あなたと私が夢の国  
少し前、マラリヤ姐さんは、サンダースさんと恋人になりました。  
 
 
 
「――と、いうわけで、めでたく結ばれてから1ヶ月が経ったわけだが……」  
 
「早いものね……」  
 
「――我々は特になにも変わっていないように思える」  
 
「そりゃまあ……お互いありのままの姿を好きになったのに、  
まさか変えるわけにもいかないし……」  
 
「取りあえず、このままではいかんと思い、私なりに小説、映画、漫画  
などから恋人としてあるべき姿のノウハウを調べてみたがなんの役にも立たなかった」  
 
「周りが都合よく事件を起こしてくれる媒体で調べてどうするのよ……」  
 
「その通りだ。まったく! 漫画なぞを読んだせいで時間を無駄に潰したわ!」  
 
「ところで、あなたのそばにある開き癖のついたコミックスは何かしら……?」  
 
「……君が昨日見た女性は、実は私の妹で……」  
 
「その言い訳は浮気がばれた時に使うのよ……  
別に漫画に夢中になっていたからって軽蔑なんかしないから安心なさい」  
 
「……すまない、少々気が動転した」  
 
「馬鹿ね……」  
 
「ちなみに今日読んだものは ヒロインが転校した学校に行く初日、うっかり遅刻  
をしてしまい仕方なく壁をよじ登り乗り越えたところ、着地した地点がこれから  
結ばれるであろう男の腕の中=@というものだった」  
 
「……あなたのペット、見事な魚ね」  
 
 
(1)  
 
 
「……で、いきなり外に連れ出して何のつもりかしら?」  
 
「よく聞け、マラリヤ。我々は現在、恋人として交流を深めているわけだが、  
お互いに色恋ざたには疎い、この件に関しては修練生といってもいいぐらいだ」  
 
「私もそんなに経験があるわけじゃないし、あなたにしてみたら私が初めてね……」  
 
「今はまだつき合い始めゆえに、さしたる問題は出ないだろう。しかし、これから先、  
少しずつ問題が出てくるであろう時期にまで何も知らないままだったらどうする。  
知っていさえすれば些細な誤解で済んだものが、我々の致命傷になるやもしれんのだぞ」  
 
「……それで?」  
 
「これから二人で一から愛を学び直す。私は今日までにあらゆるものから調べ上げ、  
これはと思うものを抜き出した。今から実際に行動にうつし、よりよい恋人へと  
なれるよう訓練をする。何事も経験に勝るものはない」  
 
「何かするの?」  
 
「もちろんだ。まずは『出会い』から始める。正しい出会いは、後の関係の良し悪しを決める。  
逆に言えばこれができなければ、次へは進めん。  
 
――さて、ここに食パンを用意した、君はこれを…… ま、待てっ!? どこへ行くマラリヤ!?」  
 
 
(2)  
 
 
「まだ説明を終えていないのだが……」  
 
「食パンだけ聞けば充分よ……私くわえないし、走らないし、ぶつからないわよ」  
 
「何故だ? 何が不満だ?」  
 
「当然よ……私たち、出会うどころかもう関係を持っているじゃない……  
もうゴールしたのに、なんでスタートに戻ってサイコロを振り直すような真似をするのよ」  
 
「基礎工事のできていない建物はすぐに壊れる、これは人の関係においても同じだ。  
面倒だからと怠っては、後の悲劇は免れん」  
 
「……だから私たち、すでにできた関係でしょ?」  
 
「例えすでに関係ができていたとしても、今以上によくなるのなら  
始めから組み立て直すべきだ。愛とはいくらでもやり直しが可能なものであるはずだ」  
 
「その意味でこの言葉を聞くのは初めてね……」  
 
「さあ、わかったのならくわえるがいい!」  
 
「嫌よ……大した理由もないのに、食パンくわえて走るだなんて間抜けじゃない……」  
 
「恥じる必要がどこにある? 君なら輝くばかりの萌えヒロインになれる」  
 
「冗談じゃないわ……」  
 
「マラリヤ、勇気を出せ」  
 
「あなたは正気に戻って」  
 
 
(3)  
 
