カコンと竹が岩を叩く。空気を縦に切るような、ししおどしの乾いた音。  
一つ鳴るたび、辺りの静寂はその深さを増していく。  
 
「いいところだ……」  
きゅうすの茶を湯のみに注ぎながら、ふと、サンダースが部屋から見えた  
庭園について言葉をこぼす。  
 
「こうしていると、まるで夫婦のようだな……」  
「……夫がお茶を淹れるの?」  
サンダース自らが淹れた茶を、マラリヤは複雑そうな顔で受け取ってすする。  
すでに湯を浴び終えた二人は旅館特有の浴衣と羽織りを着込み、  
用意された部屋でくつろいでいた。部屋は和風で統一されている  
 
「どうした? あまり楽しくなさそうに見えるが?」  
あまり覇気のなさそうに見えたからだろう、サンダースが声をかけると、  
ほんの一瞬分の沈黙を経て、マラリヤが伏せていた顔を上げる。  
そして軽くため息をつくと、いつもの抑揚のない声が彼女の口からこぼれでた。  
 
「楽しくないわけじゃないわ……」  
正座を組んでいた足を崩して横に流し、額にはりついた洗い立ての髪を指ではがす。  
いつもおろしている長く豊かな黒い髪は、今は後ろでまとめて頭の上のほうで留めていた。  
 
「ならばどうした? いささか大人しすぎるように思えるが……」  
「……食パンかじりながら走って、雪山に行って遭難して人命救助して……その後、招待されて  
今日は温泉……これで疲れない人がいたらお目にかかりたいくらいよ……」  
 
もう一度マラリヤがため息をつくと、どうやらサンダースは何かを感じ取ったらしく、  
ああと合点がいったように頷く。  
 
「なるほど……確かに女性の身で雪山はきつかろう、疲れるのは当然だ」  
「……言っておくけど、疲れているのは肉体のせいだけじゃないわよ……」  
納得はしてくれたようだが、おそらく理由は半分もわかってはいまい。  
皮肉や毒舌が通じるような相手ではないし、通じたところでそれを理由に  
騒ぐような男でもないからだ。  
 
それでもマラリヤは仕方ないわねと小さく呟いただけで、その鈍感さを許してやった。  
サンダースとつき合っていると、知らないうちに心は寛容になっていくようだ。  
立ち上がって彼のそばへと行き、その隣であらためて座りなおす。  
 
「……まあ、いいわ……なんだかんだ言ったけど結構、面白かったし……」  
サンダースの骨ばった肩に頭をのせ、甘えるようにして寄り添うと、微かに香る湯の温もり。  
ふれあう互いの暖かみは、気配が溶け合うような柔らかい心地がした。  
 
「……ねえ、考えてみれば本当に何も変わっていなかったわね……」  
「何のことだ?」  
「昨日の最初であなたが言ってたじゃない、『私達は特になにも変わっていない』って」  
 
グッとサンダースの眉間にしわが刻まれる。突然、前日の話題を持ち出すマラリヤに、  
おかしなものを感じたからだろう。言葉の続きを待ちながら、真意を探るように耳をすませる。  
 
「君はそれで納得をしていたんじゃないのか?」  
「納得とは少し違うわね……こういうものだと思っていたの」  
「……どういう意味だ?」  
まるで禅問答のような具体的な形を欠いた言葉に、サンダースの眉のしわがますます深くなった。  
しかしそれでも急かすような真似はせず、マラリヤのペースに気持ちを合わせる。  
 
「私とあなたなんだから、つき合ったくらいでそうは変わらないだろうって思っていたのよ、  
それこそ、あなたが読んだ漫画や映画みたいに、周りが都合よく事件を起こしてくれれば  
話は別でしょうけど……」  
サンダースの肩に乗せていた頭を離し、髪をなでて少し乱れた部分をならす。  
それから相手に対して少し斜めになるように座りなおすと、顔をのぞきこむようにして上半身  
を前に出した。  
 
「実際、特に変わったところはないわけだが……」  
「だから仕方ないのよ……『私』と『あなた』なんだから……」  
もう一度、マラリヤが同じ台詞を繰り返す。  
考える時はいつもそうするようにサンダースが目を閉じる。少しの間、訪れる沈黙。  
やがて何かに気づいたらしいサンダースが目を開け、言い聞かせるように呟いた。  
 
