ドンドン  
 
 
ガチャ  
 
 
「くおらっ! もう浮気の手伝いなら……!」  
 
「結構な挨拶ね……」  
 
「うおっ!? マラリヤ姐さん!」  
 
「はい、どら焼き。和菓子が好きだってきいたわ」  
 
「いや、特に好きというわけじゃ……ちゅーかアロエからもろた羊羹まだ残ってんやけど……  
ところで何の用です?」  
 
「そのアロエから話をきいたの。恋の悩みをあなたに相談したら、見事に願いが成就したって。  
私もそうしてもらおうと思って来たのよ」  
 
「アロエーー!! なんでお兄ちゃんを困らせるのーーー!!」  
 
 
 
 
(1)  
 
 
「どうぞ、粗茶ですが……」  
 
「ありがとう……アロエ喜んでたわ、あなたが手伝ってくれたことに感謝しているようよ」  
 
「手伝ったちゅーか、振り回されたっちゅーか……」  
 
「今日も話してたわね、『カイルが自分を受け入れてくれた』って嬉しそうに」  
 
「そのカイルは今PTSDです」  
 
「でもだいぶ快復していたわよ。部屋でくつろいでいたもの」  
 
「ほんまですか! よかったなあ……」  
 
「猫をなでながらスパゲティをゆでていたわ」  
 
「え? 村上春樹?」  
 
「羨ましいわ……あんなに大事にしてもらえるなんて……」  
 
「カイルに限って大事にせんことはないやろうしなあ」  
 
「幼い頃からあんなに愛されて……ふふ、まるで紫の上ね……さしずめカイルは光源氏かしら?」  
 
「狂うさまは六条御息所のソレやったけどな」  
 
 
 
(2)  
 
 
「それで、相談に乗ってもらえる?」  
 
「まあ、とりあえず話を聞くだけなら……」  
 
「私ね、サンダースが好きなの」  
 
「ええんやないですか? 奴以外、姐さんの相手つとまる男ほかにおらんだろうし……」  
 
「でもね、彼、私以外に意中の女性がいるのよ……」  
 
「え!? あいつ恋してたんか!? むっちゃ意外や」  
 
「ただ幸いなことに、その女性にはすでに恋人がいるの。サンダースが告白をしようとした  
その日に先に彼女に告白をしたみたい」  
 
「運のないやっちゃな……ちゅーかサンダースの恋を横取りする男も相当の強者っつーかアホっつーか…」  
 
「バカね、あなたが取ったんじゃない」  
 
「え? じゃあ、あいつの好きな女ってユリ? はは、俺もアホやなーー  
 
………………………………………………………………え?」  
 
「事の重大さがわかったようね……」  
 
 
 
(3)  
 
 
「ちょっ!? まっ!? いっ……!!?」 (※『ちょっと待って! 今なんて言ったの?』の意)  
 
「だからサンダースはユリが好きなの。最初きいた時はびっくりしたわ」  
 
「俺もしとるわっ!! 俺知らないうちにサンダースを挑発してたんか!?」  
 
「私があなたにしてもらいたいことは、ユリをあなたから離さないことと、サンダースに『彼女を取るな』  
とはっきり宣告してもらうことなの」  
 
「いやいやいや!!? 前者はともかく後者は無理です!!」  
 
「なに言ってるの、男でしょう?」  
 
「無理やーーっ!! フリーザやラオウに喧嘩売るような真似俺にはできんーーー!!!」  
 
 
ピピピッ……!  
 