 
「頼む、この通りだ……!」  
 
「……仕方ないわね、一回だけよ?」  
 
「よし! ならばただちに始めよう!」  
 
「やれやれ……まずはこれをくわえて……」(ぱくっ)  
 
「――待て。構えが違う」  
 
「……構え?」  
 
「いいか、食パンはこう  
 
 → □   
 
ではなくこう  
 
 → ◇   
 
ひし形になるようにしてくわえるんだ。やるからには完璧な慌てんぼうさんを目指せ」  
 
「慌ててる時点で完璧でも何でもないじゃない……」  
 
「そして面倒くさがらずにトーストしろ、バターとジャムも忘れるな」  
 
「……遅刻しそうなヒロインって、どうしてわざわざ時間を潰すような真似をするのかしら?」  
 
「なお、ジャムは苺以外は認めん」  
 
「……もう何だっていいわ」  
 
 
10分後  
 
 
「パンの用意ができたわよ……」  
 
「さっそく行動に移そう。時計を出せマラリヤ、私が角を曲がってからきっちり  
3秒後にぶつかるよう合わせる」  
 
「私こんなところで何をやってるのかしら……」  
 
「合わせたな……よし! 定位置に着け! ただいまより、行動を開始する!  
 
――――作戦名、『運命』!」  
 
「作戦にしてはえらく抽象的ね……」  
 
 
 
本番10秒前  
 
 
3、2、1……  
 
 
 
 提供:マジックアカデミー  
 
 
 ドラマ【 運命 〜僕と君のマジカルレッスン〜 】  
 
 
タタタタ……  
 
 
スタスタスタ  
 
 
タタタタ……(何かをくわえながら走るのって辛いわね……)  
 
 
スタスタスタ(A地点を通過、これから10秒後目標人物と接触)  
 
 
タタタタ……(あの角から現れたサンダースにぶつかって……)  
 
 
スタスタスタ(通過確認、この角を曲がり次第衝突を……)  
 
 
クルッ……  
 
 
 
タタタタタタタタタタタタ…………………ガッ!(←小石)  
 
 
ずべっしゃあっっっ!!!! ごろごろごろ…………!  
 
 
「ぬうっ!? マラリヤ!!?」  
 
 
***  
 
 
「派手に転んだな……大丈夫か?」  
 
「……なわけないでしょう……鼻すりむいたわ……」  
 
「安心しろ、顔に傷を負っても私は変わらず君を愛している」  
 
「愛しているのなら、ケガさせるような真似をさせないでほしかったわ……」  
 
「――ところでマラリヤ」  
 
「……何よ?」  
 
「転んだ君が大変愛らしかったので、ぜひもう一度転んでほしいのだが……」  
 
「いい加減しばくわよ……」  
 
 
(4)  
 
 
 
ビョオオオオォォォォォ……(※IN雪山)  
 
