋の気配は消えてはいない。  
不審に思って上半身だけ体を起こすと、ベットの足元側のほうの床で、彼がいつものように  
腕を後ろに組みながら、見据えるようにこっちを見ていた。  
相変わらず上半身裸のズボン姿のままだ。  
 
「……何をしているの?」  
「うむ、君の寝顔を見ていた」  
「…………布団の中で見ればいいじゃない」  
「女性の顔を近くで無遠慮にじろじろ見るのは失礼だと考えたからだ」  
「だからといってそんな遠くで、しかも隙のないポーズで見ることはないでしょう?  
……見張られているのかと思ったわ」  
 
今度は別の意味でやれやれとため息をつくと、毛布で体を隠すように巻きつけてからベットのふちに  
腰掛けた。体はだるかったが、動けないほどではない。  
 
「体調は大丈夫か?」  
「何とかね……」  
行為前の時と同じようにぽんぽんと隣を叩いて横に座るよう促す。  
やはり最初の時と同じように頷くと、彼女の隣に腰掛けた。  
 
「今、何時かしら?」  
「午前4時12分、もうすぐ夜が明ける頃だ」  
「そう……朝食にはまだ早いわね……」  
 
軽くついた寝癖を直すように長い髪をかきあげる。すでに二人の口調も表情も元に戻っていた。  
 
「マラリヤ……」  
「何かしら?」  
「……いろいろ世話になった。礼をいう」  
「………表情が少し晴れたわね」  
 
ふっとマラリヤの口元が緩む。  
サンダースの顔にもう影はない。暗い気配が取れると、いつもの彼らしい無骨な顔が現れた。  
 
「どう? 初めての女性との経験は?」  
「悪くはない。何故夢中になる輩が多いのか少しわかった。恐らくは達する瞬間の一際強い昂ぶりが……」  
「ストップ。……そもそもムードが何かをわかっていないみたいね」  
またしてもため息。どうやらサンダースにはこの手のことは苦手科目らしい。  
実践は合格、だけど理論は不合格といったところだろうか。しかし彼の色気のない性格を考えれば、  
むしろ実践だけでも合格という状況は大したものだと言わざるを得ない。  
 
「………嬉しかったわ、私」  
不意にマラリヤが静かに言葉をこぼす。柔らかく儚げな気配が表情ににじみ出ていた。  
 
「綺麗だって言ってくれたこととか、一番最後の『君でよかった』っていう台詞とか……あなたの口から  
聞ける日がくるなんて思わなかったもの……」  
 
つい数時間前の出来事をまるで昔を思い出すかのような口調で話す。  
その顔は幸福そうで明るい。  
 
「本当に嬉しかった……たとえ嘘でもね」  
 
ありがとうとつぶやいたその表情に、皮肉や毒といったものはまるで含まれていない。  
心からの感謝をしていることがそれでわかる。  
 
 
しかし、返ってくると思われた『どういたしまして』の返答は何故かなかった。  
 
 
あら、とマラリヤは不思議そうな顔で首を傾ける。  
すぐ隣の男は、彼女以上の複雑そうな顔でマラリヤを凝視していた。  
 
「……どうしたの?」  
「…………マラリヤ」  
彼女の会話を遮るようにして出した声も、表情のままの複雑さを孕んでいる。  
何かおかしなことでも言っただろうかと、浮かんだ疑問をそのまま言葉に直そうとしたその時、  
マラリヤよりも先にサンダースが口を開いた。  
 
 
「―――私がこの部屋に入ってから今に至るまで、嘘をついたのは一度だけだ」  
 
 
今度はマラリヤのほうが顔を複雑に歪める番だった。  
言われた台詞の意味がわからず、困惑する。  
 
「……それはどっちの言葉かしら?」  
「行為中の言葉ではない。もっと前だ」  
サンダースの言葉が足らな過ぎて、理解がちっともはかどらない。  
どうも彼のペースに合わせないと、話は早く進んではくれないようだ。  
 