 
「あら? 携帯が鳴っているわね……?」  
 
「誰や!? んな時に…………ん? ユリ?」  
 
 
ピッ  
 
 
「おい、ユリ?」  
 
『タ、タイガ……私、今……』  
 
『何故電話をかける? まだ話は済んでいないはずだが』  
 
「!? サンダース!?」  
 
「……私にも聞こえるように、少し電話を離してもらえる?」  
 
「ユリ! 何があった! 言え!」  
 
『聴け、私の君を想う気持ちに嘘はない』  
 
『私にはもういるの! お願いわかって!』  
 
「待てや! 人さし置いて勝手に話進めんな!!」  
 
『賢者になり、無事卒業をしたら一緒になってほしい。職業柄、収入は定期的だし  
危険任務があれば特別手当もある』  
 
『嫌よ! 私、賢者になって卒業したらタイガとそば屋を開くんだから!』  
 
「そば!? お前なんのためにこの学校入ったねん!? ちゅーか俺が打つんか!?  
そば俺が打つんか!?」  
 
『……まだ言うのか?』  
 
『私、本気だもん! 子どもだっていっぱい作るんだから!』  
 
「おい、まさかサッカーチームができるくらいとか言うんじゃ……」  
 
『衆議院の席を埋めるくらい』  
 
「できっかーーーっっ!!?」  
 
「哺乳類の限界を超越してるわね……」  
 
『ふん……さっきからそうやって奴の名を呼んでいるが、その奴にいかほどの覚悟があるというのだ?』  
 
『タイガを見くびらないで! 私のためだったらホモになる覚悟だってあるんだから!』  
 
「あるか!? いくらお前のためとはいえ、そこまで捨てさせんな!」  
 
「でも、実際彼女に万が一があった場合はどうするの?」  
 
「うっ…!? …………それでも嫌や!! つっこむのもつっこまれるのも嫌やーーっっ!!!」  
 
「漫才なら何の問題もないのにねえ……」  
 
『とにかく、私はタイガと一緒にそば屋を開いてたくさん子どもを作るの! 国会の席を埋めるの!』  
 
「だからできんっちゅーの! 俺もお前も魚介類ちゃうわ!」  
 
『今だってお腹の中にはタイガの子がいるんだから……』  
 
「だーーっ! アホかお前は! 例え今から作ったってなあ…………  
 
……………  
 
……………  
 
………………………………………………( ゚д゚ )」  
 
『バ、馬鹿な!? 何を言って……っ!?』  
 
『嘘じゃないもん、先月からアレが来てないし、マラリヤからもらった検査薬にだってちゃんと……』  
 
「嘘やーーっっ!!? 俺ぜんぶ外に出したはずやーーっっっ!!」  
 
「つけてなかったのね……」  
 
『サンダース、だから私は……』  
 
『……構わん』  
 
『え?』  
 
『妊娠していようが、すでに子どもがいようが構わん。私の君に対する気持ちに変わりはない』  
 
『サ、サンダース、待ってよ……… !? きゃっ!? は、放して……っ!?』  
 
「ユリ!? どうし……っ!?」  
 
 
ガチャン! ツー、ツー……  
 
 
「…………………」  
 
「タイガ……」  
 
「…え…………えらいこっちゃああああ!!!?」  
 
「ユリが? それとも子どもができたことが?」  
 
「姐さん! あいつが妊娠してること何で教えてくれなかったんですか!!」  
 
「私は検査薬を渡しただけよ。使った後の結果までは知らなかったわ」  
 
「あああ……俺この年で父親になるんか……?」  
 
「一瞬の油断が命取りだったわね……」  
 
「ってこうしちゃおられん! はよあいつのとこ行かな! 姐さんも来てください!」  
 
「もちろんよ、私もサンダースを諦めていないもの……」  
 
「やる! やったるで俺は!! そば処『ゆり庵』の未来は俺が守ったる!!」  
 
「結構、乗り気だったのね……」  
 
「待っとれーー! ユリ! ドラゴン!!(子どもの名前) 今パパが助けに行ったるからなーー!!」  
 
「あなたにつっこみたくなる日が来るなんて夢にも思わなかったわ……」  
 
 
 
(4)  
 
 
― 校舎裏 ―  
 
 
 
「ユリ……少しはこちらの言い分も聞いてもらいたい」  
 
「充分きいたもん! 私は将来、そば処『とらのあな』の女将になるの!」  
 
「ふむ、すでに別の店がその名前を使っていたように思えるが……」  
 
「とにかく私はタイガと…………っ!? 手、放し……っ!!」  
 
「私は君を守る自信も、そして幸せにする自信もある。そこをよく検討してほしい。  
例え私の子でなくともハートマン(子どもの名前)は誠意をもって育てることを約束しよう」  
 
「いやーっ! ナツミ(子どもの名前)はタイガと育てるのーー!!」  
 
 
ガサッ!  
 