「……変化がないのは、むしろ当然の結果というわけか」  
 
言葉に導かれるままそうサンダースが結論付けると、隣のマラリヤはゆっくりと微笑んだ。  
笑顔の意味は「よくできました」。  
 
「……なるほど、言われてみれば確かにその通りかもしれん」  
 
自分の言葉に頷き自分の言葉に対して返事をし、そして自分で自分の言葉に納得する。  
考えてみればお互い、物事の変化に対する耐性は、級友たちのそれに比べるとずっと高く、  
歓喜であれ悲劇であれ、突然の事態に対して心が揺れ動くことは少ない。  
また、動いたとしてもそれがそのまま行動に表れることもめったにない。  
 
恋愛に疎いうえに、普段から出来事に対するリアクションが薄く、変化への順応性も早い、  
これだけの条件がそろってしまえば、ありのまま≠フ存在だけに留まってしまうの  
は当然のことだった。  
 
「――少し、焦っていたんだ」  
 
サンダースがぽつりと点を打つように言葉を置いた。  
外ではししおどしがまた岩を叩いて、場にふさわしい静寂を一つ増やす。  
 
「かなりの日数をかけて交際を続けても、君の態度はさして変わっているようには  
見えなかったし、また変わっていくようにも見えなかったからだ」  
「……誤解のないように言っておくけど、私すごくうれしかったわよ?  
だってやっとふり向いてくれたんだもの……」  
 
ふとマラリヤがうつむいて、一緒になる前の寂しかった日々を思い出す。  
サンダースの意中の人物が自分ではないと知った時の絶望感、気持ちを伝えても望む返事が  
返ってこなかった苛立ち……むなしさから生ずるやるせなさなど飽きるほど経験した。  
 
「……まあ、私は私で不安だっだけどね……」  
「そうか?」  
「……あなた、私より先に好きな人がいたじゃない……不安にならないわけないでしょ……」  
 
もう忘れたのかと半ば呆れると、気まずそうにサンダースが目をそらす。  
どうやら慌てているらしい。  
 
「いや……その……そ、それこそ誤解のないように言うが、私はもう……」  
「わかってるわよ……未練があるならつき合おうだなんて言うはずがないし……  
あなた、そういうところはしっかりしているもの……」  
 
すぐに弁明を始めようとしたサンダースをマラリヤが首を振って遮る。  
説明などしなくても、同情や憐れみだけを理由に動くような人物ではないことなど知っている。  
 
「……まだ不安か?」  
「今? ――もう平気。あなたがさんざん馬鹿な行動で引っぱり回してくれたおかげで、  
そんなの吹っ飛んだうえに、何だかどうでもよくなったわ……」  
 
口調から心配をしているらしいサンダースに対して、優しい言葉で否定をするマラリヤ。  
やれやれと子供のいたずらを許すときのような、その柔らかい表情が、  
普段の彼女とかけ離れて見えたせいか、色気にも似たその魅力に思わずサンダースの顔が赤くなる。  
そんな彼の様子が可愛く見えたのだろう、再び彼の体に寄りかかった。  
 
「そうか……私の行動が何かの役にたったのなら幸いだ」  
別にサンダースの提案した数々の珍奇な行動が役にたったわけではなく、  
彼なりに自分達の関係のありかたを考えていてくれたことが嬉しかったのだが、黙っておくことにした。  
わざわざ伝えなくとも、特に支障はないだろう。  
 
また一つ竹が岩を叩き、辺りの気配を静める。  
黙った二人の間に時が流れ、静から生じる柔らかい心地よさが空気を通して伝わってくる。  
お互いの心が通じ合っている時の沈黙は、居心地のいいものだった。  
 
しばらくそうやって時をやり過ごす二人。  
不意にサンダースが口を開いた。  
 
 
「――ところで、今夜の我々の行動についてだが……」  
 
 
ビシリとマラリヤの周囲の空気が固く冷える。  
 
ほんの少し、唇を引きつらせながらマラリヤがサンダースの体から離れると、  
なにやらまた何かを企んでいるらしく、はっきりとした決意のようなものが瞳から垣間見えた。  
まだ何も聞いていないが断言はできる。ろくでもないことだと。  
 
「……また何かするの?」  
「当然だ、二人きりになることなどいつでもできるが、周りに知人がまったくいない  
状況などそうそうない。この機会を利用せずにどうする」  
 