「もう少し具体的に話してもらえる?」  
「率直に言ってしまえば君が私を誘った辺り、『今夜だけ君に甘えてもいいだろうか』のくだりがそうだ」  
ぴくりとマラリヤの眉が上がる。  
不意打ちをくらった心の軽い衝撃に、一瞬言葉を失った彼女を尻目に、サンダースはなおも先を続けた。  
 
「その、勝手な男だと思うかもしれないが……今回だけでなくこれからも、つきあってはもらえない  
だろうか? もちろん体のほうではなく、心を通い合わせるという意味のほうだが……」  
 
眉はこれ以上は無理だと思えるほど、上がりに上がる。  
知らないうちに、その手の薬でも飲ませてしまったかと、ありえないはずの仮定を少し真剣に考える。  
もちろん、そんなことはない。  
 
「……サンダース?」  
「私としては、君のことをもっと深く知りたい。もし、体目当てではないのかと考えてしまうのなら、  
君からの了承を得るまでは控えたっていい。とにかく私は……」  
「サンダース、少し落ち着いて」  
 
だんだん早口になり始めた口調をマラリヤが一旦、せき止める。  
よく見れば、彼の顔はひどく紅潮し耳まで赤く染まっていた。本気の話らしい。  
 
「……理由を聞かせてもらえる?」  
 
今までいくら好意を伝えても、決して気持ちには応えてくれなかった。  
それがここに来て突然の交際宣言、たとえマラリヤでなくとも驚く。  
とにかく心変わりの原因を追究したい、次にくるサンダースの言葉を辛抱強く待った。  
 
「………本当のところ君の真っ直ぐな一途さには、常々心が動いていた」  
「真っ直ぐねえ……失恋した人をうまく口車に乗せて誘った私が?」  
「いいや、君は真っ直ぐでそして優しい。君は相手が自分に好意をもたないからといって責めたりはしない、  
相手の想いを寄せる異性を非難したりはしない、ましてや無理に引き剥がすような真似は絶対にしない」  
 
一度止まったのが良かったのか、サンダースの口調は元のリズムに戻った。  
やはり聞き取りやすい、語尾まではっきりとした発音だ。  
 
「駄々をこねて馬鹿な行動など起こしはしないし、気持ちを考えての行動がちゃんとできている。  
―――私のような歪んだ一途さなどでは決してない」  
 
ここまでを一息に言ってしまうと、マラリヤのほうに向き直る。  
そして、きちんと眼を合わせるとサンダースにとって最も言いたい言葉をこれ以上にないくらいの  
はっきりした発音で声を出した。  
 
「もう一度言う。どうか私とつきあってはもらえないだろう?」  
 
長く、間が空いた。  
サンダースのその言葉を境にして、息を潜めたように空気がしんと静まる。  
だがそれも一時的のことで、だいぶ経ってからようやく言葉が活動を始めた。  
マラリヤからだった。  
 
「………少なくとも、あなたは同情で動くような人ではないわね」  
「当たり前だ。感じはしても行動に移すなどもってのほかだ」  
「……失恋したすぐ後は、どんな異性でも結構良く見えるものよ?」  
「今回に関しての失恋は、すでに一度過去に起こっている。昨日の件は認めないと愚かな真似をした  
ゆえの結果にすぎん」  
「……私、一度手に入れたらなかなか捨てないわよ?」  
「むしろ、勝手な我がままを聞き届けてくれるのかどうかのほうが極めて重要な問題だ」  
 
三度の問答、変わらない表情と口調、そしてどうやら変わらないらしい彼の想い。  
 
 
「…………あなたって、本当に馬鹿ね」  
 
 
とうとう呆れたように大きくため息をつく。まぎれもない『了承』の合図だった。  
 
「いいのか?」  
「当然よ、好きな人につきあってくれと言われて断る人がいると思う? 理由がないなら尚更ね」  
「……礼を言う」  
「感謝しているのは私も同じよ……ありがとう。―――あら? やっと5時になったわね。  
いいわ、少し早いけど朝食にしましょうか?」  
おもむろにベットから立ち上がるとすぐにクローゼットへと向かい、適当な服を出す。  
学業で着る時の服は今は選ばないことにした。  
 