 
「……誰だ?」  
 
「あ……!」  
 
「ユリ! 無事か!?」  
 
「タイガ……よかった、来てくれたんだ……」  
 
「……何故ここがわかった?」  
 
「サンダース……」  
 
「マラリヤ……そうか、君の力か」  
 
「私まだあなたを諦めてないもの……」  
 
「君への答えはすでに返したと思うが?」  
 
「お互いさまね、あなたがユリを諦めきれずに追っているように、私もまたあなたを  
追っているのよ」  
 
「……私は本気だ。一時的な感情などではない。ちょっとやそっとのことで砕ける  
ような、そんなもろい気持ちで動いたりはしない」  
 
「何も本気の恋ができるのは、あなただけじゃないわ……」  
 
「よしユリ、ここは姐さんに任せて俺らは逃げるで。本気だしてもサンダースには敵わんからな」  
 
「うぅ……タイガがもろいよう……」  
 
「――どこへ行く?」  
 
「うっ!? もうばれた……」  
 
「悪いが貴様にユリを任せてはおけん。彼女を置いていってもらおう」  
 
「ふざけんな!! はいそーですかと言うとおりにするアホがどこにおんねん!!」  
 
「今日からユリは私が守る。私がユリの『自衛隊』となる」  
 
「『ナイト』と言わないところがあなたらしいわね……」  
 
「はっ! こいつの『白虎隊』の座をやすやすと渡してたまるかい!」  
 
「タイガ……それじゃ最後にタイガが自害しちゃうよお……」  
 
「強情だな……」  
 
「当たり前や!! 相手がお前やからって、そうそうびびってられるか!」  
 
「とにかく、貴様のような不埒な輩にユリを預けてはおけん、すみやかに去るがいい」  
 
「やかましい! さっきから聞いてりゃ勝手なことばっか抜かしおって……!!」  
 
「ユリを孕ませたそうだな?」  
 
「すんません、不埒な男です」  
 
 
 
(5)  
 
 
「タイガ、私と勝負をしろ。ユリをかけての勝負だ」  
 
「う…! この場面にありがちな展開が……」  
 
「勝ったほうがこれから先、ユリを守る」  
 
「……ユリを賞品みたいな言い方すんなや」  
 
「きゃー! 素敵! 私一度『愛する人をめぐる戦い』のヒロインになってみたかったのー!」  
 
「彼女は乗り気のようね」  
 
「姐さん、俺泣きたい」  
 
「勝負の方法だが……」  
 
「なん? クイズか?」  
 
「馬鹿を言うな、肉弾戦に決まっているだろう。男の勝負にこれ以外の何がある?」  
 
「ちょっ!? 待てや!? 喧嘩しか知らん男と修羅場くぐり抜けた男じゃ勝負にならんやん!?」  
 
「怖気づいたか! だが何と言おうと勝負は受けてもらおう!!」(バサッ)  
 
「なんで脱ぐの!? 上半身、裸にならんでもええんとちゃう!? ちゅーか俺も脱ぐんか!?」  
 
「当然だ! 鍛え抜かれた筋肉こそ男の最大の武器! さあ貴様も脱げ!!」  
 
「うおわーーっっ!!!? 俺の目の前にラオウがーーっっ!!!?」  
 
「あ、私タイガが上半身裸で闘ってるとこ見たい!」  
 
「アホか!? お前見たいんか!? 彼氏があべしひでぶ言うて脳みそ吹っ飛ばされるさま見たいんか!?」  
 
「闘う前からもう死んでいるなんて、とんだケンシロウね……」  
 
「大丈夫だよタイガ、まずはリラックスしていこ♪」  
 
「狙われとんのお前じゃーー!!!」  
 
 
ガシッ!  
 
 
「え……?」  
 
「脱ぐ気がないのなら、こちらから脱がせてもらおう」  
 
「!!!!??」  
 
 
ビーーーッ ビリビリビリ!!  
 
 
「嫌あああああぁぁっっ!!? 人呼びますよ!! 大声出しますよ!!!」  
 
「暴れるな、大人しくしてろ」  
 
 
ビリリッ! ビリビリビリ……  
 
 
「堪忍して下さい! 堪忍して下さい! ユリの目の前でこんなこと止めて下さい!!!」  
 
「ほう……いい肉付きをしているじゃないか、何も気に病む必要はない」  
 
 
ビーーーーーーッッ!!!!  
 