いつもの低い声で淡々としかし熱く語る彼の様子に、唇だけだった引きつりが顔全体にまで広がる。  
 
「……それは夜の営みについて?」  
「その通り。今回は『快楽と陥落』だ」  
予想通りのろくでもないことの上に、今までの中で一番たちが悪い。  
彼が何かをするにしろ自分がするにしろ、ある種の被害が出ることには間違いない。  
 
「……ねえ、今のままでは何か不満かしら?」  
「不満はないが君に対しての要望はある。素直に行為に馴染んでいる君も悪くはないが、  
私としてはそれだけでは物足りない」  
「……どうして欲しいの?」  
「単刀直入に言おう、君からの『おねだり』を要求する」  
 
ズザッとマラリヤがサンダースとの間にかなりひらいた距離をとる。  
彼が冗談を言っているわけではないことは表情でわかるし、至極、真面目な話をして  
いることもその口調でわかる、だから余計に恐い。  
 
「……本気で言っているの?」  
「当たり前だ。調べた結果、実に様々な『営み』があることがわかった。  
そしてどうやら私は『征服欲』に対して極めて高い興味があるらしい」  
「……そのままじゃない」  
 
ガンガンと危険を知らせる警報が脳内で鳴り響く。  
無論、その警報がすぐにこの場を離れることを示唆していることなどわかっていたが、  
状況的に逃げられそうもない。  
 
「ところで今夜の行為についての簡単なプロットだが、  
(1)君が嫌がりながら抵抗。  
(2)しかし徐々に快感を感じて陥落。  
(3)快感に翻弄されおねだり。  
……という風に考えているのだがどうだろう?」  
「どうだろうじゃないわよ……ただの強姦イメクラプレイじゃないの……」  
 
どこで道を間違えたのか、あらぬ方向に突き抜けていくサンダースにもはやマラリヤは  
強張った笑みを浮かべることしかできない。  
一応、つっこんではみたが、それも無駄な抵抗でしかないだろう。  
 
「イメクラか……ふむ、その類も調べてみたがなかなか興味深かった。  
機会があればぜひ試したいものだ」  
「冗談じゃないわ……大体、私とあなたで何をするのよ……  
まさか病院の医師と患者だとか教師と生徒でとか言うんじゃないでしょうね……」  
「いや、町娘と悪代官だ」  
「どうしてそんなマニアックなものを……」  
 
段々、話がおかしなほうへと流れていくが、それでもマラリヤはつっこみを忘れない。  
止めたら最後、恐らく食われる。  
 
「嫌か? ならば借金のかたに連れてこられたという前提での、長屋の娘と借金取りはどうだ?」  
「……取りあえず、あなたが私を悲惨な目に遭わせたいことだけはわかったわ……  
あとその言い方だと、すぐにでも始めるように聞こえるんだけど……」  
 
すでに話している内容自体がろくでもないことになっていることなど、  
当にわかりきっていたが、もはやこの流れを止める術はない。  
とうとうマラリヤが、おぼろげに考えていた最終手段を決心する。  
 
――逃げよう。今すぐここから。  
 
あまり良い策とは言えないが、他に事態をを打破する案などない。  
このまま進めばサンダースの言葉通りのことを実行せざるをえなく、  
それはすなわち、もっとも避けたい最悪の事態を受け入れることに他ならない。  
 
「これも不満か? うむ……他に君が気に入りそうなものは……」  
 
サンダースが顎に手を添え、視線をマラリヤからはずす。  
 
――今だ。  
 
一瞬できた隙をマラリヤは見逃さない。  
すぐさま膝を立てて立ち上がり、体を出入り口のほうへと向けそれから……  
 
「――――――――ッ!!?」  
 
ドクンと身体の深い部分で熱が弾ける。  
 
「――え……!?」  
 
一瞬のことだった。  
突如、湧き上がった体内の激しい違和感に、瞳を驚愕の形に変えながら自分の体を抱きしめる。  
全ての筋力を失ったかのような感覚にたまらずその場にへたり込むが、生じた異常は消える気配は  
一向にない。……全身が焼けるように熱い。  
 
「な、何……!?」  
「効いてきたか……」  
今だ戸惑いの解けないマラリヤとは対照的に、サンダースの態度はいつもと同じでまったく崩れない。  
むしろ、あらかじめこうなる事がわかっていたかのような口ぶりだ。  
おかしい……マラリヤの瞳が歪み、恐怖にも似た疑惑を胸に孕ませる。  
その時、ふと目の端に先ほどまで自分が使っていた湯飲みが映った。  
思考がある直感を捉える。  
 