「サンダース、あなた何か食べられないものはあるかしら?」  
「特にない。何を出されても舌を口に合わせよう」  
「……そういう時は『君が作ったものなら何でも食べる』よ」  
 
言葉のほうはまだまだねと軽く笑いながら、冷蔵庫の中を確認する。  
そしていくつかの材料を取り出すと今度はキッチンのほうへと向かった。  
 
「すまん、精進する」  
「当分そのままでもいいわ」  
「それと………君は綺麗だ」  
「…………タイミングのほうは少しマシになったみたいね」  
 
本当に久しぶりに、マラリヤは鼻歌を歌った。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「タイガ、ちょっと………アイヤー……」  
朝一番、教室で彼を探したヤンヤンは、見つけた彼の姿に少し瞠目した。  
彼の特有さを表す、いつものツナギを着ていない。  
 
「その格好どうしたネ? 生活費でもなくなって売ったアルカ?」  
「お前と一緒にすんなアホ。……訳あって破れよった」  
 
正確にいうのなら『破かれた』のだが、昨日のアレを一から説明する気にはどうしてもなれなかった。  
胸元を大きく開けたシャツにピタリとしたズボン、一応、制服もあるにはあったが、あまりにも  
似合わなすぎて止めた。自分でも似合わないと思うものを他人が見たら、どんな反応が返ってくるのか  
確かめなくてもわかりきっている。  
 
「そいうえばさっきカイルから聞いたヨ。ユリともめたって……」  
「ああ……つけるのは別にええけど、重ねることはないやろ言うてな………」  
「つける? 重ねる?? 餃子でも作ったアルカ? あれは中の具よりも、むしろ皮が命ネ」  
「いや、皮はとっくにむけてる………ってそやなくて、お前、俺に用あってきたんちゃうか?  
はよ言えや」  
「おお、忘れるとこだったネ! はい、これ受け取るヨロシ」  
 
そういって一枚の封筒をタイガに渡す。  
女の子が選ぶような可愛らしい封筒だった。  
 
「……これ、なん?」  
「もち、みたまんまのラブレターネ。コイツにはもう女がいるヨと言ったけど、『友達に頼まれたから一応  
受け取ってくれ』と言われて取りあえず受け取ってきたアル」  
 
うんうんと一人で頷くヤンヤンをを尻目に、品定めするようにじっくりと封筒を眺める。  
今の時代にしては古風だなと考えながら、取りあえず封を開けて中の便箋を取り出した。  
 
「お前に熱をあげるなんて、つくづくこの学校の女は男を見る眼がないネ」  
「やかましい! しばくぞ!」  
 
からかうヤンヤンを黙らせて、三つに畳んだ折り目を開いた。一行、二行、三行……一定のリズムと速度で  
目を下に滑らせる。すぐ隣ではヤンヤンが非常にわくわくした様子で文を読むタイガを観察していた。  
 
「タイガ、何が書いてアルネ? さっさと言うヨロシ」  
待ちきれないといった風に手紙の中身をせがむ。  
何だかんだいって、こういうのはいつでも人をひどく興奮させるものだ。  
 
――しかし、タイガがある行に目を止めると、びくりとその顔がひどく強張った。  
 
「……タイガ? どうしたネ?」  
「……………………」  
不審思って声をかけるも返事はない。もう一度声をかけようとしたその時、目の前の男はみるみるうちに  
顔を青ざめさせ、そして奈落の底に落ちるような悲鳴をあげた。  
 
 
「…………#$=&%+**@#*<>%&’#$=&%+**@##*>%&*@$=&%+*@##*@  
#$=&%+*@##*@<%&#$=&%+&%+**@#*<>%&’#$=&%+**@##*>%$  
**@##*>%&ッッッ!!!!????」  
 
「アイヤーーッッ!!? 悲鳴が文字化けしてるアル!!?」  
 
もはや人間の言語ではない叫びに、本能的に彼に尋常でない事態が起こったことを悟る。  
 
「タイガ!? 何があったネ!? 『命を狙う』みたいなことでも書いてあったアルカ!?」  
 
 
手紙の文面自体は普通のラブレターであった。  
 
 
――――宛て名が男の名前であったことを除けば。  
 
 
 

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