 
「い、嫌やーーーっっ!!? それ以上は!!! それ以上はあっ!!!!」  
 
「観念しろ、貴様はもう逃げられん」  
 
 
ビリリッ! ビリビリッ!! ビーーッッ…………  
 
 
 
「うわあ……」  
 
「……さすがに濃いわね………サンダース×タイガ……」  
 
「タイガ……」  
 
「ユリ、少し目が輝いているように見えるのは気のせいかしら……」  
 
 
(6)  
 
 
「あああ……俺の……一帳羅…………」  
 
「お気の毒ね……」  
 
「あ、しょげてるタイガなんか可愛い……♪」  
 
「やかましい!! 俺の不幸はお前の萌えか!!」  
 
「タイガ、しょげている場合じゃないわよ、ここからが本番なんだから……」  
 
「姐さん……何とかしてください、俺一人の力じゃ無理です……」  
 
「残念だけど私も無理よ……こうなった時のサンダースを止めることはできないもの……」  
 
「ぬああ……何でこんなことになったんや……」  
 
「せめて前向きに考えましょう、サンダースをあなた達の当て馬と考えるのよ」  
 
「……その馬がダークホースやったら?」  
 
「―――そろそろ始めるぞ」  
 
「!! なっ……!?」  
 
 
――ヒュッ…………ガッ!!  
 
 
「ほう……」  
 
「……ったぁ!? いきなり何すんねん!」  
 
「受け止めたわね……」  
 
「すごい! タイガが受け止めた!! 『タイガ受け』ね!!」  
 
「省略すんな!! 別の意味になっちゃうやろ!!」  
 
「よそ見をしていていいのか?」  
 
「うおっ!? 危なっ!」  
 
 
ガガッ!! ガッ!  
 
 
「はずしたか……」  
 
「――っ!? ガードしてんのに何でむっちゃ痛いの……!」  
 
「あら……おされてはいるけど、意外とやるわね……?」  
 
「へっへ〜♪ いつも私と一緒に鍛えてるもんね!」  
 
「組み手をしてるの?」  
 
「うん! 『カマキリゲーム』してるの!」  
 
「カマキリ……? それは一体なに……?」  
 
「えっとね、組み手自体は普通なんだけど、ただルールがちょっと違うの」  
 
「どんなルールかしら?」  
 
「うん、タイガが勝ったら私とセックスができて、私が勝ったらタイガを食べるの♪」  
 
「貴様あぁぁっっ!!! そんないかがわしい真似をぉぉぉっっっ!!!!」  
 
「ユリィィっっ!!! 挑発せんといてぇぇぇっっ!!!!」  
 
 
ガガガッ!! ガッ! ガッ! ガガガガッッ!!!  
 
 
「貴様だけはっ! 貴様だけは生かしてはおけん!! 死ねえっっ!!」  
 
「あんた!? 目的が変わっとる………痛あっ!? 痛い痛い!? 蹴らないでえっ!!」  
 
「まずいわね……このままじゃ彼が負けるわ……」  
 
「そんな…! タイガ! 頑張ってよ!」  
 
「無茶言うな! ちょっとやそっとで何とかなる相手ちゃうわ!!」  
 
「そうだ! 潜在能力を開花させるの! 少年漫画じゃ追い詰められた主人公はいつも  
土壇場でパワーアップしてたもん! さあ早く!」  
 
「アホんだらあっ!! ページめくるみたいに簡単にできるかあっ!!」  
 
「展開的には『次号に続く』ね……」  
 
 
――――ガッ……!  
 
 
「ぐっ…!?」  
 
「悪いがそろそろ終わりだ」  
 
「やかましい! 勝手に決め……――――あ!」  
 
 
ダッ……!  
 
 
「!! 貴様! 逃げる気か……!」  
 
 
フラッ……  
 
 
「? ユリ? あなた顔色が……?」  
 
「あ、あれ? 私……」  
 
 
グラッ……!  
 
 
「ユリ!?」  
 
 
ガシッ!  
 
 
「ユリ!? しっかりせえ! 目え開けろ!!」  
 
「何事だ……!?」  
 
「わからないわ……前兆もなくいきなり倒れて……」  
 
「おいユリ!? ユリ!?」  
 
 
 
(7)  
 