 
「……サンダース、ここはどこかしら?」  
 
「見ての通り雪山だ」  
 
「……一応聞くけど、何をするの?」  
 
「『遭難』だ。今度は極限の状態の中で愛を鍛える。  
まずは雪道を歩き裏寂れた小屋を目指しそれから……」  
 
「もういいわ……さっきのことといい、一体なんの漫画の影響?」  
 
「漫画ではない、映画だ。極限を見事切り抜けた男女は互いの目と目を見つめあい  
こう呟くのだ、『こんな時、どんな顔をすればいいの?』『笑えばいい』と……」  
 
「笑えないのはこの状況よ……」  
 
 
***  
 
 
ビョオオオオォォォ……  
 
 
「ふむ……風が強くなってきたな……」  
 
「風もそうだけど、道もよくわからないわ……」  
 
「本来ならそろそろ見えるべき地点がまったく現れん……  
何てことだ! マラリヤ、我々はどうやら遭難をしてしまったらしい!」  
 
「……今日のあなた、おそろしく頭が悪いわね……」  
 
「不覚だ……遭難によって君との愛を深めるつもりがまさか本当に遭難  
してしまうとは……」  
 
「本末転倒……と言いたいところだけど、本と末の理由が一緒だから転倒しても  
大して意味は変わらないわね……」  
 
「こんな吹雪の強い雪山は大変危険だ……せめて風の防ぐ場所でも見つけないと  
命にかかわる……」  
 
「そこまで危険を知っていながら何故来たのよ…… あら? ねえ、アレは何かしら……?」  
 
「建物らしきものが見えるな……よし、行ってみよう」  
 
 
ガサッ…!  
 
 
「小屋みたいね……」  
 
「定期的に誰かが使っているのだろう、古びてはいるが廃墟ではない……  
ありがたい、当初の予定とは違ってしまったがここで休ませてもらおう」  
 
「不法侵入なんて気がひけるわ……」  
 
 
ガチャ……  
 
 
「鍵はかかっていないようだ」  
 
「良かったわ……壊す必要がなくて……」  
 
 
ギィ……  
 
 
「ほう、なかなかしっかりした造りの………………………………  
 
…………………………………………!!!??」  
 
 
ゴトッ!  
 
 
 「 ……だ、誰か……来たのか……!? ……た、頼む……助け……! 」  
 
 
 
 
「…………………………」  
 
「…………………………」  
 
「……サンダース」  
 
「……どうやら、我々よりも先に遭難してしまった人物のようだ」  
 
「…………………………」  
 
「…………………………」  
 
「………こんな時、どんな顔をしたらいいの?」  
 
「………笑ってはいけないことだけは確かだろう」  
 
「ちょっとちょっと!? 聞いた!! あのね、サンダースとマラリヤが……!」  
「知ってる、雪山で人命救助でしょ?」  
 
息を切らしながら、教室に飛び込んだユリにルキアが応える。  
人の少ない朝にもかかわらず、すでにルキアの机の周りには見慣れた顔が集まって  
小さな群れを作っていた。  
 
 
皆の目当ては机の前に置かれた一枚の新聞、見出しは『お手柄! アカデミー生!』。  
 
 
「とある旅館の経営者が仲間と一緒に雪山で登山をしていたところ、うっかり皆と  
はぐれてしまい遭難。なんとか小屋に避難はできたものの、ひどい衰弱のため  
連絡を取ることもできず苦しんでいたところを、サンダース君たちが発見したそうです」  
 
今きたばかりで大した事情を知らないユリのために、カイルが問題の記事の部分を大ざっぱに  
拾い読み上げる。だいぶ省略はしてあったものの、重要な部分はきちんと含まれていたため、  
この説明だけでユリは理解をすることができた。  
 
「ほへ〜……でもさ、確かにすごいけど二人ともなんで雪山なんかにいたの?」  
 
カイルの説明にユリは感心するものの、すぐに首をかしげて当然ともいえる疑問を口にだす。  
この疑問は皆が思っていることでもあった。  
 
「訓練とか修行とかじゃねえの? ほら、サンダースってしょっちゅうそんなこと  
ばっかやってるしさ」  
「でもそれじゃあマラリヤさんを連れて行く必要はないんじゃ……」  
 
レオンがそれらしい理由をあげるも、カイルはあっさり否定。  
確かにその推測が正しいのなら、サンダース一人で行くだろう。  
マラリヤを連れていく説明にはならない。  
 
「あ! じゃあマラリヤが実験に使うキノコを二人で採りに行ったとか……!」  
「……雪山にですか?」  
 
今度はルキアの推測をクララが否定する。  
仮に雪山にしか生えていないキノコだとしても、わざわざ遭難しやすい山を選ぶ理由がわからない。  
 
「う〜〜……なんかもう訳わかんなくなってきた……こうなったら二人に直接……」  
「姐さん達なら今日はおらんで」  
「え?」  
 
埒があかなくなってきた堂々巡りに、ユリが最終手段を提案しようとした矢先、タイガが  
すぱりと言葉を遮った。  
 
「温泉やて、二人で」  
「助けられた方のご招待だそうです。その方自身はいま病院にいますけど、その方のご家族  
がお礼にぜひと……旅館経営者らしいお礼といえばお礼ですね」  
 