「……お茶に何か入れたの?」  
「少々な。今、君が考えているようなものを入れたと思ってくれればいい」  
はずれていて欲しかった予感が当たる。  
徐々に体を蝕んでいく熱に懸命に耐えながら、何とか気丈に振舞うもそれもいつまでもつか。  
サンダースがマラリヤに近づく。  
 
「今までのことから推測するに、君が私の提案をそのまま受けいることは難しいと考えた。  
なので少し強引な手を使わせてもらうことにした」  
「手段はともかく……どうやって薬を手に入れたのよ……私のところから盗んだわけでも  
なさそうだし、他にあてがあるとも思えないし、作るにしろあなたにそこまで深い薬の知識  
あるとも思えない……」  
「簡単なことだ、君のCOMアザリンに作ってもらったんだ。  
実験になりえるだろう茸を土産に持っていったら、すぐに渡してくれた」  
 
なんてことしてくれるのよと、マラリヤが心の内で物につられた自分のCOMに毒つく。  
COMを利用したサンダースの頭の巡りに、ある意味で感心しつつも、この行為を実行する  
ためだけにそこまでする彼に頭が痛くなる。どうやら自分は、まだまだ彼を甘くみていたらしい。  
 
「……ねえ、ここまでしてやりたい事なの?」  
「当然だ。私は何事においても、実行にうつすさいには決して手を抜かん。  
なお、今回参考にしたものは……」  
「言わなくていいわよ……出かけにあなたのペットが花に変わっていたこと、  
すっかり忘れていたわ……」  
 
あの時、一瞬でも感じた疑問をなぜ今の今まで忘れていたのか、それが悔やまれる。  
参考にした資料も気になったが、あえて好奇心を押さえた。  
聞いたら多分、立ち直れないような気がする。  
 
「本当に聞きたくないのか? あるDVDの……」  
「黙りなさい。これ以上言った……――――ッ!?」  
 
再び何かが弾けるようなものを感じて、マラリヤがビクリと体を震わせる。  
 
――熱い熱い熱い。  
 
さっき以上に、理性で抑えなければいけないほどに。  
過ぎた時間の分だけ、薬はより深くその効果を体に根付かせていた。  
 
「頃合か……」  
「……っ!」  
マラリヤの二度目の変化を見て、行動に移すべき時期がきたことを知ったサンダースがにじり寄る。  
反射的に後ろへ下がろうとしたが、腕も足も力が入らない。  
どうやら薬の効果は熱を与えるだけでなく、ある程度の筋力を奪う効果もあるようだ。  
 
「さて……」  
「……来ないで……っ!」  
「うむ、なかなかうまいな」  
「……演技じゃない上にあなたの提案にのったわけでもないわよ……!」  
いまいち危機感が持てないのは、薬で弱っているせいだけでは多分ない。  
彼とつき合う上では、こんな状態の時でもうまいことを言わなければいけなくなるらしい。  
 
「なに、いずれ散る花、先であろうが今であろうが変わりはなかろう」  
「……どうして急に悪代官みたいな台詞を言うのよ……」  
「ならば今この時この場で散らすのみ!」  
「きゃあぁぁっ!?」  
がばりと獲物を襲う肉食獣のようにサンダースが抱きつく。  
無論、突然の事態にマラリヤが対応できるはずもなく、あっさりと捕らえられた。  
 
「は、離しなさい……! きゃっ!」  
「ふははははっ! 声をあげたところで助けなど来ぬわ! 大人しくわが手に堕ちるがいい!」  
「だからどうして代官口調に……きゃああぁぁっ!!? ま、待ちなさい! 待って!  
それは帯じゃな……………………ああれえぇぇっっ!!」  
 
抵抗むなしく、衣類を剥ぎ取られる即席の町娘。悪代官の乱心を止める術はもはやない。  
 
今から好きな人に犯される今から好きな人に犯される今から好きな人に犯される今から好きな人に犯される  
今から好きな人に犯される今から好きな人に犯される今から好きな人に犯される今から好きな人に犯される  
今から好きな人に犯される今から好きな人に犯される……  
 
できることといえば、頭の中で何度も何度も精神ダメージを軽減する呪文を唱えることだけだった……  
 
 

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