 
「マラリヤ、何かわかるか?」  
 
「たぶん軽い貧血ね……医者じゃないから詳しいことまではわからないけど……」  
 
「ん……んぅ? あれ……?」  
 
「ユリ! 気いついたか!」  
 
「タイガ……? 私……?」  
 
「覚えとらんか? ぶっ倒れたんやでお前」  
 
「ちょっと気持ち悪い……」  
 
「顔がまだ少し青ざめているわね……」  
 
「ねえ……タイガ……」  
 
「なん? どうした? 俺にできることなら……」  
 
「生まれるかも……」  
 
「ぬおああーー!!? 安心せい!! 俺がついとる!! 俺がついとるからなっ!!   
まずは大きく息を吸ってヒッヒフーーヒッヒフーー!!!」  
 
「落ち着きなさい、一ヶ月で生まれるなんてどれだけ進化した胎児よ……」  
 
「とりあえず、命に別状はないようだな。……腹のほうは知らんが」  
 
「あれ? そういえば勝負はどうなったの……?」  
 
「ん? ああ、それはな……」  
 
「……私の負けだ」  
 
「!? サンダース!?」  
 
「負けというか、頭が冷えた。……やっていることの愚かさにようやく気づいた」  
 
「サンダース、お前……」  
 
「ユリ、いろいろと迷惑をかけた。だが君に言った台詞とそして気持ちに嘘はない」  
 
「サンダース……あのね、私……!」  
 
「何も言うな。今、君の言葉を聴くのは少々辛い」  
 
「待って! これだけは言わせて! あのね……  
 
―――これからも、いいお友達でいて」  
 
「アホかーー!!? とどめ刺しおってーーーっっ!!!」  
 
「マラリヤ、ハンカチを借してもらえるだろうか?」  
 
「2枚あるわ………枯れるまで泣きなさい」  
 
 
 
(8)  
 
 
「なあユリ、その……妊娠したっちゅーことなんやけど……」  
 
「あ、うん! 日を改めて両親に挨拶だね」  
 
「ちゃうわ! そっちやなくて、お前ほんまに妊娠してるんか?」  
 
「なによ、信じてないの?」  
 
「いや、だってなあ……突然すぎるし……」  
 
「もう! じゃ、いいよ、今証拠をみせるから」  
 
 
ごそごそ……  
 
 
「じゃーん! 検査薬でーす!」  
 
「う…! 確かに反応が出とる……」  
 
「…あら? ユリ、それじゃ妊娠していないわよ?」  
 
「えぇっ!? だ、だってちゃんと反応が……!」  
 
「それは私の特別製よ。体になにも変化がないとき、反応が出るの」  
 
「ややこしいもん作んなーーっ!! でも助かったーー!!」  
 
「そんなあ、じゃあ……」  
 
「残念(?)だけど、今回は何もないわね。それと目の下にクマができているけど、  
最近、寝不足気味でしょう? さっきの貧血といい、生理がこないのはそれが原因じゃないかしら?  
体の調子が狂って、生理不順が起きたのねきっと」  
 
「うぅ〜ありえない……」  
 
「良かった……この年で父親になんのはさすがに……」  
 
「なによおっ! 私の子どもは作りたくないっていうの!!」  
 
「い、いやそういう訳じゃなくて……」  
 
「私なんかと夫婦になりたくないっての! それともお嫁さんは別にもらうつもりだったの!」  
 
「だからちゃうって! 少しは落ち着け……!」  
 
「……子どもができて嬉しかったの、私だけなの……?」  
 
「ユリ……… あーーもうっ! よう聴け! ………俺まだお前と二人っきりでいたいねん」  
 
「……え?」  
 
「別に父親になったってええけどな、でも俺まだ二人だけでしたいこといろいろあるし、  
お前のこと独り占めしたいし……」  
 
「タイガ……」  
 
 
ぎゅっ……  
 
 
「あ……」  
 
「なあ、しばらくは俺のわがままにつき合ってくれんか?」  
 
「……うん……私も二人でいたい……」  
 
「……おおきに」  
 
「……大好き」  
 
「ああ、俺も…… ――――だからその握ってる金属バットはなしたって」  
 
 
決着。  
 
 
「それじゃ姐さん達、俺ら行きますんで……」  
「ええ、いろいろとありがとう……」  
 
空中に浮かせた箒に乗りながらタイガが別れを告げると、残った二人は頷いて同意する。  
上半身は裸のままだったが、これは仕方がないと諦めた。むしろ腕を中心についたアザのほうが目立って  
そっちのほうが気になる。  
 
「じゃ、またね!」  
ユリもまたタイガと同じ箒に乗り、彼の両肩に手を置いて、ちょうど自転車の二人乗りするような形で  
器用に立つ。ユリの言葉を合図に箒はふわりと浮上した。  
ほんの数秒後には、箒は空を走り始めていた。  
 
 
 
「あー……えらい目遭った……」  
ようやく事が済んで、タイガがげんなりとため息をつく。  
ガードに使った両腕は痛いし、妊娠騒ぎのせいで胃も痛い。  
胃薬あったかなあとろくに整っていない救急箱の中身を、あやふやな記憶で点検してみる。  
……多分ない。  
 