ごく簡潔にタイガが二人の不在の理由を述べ、補足するような形でカイルがその後を続ける。  
どうやら最終手段すら叶わぬらしい。  
 
「今日行ったの? 昨日そういうことがあったのに?」  
 
途中を抜かしたような展開のはやさに、ユリが訝しげに眉をよせる。  
助けられてお礼をするのは別に珍しいことではないが、昨日の今日ではいくら何でも早すぎる。  
 
「今の時期は割と空いているからだそうです。来月になったらアカデミーはテスト期間に入りますし、  
ちょうどいいと思ったんじゃないですかね」  
 
そう外れてはいないであろうカイルの推測に、ユリはもちろん皆も納得の表情を見せた。  
あの二人なら突拍子もない選択をしてもなんら不思議はない。  
なんせ普段の行動からして突拍子もないのだから。  
 
「ちぇっ、結局あいつらが帰ってくるまで理由はお預けかあ……」  
「せめて事前におかしな行動でもしとったらなあ……」  
 
好奇心丸出しのレオンとタイガが残念そうにため息をつく。  
その時、二人の間に割り込むように小さな影が現れた。アロエだ。  
 
「あ! アロエ昨日マラリヤお姉ちゃんがおもしろいことしてるの見てたよ」  
「うおい!? マジで!?」  
「よっしゃでかした! アロエ、はよ言えや!」  
 
突然の言葉に、アロエを中心にして辺りの空気がにわかに活気付く。  
皆、意外な人物が情報を持っていたことに驚きつつも、解明に結びつくかも  
しれない答えに期待が膨らむ。はやる気持ちを抑えながらアロエの言葉を待った。  
 
そして  
 
「あのね、トーストをくわえながら走ってたの」  
 
皆、の時間が同時に止まった。  
 
「……………………え?」  
 
一番最初に時から解放されたルキアが間の抜けた声を出す。  
だがこの声は皆の気持ちの代弁でもある。  
 
「……姐さんがなんやて?」  
「……走ってただぁ?」  
「……トーストくわえて?……ありえない……」  
 
次々と解放された者たちが思い思いの言葉を口にする。言葉は違うが皆、心は一緒だ。  
それは何かの間違いだと。  
 
「いや、腹が空いていたんだろう。それなら何もおかしいことはないよ」  
「おかしくない訳ないでしょう!!」  
 
ここにきて、ようやくセリオスが口を開いたものの、かえって場を混乱させるだけの  
言葉だったために慌ててカイルがつっこんでせき止める。  
それでも混乱が生じないはずがない。  
 
「え〜と、トーストをかじっているうちに雪山に行くことを思いついて……」  
「クララ、いくら何でもそりゃないってば……」  
「僕としては腹が空いたらパンではなくごはんのほうを食べるな。腹持ちが断然いい」  
「あ、私も! 運動後のおにぎりなんてもうチョー最高!」  
「くおらぁっ!! なんでいきなりメシの話になってんねん!!」  
 
めいめい好き勝手な事を言い始め、和の乱れが徐々に激しくなる。  
もはや止めることは不可能だった。  
 
「なあ、パンの特売日だったから食ってたってのはどうだ?」  
「意味がわかりませんよ!? 大体なにがしたいんですか!?」  
「お姉ちゃんちゃんとジャムを塗ってたよ、苺だよ」  
「僕だったらブルーベリーを塗るな、眼精疲労によく効く」  
「お前の好みは関係ないやろがぁ!!」  
 
この混乱は授業が始まるまで、治まることはなかった。  
 
 

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