「ねえねえ、体へいき?」  
ぶつぶつと頭の中で、胃薬の代わりに使えそうな薬の名前を片っ端から並べていると、  
不意にユリが背後から声をかけた。  
かがめるように顔を近づけて、聞こえるようにと耳元でしゃべる。  
息がかかって少しくすぐったい。  
 
「ぼちぼち……それより……」  
「なに?」  
 
「お前、俺が負けてたらどうした?」  
 
もう済んだことだが、気になって仕方がない。  
まさか負けたら、さっさと自分を見限ってサンダースの元へいくだろうなどとは考えては  
いないが(考えたくもないが)、それでも最悪の結果になってしまった時のユリの様子がまったく  
予想できない。  
 
負けるつもりで闘ってなどいなかったが、正直いって勝てる相手でもなかった。  
『もしも』の事態を考えるだけで、気分が暗くなる。  
 
そんなタイガの心情などつゆ知らず、ユリは極めて気楽そうに首をかしげた。  
 
「う〜ん、負けるも何も、多分やばいって思ったら、タイガを連れてさっさと逃げちゃっただろうね」  
「ああん?」  
怪訝そうに眉をひそめ、その眉の形に合わせた声を出す。  
突拍子もないことを言い出すのはいつものことだが、それが想像できる範囲でないと少々困る。  
とりあえず、ユリの言葉を待つことにした。  
 
「ほら、勝敗がつかなければ元のままでいられるでしょ? だからタイガをさらって逃げよっかなーって」  
「さらうって……お前が俺を?」  
「他に誰がいるのよ?」  
 
当然でしょと言いたげな口調でユリが答える。  
彼女の性格を表すような、簡単で単純な解決策。  
その楽観的な説明にとうとうタイガは呆れ果てたように大きく息を吐いた。  
 
「……お前、長生きするわ」  
「あ! ちょっと! 今バカにしたでしょ!」  
「ぐおっ!? 首絞めんな!? ……お? でもおっぱい当たって気持ちいい……」  
「いやーーっ!? バカーーっ!?」  
 
「んーー箒二人乗りするときは上半身裸に限るわーー。ユリ、もっときつく、ぎゅーっと……」  
「バカバカ! 変態! スケベーー!!」  
 
箒の流れに合わせて声は空気に散らばり、やがて消えていった。  
 
 
 
 
 
「……行ったわね」  
「……ああ」  
 
遠く、点になった二人の姿を見届けると、どちらともなく切り出した。  
互いの表情に変化はない。  
 
「私達も行きましょうか……」  
マラリヤが促すと、いつものように後ろで両手を組みながら、サンダースは頷いた。  
彼らしく、曖昧さなど微塵もないくっきりとした頷き方だった。  
とりあえず、この場を離れようと足を動かす。もう太陽は西側へ傾きかけていた。  
 
「ねえサンダース、あなたはこれからどうするの?」  
歩きながら、ふとマラリヤが声をかける。  
抑揚のない口調からは、その心情までは読み取れない。  
 
「これからというと?」  
「よかったら、部屋に来ない? まだあなたと話し足りないの」  
 
駆け引きさがまざった声、駆け引きが挟まれた言葉、それがどこか彼女らしい。  
しばらく、沈黙が二人の間を占める。  
 
「……了解した」  
だいぶ時間が経ってから、ようやくサンダースが応えた。  
その頃にはもう二人は、いつも過ごす見慣れた景色の中を歩いていた。  
 
「あら……?」  
意外そうにマラリヤの眉が上がる。  
軽く流されると考えていたからだろう、承諾されてかえって困惑をしているようだ。  
 
「今日はもう独りになりたいものだとばかり思っていたわ……」  
「なら何故、誘う?」  
「駄目もとよ。あなたを誘うときはいつも断られることを前提に考えているの」  
 
皮肉ではなく事実、彼の性格を知っているからこそ、断られても苦にならない。  
これぐらいの事で音をあげていては、とても彼に恋などできたものではない。  
 
「―――愚痴のようなたわ言を聴いてもらえるか?」  
 
ぽつりと点を打つようにサンダースがつぶやく。  
誰かに話して楽になりたいとでもいうような、一種の解放をを求めるような要望。  
顔にこそ出さないが相当参っているのだろう。  
 
「もちろんよ……頼ってくれるのは嬉しいもの……」  
 
無論、マラリヤに断る理由などなかった。  
 
 

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